第39話 救世主?
「あまり光一をいじめないでくれよ~」
突然訳も分らず土下座した俺を見て、俺がいじめられていると勘違いしたドキ先輩が、必死に俺を庇ってくれている。
ドキ先輩……、その気持ちは凄く嬉しいです。
あなたにとって俺は子分らしいですからね。
そりゃあ親分としては庇いたくなるのは分るんですが、いまそこまで庇われるとですね、まるで俺が手を出したという誤解を強固なまでにする説得力が出てしまうんですよ。
「あれ? 私の部に来た時は既にそんな感じだったぞ」
萱島先輩……、ダメ押しの一撃ありがとうございます。
「え? でもお昼に相談した時はまだちょっと恥じらいが残っていたと思うんだけど……?」
そうですね、こうなったのは丁度その間の出来事ですからね。
「千花? あなた牧野くんに何かされたの?」
「え? 何かって? う~ん色々遊んでくれたりしたぞ」
この状況であどけなく『遊んでくれた』と言う台詞の破壊力は計り知れないね。
当事者の俺でさえちょっといかがわしい想像をしてしまうパワーワードだよ。
ほら周りも少し騒然とし出したし。
「い、色々って? どんな事?」
「え? え~と……、いや、改めて言うの恥かしいし……」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
え――――?何故そこで恥らって言い澱むんですか?
なんか嫌な汗がダラダラ流れてくるんですが?
え? 俺実はそんな事してたのか?
もしかしてドキ先輩の洗脳したっての自分自身の記憶の改竄だったのか?
いやそんな筈は?
心臓がバクバク言い出してる。
周りの皆から殺気を含む言葉が飛び出してるし今日俺の命日かもしれない。
「千花!? はっきりと言って? 牧野くんに何されたの?」
「え、え~と、た、高い高いとか……、いっせのーせとか」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
だよね! そうだよね! いかがわしい事なんて無かったよね!
良かった、俺が自分の記憶を改竄してるんじゃなかったんだよね。
「千花? はっきり言ってちょうだい! 牧野くんを庇ったりしてるんじゃないでしょうね?」
妹さんを信じてやってください。
まぁ俺がポックル先輩の立場だったら絶対信じないけどな。
「違うって、だって……さっきも寝惚けて皆の前で抱っこ強請ったりとかしたけど、その……よく考えたら高校生にもなって後輩に……抱っことか……高い高いして貰ったりとか人前で言うの恥かしいだろ?」
「「が~ん!!」」
あっ、ポックル先輩とウニ先輩がショックを受けてる。
そう言えばドキ先輩って元々外面に関してはとても悪ぶってたりしてましたし、人前ではそう言う所を見せないようにしてたと言うことですかね。
周りも今の様子をびっくりしていたようですし。
俺も初対面時のあの悪鬼羅刹の様なドキ先輩の中身が普通に千林一族フォーマットだと思いませんでしたしね。
「い、いや、千花? 別にそれは恥かしい事でもないんじゃない?」
十分恥かしいですよ?
「それくらい大好きな人にして貰うのは当たり前だよう~」
ウニ先輩? 慕って頂けるのは嬉しい事ではありますし、抱っこくらい幾らでもしてあげますが、やはり高校生になって人前で年下に抱っことかして貰うのは当たり前では無い気がしますよ?
「いや俺達高校生だろ? 恥かしいと思うぞ。姉貴達大丈夫か?」
「「いや―――――!! 千花がグレた―――――!!」」
それグレたんじゃなくて正論を言っただけですよね?
「あ~牧野くん、このままじゃ埒が明かないからちゃんと説明して? あなたが土下座してるって事はいかがわしい事が無かったとしても千花ちゃんが変わった原因に絡んでるんでしょう?」
ギャプ娘先輩がこの収拾が付かない状況に対して説明するように言ってきた。
まぁ流石にこのまま無言な訳にもいかないし状況的にも丁度頃合かもしれない。
「え~と、実はですね……」
…………
「あ~、モジモジが再発した所を他の生徒に見られて気まずくなって抱えて逃げたら気絶して起きたらおかしくなっていたと」
掻い摘んだ形でざっと説明した。
ただこのままではおかしいんで正直に言うか。
「え~と目覚めた途端に俺の顔を見て悲鳴を上げようとしたんで咄嗟に口を塞いでしまったんですよ。悲鳴上げてる所を見られたら流石に有らぬ噂が止められないと思いまして」
「まぁわたしが見ても即110番しますね。そんな状況」
口塞いでる所を見てもするけどな。
「そこで落ち着いてください俺ですよ!って説得したんですよ」
「アハハハハ、牧野くんだから驚いてるのに俺ですよって」
いやぁ本当にそうですね。
俺も同じ事思いましたよ。
「まぁそうなんですけど、その時は焦ってまして、それで落ち着いたら人が変わっていたんですよ。怖がらせ過ぎた所為で人格を変えてしまったみたいなんで先程土下座しました」
皆は俺の説明にどう判断して良いのか悩んでる。
千林ファミリー以外は素のドキ先輩をあまり知らないので、それ程今のドキ先輩に違和感が無いのも判断に困っている理由だと思う。
どちらかと言うと最近のポックル先輩とウニ先輩の俺に対しての甘えん坊振りを見ているので逆に常識的な発言のドキ先輩の方が正しいんじゃないかと考えてるようだ。
「それで千花がこんなになっちゃったって事?」
「姉貴! こんなって酷いぞ!」
確かに酷いですよポックル先輩。
「いえ、その時は今よりお淑やかで言葉遣いも千夏先輩みたいな感じでした。最初入れ替わったのかと思ったくらいです」
「それがどうしてこんな事になっちゃったの?」
「兄貴! こんな事って酷いぞ!」
本当に確かに酷いですよウニ先輩。
いやそうかそりゃ可愛い妹が急に変わっちゃったら戸惑うか。
でもこうなった理由は分らないんだよな。
「そこは俺も良く分らないんですが、写真部目指して歩いていたら急にこけてしまって、起き上がった来たらこうなってしまってました。千花先輩はその時の事を覚えてなかったみたいですし」
可憐モードの時は覚えていないようだった。
パーフェクトモードになっても何も無いように接していたっけ。
「千花は何か覚えていないの?」
「少し覚えているんだ。でも俺も分らない。ただ光一と居ると楽しいんだけど何か心の中がモヤ~ってするんでそれが凄く嫌だったんだ。どうしたら良いのか分らなくなって、姉貴の様な態度を取ればもっと話せるのかとか兄貴の様に甘えたら良いのかとか考えてたら、自分が自分じゃなくなるようでもっと嫌で……」
あっドキ先輩が泣きそうになってる。
その顔を見ると心が痛む。
「ごめんなさい牧野くん。ちょっと外に出てもらえる? 本人が居ると話せない事も有ると思うし」
当事者が居ると話しにくいだろうし俺は大人しく外に向かう。
すると一緒に桃やん先輩と萱島先輩が着いてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「先輩方。俺千花先輩にひどい事をしちゃったんですかね?」
俺の問いに二人とも困った顔をする。
「いや~牧野くんが切っ掛けでは有るけど、あれはどちらかと言うと本人もそうだけど姉兄達の問題な気がするよ」
姉兄達の問題?
俺が訳が分らないと言う顔をしているのを見て桃やん先輩が続けて話す。
「千花は上の姉と兄に対してコンプレックスを持っていて、その反動で荒れているのは知ってるよね? でもどちらも本当の自分じゃないんで心に無理をしていたんだよ」
コンプレックスはウニ先輩に聞いていたし、無理をしてるのもなんとなく感じていた。
俺はこくりと頷く。
「それで姉と兄が自分を置いて仲良く生徒会に入ったもんだからかなり限界まで追い詰められていたようだ。このままなら退学も有り得た」
そう言えば初めて会った時のあそこまでの激情もそれが一因だったのかな?
その前にレッドキャップ事件で退学にならなかったのが信じられないんだけど。
「そこで牧野くんが救世主として現れたんだよ」
救世主? なんで?
「俺が救世主? どう言う事でしょうか?」
「言葉通り救世主だよ。大好きな姉や兄に置いてかれて、学園で一人ぼっちになったと思い込んで心を閉ざしかけた所に、普通に接してくれる人が現れたんだ。出会いはどうであれね。更にその人が学園内での姉や兄と結び付けてくれる存在だったんだもの。将に救世主だろうね」
そ、そうだったのか。
学園案内の時俺に付いて来ていたのは友達を求めていたと言う事なんだな。
それどころかウニ先輩が俺の事を知っていたんだ、もしかしたらドキ先輩もポックル先輩から話を聞いていて出会った時既に俺の事を認識していたのかもしれない。
だから、あそこまで執拗に追ってきていたのかな?
「そうだったんですか。でも変わってしまったのはなんでなんでしょうか?」
「まぁ~それに関してはさっきさらっと言ってたけど、初めて出来た友達とどう接したら良いのかが分らなくてパニックになっちゃったんだろうね。元々精神的に追い込まれてたから余計に。千夏が親分とか子分と言ったのもダメだったんだろうな。多分グチャグチャになった心が落とし所として落ち着いたのが今の千花だと思うよ」
そうなんだろうか?
千花先輩の苦しみに俺がとどめを刺してしまったんじゃないだろうか?
俺の沈痛な顔を見て萱島先輩が慰めるように声を掛けてきた。
「牧野くん、レッドキャップが変わってしまった事を気にしているようだが、放課後の二人を見ていた限りでは凄く自然で大変微笑ましかった。少なくとも以前の荒んだレッドキャップよりとても幸せそうに見えたよ」
そう言って貰えるとなんだか救われた気がした。
『お姉ちゃん千花のこと分ってあげれなくてごめんなさい~』
『僕もちかちゃんがそんなに苦しんでるなんて知らなかったよ~』
『こ、こら姉貴、それに兄貴も泣きながら抱きつくなよ。鼻水が付くだろ~』
生徒会室の中からポックル先輩とウニ先輩の鳴き声が聞こえる。
ドキ先輩も強がってはいるが涙声だ。
聞こえてくる内容から桃やん先輩の推測は正しかったのか?
程なくして生徒会室の扉が開き俺達に中に入るよう促された。
ポックル先輩から説明された内容はほぼ桃やん先輩の推測通りだった。
驚いたのは可憐モードの時も実は記憶が有り、自分の行動を遠くから見ているような感覚だったらしい。
ただそれは姉の模倣であり自分が自分で無くなる様でとても嫌と思った瞬間に倒れて気が付いたらこうなっていたとの事だ。
起きてからは普通に俺と接する事が出来るようになって嬉しかったと言ってくれている。
その言葉に俺も嬉しかった。
今も少しチグハグな所も有るけど時間が解決するするんじゃないか?と庶務先輩が言っていた。
とは言え根本はどうであれトリガーは俺なので今度千歳さんや父親にお詫びの挨拶に行ったほうが良いのだろうか?
そんなことを考えてるとウニ先輩が声を掛けてきた。
「ねぇねぇ~マーちゃん。僕にも抱っこして走る奴やってよ~」
「なっ! ずるいぞ兄貴! 俺だって我慢してるのに、あっ姉貴! なんで順番に並んでるんだよ」
う~んなんか平和だな。
取りあえずウニ先輩を抱えて走り出す。
皆はそれを呆れた顔で見ている。
「一人3週までですからね?」
「「「わ~い」」」
明日は筋肉痛かな~?
「あの~こーちゃん? 楽しそうな所悪いんだけど仕事はどうだったの?」
生徒会室を走り回っている俺に対して宮之阪が冷静にそう言ってきた。
その言葉に俺は大事な事を思い出した。
「あっ報告忘れてた!」
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