第48話 納得いかない


「美都乃さんが副会長時代に牧野会長とこの問題に取り組んだ事は既に聞いてる通りです。そして曾御婆様を激怒させた事も。では、その後の事は知っていますか?」


 乙女先輩がいつも以上に無表情な顔で淡々とそう問いかけてきた。

 その後の事? それに関してはお姉さんも何も言ってなかったな。

 よく考えれば、この件に対して異常とも言える執着を見せている創始者を怒らせて、何も無いなんて事はおかしな話だ。

 萱島先輩が退学を仄めかしていた位なんだから、ただでは済まなかったんじゃないだろうか?

 とは言え、少なくとも親父はその後も生徒会長だったし、この学園をちゃんと卒業している。

 親父に何か有ったとは思えないんだけど……。


 そうか! 先程の創始者が学園長にした事に繋がるのか!


「気付いたようですね。曾御婆様は最初牧野会長を退学にすると言い出したんです。曾孫を誑かし愛する夫が残そうとした伝統にケチを付けたと言って。でも美都乃さんが自分を犠牲にする事によって牧野会長を助けたんですよ」


 やはりそんな事があったのか。

 その言葉に少し目の前が暗くなる。

 しかし、自分を犠牲にすると言う事はどう言う事だろう?


「曾御婆様は当時恋人同士とも言える二人の仲を裂いたんです。卑劣な事に牧野会長を残すなら美都乃さんが学園を辞めて自分が用意した男と結婚しろと迫り、……それを誓わせた」


「な! それは」


 あまりの内容に俺は言葉が出ない。


「そう、美都乃さんは牧野会長の事を思って学園を去り、曾御婆様が決めた男と許婚する選択をしました。ただせめて生徒会の任期が終了するまでは学園にいさせて欲しいと必死に頼み込み、何とか9月に行われる前期の生徒会最大の仕事である文化祭の準備が終わるまでの猶予を貰ったそうです。もちろんこの事は牧野会長にはずっと秘密にしていたと言っていました」


 なんて事だ……、諦めたんじゃなくて親父の為に身を引いたのか。

 しかも親父には言わず、自分の中に全てを仕舞い込んで。

 創始者はいくら大切な遺言だからと言って、たかが生徒に言われた位でそこまでするのか。

 しかも自分の曾孫の人生を捻じ曲げてまで。


「それでも何とか抵抗しようと結婚に関しては、この学園の教師となって実績を積んでからと逃げていたみたいだけど、ついに逃げ切れなくなって結婚する事になりました」


 これが昨日お姉さんが言っていた学園長が結婚した真相か……。

 しかもその後……。


「その後の話は昨日、お姉……、大和田さんから聞きました。結婚した人が死んで、それで教師を辞めたって。その時美佐都さんがお腹に居た事も」


 ただ、少しお姉さんとの情報に差が有る気がする。

 当時の様子をその目で見てきたお姉さんと、伝聞で聞いて想像している先輩達の話の間に大きな溝が存在している気がするんだ。


「あぁ、聞いていましたか。美佐都さんが生まれて暫くして落ち着いたと言っていましたが、いまだに自分の人生を狂わされた曾御婆様を憎む心は無くなっていないと思います」


「私は当時の生徒会記録を読んで牧野会長と学園長のロマンスに夢憧れてたのよ。でもその結末がこんな悲劇だったなんて許せなくて藤森に協力する事にしたの」


 学園長が大好きな乙女先輩の創始者を憎む理由が分かった。

 それに、桃やん先輩にしても、あれ程熱く語っていた親父と学園長の活躍が書かれた生徒会記録の結末がそんな悲劇なら、その原因を作った者を恨むのは当たり前だろう。

 二人の気持ちはこれで分かった。それに学園長の想いも。

 だけど……、だからこそ分からない事が有る。


「あの、先輩達に聞きたいんですが、それでどうするんですか?」


「どうするとは?」


「決まっていますよ。紹介写真の事です。去年は失敗させたんでしょう。なら今年は? そして、どうして俺を応援するような真似を?」


 何処までが二人の本心なんだ? それに学園長だって去年は美佐都さんを止めたんだ。

 なぜ今年はそうしない?

 まるで三人共、止めるどころか俺をけしかけているみたいじゃないか。

 俺は身内じゃなく部外者だからか? 守ると口では言っているけど、都合が悪くなったら切り捨てるのに都合が良いからなのか?

 訳が分からない状況に、心がざわつく。


「さっき桃山先輩が言ったじゃないですか。どこまで行くのか知りたくなったって」


「いや、それは聞きましたけど、それにしても……」


「二人で賭けをしたんですよ。牧野くんなら部活写真をどうするかってね」


 乙女先輩は少し微笑みながら目を瞑りそう言った。


「賭け……ですか? そう言えばそれっぽい事昨日言っていましたね。二人はどちらに賭けたんですか? 俺が伝統を守るのか、壊すのか」


「ハハハハ。二人共ぶっ壊す方を選んだから賭けは成立しませんでしたね」


「そうそう、牧野くんがここまで頑張ってくれたからね。とことん最後まであたし達も協力するって思ったのよ。こうなったら創始者に完成させた会報を無理矢理にでも認めさせて、今まで大切にしてきたとか言う伝統をぶち壊して、ぎゃふんと言わせてやるわ!」


 桃やん先輩が腕まくりをしながら息巻いた。

 その横で乙女先輩もコクコクと頷いている。

 しかし、二人は直ぐに真顔に戻り、俺の顔を真剣な眼差しで見つめてきた。


「とは言え、曾御婆様が美都乃さんに対して行った悲しい出来事は分かってくれたと思います。それに曾御婆様は牧野会長の事をいまだに快く思っていません。もし、その息子がまた自分の血縁者に対して接触しようとしているのを知ったらどうなると思いますか?」


 ゾクッ


 背筋に悪寒が走る。

 なるほど、先輩達が俺を守ろうとしている理由が分かった。

 本当に俺の事を思っていてくれていたのが分かり、うれしさが込み上げてくる。

 それに当初学園長は俺に接触しようとしなかったのも同じ理由なのだろう。

 では、何故学園長は急に方向転換をして俺を表舞台に立たせたんだろうか?


 やはり何か違和感が有る。

 何故、美佐都さんは純粋に創始者を助けたいと思っているのだろうか?

 そう言えば、乙女先輩は存在を否定するので、今の話は秘密にしていると言っていたか。

 望まぬ結婚の末に自分が生まれたと言う事を知ったら、美佐都さんはどれほど悲しんでしまうのだろうか。

 いや、知っていたから心を閉ざして鉄面皮と呼ばれるまでになったのか?

 しかし、それだと創始者を助けたいなんて思わないはずだ。

 それに、学園長がお姉さんに語ったと言う、自分の様にはさせないという言葉と、俺を生徒会に入れてこの問題に携わせた所が繋がらない。


 そりゃあ、親父と引き裂かれ望まぬ結婚を押し付けられたんだ。

 恨んでいないと言う事は無いのは分かる。

 俺も最初意趣返しで一泡拭かせてやろうとしているのかと思ったが、乙女先輩の話を聞く限り限度が違う。

 これほどの仕打ちを受けたのなら、乙女先輩が言った様に死を待ち望んでいてもおかしくないだろう。

 それなのに、わざわざ心の楔を解放するような事をしないんじゃないのか?

 それに学園長が美佐都さんの事を大切にしているのは分かる。

 どうしても望まぬ子、恨みの象徴の子なんて思っているとは思えない。


「先輩達が俺を守ろうとしてくれていたのは分かりました。ありがとうございます。でもすみません、学園長は本当に今も創始者を恨んでいるんでしょうか? 俺にはそう思えないのですが」


 俺の言葉に二人が驚いた顔をした。


「牧野くん! 今わたし達の話をちゃんと聞いていましたか?」

「恨んでないはず無いでしょう?」


 先輩達はそう言うのだが、学園長を見る限り誰かを恨んでいるとは思えない。

 俺の培って来た、相手の心理を読むスキルでも、学園長が過去を語る時の顔に、誰かを恨んでいる心が隠れている事を読み取れなかった。


「その恨んでいると言う言葉は直接聞いたのですか?」


 俺の問いに少しイラついている乙女先輩。


「えぇ牧野会長と引き離されて恨んだと言っていました」


 それはそうだろうと思う。

 それで恨まない人間は逆に心が無い人形だ。


「では、今も恨んでいると言っているんですか?」


 次の問いに乙女先輩は固まった。

 しかし直ぐに怒りの表情を浮かべて声を荒げる。


「それは言わないけど当たり前でしょう! 言葉にしてしまえば美佐都さんを否定する事になる! 憎んでてもそんな事言えるわけ無いじゃないですか!」


 それもそう思う。

 しかし、それは違う。

 学園長は美佐都さんを愛している。

 我が子だからとはいえ、憎んでいる相手によって産まされた子供を愛せるのか?

 それに……。


「俺はどうしても信じられないんですよ。あの学園長が本当に納得出来ない相手と結婚するなんて。多分あの人なら本当に嫌なら駆け落ちでも何でもしますよ。それに聞いたんですか? その人の事を結婚してからも嫌いだったかって? 嫌いな相手が死んで周りが心配する程落ち込んだりすると思いますか?」


 俺の言葉に乙女先輩は言葉を失った。

 彼女の中の学園長を思い起こして、俺の言葉に当て嵌めているようだ。

 その表情から俺が言った事に思い当たる節が有るのだろう。

 明らかに動揺している。


「で、でも美都乃さんはその人の事を出会った時から嫌いだったって言っていたし……」


 それは分かる。

 お姉さんと乙女先輩の話を総合すると、少なくとも、出会ったであろう学生時代や、その後教師と戻ってきた時の様子では嫌いだったと言うのは間違いないだろう。

 何か有った筈なんだ、学園長が親父を諦めて、その人を選ぶ事になった何かが。


「じゃあ、結婚した時の感情は?」


 乙女先輩は同様のあまり顔面蒼白となっている。


「それは……何も言わなかった。その人の事は何も……名前さえも……知らない」


 何も言わなかったから、どうでもいい相手だったと思い込んで学園長がどんな人なのかに思いが至らなかったのか。

 ただこれは入ってきた情報の順序の違いだろう。

 乙女先輩は嫌いだと言う情報から入ったから、いまだに嫌いだと思っている。

 でも俺はお姉さんからその人が死んで悲しんでいると言う情報を聞いたから、それ以降の話が納得いかないと思った。

 それにあの学園長なら嫌いな相手と仲がいいアピールなんかしないだろう。


「俺は学園長は納得してその人と結婚したと思っています。存在が否定されるような子でも無ければ恨みの象徴でもありません。美佐都さんはその二人に望まれて誕生したんですよ」


 これもお姉さんの話だ。

 生まれたばかりの美佐都さんを抱いて私の様にはさせないと言っていた。

 あれをお姉さんは意の添わぬ結婚をさせないと思っているようだったけど、俺には大切な人から離れさせたりしないという意味に取れた。

 勿論親父と引き裂かれた悲しんだ思いも含まれていると思う。

 でもそれだけじゃなく、納得して結婚した相手と死に別れて悲しんだその想いも含まれていたんじゃないだろうか。


「今から学園長に聞いてきます。今学園長が何を思って俺を生徒会に入れたのか。多分これが答えになると思います」


 二人は顔面蒼白でわなわなと震えている。

 今まで信じていた復讐劇の根幹が揺らいでいるから当たり前だろう。

 俺はその二人に守ろうとしてくれた感謝の意を込めてにっこり笑ってこう言った。


「学園長の思惑はどうであれ、創始者は俺の存在を知ったら排除しようとしてくると思います。それを守ろうとしてくれてありがとうございました。あと創始者なんですが、親父と学園長にした事の仕打ちはそれは酷い事ですし、今でも腹が立っています。でも俺はその人に感謝もしているんですよ」


 俺の言葉にキョトンとする二人。


「感謝って…何で?」


 聞き返す乙女先輩に俺はこう言う。


「だって創始者が二人を引き離したお陰で、俺も美佐都さんも生まれてこれたんです。 そしてこんなに優しい先輩達にも会う事が出来たんですよ」


 俺の言葉に見る見る顔が赤くなってくる二人。


「もう! あなたはそうやって人の心を弄ぶんだから!」

「これは一本取られたね。本当に完敗だよ」


 真っ赤になりしどろもどろしている先輩達を背に俺は真実を突き止める決意を持って学園長室へ続く階段に足を掛けた。


「美都乃さんの真意を確かめてください」


 分かっていますよ。

 俺もそれを知らないとこれ以上前に進めません。


「骨は拾ってあげるからね~」


 ガクッ

 桃やん先輩……八幡みたいな事言わないでくださいよ。

 たぎる決意が少し漏れてふらつく俺だが、逆に気が少し楽になる。

 俺は片手を上げてその先輩の言葉に応えた。


「では行って来ます!」


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