第54話 生き物係

 

「すみません、やっと解放されて戻って来れました」


 ギャプ娘先輩と別れて教室に着くと、クラスメートが集まって各々心配する言葉を掛けてくれた。

 ギャプ娘先輩に俺が帰って来ない事を訴えてくれた宮之阪にお礼を言うと、顔を真っ赤にしてテンプレなツンデレ台詞で返してくる。

 それを見た周りのクラスメートが冷やかすのだが、折角いい感じで宮之阪と喋れるようになって来たのだから、また変に意識されて喋らなくなられると困るので正直勘弁して欲しい。


 それに何故か冷やかしが始まった途端、八幡が見えない角度から俺の脚を蹴ってきたりするのは何故だろう?

 初めて出会った頃はここまで大阪弁じゃなかったし、もう少しお淑やかでこんな暴力を振るう性格じゃなかったのに、俺が居ない間にアキラに感化されすぎたんじゃないだろうか?


「八幡も心配してくれたんだよな。心配掛けてごめんな」


 あぁ、今度は八幡までテンプレなツンデレ台詞言い出すので、それについても冷やかしが入る。

 それを聞いた宮之阪が頬を膨らませてジト目で見てきた。

 あぁ、宮之阪がまた不機嫌キャラに!

 ううぅ、最近こんな事ばっかりだよな。


 どうしてくれるんだよ皆!


「コーイチは10年経っても変わらないな~」


 不意にこーいちがそんな俺達のやり取りを見ながら言ってきた。

 俺ってこんな女性トラブル多かったっけ?

 ふと宮之阪を見ると頷いている。

 山元は? ……山元も頷いているな。

 八幡は? ……なんか自分の知らない俺の話で少し不貞腐れている。


「俺ってこんなんだったっけ?」


「忘れたのか? コーイチは何処へ行ってもいつの間にかみんなの中心に居るような奴だったじゃないか」


 あぁそっちか。女難の相的なアレな事かと思った。

 でも、それにしても、そうだったのか覚えていないな。


 確かに当時友達はいっぱい居たような記憶が有るけど、親友と呼べるのは目の前に居る三人くらいしか思い出せない。

 他に思い出せる親友と言うと……、あっそうそう! 思い出した。

 そう言えば、近所のお兄さんとは凄く仲が良かった。

 映画好きの面倒見の良い優しい人で、よく彼の家で色々な映画とか見てた記憶がある。

 映画を見た後に二人で感想を熱く語り合ったっけ。

 彼は今何をしてるんだろうか?

 今度久し振りに挨拶に行ってみようか……な……?


 ズキン!


 グッ! あ……れ? その人の事を思い出そうとすると頭が痛い。

 それに、なんだか胸がとても痛い……?

 何か……思い出し……。


「こーちゃん? どうしたの? 顔色が悪いわよ?」


 何か心の奥底から這い出てくる黒い塊に脅えていた俺を心配して宮之阪が声をかけくる。

 その言葉は、俺にとってまるで太陽のように感じた

 這い出てきた黒い塊は、彼女に照らされた光によって、また心の深遠へと消えていく。


「うん、ありがとう。ちょっと疲れえたみたい。けど、もう大丈夫だよ」


 そうだな、何か疲れていたんだろう。

 入学してから本当に色々有ったしね!

 俺は先程の記憶の底の黒い塊について考えるのを止める事にした。


「はい、そろそろみんな席に座ってね。まだ決まってない委員とか係も有るんだから。あぁ一応牧野くんは生徒会役員だから委員関係からは除外だからね。でも係は別に立候補しても良いわよ? 牧野くんは面倒見良さそうだから『生き物係』とか向いてそうだけど、どう?」


 いやどうと言われても……って、え? 今何係って?

 何やら遠く懐かしい記憶を刺激するような、高校生らしからぬ面白ワードが飛び出したんだけど?


 何だろうと思い黒板に書かれている委員や係の名称を見る。

 まぁ普通に学級委員長や副委員長、あと保険委員や、図書委員といった定番なものから、恐らく体育祭や文化祭と言った学校行事の為の体育委員やら文化委員と言った委員が幾つか並んでいる。


 係も黒板係やプリント係……多分黒板消したりとかプリントを職員室とかに持っていったりとそんな感じの雑用系の係が書かれていた。

 係は大抵複数定員なので、どうやら持ち回りなのだろう。

 クラス全員が何らかの役に付く事になっているようだ。

 そんな中、極めて異彩を放っている係が目に飛び込んできた。


 先程、野江先生が口にした『生き物係』。

 聞き間違いかと思ったがストレートにそのままな『いきものがかり』だった。


 …………。


 ここ小学校じゃないよね?

 小学校でもそんな係有る所は少なかったよ?

 何するの? 高校生になってどんな生き物の世話をするの?

 もしかして何処かに檻でも有ってウサギでも飼育しているのだろうか?

 けど、入学式の時に探索した限りでは、世話するような動物は飼われてなかったと思うんだけど?


「先生? なんなんですか? その生き物係って?」


 俺が遅れた事によるドッキリ企画か、又は何かの冗談の可能性もかなりの確率で残っているので野江先生に聞いてみた。

 もしかしたら俺が想像している『生き物係』とは違う意味かもしれないしね。


「えぇ、うちの伝統でね。一クラスに一匹小動物を飼って世話をするのよ」


 そのまんまだよ。

 捻りも無くマジでそのまんま『生き物係』だよ。

 それにしてもこの学園の伝統っておかしくないか?

 写真の件もそうだけど、何か全部ぶっ壊した方が良くないか?


「普段はクラスの皆が世話をするんだけど、掃除や餌の管理、他は長期休暇の時は持って帰って世話するのよ」


「どう言う意味が有るんですか? やっぱり小動物を育てる事によって情操教育的なアレですか?」


「そうよ、情操教育的なアレよ」


 マジか~。

 本当になんの捻りもないやつか~。

 創始者の旦那さんのアイデアなのか?

 ちょっと高校生を子供に見過ぎだと思うんだけど。

 それともあえてそう言う幼稚的な集団行動をさせる事によって、自然と仲間意識を高めると言うそんな思惑が有ったりするんだろうか?


 でも、そう言えば俺って今までペット飼った事無かったな。

 犬とか猫とか飼うのに憧れたっけ。

 まぁクラスで飼うんだからそんな大層な動物じゃないだろうけど。

 ふと気になり野江先生に聞いてみた。


「うちのクラスって何を飼うんですか? 特に何も見当たらないですが?」


 教室を見渡しても今のところ特に水槽やゲージと言ったそれらしい物は存在しないみたいだ。


「昔は代々受け継がれて育てていってたりしたんだけど、最近じゃ大抵その年の生き物係が愛情を持っちゃって進学時に引き取ったりしてるのよ。だからまだ居ないわ」


 あぁ、なるほど。

 一年間可愛がれば嫌でも愛情が移っちゃうんだろうな。

 う~んペットかぁ~。

 出来るか心配だけど興味有るなぁ~。


「その小動物ってペットショップとかで買ってくるんですか? そのまま引き取ったりとか言いましたけど自腹なんでしょうか?」


 小さいのでも高価な動物とか居るし、とは言え、安いのとかすぐ死にそうだよなぁ。

 そこら辺今まで飼ったこと無いから分からないや。


「興味出てきた? 何を飼うかは生物部に行って決めたら良いわ。今はそこで繁殖させてるのから選ぶのよ」


 なるほど、そこは学校からの支給なのか安心した。

 さすがに伝統なんだから、生徒に負担はさせない配慮は有るんだな。

 でも繁殖させてる所が少し気になるな。


「生物部で繁殖ですか? それは解剖とか薬物投与とかの実験動物的な、そんな意味で繁殖してるんでしょうか?」


 もしそうなら一匹と言わず飼えるだけ飼いたいんだけど?


「違う違う! そんなわけ無いでしょ~。そんな事有るわけ……う~ん。 違うわよね?」


 俺に聞かれても……。


「い、一応きちんとした繁殖によるメ、メルヘン? とか何とかの法則遺伝の傾向観察と生き物係用の繁殖目的って事になってるわ」


 メンデルですね。

 現文担当とはいえ高校教師なんですからそこはビシッと言って欲しかったです。


「……そうだと信じたいですね。あと動物の世話は少し興味有りますよ。今までペット飼ったことが無いんで、いつか飼ってみたいなって思っていましたし」


 最近大変だけど小動物で癒されてみるのも良いかもしれない。


「なら決まりね。誰も立候補しなくて困ってたのよ。助かったわ」


 そう言えば他の係は結構埋まってるけど何で生き物係は誰も居ないんだろうか?

 俺が不思議に思っているのに気付いたのか、こーいちが肩を叩いて耳打ちしてきた。


「おいコーイチ! ここ坂の上だぞ。種類によったら毎週持って帰らないといけない事になるんだから皆嫌がってたんだよ」


 そうだった! こりゃダメだわ。

 普通の通学でさえ、いまだ慣れずに毎日ヒーコラ言ってるのに、これから夏に向けて地獄の月曜日を迎える事になるじゃないか!


「先生! やっぱやめ……あぁ」


 俺が辞めようと野江先生に声を掛けたんだが、既に黒板には俺の名前が『生き物係』の横にしっかりと書かれていた。


「いやぁ~良かったわ~。ついつい学生時代『生き物係』の子が重い~って愚痴ってた話をしちゃったもんだから誰もなってくれなかったのよ」


「先生酷い!」


 その話聞いてないよ!


「まぁまぁ、基本学校に置いていて良い金魚とかなら楽だからね。金魚なら長期休暇の時も数日に一回学校に餌やりに来たら良いんだからそうしなさい」


 あぁ魚系は楽かもなぁ、餌も藻とか勝手に食べてそうだし。

 でも初めてのペットがそれじゃあ寂しいなぁ~。

 まぁ何種類か居るみたいだからそれ見て決めようか。


「それでいつ取りに言ったら良いんですか?」


 地獄の月曜日を想像すると嫌なんだが、とは言うもののペット飼ってみたい欲がムクムクと育ってきている為、少しワクワクしているのも確かだ。


「来週中ならいつでも良いわよ。一応早い者勝ちだから別に今日の放課後に行って、決めたのに唾つけてくるのも構わないわ。ケースとかは学園から貸し出しだから何飼うか決めたら借用申請してね」


 そこら辺はちゃんとシステム化してるんだな。


「丁度今日屋内系クラブの各部室回って紹介写真撮るんですよ。生物部も回る予定なんで見てきます」


 写真撮るついでに色々とオススメのペットを聞いてみようかな。

 俺が部活紹介写真の事を話した途端、野江先生の顔が曇り出した。

 そう言えばこの人はお姉さんと一緒に部活写真を変えようとした生徒会長だったんだっけ?

 お姉さんだけじゃなく、この人にとっても苦い思い出なのだろうか。

 この様子だと俺達の動きはまだ伝わっていないようだ。

 一応伝えておこうか。


「部活写真の事は大和田さんから聞いています。後でその事について話したい事が有るんですけど良いですか?」


 俺がそう言うとさすが元当事者なのだろう、何かを察したみたいで顔が晴れやかになる。


「その話期待しておくわ。牧野会長から続く悲願がついに果たされるのかしら? 楽しみね」


「まぁ、まだ予定は未定ですけどね」


 俺達の会話に周りは不思議そうな顔で見ているが、まだ皆には話せないし、話したところで去年の写真を見ていないと実感が湧かないだろうな?

 それこそ創始者の心の解放とか遺言とか言ってもチンプンカンプンだろうし、完成した生徒会広報を乞うご期待だ。


「じゃあ残りの決めちゃうわよ~。自薦他薦なんでも良いわちゃっちゃと決めちゃいましょ~。それと一応『生き物係』の定員は二名だけど他に居る~?」


 俺の話が気になるのか野江先生はとっとと終らせようとマキに入りだした。

『生き物係』は定員二名なのか。

 まぁ一人で毎週じゃあ負担がキツイか。

 でも居ないだろな。

 あの坂を飼育ケース持って上がるの辛そうだし。


「はい! 先生私『生き物係』やります!」


「あっせこっ、だから宮之阪さんどれも選らばへんかったんか! しまった~楽そうな黒板係立候補してしもうたわ」


 宮之阪が立候補すると八幡は悔しそうに嘆いている。


「はいこれで決まりね。二人で頑張ってね」


 これで俺と宮之阪が生き物係になったんだが、周りからまた冷やかしの声が上がる。

 宮之阪が顔を真っ赤にして『そんなんじゃないから』とか怒ってるんだけど、あまり刺激して欲しくは無いな……。


「こーちゃん。もし週末に持って帰らないとダメな動物なら家まで送り迎えお願いね」


 残りの委員や係が次々と決まって行く中、宮之阪が俺にそう小さく囁く。

 そりゃ女の子に持たせられないから当たり前だよね。


「あぁその時は任せといて」


 俺がそう言うと宮之阪は頬を赤らめて嬉しそうに笑った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さぁ、牧野くん。先生に話って何なのかな?」


 クラス全員の役割が何とか決まり終えた頃、五時限終了のチャイムが鳴った。

 ギリやばかったよ。

 本日は五時限までなのだが、決まらないとHRどころか放課後まで残る羽目になるので気が気でなかったんだ。

 HRも滞りなく終わり、先程決まった学級委員長のさよならの号令の下、解散となった。

 皆が帰る中、俺は宮之阪と八幡に先に生徒会に行くように告げ、先生と二人きりになる機会を待つ。

 宮之阪と八幡は少し渋ったが、あまり知られたくない内容も含まれているので何とか説得した。


 ……帰りにコンビニでアイスを奢る羽目になったけど……、まぁ良いか。


「その前に先生は何処まで知ってますか?」


 クラスメート達が全て帰り教室には俺と野江先生だけが残る。

 俺は元生徒会長で俺と同じくかつて部活紹介写真の件に携わった言わば同士にそう尋ねた。


「そうねぇ、一通りは美都乃さん……いや学園長から聞いていたわ。後は亡くなった創始者の旦那さんの手記や、あなたのお父さんの資料からの情報ね」


 と言う事はお姉さんと同じ情報と言う訳か。

 今の学園長の気持ちや結婚の事情は知らないっぽいな。

 親父と結婚する為とかその他のドロってる裏事情はさすがに言えないけど、ある程度の情報は教えておこうかな。


「あのですね、先生実は……」


 俺は学園長が結婚した顛末を中心に、今の学園長の気持ちやギャプ娘先輩と創始者の関係と言った比較的学園長の本性を隠して、良い感じな話になるようにネタをチョイスしながら話し、今現在俺が行っている紹介写真やインタビューの内容を伝えた。

 野江先生は俺の話に嬉しそうに耳を傾けている。

 学園長が現在創始者を恨んでいない事や、感謝までしている事について驚くかと思ったがそれについても気が晴れたというような顔をしていた。


「そっか~。美都乃さんはちゃんと旦那さんの事を愛して結婚したのね。本当に良かった……」


 勿論親父に振られた所にコロッとやられたと言う様な裏事情自体は伝えていない。

 ただ凄く良い人でその心に惚れたと言うように要約した。


「えぇ、最初大和田さんから結婚を嫌がっていたと言う話を聞いた時に、俺生徒会長の事を思って心が痛んだんです。けど真相を知って安心しましたよ」


「本当に。でもそう思わなかった人の所為で、彼女の心は閉ざされてしまったのね。それはなんと言うか、とても悲しい事だわ」


 今のギャプ娘先輩の事を知らない野江先生は、悲しい過去により心を閉ざしてしまった事を知り、顔を歪めている。

 事の成り行きを少なからずその目で見て来た当事者であるのだから、その心境は俺なんかよりもずっと強い物だと思う。

 とは言え、今のフニャフニャになったギャプ娘先輩を見ると驚くだろうなぁ。


「まぁ、けど創始者や学園長のお陰で大分マシになって来たんですよよ」


 ギャプ娘化については俺の口から言うにはかなり恥ずかしいのでお茶会仲間のお陰としておこう。


「ふ~ん、牧野くんかなり御陵家側の物言いするじゃない? もしかして将来の婿養子候補なの? それなら今からゴマすってないといけないかなぁ~?」


「ブフォォォォーーー!!」


 あまりの事に思わずなんか色々と拭き出してしまった。

 勿論すぐさま横を向いて先生の方向には飛ばないようにしたよ。


「ゴホッ、ゲホッ! な、何言ってるんですか! そんな訳無いでしょう!」


 何をいきなり言い出すんだこの人は。


「フフフ、牧野くんは良い反応するわねぇ~。まぁ半分は冗談よ。でも学園長のお気に入りみたいだからそれも有り得るなぁって思っちゃったわ」


 本当にこの人は何を言うんだよ。

 この人も、どこと無くお姉さん臭がするんだけど……。

 学園長、野江先生、それにお姉さんは似た物同士だから仲が良かったのか?

 それとも、お姉さんの性格は伝染するんだろうか?


 人類お姉さん化計画……ブルルッ、そんな事になったら人類滅亡だわ。


 ただ今の野江先生の話、養子って事なら先程学園長に息子として抱き締められたりしたので、有り得ない事でもないのが怖いよね。


「御陵さんが会長になってからは、生徒会にOGとして顔を出すのは気が引けていたのよ。結婚を止めさせる為に頑張ったけど力足りずに結婚させてしまったと思い続けてたからね。顔見る度に複雑な気分になっていたのよね。でも、もう大丈夫だわ。まっすぐあの子の顔を見られると思う。教えてくれてありがとうね」


 野江先生もお姉さんと同じく学生時代の古傷に囚われていたみたいだ。

 う~んここら辺は学園長が悪いよな。

 巻き込んでおいてアフターケアも無しに事情も説明せず結婚しちゃうんだから。

 まぁ親父との失恋や結婚準備に新婚早々夫と死別と言う目まぐるしい急展開な事態に見舞われたんだ。

 学園長自身もそんな余裕が無かったのかもな。


「でも、なるほどねぇ~。そう言うことだったのね。昨日もそうだけど、今日も部活は生徒達の主体性を促す為に自主トレさせるようにと、顧問は部活に出ないよう通達が学園長と校長連名の文書で出てたのよ。特に今日は理事長まで連名してあったからびっくりしたわ。今まで無かった事よ。だから私も剣道部お休みなんで午後から暇なのよね」


「そうなんですか、そう言えばどのクラブも先輩達だけでしたね。俺って今までクラブに入った事が無かったんで、そう言うもんだと思っていました」


 俺が動きやすい様に学園長が手配してくれていたと言う事か。

 本性はどうしようもないダメ人間だけど、ちゃんと仕事するんだな。


 それに校長も手助けしてくれていたなんて。

 当時、親父側に立って動いていたらしいけど、この件について何処まで知っているんだろう。

 どっちにしても今度有ったらお礼を言わないとな


 それに今日は理事長も協力してくれたのか。

 萱島先輩が言っていた通り、今回は事情を知っている人だけじゃなく、知らない人も形は違えど学園全て想いが創始者の心の開放の為に動いているのを感じる。

 絶対に失敗は出来ない。


「しかし、こんな面白い事が裏で起こっていたなんて知らなかったわ。それに美都乃さんも酷い! 勝手に嫌がってた人に惚れて私達を置いてきぼりにして、今度も蚊帳の外なんて! 私もこの件の関係者よ? 後でとっちめてやるわ。今まで罪悪感から遠慮してたけどもうそんな事必要ないわね」


 鼻を広げてふんふんと息巻いている野江先生。

 でも言葉と裏腹に本当に怒っているような顔ではなく楽しそうだ。


「牧野くん、期待してるわ。私もこの件に携わっていたから分かる。今回は私の時とは比べ物に……、いやあなたのお父さんの時と比べても学園全体があなたの味方よ。今度こそ創始者を助けてあげてね」


 あっ……。


 そうか、この人は完全に創始者に対して利害関係が無い人なんだ。

 他の人の思惑とは違い、純粋に人として学園長、そして創始者を助けようと思っていたのか。

 だから伝統を変えるとか囚われている心を解放すると言う事じゃなくこの問題の本質。

 創始者がと言う事に気付いていたのか。

 亡くなった創始者の旦那さんの遺言……それは形じゃなくて心を伝える事。

 その想いは書かれた手記に何度も出てきた。


 創始者の囚われた心の解放、これは言い方を変えると守ってきた伝統や想いの破壊を意味する。

 しかし、本当に大切なのは真に守るべき物が何かを伝える事、これは破壊ではなく言わば視点の転換だ。

 創始者が守ってきた物自体はある意味間違っていない。

 ただ、いつからかボタンの掛け違いが起こり、最初の想いからずれているだけ。


 それがこの問題を解決する糸口になるだろう。

 それに気付けば、誰も悲しむ事無く創始者やギャプ娘先輩に学園長、そして亡くなった創始者の旦那さんが学園に遺した想いも全て救われるんじゃないだろうか?


「先生ありがとうございます。これで何とかなりそうです」


 相手の視点の転換はぬらりひょんスキルの真骨頂。

 俺の得意とするところ、これなら何とかなりそうだ。


「うん、いい顔ね。私がもう少し若ければ惚れてるところだわ」


「ゲホッゲホ! な、なに言ってるんですか!」


「フフフ、本当に牧野くんは良い反応をするわね。大和田先輩や美都乃さんが気に入る筈だわ」


 野江先生は愉快な玩具を見るような目で俺を見てくる。

 本当に俺の周りの大人ってこんな人ばっかりだよな。


 ガラッ!


 その時、急に教室の扉が開いた。

 何事かと入り口を見るとそこには良く知る人物が笑顔で立っており、俺を見つけるなり大きな声でまた周りから変な誤解を受ける言葉を吐いてきた。


「おーーーやっぱり教室に居たのね。やっほー! コーくん! ママが来たよーー!」


「お、お姉さん!? どうしてここへ?」


 来ると言ってたけど何故俺の教室に?


「それとママじゃないですけどね」


 これは一応言っとかないと。

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