第52話 真相 後編

 

「やっぱり俺と美佐都さんの出会いって運命なのかもしれないですね」


 俺がしみじみそう言うと学園長は満面の笑みを浮かべた。


「そうなのよ! あなたと美佐都は生まれる前から運命で結びついてるのよ!」


 確かにそうだ、ここまでの偶然は有り得ない。

 これは本当に……。


「俺と美佐都さんは、創始者の心の解放してあげる為に出会う運命だったんですね!」


 ……。


 あれ? なんか学園長が凄いズッコケてピクピクしている。

 どうしたんだ?


「そ、そうよね。牧野くんならそう取るのよね。一々驚いてちゃ体が持たないわ。まぁ本人がどう取ろうと運命の歯車はもう回ってるし、今更私があれこれ言うのは野暮ってものね」


 運命の歯車ってなんか中二病みたいで大袈裟だなぁ。


「でも、そんなに今も親父の事が気になってるんなら、なんで美佐都さんのお父さんと結婚したんですか?」


 俺はとうとう話の核心突いてみた。

 これが全ての悲劇、そして、幸運にも俺と美佐都さんがこの世に生まれ出ずる事となった始まりになる。

 今までの話だと全然親父の事を諦めてないっぽいんだけど、どう言う経緯で結婚する事になったんだろう?

 乙女先輩と桃やん先輩に聞いて来るって約束したし、これだけはハッキリさせないとな。


「それなんだけどね。あの人とは私が小学生の時、ある祝賀会に出席した際に偶然知り合ったの。あの人って旧財閥の次男坊なんだけど、私を見るなり口説いてきてね。何かチャラい女たらしみたいな感じでいけ好かなかったのを覚えているわ。その後も事有る毎にちょっかいをかけて来て、凄く迷惑だと思っていたの」


 乙女先輩が言っていたのはこの事か。

 最初はそうでも無かったのだけど、喋っている内に当時の感情を思い出したのか、学園長は不機嫌な顔で話している。

 なるほど、凄い嫌がり方だな。

 しかし、そんな前からの知り合いだったのか。

 何処か知らない人を婚約者に無理矢理宛がわれていたんだと思っていた。

 相手は旧財閥の次男坊なのか。

 婿入りさせるのは好条件だったんだな。


「その後、この学園に入って牧野会長と運命の出会いを果たしたのよ。だからあの人に『私は好きな人がいる! もう目の前に現れるな!』と言ってやったわ。そしたら暫く現れなくなった。けれど、写真騒動の後、再び私の前に姿を現した。今度は婚約者としてね。私の事情につけ込んで御婆様に言い寄って婚約者になったんだと心底憎んだわ」


 お、おおぅ? 何か凄い剣幕で怒ってるんだけど、ちゃんと好きになって結婚したんだよね? その人と。


「私の牧野会長と結婚すると言う夢は、御婆様に引き裂かれた後も続いていたの。興信所を使って牧野会長の動向は逐次調べていたのよ。その頃の牧野会長の実績はもう御婆様でも無下に出来ないくらいの活躍だったんで、今度こそ大丈夫だと思ったのよ」


 興信所って……監視社会怖いなぁ~。


「そして、私はこの学園に教師として戻ってきたの。そこでさっちゃんと再会してね。そう言えばさっちゃんは私が学生時代に学園から去った事を牧野会長から聞いてなかったようなのよね。その事を話したら驚いていたわ」


 まぁ親父は自分のアレが下手・・・・・だった所為で、学園長が去っていったと思い込んでるだろうからなぁ~。

 そんな事、お姉さんに言える訳ないよな。


「そして、再度御婆様の凝り固まった仕来りをぶち壊す為に計画を立てたのよ」


「ぶち壊すって……。ならなんでその途中で結婚なんかしたんですか?」


 そこまで憎んでいながらそのタイミングで相手を好きになって結婚ってどう言う心変わりだろうか?


「それはね、牧野会長の傍にあの女狐が現れたからなのよ」


 女狐? あぁなんか懐かしいフレーズだ。

 これ母さんの事だよな。

 やっぱりこの人お姉さんに似ているわ。


「その報告を受けて直ぐに乗り込んで行ったのよ。そして女狐と別れる様に迫ったわ。でも牧野会長の中の女狐の大きさは、もう私が入り込む余地が無い程大きくなっていたの。もっと早く気付けばよかった。御婆様なんて無視して会いに行けば良かった。そして、もう一度一緒に御婆様と戦えば良かった。今度は御爺様の遺言なんて関係無かったのだし……」


 学園長は悔しそうな顔をしている。

 そうだよな、創始者の旦那さんの遺言はあくまで学園内だけの事だ。

 そもそも二人の結婚なんて、遺言は関係無かったんだ。

 それ程までに、好きな人と引き裂かれたと言うショックは、学園長の心を呪縛として学園に繋ぎとめてしまっていたんだろう。

 わざわざ教師として戻ってきた事からもそれは伺える。


「それでね、私は失意のあまり実家に引き篭もり、暫く泣き暮らす日々を送ったわ。私は何の為に頑張ってきたんだろうって」


 声に出したらいけないんだろうけど、さすが創始者一族。

 失恋と言う理由で学校休めるんだな。


「そしたらね、あの人が私の元にやって来た。そして『貴女が誰を好きでもいい。貴女の中に俺が居なくてもそれでもいい。俺はただ貴女を愛し、そして包む存在でいい』って言って来たのよ。最初は失恋につけ込む女たらし野郎と思ったわ。でも少し心が動いたのは確かね」


 はぁ、確かに学園長が語った最初の印象のイメージだと、女たらしな台詞っぽいけど、中々言える台詞ではないよな。


「その時に初めてあの人の目をちゃんと見たの。そしたら彼の目には私を欺こうなんて想いは一切無かった。本当に私の事を想っていると初めて気付いたの」


「そ、それで好きになったんですか?」


 ちょっとチョロ過ぎる気がしないでもないけど。

 先程の親父に対するテレッテレな感じと同じく学園長は顔を赤くしている。


「そうなの。でもちゃんと彼の事を興信所で調べたのよ?」


「そ、そうですか。そこはなんと言うかしっかりしてますね」


 ただ単にチョロい訳ではなかったか。

 監視社会怖い……、学園の監視カメラって学園長が取り付けたの確定だな。


「その報告によるとね。チャラい外見の割りには全く女の影が無く、とても真面目な努力家で、彼の実家の企業内でも素晴らしい実績をあげて長男を措いて次期跡継ぎかとまで言われてる人物と言う事が分かったわ」


 なんかイメージが変って来たぞ?

 女ったらし所か、かなり素晴らしい人なんじゃないのか?


「結婚を断る私を見て、他の嫁候補を薦めてくる人達が居たらしいけど、何故か全て突っぱねていたようなの。複数の興信所で調べてもらったから間違いないわ」


 その人の事を何処まで信用してなかったんだよ。

 少し可哀想になってきたな。


「ある日聞いてみたのよ。『私なんか放っておいて他の人と結婚して実家継いだら良いのに、なんで私にそんなに言い寄ってくるの?』って。そしたらね、『君が初恋なんだ。君に始めて出会ったあの日から君の事しか見えていない。君に相応しい男になる為に今まで生きてきた。次期頭首と言う人も居るけれど、君と一緒になる為に頑張ってきたんだ。実家なんか兄貴に任せてたらいいんだよ』って言い切ってね。さすがにあの目でここまで言われたら折れるしかないわ。そしてあの人の事を好きになったのよ」


 次期頭首と言われる様になる程、学園長と認められたいと言う想いだけで頑張って努力してきたのか。

 どれほどの想いなんだろうか?

 俺にはそこまで誰かを想う事なんて想像がつかないや。


「でね、あの人と結婚する事を決めたのよ。けど、あの人ったら女たらしな顔しておきながら凄くウブでね。私が初めての―」


「だからストーーップ! そんな情報本当に勘弁して下さい!」


 マジでこの人は何を考えてるんだ?

 学園の長たる人が高校生相手になんて話をしてるんだよ。


「うふふ。後から知ったんだけど御婆様もあの人の純粋な私への想いを知って、この人なら私を幸せにしてくれるだろうと選んだらしいわ。結果先に死んでしまったんだけどね。でも、あの人が御婆様に取り入った訳じゃなかったのよ」


「なるほど。その人の事を愛してるのは分かりましたよ。その人が素晴らしい人と言う事も。本当に残念な事です。でもなんで親父に今でも気が有るような事を言うんです?」


 そんな素晴らしい人なのになぜ今も親父が好きと言うのを隠さないのだろうか?


「それはそれ、これはこれよ~。あの人も『貴女が誰を好きになってもいい』と言ってたし~」


「こ、こ、この人最低だーーーー!!」


 本当に学園の長がこんなので本当に大丈夫なのかこの学園?

 まぁ、とは言うもののこの人なりの照れ隠しなのかもしれないな。

 ……。

 いやあの顔は本気っぽいなぁ~。

 やっぱりドロッてる裏事情だったよ。


「そう言えば、先程から卒業後の親父の実績について言っていましたけど、親父は『生徒会旗事件が無ければ、今の僕は居なかった』と言っていたそうです。今ある実績って奴も、あの生徒会旗焼失のお陰かも知れませんよ」


「そっかぁ~。私達ってどうあっても結ばれない運命だったのかもしれないわね」


 俺の言葉に学園長は少し寂しげにそう言った。


「で、なんで今年は創始者の心を解放させようとしたんですか? もう関係無いと思うんですが?」


 学園長は親父と結婚する為に解放させようとしていた。

 今じゃその必要は無くなった。

 それに伝統を守りたいと言う気持ちも分かってるから無理に気持ちを動揺させる事も無いだろう。


「それはね、私に新しい夢が出来たからよ! 御母様の許可はもう取ったも同然だし、後は御婆様の心を解放させてあげる必要が有るの! 私と牧野会長が結ばれなかった運命だったとしても、今回は運命自身がこちらの味方よ!」


 あぁそう言えば新しい夢が有るって言ってたな。

 どんな夢だろうか?

 理事長の許可と言うのが良く分からないけど


「橙子ちゃんから口止めされてるんで、まだ言えないけどね」


 そう言えば乙女先輩は昨日も止めてたな。

 美佐都さんの為っぽい事を言っていたし、それ自体は悪い事ではないんだろう。


「そう言えば、藤森先輩も桃山先輩も学園長の思惑を躱して俺を目立たない一生徒に仕立て上げようとしていたって言ってましたけど、それには気付いていたんですか?」


 ある意味学園長への裏切りと言う事なんだよな。

 それでも乙女先輩も桃やん先輩も俺の事や学園長の事を思ってやった事だ。

 責める事は出来ないな。

 そんな事を考えていると学園長が大声で笑い出した。


「アハハハハ! あの子達って頭が回るのに本当に嘘と言うか演技が下手よね」


「え? 俺を目立たせなくするって言うのあれ嘘だったんですか?」


 嘘……なのか? あの場面で俺に嘘を言う意味が分からないんだが。

 少なくともあの真剣な眼差しは嘘とは思えなかった。


「ああ違う違う、あの子達は御婆様からあなたを守ろうと色々と策を練っていた。それは本当よ。牧野くん、昨日橙子ちゃんが言っていたけど、悪意に敏感なのよね?」


 学園長はそんな事を笑いながら聞いてくる。

 その言い回しは何か中二病っぽいけど確かに人の悪意や欺こうとしてくる感情はなんとなく分かった。


「一応は。引越しばかりしてきましたから自分の居場所を作る為には周りの感情を読み取って立ち回る必要が有りましたし」


 そのお陰で今までいち早くぬらりと周囲に入り込み仮初めの自分の居場所を作る事が出来た。


「で、あなたは二人に騙されていると言う感覚は有った? あなたの目には自分を励ましてもっと色々と活躍させようと助言してくる先輩にしか見えなかったんじゃない?」


「あっ」


 確かに俺もずっとそう思っていた。

 何か裏で考えていると言う事は分かってはいたけど先輩達の告白の様な思惑は感じなかった。

 節々でも俺の事を励ましてくれていた。

 萱島先輩への根回しもそうだ。

 本当に俺に目立たせなくするならもっと他に手は有ったと思う。


「でも、それってどう言う事なんでしょうか?」


 嘘や演技が下手? 何に対しての事なんだ?


「二人が言ってたでしょ? 牧野くんの活躍が見てみたくなったって。それに橙子ちゃんも言ってたわね。始業式の打上げの報告をした時の私の嬉しそうな顔が忘れられないって。あれね、美佐都の事もなんだけど、その報告をする橙子ちゃんの興奮振りも嬉しかったのよ。あの子はね、既にあの時からあなたの熱烈ファンだったのよ。意地っ張りだから天邪鬼な事を言ってるけどね」


 凄く楽しそうに学園長はそう言った。


「そうだったんですか……。良かったです。俺は知らずに騙されていたと言うのが凄くショックだったんです。幾ら俺を守ろうとしたとしても、あそこまで自然に騙されたのかと人間不信になるところでした」


 騙そうと思っておきながら騙す事すらしていなかったのか。

 でも乙女先輩が俺のファンってなんかむず痒いよな。

 どちらかと言うと玩具と思われている感じなんだけど。


「これで言いたい事は全部言ったわ。牧野くん今日の部活巡り頑張って。そして部活紹介のページを完成させてね」


「分かりました。頑張ります!」


「それと、御婆様の説得は生徒会報配布の前日である月曜日に行います。美佐都は橙子ちゃんと桃山さんの三人でやると言っていたけど、それではダメだと思うの。どうしても牧野くんの力が必要だわ。頼めるかしら?」


 学園長が俺を熱い目で見つめてくる。

 始まりから二十五年の時を超えての悲願だ。

 一度は破れた夢だけど新たな夢の為に必要だと学園長は言っていた。

 それに美佐都さんも創始者の心を解放してあげたいと思っている。

 俺も亡くなられた創始者の旦那さんの想いを知ってその言葉に囚われているのを解放してあげたいと思っている。

 それに創始者との直接対決は薄々そうなるだろうと覚悟は決めていた。

 俺は学園長のそのお願いの言葉に立ち上がって宣言した。


「任せてください。絶対俺が創始者の心を開放させてみせます! そして美佐都さんの願いも学園長の新しい夢・・・・って奴も叶えてみせますよ!」


 少し格好を付け過ぎかな?

 でも俺の心はそうしたいと願っている。

 この想いだけは変えられない。


 ん? 学園長が何やら凄い嬉しそうな顔をして立ち上がったな?

 肩を叩きながら『頑張って!』とか『期待してるわ!』とか言ってくれるのかな?

 期待には応えるよう頑張りますよ。

 あぁ何やら小走りにテーブルを回り込んで近付いてくる。

 あれ? 何か勢い激しくない? それに手を広げてるしどうして?


「牧野くん! 私がママよ? さぁ思いっきり胸に飛び込んできなさい!」


 そう言いながら猛烈ダッシュで俺に抱きついてきた。

 お前が来るんかーーい!って、それお姉さんの時にやったから!


「な、何するんですか! 学園長! 何がママなんですか!」


俺がママと言う言葉を口にした途端、学園長は耳元で『フヘッ』って言う奇妙な嬌声をあげ抱き付く力を強めてくる。

 と言ってもお姉さんの様な万力の如く中身が出そうな強さではなくあくまで普通の女性のハグではあるのだが。

 しかしなんだよ『フヘッ』って。

 分かった、この人がお姉さんに似ている理由。

 元気に振舞っておちゃらけてと言っていたモデルがお姉さんなんだ。

 熟練度が高いのはお姉さんと言うモデルが居たから真似るのが楽だったんだろうな。


 とても迷惑だ!


 ともあれ、ずっと気になっていた数々の真相を知る事が出来た。

 色々な人達の想いも理解した。

 ……いや、この抱き付かれている状況は全く理解出来ないのだけれども。

 俺は創始者との決戦の日に向けて決意を新たにする。



「だから学園長離して下さいって!」


 俺の叫びはいまだ抱き付く手を緩めない学園長をよそにこの部屋中に響き渡るのだった。

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