第41話 乾いた笑い

「そう言えば、入部と言うのはいつから受付なんですか?」


 勧誘自体は入学式の時から既に登下校時に校門前で呼びかけしているのを何度も目撃していた。

 もう入部自体は出来るのだろうか?


「仮入部と言う形ならすぐに出来るわよ。 どうしたの牧野くん? もしかしたら入りたい部が有ったの?」


「うちの学園は生徒会との兼部認められていませんよ? もう逃しませんのでもし有ったとしても諦めて下さい」


 俺の素朴な疑問にギャプ娘先輩と庶務先輩が少し慌ててそう言ってくる。


「いやそう言う訳じゃないんですよ。今作ろうとしている会報もそうですが来週の生徒集会での部活紹介前に既に入りたい部が決まっている人とかはどうするのかなと思っただけです」


 俺の説明に二人はホッと胸を撫で下ろしている。


「そう言う事ね。一応正式入部は来週火曜からよ。この会報が配られた放課後から入部届の受理が行われるわ」


 なるほど、それは好都合だ。

 リストを見て凄く不便と思っていた地図の件を提案してみるか。


「今日色々な部を回って思ったんですが、新一年生には部室の場所が分からないと思います。俺の場合は萱島先輩に案内して貰ったから良かったんですが、最初リスト一覧に書いてある場所を見ても何処に向かえば良いのかさっぱり分かりませんでした」


 くいっくいっ

 誰かが制服の上着の裾を引っ張ってくる。

 そちらの方に顔を向けるとドキ先輩と目が合った。


「俺も写真部まで案内したぞ?」


 なんか不安そうな顔でこちらを見てくる。

 あぁそうでしたね。ちゃんと案内してくれました。


「その節は助かりましたよ。ありがとうございました」


 俺はそう言ってドキ先輩の頭を撫でる。

 凄くうれしそうだ。

 ポックル先輩とウニ先輩が『アタシモ~、ボクモ~』って割り込んで来るかと思ったがさすがに妹の手柄に対するご褒美に自分達もあやかろうとは思わなかったようだ……。


 …………が。


 よく見るとポックル先輩は唇を噛んで必死に耐えているな。

 ウニ先輩は手の甲を自分で抓ってる。


 う~ん、お前らそんなに我慢するな。

 可愛い過ぎるだろうが!


 右手にポックル先輩、左手にウニ先輩で頭を撫で撫でした。

 二人ともすごく喜んでいる。

 突然姉達にご褒美を取られたドキ先輩は拗ねて『コラ~』とか言って俺の背中をポカポカと可愛い仕草で殴ってくる。

 しかしドキ先輩の場合、傍から見ると一見ポカポカと言う可愛い擬音付きな微笑ましい光景なんだけど、それはフェイクで普通にマジで痛いからやめて下さい。



「で、話を戻しますが紹介欄に番号を振って後ろのページに地図載せるのはどうでしょうか?」


 いまだズキズキと痛む背中を摩りながらそう提案してみた。

 今まで会報に載っていなかった様だけど、もしやこれも伝統とかじゃないよね?

 それを聞いたギャプ娘先輩や庶務先輩、桃やん先輩の三人は腕を組んでう~んと唸っている。

 あらら? やっぱりこれも訳有りなのだろうか?


「載せない理由って何か有るんですか? もしかしてこれも伝統とか?」


 どんな伝統が有るんだろうと恐る恐る頭をひねっている先輩達に尋ねてみた。


「いや、そうじゃないの。私もそうだけど実はこの二人もどこかの部に入部する気なんて最初から無かったんで、部室の地図の有る無しの重要性がちょっと分からなくて」


「それに私も美佐都さんも小さい頃から遊びに来てたんでどこに何が有るか入学までに知ってましたしね」


「まぁ場所は来週職員室の前に貼り出されるので気にしてなかったわ」


 そうなのかぁ~、良い案だと思ったんだけどなぁ~。

 しかし先程創始者の部活動への志を語っていたのにこの先輩達と来たら……。

 元から入る気なかったとか言うそのやる気の無い気持ちを学園長に見抜かれて却下されたんじゃないのか?


「いや私は有った方が良いと思うよ。私は元々写真部とある意味兼部だったしね。写真部って全く勧誘活動してなかったんで、何処に部室が有るのか最初分からなくてあちこち放浪したんだよ。職員室の前に貼られてるなんて情報はHRでも特に言われなかったしね」


 萱島先輩がそう言ってくれた。

 3人はその意見に『なるほど~』と本当に分かっているのか分からない軽めの同意をしている。

 本当に困った先輩達だ。


「兼部は禁止じゃないんですか?」


 さっき庶務先輩が認められてないとか言ってたぞ?


「それは正式に生徒会に入っていたらだよ。私はお手伝いのまま去って行ったからね」


 そう言えば写真の件が生徒会入りの条件だったか。


「私も地図は有った方が良いと思います。入学したての頃文芸部に入ろうと思って捜し歩いたのですが、中々見つからず色々聞いて回っている内に大和田さんの噂を聞いたので生徒会入りを目指したんです。結果的に良かったんですが、あの時は手元に地図が有ればと、心細かったですね」


 ポックル先輩も肯定してくれた。

 ただその時地図が有ったら、この場に千林シスターズ+1は居なかった可能性も有るのか。

 それは嫌だな。


「一年生としては賛成やわ。この学園って別棟が多くて一回案内されただけじゃ良くわからへんし、純粋に施設の場所確認の用途にも使えると便利やわ」


「そうね~、これから生徒会のお手伝いするんだから内勤とは言え手元にそう言う地図が有ると良いと思う」


 八幡と宮之阪もそう言ってくれるのだがどうも部室探し以外が目的みたいだ。

 二人は入りたい部は無いのだろうか?


「お前達はどっか入りたい部とか無いの?」


「まぁ色々と考えとったけど兼部が無理なら別に良いかな?」


「私はもう生徒会に骨を埋めるつもりだから」


 どうやら二人はもう生徒会から離れる気は無い様だ。


 ウニ先輩とドキ先輩を見るとその目に『良く分からない』と書いてあるようだ。

 ドキ先輩は部活していないようだし ウニ先輩もこの様子だと1年の時は何もしてなかったようだ。

 本当にこの先輩達は……と思ったけどよく考えたら俺も今まで部活動の経験が無かったな。

 ギャプ娘先輩達先程偉そうな事思ってしまってごめんなさい。


「皆がそう言うのなら有った方が良いと思うわ。私達三人の意見はちょっと特殊だと思うし」


「まぁ今まで会報1号は二年生以上が担当してましたからね。一年居れば学園にも慣れますから地図に関して無頓着な所が有ったのかもしれません」


 こうして何かしっくり来ないでもないが取りあえず会報1号には地図を入れる事となった。


 今日回った部のデータをPCに移し部活紹介の原稿テンプレ位置に貼り付けていく。

 昨年の活動記録データはきちんと更新されているようだ。

 先輩達がやってくれたのか? 凄く助かる。

 次はボイスレコーダーからの文字起こしか。

 正直それぞれ部長達に語って貰った熱い思いはこのスペースに収まらない。

 意訳するにしても思いを崩さず纏めるのかぁ~。

 しかもこれをギャプ娘先輩達の曾御婆さんを説得する為の切り札にするんだから適当では許されないよな。

 う~んどうしたものか。


「牧野くん? もしかしてインタビューの文字起こしまでやろうとしてる?」


 え? どう言う事?


「え? これ広報の仕事じゃないんですか?」


 ポックル先輩があちゃ~と言う顔をしている。


「ごめんなさい牧野くんそう言えば説明が足りてなかったわ。千尋がこの部活案内を作るのがあなたの仕事と説明したけど文章作成自体は書記である私の仕事なの」


 えーーーそうなんだ!


「そうなんですか。てっきり俺が全部するもんだと思っていました」


 言われたら広報の仕事結構ハードだなぁって思ってたんだよね。


「今日の牧野くんの仕事は写真を撮ってきてくれた事とインタビューをしてくれた事で十分よ。それを私が文書化してあなたに渡すの。そしてそれらを纏めて記事にするのが最終的なあなたの仕事なの」


 なるほど~、そう言えば今回の俺の仕事は取材としか言われてなかった。

 しかも俺のお披露目を兼ねてと言うことでだったっけ?


「書き物の仕事まで広報に任せてたら書記の仕事が無くなっちゃうからね」


 ボイスレコーダーを受け取ったポックル先輩がそう言って自分の席に戻っていった。


 う~ん、地図もさっき桃やん先輩に平面図データ貰ったんで今日言った場所の加工は終ってるんだよね。

 明日の分も分かる所だけはやっておこうかと思ったがきちんと場所を把握をしてからの方が良いと思い手を付けるのはやめておいた。


 いきなり手持ち無沙汰になっちゃったな。

 皆それぞれの仕事を頑張っている。

 何か手伝える事は無いかと辺りを見回す。


 ん? ギャプ娘先輩が書類を持って立ち上がった。

 扉の方を見てるけど、どこかに持っていくのだろうか?


「会長! 書類届けるのなら俺が行きますよ」


 俺がギャプ娘先輩に声を掛けると少し困った顔をしている。

 ありゃ? 『会長』じゃないとダメ系な奴かな?


「ありがとう牧野くん。う~んそうしてもらえると助かるんだけど……」


「俺じゃダメな奴でしたか。呼び止めてすみません」


 俺のその言葉に何か悩んでいるようだ。


「いや私じゃなくても良いんだけど……。う~ん」


 あれ? 違うのか? なら何を悩んでいるんだろうか?


 ゾクッ


 今なんか背中に悪寒が走ったぞ?

 嫌な予感がして来た! これ受けちゃダメな気がする。


「会長、やっぱりやめ「美佐都さん、良いじゃないですか? 行かしてみれば」


 俺の拒否の言葉に被せて来た庶務先輩を見ると、すっごい悪い顔をしてニヤニヤしていた。

 うわこれ絶対アカン奴だわ。


「会長、あの、」


「わかったわ、それじゃあお願いするわね」


 あぁ~一足遅かった……。

 こう言われて今更やめますは言えないよなぁ。

 ギャプ娘先輩が行かすのを躊躇する程の場所って何処なんだろうか。


「え~と、その書類何処に持って行けばいいんしょうか?」


「御婆様の……いえ理事長の部屋までお願いね」


 申し訳無いと言う顔をしているギャプ娘先輩の横でフフフと微笑む庶務先輩の顔を見ながらハードモードな選択をする俺のサガに乾いた笑いしか出てこなかった。



 とぼとぼと一人理事長室まで歩く俺。

 そう言えば昨日学園長室に行った際にいつか来る事になるかもとか言ってたけど、次の日だったよ。

 階段を上がると目の前には学園長室が有る。

 理事長室はその左手奥だ。

 俺が学園長室の前を横切り理事長室を目指そうと歩き出すと学園長室から声が聞こえてきた。


『牧野君、後で部屋に来なさい』


 え? なんで俺が扉の前を通ってたの分かるの?

 辺りをキョロキョロと見回すと、あっ!

 天井の四隅を見るとそれぞれ何か黒くて丸い物が取り付けられている。

 あれ監視カメラか! そう言えば校舎内でも何回か見た事が有るな。


 監視社会怖い!


 肩をがっくり落としながら俺は理事長室の前まで歩いた。


 コンコン


『誰ですか?』


 扉の奥から凛とした女性の声が聞こえる。

 創始者の夫が書いたと言う手記に貼られていた創始者が抱いていた赤ん坊が理事長と言う事ならもう齢70歳は越えているだろう。

 先程の声を聞く限り、その様な年齢を感じさせない強さが有った。

 しかし、てはいたのだろうが、名前を聞いてきたと言う事は俺の事を誰かまでは分かっていないと言う事か。

 そうと分かりちょっと安心した。

 ギャプ娘先輩に関わる一連の事件もまだ届いていないだろう。

 書類届けるだけですぐに帰れそうだ。

 まぁその後学園長が待っているんだけど……。


「失礼します。生徒会広報の牧野です。生徒会長からの書類をお届けに来ました」


 ………?


 あれ? 回答が無い。

 理由を言った事で満足したのかな?

 入るのを待っているならあまりぼーっと立ってると怒らせてしまう可能性が有るよな。

 俺は扉を開けようとノブに手を伸ばした所で部屋の中から声が聞こえてきた。


『ほぉ、あなたが牧野ですか。明日にでも呼び出そうと思っていましたが手間が省けました』


 その声は先程と異なりまるで日本刀を彷彿とさせる様な鋭さを含んでいる、とても厳しい物だった。


 ハハッ、人生って本当にままならないものだよね。

 度重なる運命の仕打ちにまたもや乾いた笑いしか出てこなかった。

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