第40話 遺言

「やっぱりねぇ~、牧野くんならこうなると思ってたよ~。ね、藤森?」


 今日撮ってきた写真データを見ながら桃やん先輩は最初から分かってたかの様にそう言った。

 ギャプ娘先輩も嬉しそうに見ている。


「はぁ~、やはりこうなってしまいましたか。薄々こうなる予感はしていたとは言え、あなたと言う人は……。とは言え、普通の写真を撮って来ていたら来ていたで、眼鏡違いだったと失望していましたけどね」


 酷い言い草だ。

 普通の写真でも立派に伝統に則った事なのに。


「でも、本当に良いんでしょうか?」


 こんな事を言うと臆病風に吹かれたとしてもしょうがないだろう。

 けど、何の気無しに思い付いた事を言っただけなのに、それが伝統を破る事だとか創始者に睨まれるとか訳が分からない。

 言ってしまえばただの部活動の紹介写真なんだ、創始者に逆らう事にどれだけの意味があるんだろうか?


「良いとは? 牧野くんはこれが良いと思ったんじゃないですか?」


 庶務先輩が挑発的な口調でそう言ってくる。

 この人がこんな風に言ってくる場合、俺の本心を語れと言う事だろう。


「はい、俺自身としては去年の写真より今年のこの写真の方が、先輩達の心を感じられる素晴らしい写真となったと思っています。クラブの先輩達も喜んで俺の提案に乗ってくれました。ただ……」


 俺がその次の言葉を言い澱む。

 ギャプ娘先輩や桃やん先輩は目を瞑って頷いていた。


「その様子だと創始者の決めた伝統と言うのも知っているみたいだね。萱島先輩に聞いたのかい?」


 その問いに俺は萱島先輩の顔を見てから頷いた。


「何で先輩達は最初に言ってくれなかったんですか?」


 先程の三人の様子では俺がこの様にするのを期待していたのは分ったが萱島先輩の説明ではかなりのタブーな事だったようだ。

 この人達は俺に何をさせたいのだろうか?


「だってそんな事言ったら、君は怖気付いて無難な写真しか撮らなかっただろ?」


「なっ!?」


 俺はその庶務先輩の言葉に文字通り言葉を失った。

 あまりの乱暴な物言いに流石に心がざわつく。

 そんな俺に対しても庶務先輩は涼しげな顔で俺を見ていた。


「こら! 橙子! そんな言い方は無いでしょう! 牧野くんごめんなさい」


 少し険悪な雰囲気になってきた所でギャプ娘先輩が間に入ってきた。


「言わないでいたのは私達皆で決めた事なの。牧野くんなら何も言わなくても私達の期待に応えてくれると思ったからよ」


「そして君は、思った通りの働きをしてくれた」


「さすが牧野くんだね」


 三人が訳の分らない事を言ってくるが俺の理解が追いつかない。


「正直俺はなんでが創始者の怒りに触れるか分りません。そしてこの写真を怒りに触れてまで逆らって世に出す意味も分りません。どう言う事なんですか?」


 何故先輩達は俺にこんな事をやらせようとするのかさえ分らない。

 創始者がそうしたいと思うのならそのままやらせれば良いのではないか?


「あぁ、その辺までは萱島先輩に聞かなかったのか」


 庶務先輩は萱島先輩に目を向ける。


「それは私が語るべき事じゃ無いからね」


 萱島先輩はその意味を知っていたのか。

 しかし語るべきではないとはどう言う事だろうか?


「そうですか、では説明しましょう。 それは……」


「待って! 私が説明します」


 庶務先輩が説明しようとした所にギャプ娘先輩が割って入ってきた。


「……これはね、曾御爺様の遺言なのよ」


 遺言? 曾御爺様?

 創始者の旦那さんって事?

 と言うか生きている創始者の方って女性なのか。

 それに遺言て、ガチで触れたらダメな奴なんじゃあ。


「遺言ってどう言う事なんでしょうか? それだったら変えるべきじゃないのでは?」


 俺の問いに困った顔をするギャプ娘先輩と庶務先輩。

 親父が諦めたのも遺言だと言う事を知ったからじゃないのか?


「この部活紹介はね、この学園の創立当初は、勧誘目的でなく新入生に対しての成果発表の役割が有ったのよ。『先輩達は在学中ここまでの事を積み上げてきたのだから、この学園に入った事を誇りに思い、あなた達も日々精進に励みなさい』と言う願いを込めてのね」


 成果発表……か。

 そう言えば部活紹介記事の中に受賞履歴の欄が有ったっけ。

 考え方がちょっと古いけど、70年前なんだからそう言う物なのかな?

 と言う事は、当初の目的からずれていると言う事か?


「そして曾御爺様の遺言は『自分達が創立したこの学び舎に新しい徒を迎え入れそれを励ますこの写真が好きだ。願わくばこの意志をずっと継いで行って欲しい』と言っていたそうよ」


 あんな死んだような目の写真を?

 あんな物を有り難がっていたのか?


「萱島先輩に聞きましたが、この写真は『我が学園の生徒は部活動においても清廉たれ』と言う志のもと初められたと聞きましたが、どうしてもこの志や、その方が遺言で言っている様な写真には見えません」


 俺が信じられないと言う顔をしているのを見て、庶務先輩は棚から古い本のような物を取り出してきた。


「牧野くんの考えは尤もだ。けど、これを見たら有る程度は納得出来ると思いますよ」


 机の上に置かれた本には擦れた文字で『十鬼の坂学園回顧録』と書かれていた。

 『十鬼の坂』? ああそう言えば昔はそう呼ばれていたんだっけ?

 これはその頃に作成されたものか。

 その下に制作者と思われる名前が書かれている。

『御陵 …』? 名前の部分は擦れて読めないな、ギャプ娘先輩と同じ苗字と言う事は創始者による物だろうか?

 不自然な厚みから間に何か挟まっているようだ。

 俺はその本を破れない様に恐る恐る開く。


「これは……?」


 どうやらその本は手記のようなもので一つのページに数枚のセピア色の古い写真が貼られている。

 最初のページにまず貼られていたのは、どこかの山から撮られた写真だった。

 麓は一面の焼け野原……遠くに見える河の形は見覚えが有る。

 なるほど、どうやらこの学園のある場所から撮られていた写真と言う事か。

 横に書かれている手書きの解説では戦後のこの街の様子を撮ったものらしい。

 その下に貼られていた写真に写っているのは、何処か見覚えのある大きな木の横に一人の女性が赤ん坊を抱いて立っている姿だった。

 横の木は、確か中庭に生えている大木かな?

 手書きの部分に、『自分達の始まりの木』と書いて有る。

 見える景色的に位置は違うみたいけど、思い出の木みたいだから伐採せずに今の位置に移設したと言う事かな。

 しかし、さすがに70年以上前の写真だから、劣化によって大分掠れてしまっている。

 だけど、映っている女性は満面の笑みを浮かべている様だ。

 何故かこの写真を見ていると、幸せオーラと言うのだろうか、心が温かくなってくるのを感じた。

 しかし、誰だろうか?

 横には我が愛しい妻と娘と書かれている。


「それが、この学校の創始者である曾御婆様よ」


 その写真を見ている俺にギャプ娘先輩がそう教えてくれた。


「え? と言う事は……?」


「えぇ、そうよ」


 俺の心を読んだかの如く、全てを言う前にギャプ娘先輩がそう告げた。

 なるほど、これは創始者の死んだ夫、ギャプ娘先輩の曾御爺さん、あの写真を残せと遺言を残した人の手記と言う事か。

 ページを捲っていく毎に徐々に学園が完成していく様子が写っている。

 さすがに最初の校舎は今より小さく、建物自体も木造だったようだ。

 完成した校舎の前でおそらく一期生と言う事だろうか、手前に並んで座っている教員と思われる人達の後ろに、数十人の若者が立っている集合写真が貼られていた。

 写真の横の解説によると、『この学園にて、この未来有る若者達の成長を手助けしたい』と綴られている。

 その後、数ページは創立年の行事風景の写真が貼られており、中にはこの部屋の額に掛かっている一期生徒会写真も含まれていた。

 全てのページに曾御爺さんの熱い思いが綴られており、どれほどの情熱を持ってこの学園を作ったのかと言うのを俺は理解した。


「あれ? この写真……」


 二年目に入った時、そこに貼られている写真を見てページを捲る手が止まる。

 そこに貼られていたのは服装から見ると野球部か?

 一見雰囲気は去年の部活紹介と同じく、直立不動で笑顔の無い部員達が並んだ写真。

 しかし、それは明らかにそれとは違う違和感が有った。

 多少劣化しているが、それと気付けば一目で分かる。


「この写真の人達は……」


「牧野くんは分かった? この写真」


 ギャプ娘先輩が聞いて来た。

 あぁ、分かる、そう言う事か、その写真に写っている先輩方の顔は、目はんだ。

 一見無表情の様だけど、未来を目指す自分に対する自信に満ちた熱い思いが伝わってくる。

 見ている俺の心にも勇気が湧いてくるようだ。

 なるほど『清廉たれ』と言うのも分かる気がする。

 我欲無く清い心で未来を目指す、そう言う意味なんだろう。

 俺の顔を見て俺が理解したのを察したのだろう、庶務先輩が話しかけてくる。


「先程の言葉には続きが有るんですよ。『我が学園の生徒は部活動においても清廉たれ』、の後に『そして精練なれ』っていうね。簡単に言うと自分の目指した道を一生懸命頑張って己を鍛えろって事だね」


「それを後輩に見せる事によって、その思いを次の世代に繋げて行きたいと言うのが本当の理由なの。曾御爺様はクラブの事が大好きだったようで、『部活動は友人と切磋琢磨して目指した道を極める為に己を高めあう場で、それは教師達が学業を教えるだけでは学べない人間として本当に大切な教育がそこにある』と言うのが口癖だったそうよ」


 確かにこの回顧録にもその様な記述が何度も出てくる。

 貼り付けられている当時の写真を見てもその言葉を体現しているかのように先輩達の思いを感じ取る事が出来た。

 では何故今の写真はこんな事になっているのだろうか?


「それほどの志が、なんで今は受け継がれてないんですか?」


 これではただ単に形骸化した出来の悪い物真似だ。


「牧野くんは今日色々なクラブを回ったよね? それなのに今その志が受け継がれてないと本当に思ってる?」


 桃やん先輩が俺の疑問に真剣な顔で聞き返してきた。

 その言葉に今日一日回った様々な部活動の場を思い出す。

 新一年生を歓迎しようと部の特色を出す為に色々とポーズを考えてくれた先輩達。

 自分がその部活に何故入ったかを熱く語ってくれた部長達。

 形は違えど、いまだ『清廉たれ、そして精練なれ』の志が受け継がれていると言えるのではないだろうか?


「いえ、先輩達の思いはいまだに受け継がれていました。でもなぜ写真はこの様になってしまっているのでしょうか?」


 真意が伝わっていないのなら、もう一度伝えれば良いんじゃないか?

 今の話を生徒に伝えればまた生きた顔、そして目の素晴らしい写真に戻るんじゃないだろうか?


「それは単純な話だよ。時代に合わないの一言さ。戦後復興、高度成長期、そして現在。思いは同じでもその表現方法はそれぞれ違うんだよ」


 庶務先輩の言葉に納得する。

 時代によって言葉や世情、それに文化も移り変わっていく、思いは同じでも表現は変わっていくんだ。

 違う文化の姿を借りたとしても確かにそれこそ出来の悪い物真似になってしまうだろう。


「実はこの写真に一番悲しんでるのは曾御婆様なのよ。毎年発行されるこの写真を寂しそうな目で見ているわ」


 え? 本人は分かってるの?

 その言葉に少し拍子抜けをしてしまった。

 ただ単にこれが良いと思い込んでいる頑固な人だと思っていた。

 この写真が間違っていると言う事を分かっていながらなんで変えようとしないのだろうか。


「会長、分かっていながら変えないのは、やはりその遺言の所為なのですか?」


 その言葉にギャプ娘先輩は頷いた。


「そうだと思うの。現在創始者は曾御婆様と言う事になっているわ。でもこの学園の本当の創始者は曾御爺様だった。その手記にもある様に、未来を背負う若者達の為に私財を投げ打って学園創立に奔走したそうよ」


「真の創始者……」


「えぇ、この学園は小さい頃から教職の道に進みたいと言う曾御爺様の夢の結晶なの。戦後すぐに『これから生まれてくる子供や若者達の為に』との言葉で自ら学校を立てる事を思い立った。けれど、そんな曾御爺なのだけど、創立後暫くして病気で亡くなられてしまって……。それからは曾御婆様が曾御爺様の遺志を継いで、この学園を一人で運営していったの。だから曾御爺様の好きだった物を、その生きた証としてどうしても残しておきたかったみたい」


 愛する者に先立たれ、後に残された者の思い……。

 去って行った者の純粋な思いが、残していく者に対して楔となって苦しめているのか。

 そう言えば、俺はどうだったんだろうか?

 今まで幾人もの親しい人を残して去って行った。

 俺の発言が誰かを縛ったりしていないだろうか?


 ふと宮之阪を見る。


 宮之阪はギャプ娘先輩が語る創始者の思いに感動したのか涙ぐんでいる。

 彼女とはやっと普通に話せる様になったが、今まで俺との思い出は黒歴史だったようだ。

 それは俺の残した何らかの言葉が楔となって苦しめたからなのだろうか?


「その矛盾する苦しみに気付いた学園長……、私のお母さんは、あなたのお父さんと一緒に曾御婆様の心を解放してあげようと、今あなたがやろうとしている事を計画したの。でも曾御婆様を説得するまでには至らなかった……」


 親父は遺言なのを知っててそして実現出来なかったのか。


「じゃあ、萱島先輩が去年同じ事をしようとしたのもその為だったんですか?」


 萱島先輩を見ると少しバツが悪そうな顔をしていた。


「いや、それは結果的に利害が一致しただけだよ。私の場合は単純に私の我儘さ。誰かを救おうなんて気持ちは全く無かった。だから創始者まで届かず、周囲も納得させられなかったんじゃないかな」


 周囲と言うと曾孫のギャプ娘先輩に親戚の藤森先輩、それに学園長は元々変えようとした張本人だろう? 何故反対されたんだろうか?


「反対された理由を考えてるみたいだね?」


 俺の顔を見て庶務先輩がそう言って来た。


「学園長にしても当時万全の体制で臨んだそうですよ。でもあなたのお父さんの力を持ってしても通用しなかった。だからでしょうね。去年の決意が足りなかった私達の提案を却下したと思います。そして、萱島先輩も頼りにならなかった私達に愛想を尽かして生徒会から去って行ってしまった……」


「いやいや、頼りにならないとは思っていないし、愛想も尽かしていないよ。自分の青さに情けなくなって顔を合わせ辛くなっただけさ」


 決意が足りないと言うと俺に決意は有ったのか?

 無かったと言えばそうなのだろうが、無いと言えば嘘になる。

 最初あの悲しい写真は間違っていると思った。

 先輩達が考え披露してくれたポーズは素晴らしかった。

 部長達が語ってくれた自らの思いに勇気を貰った。

 そして……、今創立に纏わる思いの綴られた手記や残された者の苦しみを知り助けてあげたいと思っている。


「牧野くん、先程君を挑発するような事を言って本当にごめんなさい。でもどうしても君に自分の意思で行動して欲しかったんですよ。それにこれが最後の機会でしょうし」


 そう言うと庶務先輩が俺に対して頭を下げた。

 この人がこんなに素直に頭を下げるなんて……。


「顔を上げて下さいよ、藤森先輩。先輩が俺なんかに頭を下げるなんて明日槍でも降ってきそうですよ」


 庶務先輩の素直な態度に驚き、ついつい照れ隠しでそんな事を言う。


「ほ~う? 言いますね? 分りました本当に槍でも降らせましょうか?」


 下げた頭をこちらに向けて邪悪な笑いを浮かべながら庶務先輩が上目遣いでこちらを見てくる。

 怖えぇぇぇーーーー!

 この人ならマジで降らせそうだ。

 槍投げの要領で。


「藤森先輩ごめんなさい。ちょっと調子に乗りました」


 先程とは逆に俺が庶務先輩に頭を下げる。


「分れば良いんですよ本当に」


 何かぷりぷり怒ってる。

 素直に謝ったのに茶化されて怒っているようだ。

 悪いことをしたなぁ~。

 けど、最後に少し気になる事を言ったな。


「さっき、最後の機会と言ってましたけど、どう言う事ですか?」


 何故最後なんだろうか?

 いや、そうか……。


「来年は私も卒業しちゃうし、曾御婆様もお歳なので次の機会は恐らくもう無いわ」


 ギャプ娘先輩は悲しそうな顔をする。

 101歳だものその通りかもしれない。


「最初はね、牧野くんを巻き込むつもりは無かったのよ。今日放課後私達三人で曾御婆様に直訴しに行こうと思ってたの。でも朝の牧野くんの演説を聞いて考えが変わったの。この子なら何も言わずとも私達が望んでる事をしてくれるんじゃないかって」


 そうしたら本当に俺は先輩達の望んだとおりの行動をした訳か。


「あれ? 会長は朝の俺の恥ずかしいやり取り聞いていたんですか?」


 あの時顔を見なかったから聞いていないと思っていた。


「あぁ、美佐都さんは当事者だったりしましたからね。あそこでノコノコ現れたら色々逆効果でしたので、私が隠れさせました。それにあの演説はきちんと録画してありますからね。いつでも視聴可能です」


 なんだってーーーー!


「何ですかそれ恥ずかしいです!消して下さいよ」


 監視カメラでの映像か? 監視社会怖い!


「あらかっこ良かったわよ? そして牧野くんは私達が思っていた以上の素晴らしい写真を撮ってきてくれた。まずこれで原稿を作って曾御婆様にお見せしようと思う。今まで事前のお伺いばかりで自分達の意志を明確に表現していなかった事が原因かなとは思っていたんだけど、それを形に出来なかったのよ。この写真を見て確信したわ。これならいけると思う」


 それって、日程的にぶっつけ本番の背水の陣なごり押し承認の気がしないでもないけど……。


「そう言えば牧野くんはインタビューでも面白い事をしていたよ。多分それも美佐都達が望んでいた事だと思う」


 萱島先輩の言葉にギャプ娘先輩は小首を傾げる。

 そう言えばインタビューの内容はもう一人の創始者であるギャプ娘先輩の曾御爺さんが生徒たちに望んでいた事そのものだったんじゃないだろうか?

 俺はボイスレコーダーをギャプ娘先輩に渡した。

 三人は数人のインタビュー内容を確認している。


 その内容にギャプ娘先輩はおろか庶務先輩まで目を見開いてこちらを見る。


「萱島先輩? こ、これはあなたの入れ知恵ですか?」


 庶務先輩のその言葉に萱島先輩は微笑んで首を振る。


「正直、美佐都の曾お爺さんの話自身はあまり興味が無い、と言うかそもそも写真以外の事自体あまり興味も無かったから思いつかなかったよ。それに私もこのインタビューで自分の原点を思い出して救われた気分になったんだ。多分他のクラブの人達だって同じだと思うよ」


 萱島先輩の言葉に驚き、今度は俺の方を見る。


「こう言うインタビューも確かに最近増えていると思うのですが、このタイミングでこれとは……。何でそうしようと思ったのですか?」


 何でと言われても単純な興味と言う事なんですが……。


「最初はインタビューと定型の説明文が被っていると思ったんです。それで折角のインタビューなら部長達が、なぜこの部を選んで、そして何をしたいのかと言うのを知りたくなったんです」


 その言葉に先輩達の表情が優しくほころんで来た。


「今の言葉は嘘じゃないよ。それに私への時はもっと熱く語ってくれたんだ」


 俺の言葉を補強してくれるように萱島先輩が皆に話した。


「すごい! すごいわ! これなら完璧よ! これで曾御婆様を長年の苦しみから解放させてあげる事が出来るわ。本当にありがとう!」


「え? 会長……?」


 ギャプ娘先輩は感極まったのか、突然俺を力いっぱい抱きしめてきた。

 丁度椅子に座っている所に抱きついてきたのでギャプ娘先輩の胸がダイレクトに俺の顔に押し付けられる形だった為、一瞬ここは天国なのかと言う錯覚に陥いる。

 均一な力ではなくぎゅうぎゅうと押しては返し返しては押すその様はまるで母なる海の荒波が如く、その『肉』と言う名の圧倒的存在感の前に俺はこの一瞬の為に生まれてきたのかと、この世の真理を瞬時に理解する事が出来た。


「「「「「「こらーーーー! 何をしているーーー!」」」」」」


 あぁ、皆俺の至福の時を壊さないでくれ。

 6人に引き剥がされたギャプ娘先輩は、すぐさま冷静さを取り戻した様で自分が仕出かした痴態に頬を真っ赤にして必死に『今の無し、今の無し』と訴えている、

 いやいや、時間は戻せませんよ。

 先程の感触は俺の大脳皮質にきちんとインプットされまし……。


 イタ! イタタタ!


 皆色んな所を抓らないで下さい。

 あぁドキ先輩あなたは洒落になりません。

 色々と千切れてしまいます。

 あぁ! 痛い! やめてやめてーーー!


 はぁはぁはぁ。

 折角インプットされた貴重な記憶が、強制的に痛みと置き換えられてしまったよ。トホホ。


「ま、まぁ曾御婆様の説得は当初の計画通り、私達3人が行いますので牧野くんには迷惑をかけないわ。牧野くんは明日も残りの部をしっかり回って写真とインタビューをして下さい。楠葉もお願いね」


「まぁ何が有っても責任は親族の私と美佐都さんで取りますので、牧野くんは安心しておいてください」


「え? 私は仲間外れ? それは無いでしょ?」


 先輩達が自分達が責任取るから安心しろと言ってくれる。

 ただ、ギャプ娘先輩の曾御婆さん、残されて心が長年囚われたままで苦しんでいるのを知り助けてあげたいと思っているのも事実だ。

 とは言え、俺如きがそんな事を考えるのなんておこがましい事だと自分でも思う。

 確かに俺が創始者の前に行っても何も出来ないだろう。


 しかし、こう思うのだ。

 目の前で先輩達が自分達に任せておけと言えば言うほど不安が確信に変わっていく。

 恐らくそう言うことなのだろう。



「あぁフラグって、これの事なんだろうなぁ」


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