第49話 真相 前編
「待ってたわよ~。遅かったじゃない」
俺が学園長室に入るや否や、学園長はそう言って来た。
少し先輩達と長話してしまったんで、かなり待たせちゃったな。
昼休みも半ば過ぎて残り時間で話が終わるのか不安になる。
「すみません。少し用事が有って遅れました」
学園長は俺の言葉に少し笑いながらそう言った。
あぁ、その顔は遅れた理由を知ってるみたいだね。
まぁそうだよね? 視てたよね? 監視社会怖い!
「橙子ちゃんと桃山さんに捕まって何話してたの?」
あれ? 声は聞こえてないのかな?
そりゃあ、さすがに全ての箇所にマイクはやりすぎだしね。
「え~と、それはその~」
さて、どう言う順序で話しをしたものか。
いきなり今でも創始者恨んでます? とは聞けないよな。
「御婆様に感謝してるか……フフッ」
学園長は俺に対して、とても愛おしいものを見るような優しい目でそう呟いた。
全部聞いてたんじゃん!
やっぱり隠しマイク標準装備かよ! 監視社会怖いな!
「聞いてたんですか。学園長も人が悪いなぁ~」
全て分かってる学園長に誤魔化しても仕方無い。
先程の優しい目はやはり今は創始者を恨んでいないんだろう。
それが何故なのかはこれから話してもらおう。
「フフフごめんなさいね。よく橙子ちゃんにも言われるわ」
嬉しそうに目を細めるその顔はまるで悪戯っ子の様だ。
この人は相変わらずフランクだよな。
「それにやっぱり、あなたは凄いわね。私があの人……、美佐都の父親の事を本当はちゃんと愛していた事を分かってくれたなんて。誰かにそう言って貰えて本当に嬉しいわ」
やっぱりね。
ちゃんと納得してその人が好きで結婚した。
それを聞けて俺も嬉しい。
やっぱり美佐都さんは愛されて生まれてきたんだ。
それが分かって本当に嬉しい。
「さて、どこから話しましょうか。まぁ、まずは美佐都の事よね」
そう、俺がこの学園に来て最初に出会った人。
それによって全ての歯車が回りだしたんだ。
色んな先輩達との出会いも、生徒会に入ったのも、その出会いから始まったんだ。
「まぁ、そこのソファーに座って。今紅茶を淹れるわ」
俺はそう促されて、来客用のソファーに座る。
学園長って紅茶好きだよなぁ。
紅茶を淹れ終わった学園長が、俺の前にカップを差し出す。
「さぁどうぞ」
「ありがとうございます」
角砂糖を入れてカップに口を付ける。
学園長は相変わらず優しい目で俺を見ていた。
「その紅茶はね、美佐都の父親だった、あの人が好きだった銘柄なの」
「うっ……」
その言葉に俺は噴き出しそうになる。
そうなのか……。
その情報は何か複雑な気持ちになるな。
「まず最初に言っておきたい事が有るの。私は美佐都の事を本当に愛してるわ。目に入れても痛くないと思ってる。なんて言っても、あの人との子供だしね」
学園長はそうきっぱりと言い切る。
美佐都さんだけではなく、死んだ美佐都さんのお父さんへの愛も感じた。
これはお姉さんや乙女先輩達からの情報には無かった想いだ。
色々と尋ねたい疑問も有るが、取りあえず今はまだ大人しく学園長の言葉に耳を傾ける時だと思い、口は開かず次の言葉を待つ。
「多分この想いをちゃんと分かってくれてるのは、死んだあの人と、牧野くんあなたと……それに御婆様だけね」
「え? 創始者も知っていたのですか?」
これは予想外過ぎた。
どの聞いた情報からもこの話は繋がらない。
「ええ、御婆様は知っていた。と言うか私が御婆様の部屋に単身乗り込んで宣言したのよ。『私はあなたの意志で結婚するんじゃない! 私はあの人を好きになったから結婚するんだ!』ってね。さすがの御婆様も目を剥いていて驚いていた。その姿を見て凄くスカッとしたのを覚えているわ」
あぁ、この人ならやるだろうな。
お姉さん臭のするこの人は恐らく負けず嫌いな所も似てるんだろう。
「だけど、これを皆の前でやらなかったのが悪かったの。親族一同の前でこれを宣言するのはさすがに恥ずかしくてね。私の想いを知らない皆は、私があの人を拒絶していた時間が長すぎた所為で、周りの人に望まない結婚をして、その結果身篭ったのが美佐都だと思い込ませてしまったの」
これは乙女先輩だけじゃなくお姉さんもそう思っていたようだ。
それは仕方が無いだろう。
その時間が長ければ長い程それが当たり前と認識してしまう。
しかも創始者からの圧力と言う前提が有るんだから誰だってそう思うに違いない。
「結婚する前には皆に言わなきゃと思っていたんだけど、私もずっと拒絶していたのにコロッと心変わりしたのが恥ずかしくてね。周りに愛していると言い出し難かったのよ。伝えたのはさっちゃんだけね。あの人もこれから二人で証明していけばいいと言ってくれてたし」
学園長は顔を真っ赤にして照れている。
その照れ顔に俺まで恥ずかしくなってきた。
「それに、そこで周りに何か言っても創始者が言わせてると思われて、余計ややこしくなっちゃいますよね」
過去引越し先で何回か似たような事が有った。
一度広まった第三者の固定概念を覆すのは容易ではない。
そう言う時は、当事者全員で違うと言う事を証明しなければならないのだが、この場合は前提が全て悪い方向に向いてしまっているので、言葉だけでは難しい。
それこそ美佐都さんのお父さんの言う通り、二人仲のいい所を周りに見せ付けて、ゆっくり浸透させるのが一番だったと思う。
でも、それは……。
「そうなのよ。……でもそれが悲劇の始まりだったの。美佐都を身篭ってすぐにあの人は海外出張中に事故で亡くなってしまった。本当に悲しかった。牧野会長との仲を引き裂かれ、そして次に愛したあの人も失ってしまった。私が人を愛してしまうと、その人から引き離される運命なのかと御婆様だけじゃない、世の中全てを恨んだ。学園も辞めて自分の部屋に引き篭もり何度死のうかと思ったわ」
学園長の顔が悲しみで歪むんでいく。
幾ら吹っ切ったからと言っても、彼女の中にはまだ愛している人を失った悲しみ自体は消えていないのだろう。
「そんなある日、私の部屋に御婆様が尋ねて来たの」
その言葉を呟いた彼女は少し優しい顔になった。
何故だろうか?
「私の恨みの元凶だもの、部屋に来た時に今まで抑圧されていた想いを思いっ切りぶちまけてやったわ。『お前の所為で私の人生が狂ったんだ』とね。そしたら御婆様は涙を流されたの。そしてね『お前にまで死に別れる悲しみを味合わせてしまってすまない』とだけ言って去って行ったわ」
その話を聞いて今まで想像していた創始者のイメージが少し揺らぐ。
いや、そうじゃないな。
そもそも亡くなったもう一人の創始者の手記に挟まっていた写真に写る彼女の笑顔は、皆から聞いて想像していた創始者からかけ離れているんだ。
全ては
「そこで気付いたのよ。この人も愛する人を亡くした痛みを知っているんだ……ってね。しかも、その人が遺していった物は女の細腕では到底守れない程大きかった。それでも御婆様は、自分を捨ててでもそれを守ろうと必死に生きてきたんだと……」
そう、彼女が全てに厳しく親族でさえ口出せない程の厳しい姿勢もそこから始まっている。
愛する者と死に別れて、その人が大切にし、そして遺していった物を守る為に心を岩の様に守り固め必死に生きて来た結果なんだろう。
「そうしたらね、私にも遺された物が有るって思い出したのよ。……そう、お腹の中の赤ちゃんよ。御婆様が御爺様の遺した物を守る為に頑張って来たように、私も美佐都を守っていこうと思ったら全てが吹っ切れたの。ちなみに美佐都の名前はあの人の、
なるほど、これがお姉さんの言っていた美佐都さんが生まれるまでの話の真相なのか。
「そしてね、美佐都が生まれて、初めて抱き上げその顔を見た時に思ったの。私をこんな可愛い子に引き合わせてくれたのは、そしてあの人と巡り合わせてくれたのは御婆様だって。そりゃあ牧野会長と引き裂かれた事への怒りは消えていないのだけど、それでもこの大切な赤ちゃんに出会う事が出来た事に感謝したの。牧野くんもそう言ってたわね。私が美佐都と会えたのも、そして牧野くんと会えたのも、言ってみれば全て御婆様のお陰よ」
学園長も同じ事を思ったのか。
引き裂かれた事は悲しい事なんだけど、それが無ければ俺はこの世に居ない。
それと同じく美佐都さんだって生まれてこなかった。
やはり学園長は、引き裂かれた事自体はいまだに許せないかもしれないけど、創始者を恨んではいないのが分かった。
ただ、そうなるとそこまでの愛情を持って育てられた美佐都さんが何故心を閉ざし鉄面皮と呼ばれるようになるのだろうか?
そう思っていると学園長の顔がまた曇り出した。
「美佐都にね、私はお父さんを愛していたときちんと伝えるべきだったの。でも父親の居ないと言う事で悲しませるのに気が引けてね。あと私も吹っ切れたとは言えまだ当時はあの人の事を口に出すと涙が出て来る事も有ったのよね。それに……、言いたくても、いえ、なんでもないわ」
学園長は何かを言いかけて口を閉ざした。
その顔はとても辛そうで唇を噛んでいる。
「どうしました学園長?」
今、和佐さんの事で何か言いかけた?
「ごめんなさい。ちょっと色々と思い出してね。……まぁ、だから楽しい思い出を、学園での牧野会長や生徒会の皆で頑張った色々な出来事を子守唄代わりに聞かせてたの」
学園長は表情を戻し喋り出す。
とは言え、かなり無理をしている様に思える。
何か口にしたくない事でも有るのだろうか?
しかし、それで親父の話をしたのか。
それで美佐都さんは生徒会に、俺の親父に執着するようになったのか?
にしても想いが強すぎる気がしないでもないけど。
「本当にこの時、私は無理をしてでも、……を破ってでも、あの人の事を美佐都に伝えるべきだったの」
学園長の目に涙が浮かんできた。
また、何かを口籠り、言わなっかった理由をはっきりと言わなかった。
何が有ったのだろうか? この人が泣いて後悔するなんて。
「ある時、望まれない結婚をしたと思い込んでる心無い者が、美佐都に対して望まれない子と言って罵ってしまったの。私がちゃんとあの人の事を愛していたと伝えていればそんな戯言と無視したでしょうけど、私はそれを伝える事が出来ていなかった、それどころかか引き裂かれた相手の話を楽しそうに聞かせていたのよ。慌ててあなたのお父さんを愛していたと言っても遅かった。美佐都は傷付き心を閉ざしてしまったの」
学園長がハラハラと涙を零す。
悲しいすれ違いの結果の悲劇だ。
やはり美佐都さんはこの事が原因で心を閉ざしたのか。
しかし、それなら何故生徒会に執着して、何故創始者を恨んでいないのか?
「すみません、そこの所がずっと気になっていたんです。大和田さんや藤森先輩達に聞いていた情報で恐らく小さい時にその様な事があって心を閉ざしてしまったのだろうと言う事は想像していたのですが、でもそうすると、どうしても元凶である俺の親父や創始者を恨んでいないのか分かりません」
俺の問いに学園長は少し複雑な顔を浮かべる。
どうも彼女の中でも消化出来ていない事なのか?
「まだとても幼かった美佐都は、現実逃避の為なのか傷付いた心の整合性を取ろうとしてなのか、私が語った牧野会長の活躍話を自分に居ない父親にかわり牧野会長を父性の象徴として混同するようになっていたらしいの。一度牧野会長が本当のお父さんだったの? と聞かれた時はときめ……いや愕然としたわ」
おい! 今この話の流れの中、親父との子供ってのに何『ときめいた』とか言おうとしてんだよ!
結構なんだかんだ言ってこの人、親父の事引きずってるよな。
それに美佐都さんと姉弟なんて洒落になりませんよ。
「それから後悔の日々だったわ。違うと訂正しても聞く耳持たずそれどころか生徒会の話をもっとして欲しいと強請るようになった。あの人にも申し訳なくてどうにかして心を癒そうとしたんだけど、どんどん頑なになっていってしまったの」
う~ん、先程の失言の所為でどうしてもこの人の言葉が、軽く聞こえるんだよなぁ~。
いや、悲しい事なのは分かっているんだけどね。
「でもね、ある日を境に少しだけ普通に話すようになって来たのよ。なに気無い事にもぎこちなくだけど笑うようになったしね。あぁ時間が解決してくれたのかと思っていたらそうじゃなかった。ある時ね、たまたま御婆様の部屋の前を通ったのよ。すると中から御婆様と美佐都の話し声が聞こえて来たの」
創始者が美佐都さんと話をしていた事で普通になったと言う事か?
なぜ? 親族から鬼の様に扱われている創始者と何を話していたんだ?
「御婆様が話されてたのは、美佐都に私があの人の事を愛していたと宣言した事や、私を牧野会長から引き裂いた事を悔やむ言葉だった。御婆様がそんな事を言うなんて信じられなかった。その声は普段の御婆様からは想像つかないとても優しく慈愛に満ちていたわ」
その言葉から想像される創始者の姿は手記の写真のイメージその物だ。
それが彼女が守る為に身に付けた鎧を脱いだ本当の姿なのだろう。
でも、なんで美佐都さんにそんな事を話したんだろうか?
「御婆様にとっては親族も御爺様から遺された大切な物なのよ。それなのに大切な物を守る為に、大切な曾孫の心を傷付けてしまったと言う罪悪感で、美佐都を異常に可愛がるようになっていたみたい。私がその部屋に乱入した時の御婆様の顔を真っ赤にして驚いた顔ったら無かったわね。それからよ、私達三人が時々秘密でお茶会をするようになったのは」
なるほど、それで美佐都さんは創始者の事が嫌いではなかったのか。
三人でお茶会って、想像していた以上に仲が良いな。
だけど何故その事を公表しないんだろう?
それを知ったら皆納得したと思うんだけど。
「秘密にしていたのはなんでなんですか? 藤森先輩はいまだに憎んでいると信じていました。美佐都さんが望まれない子供だったんじゃないかって凄く悩んでもいました。せめて彼女だけにでも打ち明けたら良かったのに!」
乙女先輩の悲痛な声を思い出し、少し怒りが滲み出てしまった。
せめて乙女先輩にだけでもちゃんと伝えていれば、彼女はあそこまで悩まなくて良かったんじゃないのか。
憎んでいると思い込んで、でもそれを言うと美佐都さんの存在を否定する事になる。
乙女先輩はそのジレンマでかなり悩んでいた。
あの激昂は彼女の悩み大きさそのものだった。
「皆に公表しなかったのは仕方の無い事なのよ。家はとある旧貴族の分家筋でね。と言っても本家はもう断絶しちゃったから分家と言えるのかどうか微妙だけど。簡単に言うと古い仕来りで頭首が絶対なのよ。だから頭首がミスしましたからごめんなさいじゃ周りに示しが付かなくてね。でも橙子ちゃんには何度か伝えたのよ。御婆様を恨んでいないって」
え? 何だそれ? 乙女先輩に伝えていた?
乙女先輩は聞いていなかったみたいだぞ?
それにしても古い家って何か本当面倒臭いな。
間違ったらごめんなさいは基本だろ。
色々とこの面倒臭い仕来りが全ての元凶だよな。
「いやいやいや。そんな話、藤森先輩は聞いていなかったみたいですよ?」
その言葉に困った顔をする学園長。
先程の先輩達との会話を聞いていたのだから、今更嘘は俺にも通じない事は学園長も分かっているだろう。
「あの子ってとても察しが良くて賢い子なんだけど、少しそれに頼り切っているところが有るのよね」
「あぁそれは分かりますね」
結構策通りに行かなくて、そのストレスを俺にぶつけて来るもんだから結構ひどい目に遭ってるよな。
まぁ乙女先輩の思惑を無視して、動き回る俺が悪いんだけどね。
「それでね、私が御婆様を憎んでいないと言えば言う程、その言葉の裏に御婆様の圧力が有ると勝手に邪推して、『それ以上言わなくても分かっていますから』って涙を流すのよ。これにもとても後悔したわ。彼女に生徒会の話を聞かせてあげた時にね、引き裂かれた所を凄くノリノリの悲恋劇で語ってしまってたのが悪かったのよね。…………てへぺろっ!」
…………。
「てへぺろっじゃねえよ!!」
あっいかん。
藤森先輩の悩んで悲しんでる姿とアラフォーの迷いの無い、素晴らしい『てへぺろ』にマジギレしてしまった。
ダメだ。この人もやっぱりダメな大人だわ。
先程から所々に漂う軽い空気やお姉さん臭はなんなのだろうか。
この人を上手く掴む事ができない。
「ごめんなさい。そうよねまじめな話よね。本当にごめんなさい。つい癖でね。でもその怒り方も牧野会長と似てるわね。少しドキッとしたわ」
そんな情報要りません。
頬を赤く染めて熱く見つめないでください。
本当にこの人は何を考えているんだ?
俺は頭が痛くなるのを感じてこの場から立ち去りたい気が湧いてきたが、先輩に真相を聞いてくると言った手前必死にその気持ちを押し留めた。
『これ昼休み中に終るのかなぁ~。まぁ今日の午後はクラスのレクリエーションだったから最悪遅れても、まぁ良いか~』なんて事を想いながら。
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