第三章 生徒会も大変です
第30話 演説
「お、俺様が、つ、付いて行ってやるから安心しな」
え? 何故あなたが目の前に居るのですか?
昨日ポックル先輩は付きまとわないように言っておくって言っていたと思うんですが…?
そう言えば朝にポックル先輩が助っ人を呼ぶって言っていたなぁ。
よりによってドキ先輩とは。
写真部の部室に向かう途中、突然現れた怪しげな男達を一瞬で薙倒したドキ先輩を見て、今朝の出来事を思い出す。
―― 時は朝まで巻き戻る ――
昨日と同じメンバーで登校すると下駄箱に向かう途中にある掲示板に人だかりが出来ていた。
「ん? なんだろう?」
気になって皆で掲示板の方まで近付いてみた。
「あっ昨日の件の告知がもう貼ってる」
掲示板には、生徒会広報を生徒会役員全員の賛成を以って1-A 牧野光一に任命したと言う旨が書かれていた。
「コーイチ、お前が言っていたの本当だったんだな」
「あぁ……しかし、いきなり全生徒に告知かよ……」
しかも既に学園長だけでなく校長も連名での承認署名がしてあった。
教員会議とかもうすっとばしだな。
ん? 上級生が何か話しているな?
「おい、この牧野って誰だ? なんで新一年生が生徒会に入るってんだよ!」
「指名制役員ってことか? この短期間で?」
「有り得ないだろ? 理事長の親族なのか?」
「そう言えばこの名前昨日と一昨日に放送で流れていた名前じゃないか?」
「確かにそうだ! 美佐都様や学園長に呼ばれてたな。その時に汚い手を使って取り入ったのか」
「俺の立候補は取り消されたのに。 許せねぇ……」
うわぁ~思ったより状況悪くないか?
何が有ったんだよ、前回選挙?
今この場で俺が牧野 光一とバレたら弁明とかする間も無しで袋叩きにあいそうだな。
『いっちゃんやばくない?』
『こーちゃん……やばいよ。早く逃げましょう』
『あぁ』
俺達は宮之阪に促され気付かれない内にその場から離れようとした。
「お~牧野~! お前昨日生徒会に呼ばれたけど大丈夫だったか?」
なに? 誰だ!
振り向いた先には俺のクラスメートが居た。
どうやら今学校に着いたようでこの状況を把握していないようだった。
くっ、恨むに恨めない。
ゆっくり掲示板の方に振り向いた。
そこには幾つも敵意と猜疑心を秘めた瞳がこちらを見ていた。
「おい? 牧野? どう言う事なんだこれ? お前何かしたのか?」
何かしたのはお前だよ!
「俺は何もしていないんだが……」
「おい! お前が牧野か?」
上級生が怒気を孕んだ声を掛けてくる。
違います! …といってもダメなんだろうな。
「はい、俺が……そこに書いてある牧野です」
ぴりりと幾人かの殺気の濃度が上がった。
おそらく立候補を取り消された生徒達だろう。
これもおそらくだが、こいつらは別に生徒会のことを考えていた訳ではなく、ただ単にギャプ娘先輩目当てだろうとその目に映るの憎悪を見て分った。
何故だろう? 無性に腹が立つ。
親父の威光を翳すのは嫌と言っていたが、この先輩達の態度に親父の威光……いや親父の想いやその後に続いた数々の生徒会役員達の思いまで汚された気がして体の奥が熱くなるのを感じる。
こんな奴らに負けるものか!
いつの間にか逃げる気も失せていた。
「何故お前みたいな一年が成績優秀でこの地元でも有名な会社の跡継ぎである僕を差し置いて生徒会なんかに入ってやがるんだ?」
知るかよ! その見え見えの下心を隠してから言いやがれ。
それに後継ぎだからってなんだ。今のお前には関係無いだろう。
お前なんか跡継ぎじゃなくアホ継だ。
「どうせ汚い手を使ったんだろう?」
隣の意地が悪そうな先輩が言ってきた。
それこそ知るか! 汚い手は使われたがな!
「美佐都様に手を出すとどうなるか分ってるんだろうな?」
更に違う先輩が俺に向かって怒鳴り散らす。
美佐都様ってなんなんだよ。
それに、はぁ? 手を出す? なに言って……いや、お姫様抱っこや可愛いと言った事や『いいお嫁さんになれますね』は傍から見ると手を出したと言えるかも?
いやいや今はそんな事関係無い。
かと言って、ここで怒りに任せて先輩らに喧嘩を売るのは簡単だが、それではダメなんだろう。
おそらく俺なんかに期待をしてくれている先輩や学園長達はそんな事を望んでいない筈だ。
俺が親父にコンプレックスを抱えている事を知っているだろう庶務先輩が、あえて俺に親父の名前を出せと言ったのはそう言う事だよな。
過分な期待に応えるのは辛いよ。
周りを見ると生徒たちはさらに増え、全校生徒の半分は居るのではと思われる程まで膨れ上がり俺を取り囲んでいる。
遠くにお手並み拝見と言った顔で、にやにやと笑いながらこちらを見ている庶務先輩が見えた。
くそっあの人にバカにされるのも面白くない。
多数の色々な感情が籠った視線を一身に浴びて委縮する心を再び奮い立たせた。
「まず俺が選ばれたのは学園長からの推薦です。これに関しては俺の与り知らぬ処で決まりました」
俺は心の中の憤りを抑えて努めて冷静そう言った。
「はぁ? どういう事だ? 何故学園長がお前なんかを!」
先程のアホ継先輩が学園長の推薦と言う言葉で更に顔を赤くしている。
「それは俺の父親がこの生徒会の生徒会長OBで学園長と同期だったからですよ」
俺は嫌だったこの言葉をあっさりと口にした。
言う時に口籠るかと思ったが自分でも驚くほどすんなりと言う事が出来た。
その言葉を聞き周りの幾人かは小さく感嘆の声を上げるのが聞こえる。
流石は伝説の生徒会長と言う事か、学園長と同期で生徒会長と言う事で俺の名前から親父の事を推測した者がいたらしい。
しかしアホ継先輩は知らないらしく、さらに顔を歪める。
「そんなものただの親の七光りだろう! お前如き一年生に何が出来るんだよ!」
七光りとかお前が言うな!
それに『俺如き』なんて事は百も承知なんだよ!
「えぇ、それは先輩がそう思うのも仕方有りません。俺だって今でも思っています」
アホ継先輩の言葉は周りも思っていたのだろう、周りの先輩達も同意する表情をしていた。
しかし、反論せずにあっさりと認めた俺のこの言葉に、一年生がどう生意気に言い訳するのかと期待していた先輩たちは意表を突かれたようで、皆ポカンとした顔をしている。
「なまじ出来た親を持つと息子にまでそれを期待される苦労は先輩もご存知でしょう?」
アホ継先輩対して続けざまにそう言った。
「なっ、そ、それは……」
心当たりが有るのかアホ継先輩は言葉を失い動揺している。
やっぱり同じ苦労をしているんだな。
少しこの先輩に対して親近感が湧いたよ。
「今も過分な期待を受けて潰されそうになっていますが、だからと言って期待してくれている人達の思いに応えたい気持ち、何よりこの学園の先輩方や同級生達の力になりたいと思っていますので生徒会を辞退するつもりはありません」
俺は大声でそう言い切った。
辺りは先程と打って変わって静まり返っている。
誰かがごくりと息を飲む音が聞こえた。
そろそろ仕上げか。
「そこで皆さんにお願いがあります! 正直俺の力はまだまだ未熟で頼りないと思います。俺一人では成し遂げられない事も多々あるでしょう。 そこでそんな俺に先輩達の力を貸して頂けないでしょうか?」
周りは唖然としている。
責めている相手に力を貸してほしいと言われるとは思ってもみなかったんだろう。
アホ継先輩は目を白黒させながら口をパクパクしている。
「皆さんの力を! 期待を! 俺に先行投資してください。報酬として必ずやより良い学園生活を送れる事を約束します!」
俺はここに居るみんなに深々と頭を下げた。
ここまでぶっちゃけたんだ。
後はなるようにしかならない。
パチ、パチ
ん? 手を叩く音?
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
周りから拍手が上がった。
その音は次第に大きくなっていく。
『よく言った! 一年生!』
『期待してるわよ!』
『応援してるぞ!』
『応援はするが美佐都様に手を出すと命がないと思え!』
一部物騒な声もあったが先程の演説に理解を示してくれているようだ。
俺は顔を上げた。
周りの先輩たちが笑顔で拍手してくれている。
勿論全員ではなくアホ継先輩を含め面白くない顔をしている生徒は何人も居た。
まぁそれでも上出来かな?
「はいはい! わたしのかわいい後輩をいじめないでやって欲しい」
今頃になって庶務先輩がみんなを割って入ってきた。
数人が庶務先輩の顔を見て小さい悲鳴を上げている。
悲鳴って……、庶務先輩、あんた一体何したんだよ。
「まぁこの子の言った通り、生徒会入りは学園長の要請でね。他にも校長からも入れるように頼まれていたんだ。理由もこの子の言った通りだよ。既に気付いてる人も居るようだけど、この子は
その言葉にようやく俺の親父の事に辿り着いたと言う顔をした生徒が多くいた。
学園長と言う当事者が学園に居るので、それに付随して親父の事も語られ続けているのだろう。
「まぁだからと言ってこの子がすぐにそんな会長の真似事を出来る訳無いのは皆も分かっているよね。だから、この子が言った様に出来ればみんなで力を貸して頂きたい。わたしもビシビシ鍛えるので期待は勿論していてくれても構わないよ」
ビシビシ鍛えると言う言葉に俺に対して同情の目を差し伸べてくれる先輩達がかなり居た。
本当に庶務先輩、あんた一体何したんだよ。
「そこは私からも頼むよ~。まぁまだ納得出来ない人が居るとは思うけど、なにせ牧野くんは
会計先輩も来てくれた。
周りからは親父の時以上に驚きの声が上がっている。
『あの
『伝説の総番の息子とは』
『伝説と伝説のミックスか……』
相変わらずお姉さんは痛い二つ名で呼ばれてますね。
あと息子じゃないですってば会計先輩。
まぁ育ての親も親な事には変わりない。
取りあえずこの空気で否定すると泥沼になりそうなのでスルーする事にした。
キーンコーンカーンコーン
その時予鈴の音が鳴り響いた。
皆は慌てて靴箱に向かう。
俺も向かおうとした時、校長先生がやってきた。
「やぁ牧野くん。さっきは良い物を見せてもらったよ」
にこやかな顔でそう言ってきた。
「校長先生。見ていたのなら止めて下さいよ」
さっきまで気の張っていた俺は何とか無事に切り抜けられた安堵感から体の力が抜けて校長先生に対して泣き言を言う。
その言葉に校長先生は懐かしいものを見ているかのような顔をしている。
「先程の演説もそうだが、その顔も君のお父さんそっくりだよ」
そうなのか? 先程の演説と言えるかわからない俺の戯言は今まで培ってきたぬらりひょんスキルの応用だ。
相手の攻めをぬるりと反らし、相手のコンプレックスを上手く突いて動揺させ、最後には自分の側に引き込むと言う自分の居場所を作るために習得した方法の一つだ。
「君のお父さんは何も完璧人間で有った訳でもない。やる時の行動力は凄いが、普段は気の弱い所も有る普通の学生だったんだ。大勢の前で大見得切ったはいいが、後で泣き言を言う所なんか幾度も見たよ」
そうなのか……。親父も色々と悩んでいたんだな。
「それでも言った事は、何が何でもやり遂げたから今でも語り継がれているのさ」
痛い所を突かれたな。
「そうですね。先程の牧野くんは素晴らしかったんですが、あれでは及第点では有りますが満点はあげられません」
庶務先輩が苦笑しながらそんな事を言っている。
「うっなかなか厳しいですね」
「当り前じゃないですか! 色々と考えていた計画が台無しですよ。はぁ~あんな大勢の前で大見得切るなんて思いもしなかった。まぁ告知にあんなに人が集まるとはこっちとしても予想外だったのは否めません。でも本当に牧野くんは人生ハードモードに進む運命みたいですね。これから計画の大幅修正に頭が痛いですね」
庶務先輩がいつもの張り付いた笑顔ではなく本心から嬉しそうな笑顔で笑っている。
「俺だってあんな演説する気無かったですよ」
しかし、あそこまで皆が殺気立つって前回の生徒会選挙って何があったんだろうか?
「ハハッ、まぁ嫌いじゃないですよ、そう言う所。後はあの大見得に負けない君の頑張りが見たい所ですね」
この人に嫌いじゃないと言われるのはなんかうれしいな。
「その期待に応えて見せますよ」
またもや大見得を切ってしまったがこれは本心から来るものだ。
「うん本当に楽しみだよ」
庶務先輩は優しい笑顔で俺の両頬を引っ張りながらそう言った。
「
本当にスキンシップが好きな人だよな。
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