第53話 本当の家族

『え? 牧野くん? まだそこに居るの? 今の声は何? 大丈夫?』


 ドアの外から先程の俺の叫び声を聞き、慌てた様子の美佐都さんの声が聞こえて来た。

 あぁ、急いでドアに近付いて来ていますね。

 何故美佐都さんの声が外から聞こえるんでしょうか? 確かもう本鈴も鳴って五時限が始まっている頃なんですが……。


 生徒会長特権? いやそんな特権は無いですよね。

 どちらかと言うと生徒会長は、全生徒の模範となるように真面目に授業に出席するべきですしね。


 三年生はもしかすると新年度の最初の一週間は午前までなのかな?

 それも無いですよね? だって今年受験生ですもんね。

 この学園って新入生でさえ始業式の次の日からゴリゴリに授業有りますし、三年生ならもっと厳しいですよね。


 まぁどちらにせよ、今は美佐都さん……いや誰が入って来ても言い訳に困る状況なんですよね。

 学園長は聞こえていないのか耳元で『フヘフヘ』言って鼻息が荒いし、それに時折『これが息子を抱き締める感覚なのね』とか言ってるし……。


 まぁ先程の話からすると娘しか居なくて、それがスキンシップも基本反応の薄いクールビューティー。

 しかも学園長はずっと愛に飢えてたんで、恋人だった親父の息子である俺に、擬似的に自分に息子が居たらと言うのを投影して暴走しているんだろう。

 気持ちは分かるんですけどね、でも……。


「学園長! 今はマジでやばいですって! 離して下さい!」


『えっ牧野くん?お母さんと何をしてるの!』


 ガチャ!


 あ~開けちゃった……。


「えーーーーー! お、お母さん! それに牧野くん! なに抱き合ってるの!」


 美佐都さんはこれ以上無いくらいに驚いている。

 そりゃ驚くよね、後輩と自分の母親が抱き合ってるんだもの。

 これが逆で、もし親父が例え同じ理由で、しかもその事情を知っていたとしても、美佐都さんと抱き合ってる所に出くわしたら思いっきり親父をぶん殴ってるわ。


 助走を付けてね。


 あっ俺は腕を封じられる形で抱き付かれてるから正確には"抱き合っている”ではないよ。


「ち、違うんです。会長! 良く見てください。俺抱き付かれてます。抱き合っていませんから!」


 最低な言い訳だが、少しでも誤解は解かなければ。

 ちょっ学園長この状況無視して何スリスリしてきてるんですか。


「学園長! 美佐都さんが見てますよ!」


 ピクッ!


 あっ、さすがに娘の名前には反応したようだ。

 外から聞こえてきた娘の声の段階で気付いて欲しかったんだけど。

 素早く俺から離れてまるで何も無かったかのように澄ましている学園長。

 遅い! 遅いよ学園長! 何もかも遅すぎるよ。


「あら美佐都、どうしたの? もう授業中じゃないの?」


 どの口が言ってるんですか?

 この状況的に美佐都さんの台詞でしょ、『どうしたの?』って。

 いやこの場合は『どうかしたの?』だよな。

 ……勿論頭の中身が。

 それにやっぱり授業中って言う認識有ったんじゃないか。


「な、な、なんで二人抱き合ってたの?」


「違います。抱き付かれただけですよ」


「牧野くんは黙ってて!」


「……はい」


「ち、違うのよ美佐都。そう言うのじゃないのよ」

「そう言うのって、じゃあどう言うのなの?」

「お、親子のスキンシップ…かな?」

「え?牧野くんって弟だったの? そんな……」


「美佐都さん、違いますよ! 騙されないでください! 」


「そ、そうよね。お母さん!こんな時までふざけて!」

「いや、今はそうだけど、未来の予行練習と言うか…」


 訳の分らない事を言う学園長に対し、気持ちの整理が付かない美佐都さんは、更に追及の姿勢を強める。

 顔を真っ赤にして、頬を膨らませて抗議する美佐都さんに、学園長は段々とおちゃらけるどころではなく、しどろもどろになってまともに反論も出来なくなっていく。

 恐らくこんな美佐都さんの感情の昂る姿を見るのは初めてなのだろう。

 最初は困った顔して必死に言い訳していた学園長だが、次第に表情が崩れてきて目に大粒の涙が溜まりとうとう泣き崩れてしまった。

 その様に美佐都さんだけでなく俺も驚いて駆け寄った。


「お母さん言い過ぎたわ。ごめんなさい」


 美佐都さんは学園長の肩に手を置き必死に慰めている。

 まるで子供のように泣きじゃくる学園長に、俺達二人はどうして良いのか分からず困っていると、急に学園長が美佐都さん抱き付いた。


「美佐都~~~!! うわ~~ん!!」


「ちょっお母さん! どうしたの? あっ、制服に御化粧とか付いちゃうわよ。あっ肩が冷たい! 涙だけじゃない! 涎まで!」


 ……なんか美佐都さん大変そうだな。

 突然抱き付いて色々な物を美佐都さんに擦り付けている学園長。

 最小は抵抗していた美佐都さんも半ば諦め気味だ。

 仕方無く美佐都さんは学園長の頭を優しく撫でる。

 すると学園長は更に泣きながら自分の気持ちを吐き出した。


「うれしいのよ! こんな普通の親子喧嘩出来るなんてとってもうれしいの! あなたが心を閉ざした日からこんな未来が来る事なんて諦めてたの……」


「え? ちょっと、お、お母さん……。急にそんな事を言われると、そんな、私だって…くすん。うわ~~ん。お母さ~ん」


 二人はそのまま抱き合って泣き出してしまった。


 これが始めての普通の親子として心を交わしたコミュニケーションだったのだろう。

 幼い時に閉ざしてしまった美佐都さんの心は、母親に対して自分のをぶつけると言う事さえ知らなかったのかもしれない。

 先程の激しい追及は、初めて母親に自分の思いを感情のままにぶつけて、その所為で歯止めが利かなかったのだろう。

 学園長の想いを知り、様々な感情の奔流に溢れる涙が止まらないようだ。


 学園長も、唯でさえ愛する者と離れ離れになる運命を歩いて来たんだ。

 愛し守り抜くと決めた美佐都さんが心を閉ざし、どれだけ愛を与えても、その心に届いているのかさえも分からない、そんな状態が10年以上も続いていた。

 先程俺に抱き付いて暴走していた事でも分かるように、愛を受けるだけじゃなく、与える事にも飢えていたんだろう。


 そんな二人の想いが、置いて来てしまった時を取り戻そうと一つになっている。

 俺はその光景を見て、目頭が熱くなってくるのを感じた。

 暫く二人は抱き合い泣いていたが、大分落ち着いてきたみたいだ。

 泣き止むのを止めて、お互いの温もりを確かめ合っている。


「美佐都……。今のあなたになら届くかしら。私はあの人、あなたのお父さんである和佐さんを本当に愛していたわ。あなたは私とあの人の二人の愛の結晶、望まれない子供でも憎しみの象徴でもない大切な宝物なのよ」


「うん、うん……」


「あなたの名前はね。あの人が私に言ってくれた『俺の愛で貴女を包んであげたい』と言う言葉に応えて、私の愛であの人を包み込むと言う思いを込めて"美佐都"と名付けたの」


「お母さん……」


 二人は優しい眼差しで見つめ合っている。

 今のこの親子の間には最早壁は存在しないんだろう。

 お互いの言葉はきちんと二人の心に届き分かり合える、そんな関係になったのだと思う。


「そうそう、美佐都。一つ言って置く事があるわ。今あなたが私達に内緒で進めている部活写真の事だけどね、あなたは牧野くんに迷惑が掛からないようにって三人でやろうとしてるけど、それでは無理なの。牧野くんの力がどうしても必要だわ」


 暫く見つめ合った後、思い出したかのように学園長が真剣な顔で美佐都さんにそう言った。

 美佐都さん自体は去年止められた事もあり、今年は学園長にさえ内緒にしていたのだろう。

 本当は乙女先輩から全て漏れていた事を知らないので、とても驚いた顔をしている。


「な、何でお母さんがその事を? まさか!」


 美佐都さんが、ハッとした顔で俺を見て来る。


「ち、違いますよ。俺も先程学園長から頼まれた所です」


 俺は慌てて否定した。

 だって、美佐都さんは頬を膨らませてプンプンしているからだ。


「そうよ、牧野くんが喋ったんじゃないわ。今回は元々私が牧野くんを生徒会に入れて、この件を任せようと計画したのよ。橙子ちゃんを通してね。状況も橙子ちゃんに聞いていたわ。そして昨日全ての準備が整った事を知って、改めてお願いする為に牧野くんを呼び出したのよ」


「そんな……。そ、そう言えば生徒会入り申請の為の書類とか写真撮影とかの準備が、なんだかとても用意周到ねとは思ってたわ。知らなかった……。でもなんでそんな事を?」


 自分の預かり知らないところで動いていた計画を知り、美佐都さんは動揺している。

 更に彼女の周りでは、悲しい勘違いの産物である乙女先輩達の美佐都さんを守る為の部活紹介失敗計画も動いており状況はより複雑になっていた。


「それはね、入学式の日にあなたの閉ざしていた心を、牧野くんが解放してくれたのを知ったからよ」


 その答えに先程までの動揺は何処へやら、美佐都さんはきょとんとした顔をしている。


「私ってそんなに変わったかしら? 確かに最近今までより嬉しい事や悲しい事もハッキリと感じる事が出来るような気はするんだけど、そこまで変わった実感は無いのよね」


 マジか……、凄いギャップで、初対面の俺でさえ、その変わり様に驚いたんだけど。


「……自覚無かったのね。まぁ橙子ちゃんの話だと昨日も牧野くんが生徒会室から居なくなった途端、いつも通りに戻ったとか言ってたし、牧野くんが近くに居る時以外は、まだ上手く感情の制御が出来ていないと言う事なのかも」


 なるほど、さすがに十数年のブランクは簡単に埋まらないのか。

 逆にお姫様抱っこをしたあの時に、突如沸いた理解出来ない感情を爆発されなくて良かった。

 階段の上で暴れられると、正直洒落にならないよね。


「それならば、やっぱり牧野くんと力を合わせなければ御婆様の心を動かす事は出来無いわ」


「お母さん……」


「本当言うとね、牧野くんがただの牧野会長の息子で、あなたの心を開く事が出来なければ今年も諦めさせていたの。逆に牧野くん以外の人があなたの心を開いたとしてもね。それに昨日の牧野くんの演説もそうよ。学園全体の想いが一つになる様な事態でも無ければ、幾ら写真やインタビューを提案しても先輩達に受け入られなかったでしょう。どれか一つでも欠けていたらやっぱり諦めさせていたわ」


 学園長のその決意とも取れるその言葉に美佐都さんは納得できないと言う顔をしている。


「お母さん、何故諦めさせようとしたの? 曾御婆様があの写真の事を一番悲しんでるのを知っているでしょう?」


 事情を知らない美佐都さんにとっては確かに不思議だろう。

 自分を可愛がってくれている人が悲しんでいた事自体は分かっていた様で、周囲の事に無関心の筈がここまで気に病んでいたんだ。

 感情が戻ってきた今では、その想いも相当強くなっていると思われる。


「今はまだ詳しくは話せないの。御婆様の説得が済んだら全て教えてあげる。その時はあなたも受け入れる事が出来るようになっていると思うの。それに今私の想いは美佐都と一緒よ。御婆様が御爺様の遺言によって、いまだに囚われている心を開放してあげたいと思っているわ」


「分かったわ。お母さん。今年こそは絶対やり遂げる」


「ふふふ、本当にいい笑顔ね。じゃあ美佐都。先程牧野くんにお願いしたけど御婆様への説得は来週の月曜日にしようと思います。今日と明日で何としても生徒会会報を完成させてね。私も御母様と準備をしておくから」


 その言葉に美佐都さんは何も言わないが力強く頷く。


「あの学園長? ちょっと良いですか? 創始者を説得する策とかは無いでしょうか? あまりにもぶっつけ本番な気がするのですが」


 今更怖気付いた訳では無いのだが、さすがに無策で当ってどうにかなる相手では無い気がするんだけど?


「牧野くん、本当に申し訳無いんだけど、あの人に小細工は通用しないわ。どんな策でも駄目だったのは私の時で実証済みよ。あの人には心でぶつからないとダメだと思うの。だからこそ牧野くんに期待しているのよ。御母様でさえ落とした全自動攻略機の腕前に期待してるわ」


「ブフォ! ごほっごほっ、学園長まで何言ってるんですか。そんな恥ずかしい異名は止めて下さい」


 どこまで言いふらしてるんだよ乙女先輩。

 本当に風評被害もいいとこだ。

 俺はとても心外な異名で呼ばれ少し不貞腐れる。


「だって……ねぇ?」

「そうよ……ねぇ?」


 親子二人して俺を呆れた顔で見ながら何やら確認し合っている。

 その息ピッタリな様に少し自信が無くなってきた。

 俺ってそんな変な呼び方されるような奴じゃないよね?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それじゃあ二人とも頼んだわよ! がんばってね!」


「分かりました! 任せてください」


「曾御婆様を助けてあげる為、頑張るわ」


 こうして長かった俺の昼休みは終わりを告げ学園長室を後にした。

 長かった昼休みと言うか、完全に五時限にめり込んでいるんだけどね。


「そう言えば、何で会長は学園長室に来たんですか? 何か用事でも有ったんですか?」


 学園長室を出て二人で廊下を歩く。

 ギャプ娘先輩はふわふわと弾んだ足取りで凄く楽しそうだ。

 ふと、あのタイミングでなぜギャプ娘先輩が学園長室に来たのか気になって聞いてみた。


「五時限が移動教室で一年のクラスの前を通ったのよ。お母さんに呼び出された牧野くんが心配で様子を確認してみたら、宮之阪さんが牧野くんが帰ってこないと訴えてきてね。仕方無いから見に来たのよ。そしたらお母さんと抱き合ってるんだもの。本当にびっくりしたわ」


「何から何までごめんなさい」


 最後のは不可抗力だけど、あまり言うのも男らしくないので言いたいのをグッと我慢。

 でも心配して見に来てくれたんだから感謝しないと。

 宮之阪にもお礼を言っておかなくっちゃ。


「でも牧野くん、本当にありがとうね」


「え? 何がです?」


「なんだかお母さんと私、そして死んでしまったけど私のお父さん。今日本当の家族になれたような気がするの。昔ね私は望まれない子って言われた事があってね。……とてもショックで。それからかしら、全ての物が自分と違う世界の物の様に思えて、お母さんでさえ……。ううんお母さんこそ、私を要らない子と思っているんじゃないかって凄く怖かった」


「会長……」


「色々と優しい事を言ってくれてはいたのだけど、どこか信じられなくて。でも今日のお母さんの言葉はきちんと私の心に届いたの。そしてお父さんを愛していたって言う言葉も信じられたわ。私の名前の由来も知る事が出来てとっても嬉しかった」


 俺の目を見てそう語りかけてくるギャプ娘先輩。

 その顔は、鉄面皮でも、ふにゃけた顔でもない。

 感情が無かったなんて微塵も感じさせない、とても素敵なまるで太陽の様な笑顔だった。


「あっ、ありがとうございます。そ、そろそろ教室に帰らないと……」


 その太陽の様な笑顔を見てると、胸の高鳴りが美佐都さんにも聞こえてしまいそうなのが恥ずかしくなって、慌てて目を逸らし誤魔化した。


「え? そうね、早くしないと授業が終わっちゃうわ。急ぎましょうか」


 俺の戸惑いに気付かなかった美佐都さんは、俺の言葉に素直に同意して廊下を歩き出した。

 二人して軽く談笑をしながら教室を目指して歩いていると、視界の隅の窓の外、チラリと何かが映った気がしたので何気無くそちらに目を向ける。

 そこは中庭、中央に大きな木が見えた。


「大きい木でしょ?」


 立ち止まって木を見ていると、美佐都さんが少し嬉しそうに言ってきた。

 この木は、手記の写真に写っていたな。

 『自分達の始まりの木』……、そうか書かれていたっけ。

 どんなドラマが有ったのかは分からないけど、多分それは創始者達にとって幸せな出来事だったんだろうな。

 写真の創始者の笑顔は擦れた写真からでも心が温かくなるくらい幸せに溢れていたもん。


「この学校が建つ前から有るんですよね? 創始者の手記にも『自分達の始まりの木』と書かれていましたが、部活写真みたいな裏話とか有るんですか?」


 普通、更地にしてから建設するだろうに、邪魔じゃなかったのかな?


「さぁ? 曾御婆様はあまり昔の事を語ってくれないから……。でも私は小さい頃からこの木は大好きなのよ。なんか見てると心が安らぐって感じがするの。牧野くんはどう?」


「え? 俺ですか? え~と……、あれ?」


 美佐都さんに感想を聞かれた為、もう一度ちゃんと木を見ようと目を向けた時、木の側に誰かが立っているのが見えた。

 その人は木の方を見ているから顔は見えないけど、どうやら髪型や服装から男性のようだ。

 生徒じゃないな、背広を着ているから先生だろうか。

 あっ、顔を上げた。


 え?


 俺達は窓の閉まった三階の廊下から見ていたにも関わらず、その男性は迷う事無く俺達の方を見て……そして、笑った?

 まるで俺達がここに居るのに気付いているかのように。


 それだけじゃない……、その顔は……。


「牧野くん? どうしたのボーっとして?」


 美佐都さんの声に我に返った。

 俺が質問の途中で固まったので心配になって声を掛けて来たみたいだ。

 きょとんとした顔で俺を見ている。


「え? い、いや、そこに人が……」


「人? 何処に居たの?」


「いや、そこの木の側に……あれ? 居ない?」


 視線を戻すと、そこには誰も居なかった。

 そんな、先までそこに居たのに……。


「あれ? さっきまでそこに背広を着た男の人が居たのに。先輩は見ませんでした?」


「いえ、気が付かなかったわ。あつ、もしかして見回りの先生じゃない? 授業時間に廊下を歩いていた生徒を見つけたんで、慌ててこちらに向かってるのかもしれないわ」


 あっ、そうか! たまたま見上げた先に生徒が居たから、獲物を見付けたハンターの如くニヤリと笑って追いかけて来てるのか!


「捕まったらヤバイですね。いや、ちゃんとした理由が有るから説明したら良いんでしょうけど面倒臭いですし」


「うふふふ。そうね。なんかドキドキしてきたわ。こんな気持ち初めてよ。これが鬼ごっこと言う奴かしら」


 美佐都さんがワクワクと声を弾ましてそんな事を言ってきた。

 その顔は鉄面皮やふにゃふにゃでも無く、さっきの太陽の様な笑顔でもない。

 まるで小さい子供がイタズラした時の様なそんな無邪気な笑顔。

 これもある意味ギャップだよな。

 

「え? はははは。そうですね。じゃあ掴まらない内に逃げましょうか」


「じゃあ牧野くん、わたしは視聴覚室だからここでお別れね。放課後また生徒会室で会いましょう。待ってるわよ!」


 そう言って、美佐都さんは無邪気な笑顔のまま走り出した。

 少しづつ色々な心を取り戻している美佐都さんを見ていると、また何処か遠くで小さく鍵が開く音が聞こえた気がした。


 まだまだ慣れない感情表現に振り回されている美佐都さん。

 そんな美佐都さんが、誰の前でも明るく振舞える日が来て欲しい思う反面、あの笑顔を、誰にも見せたくないと思う自分が居る矛盾に、俺は少し戸惑いを覚えた。

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