第31話 隙有らば
「ちょっとちょっと藤森さん! 牧野くんが痛がってるじゃない!」
庶務先輩により人類の頬の伸長限界をテストされてる俺を見かねてポックル先輩が止めに入ってくれた。
ありがとうございます、ポックル先輩。
もうすぐ人類初のたれぱ○だになるところでしたよ。
「牧野くん、さっきの凄くかっこよかったわよ」
ポックル先輩が生徒会モードでほめてくれた。
「それは認めますが、わたしとしてはもうちょっとゆっくりと浸透させていく計画だったのですが、全てぶち壊しですね。まさか初日にあれだけの生徒の前であんな大口を叩くとは思いませんでしたよ。他にもあの場から逃げる手段は有ったでしょうに」
先程より強い口調でポックル先輩に愚痴を零している。
その後、庶務先輩は俺の事をジト目で見て、そして呆れたようにため息をついた。
う~ん、本当にごめんなさい。
色々と考えてくれていたようですね。
「本当にすみません。でも生徒会の事なんて考えず自分勝手な人達の言い草に、なんか……こう、今までやってきた生徒会の人達の思い自体をバカにされた気がして自分を止められませんでした」
俺は先程の騒動の切っ掛けとなった心の内を正直に話した。
俺もここまで憤るとは思わなかったな、でも――、
心の表面は最近知った数々の親父功績に対する劣等感でどす黒くメッキされ、その存在を口にする事に嫌悪していた。
……が、その奥では親父への憧れ、羨望と言った思いが確実にそして大きく育っていたのは分っていたんだ。
そして、そんな親父に対して俺と同じく憧れの念で後に続き、自分の理想とする道を切り開こうとした人達の思いを踏み躙るような行為を、俺は許せなかった。
おそらくその怒りによって劣等感のメッキは剥がれ落ち、俺の本当の気持ちが表に出てきたのだろう。
そして俺は親父の事を素直に口に出来たんだと思う。
ただそんな俺自身の身勝手な怒りの為に先輩方の折角の計画を台無しにして、結局最後は庶務先輩と会計先輩に助けてもらってしまった自分が情けない。
急に申し訳ない気持ちが大きくなり、目の前の庶務先輩に対して捨てられた子犬みたいな眼差しで見つめた。
俺の言葉とその目に庶務先輩が普段は細目がちの目を大きく見開いて暫し固まっていたが、すぐに不機嫌な顔になり俺の髪の毛をぐちゃぐちゃにかき混ぜて来た。
「あーーーもう! あなたは本当に隙有らば! このっこのっ」
やはり計画を台無しにした事で怒らせてしまったんだろうか?
かなり強めにぐちゃぐちゃにされてるんだけど。
いつもの余裕のある態度じゃなく、かなり感情的で正直驚いた。
「藤森先輩、ちょっ、ちょっとやめて下さい!」
「ふん! 放課後忘れないように生徒会室に来る事! じゃあね」
「アハハハッそれじゃあ放課後ね~」
庶務先輩は俺を解放した後、会計先輩と一緒に校舎の方に戻っていった。
「ひどいな先輩。頭ぐちゃぐちゃだよ」
俺は巻き上がってしまった髪の毛を手ぐしで必死に整える。
「いっちゃん、あんな事が有ったすぐ後やのに本当に流石と言うかなんと言うか」
「こーちゃん、わざとやってない?」
みんなひどい言い草だ。
ってそうか、この場には宮之阪達も居たんだよな。
それなのに一歩間違えると暴動になるかも知れないあの状況を作り出してしまっていたのか。
山元にはこーいちが付いているから大丈夫だろうが、この二人は囲まれる前に逃がさないとダメだった。
「宮之阪! 八幡! あとこーいちと山元も。ごめん!」
俺が急に謝った事に何事かとみんながびっくりしている。
「どっ、どーしたん?」
「いや、みんなが居るのに勝手にあんな事を仕出かして、お前達に危害が出る危険性も有ったのに後先考えないで本当にすまなかった」
俺が頭を下げると。
宮之阪と八幡が先程の庶務先輩と同じような顔をして折角手ぐしで整えた髪の毛をまたぐちゃぐちゃにして去っていった。
「こーいち、みんな酷くないか?」
こーいちと山元はどうしたものかと言う顔で苦笑している。
「あ~自動攻略中のところ悪いんだけど、牧野くんわかってる? まだ終わった訳では無いのよ? 先程の演説を聞いていなかった人や聞いても納得しない人も多くいるんだから」
ポックル先輩が少し浮かれている俺を咎める様にそんな事を言う。
あっ、聞いて納得しないしていない人の認識有ったけど、あの場に居なかった人の事考えていなかった!
勝手に解決した気でいた。
「すみません。そう言えばそうですね。さっきの様に皆の前での説得する機会なんて、そうそう有りませんし困りました」
「まぁ先程ので学園内の空気の流れは確実に変わったから、後は時間の問題でも有るとは思うの。だけど強硬な手段に出る人も居ないとは言えないわ」
嫌だなぁ。
本当にどうなってるんだよこの学園。
「なので放課後までに強力な助っ人を用意します。それまでは何とか頑張ってください」
助っ人?
「誰ですか?」
ポックル先輩はそう言ったもののいまだに思案をしてると言った面持ちだ。
「う~ん一応信頼は出来るので安心し……う~ん」
何か悩んでるポックル先輩。
『安心』と言う言葉を言い淀まないで下さい。
すごく怖いです。
「はいはい、話はそこまで。君達早く教室に行かないとそろそろ本鈴も鳴るぞ? 急いだ急いだ」
校長先生の呼び掛けに慌てて校門のそばの時計等を見ると本鈴までにもう2分を切っていた。
俺達は慌てて教室に向かう。
「牧野くん! 頑張りたまえ。君なら大丈夫だ、やり遂げられると信じているよ」
本当のこの校長は勝手に期待ばかりして。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さっきはごめんな、牧野……」
教室に戻ると先程の騒動の発端になったクラスメートが謝って来た。
どうも事情を誰かに聞いたらしい。
「いや、元々昨日の事で俺を心配してくれていたんだから仕方無いよ」
そうなんだよな。
あの言葉は俺の事を心配してくれていたんだ。
「そう言ってもらうと助かるよ」
クラスメートは俺の言葉に凄く安堵したようだ。
自分の言葉が大惨事への引き金になり得たかもしれないんだしそりゃそうか。
「あんな大勢の先輩かっこ良かったぞ」
「ちょっと感動したわよ」
「何か有れば俺達の力も貸すからな」
先程の演説を見てくれていたクラスメート達が口々に言ってくれる。
流石にムズ痒い気がするな。
怒りに身を任せ大勢の前でやってしまった結果とは言え、本来俺のぬらりひょんスキルってのは対立を避けていつの間にか味方に入り込み、目立つ事無く束の間の安寧を得る為に覚えたスキルなので、この様な事態は想定していなかった。
目立たないどころか、まるで英雄のように担がれた神輿状態になっている。
今更ながらやってしまった感溢れる自分の浅はかさに後悔した。
「あぁ、みんな頼りにしてる。何か有ったらぜひ力を貸して欲しい」
ここまで盛り上がってくれている皆に悪いので更に奮い立たせる様な事を言ってしまう。
周りの皆は熱い同意の言葉を投げかけてくれた。
これでまた俺に対する期待値が上がっちゃうんだろうな~。
会計先輩が言った人生ハードモードに進む運命と言う言葉が身に染みる。
少なくとも以前はそんな事は無かった気がするんだが……。
キーンコーンカーンコーン
本鈴が鳴り担任が教室に入ってくる。
「はいはーい、みんな席について~。HR始めるわよ~」
担任の声に皆が席に着く。
「いや~牧野君! 朝から良い物を見せてもらったわよ」
皆が席に付いた後、担任は俺を見て楽しそうに言った。
「先生この学校のOGなのよ。しかもあなたのお父さんと同じく生徒会長を務めた事もあるのよ」
周りから驚きの声が上がる。
「だから最近のこの学校の生徒会に対する邪まな状況はちょっと許せなかったのよね。でも牧野くんのお陰でスカッとしたわ」
驚いたこの先生も元生徒会長だったのか。
アラサーな我が担任はそう言うと子供の様な顔をして笑った。
ん? アラサーで生徒会長? 何か引っかかる。
なんだっけ?
そう言えばこの担任の顔を教室以外で見た記憶がある。
何処だっけ?
…………。
あっ! そうだ
お姉さんが写ってた生徒会写真の中にこの顔を見た!
「しかし牧野君があの牧野会長の息子で、しかも大和田先輩との間の子供とは知らなかったわ~。先輩ってば年賀状でも、子供が出来たなんて一言も言ってくれないんだもん。歳の差考えると卒業式のあの時にはもう先輩のお腹の中に牧野くんが居たかも知れなかったって事かぁ。そう思うと感慨深いわね」
ぶふぉっーーー!
ぶふぉっーーー!
俺は盛大に噴出した。
隣で宮之阪も噴いている。
宮之阪も小さい時に幾度もお姉さんからのママ発言を聞いてはいたがお腹に居たとか直接的な表現は流石に堪えた様だ。
「せ、先生、それ誤解です」
あの場では黙っていたけど流石にいつまでも認めるわけにはいかない。
こんな事がこれ以上世間に定着すればお姉さんがこれ幸いと既成事実化しかねないしな。
「え? 違うの? さっき桃山さんが言ってたじゃない」
「いや完全に間違っている訳でもないんですけど。俺が小さい頃両親が出張で居ない時が多かったんで、その時俺を預かって育ててくれたのが大和田さんなんですよ。育ての母親って感じです。 あっ本当の母は今でも健在ですからね」
担任の顔は俺の話に最初納得した顔をしていたが、どうも俺の母さんが死んだと勘違いしたんだろう、段々可哀想と言うような目で見てきたので一応フォローした。
「あ~そう言う事~。良かった~。知らない内に先を越された……ゲフンゲフン。入学式の時、大和田先輩が誰かの保護者として来たようだって噂は聞いてたんだけど、当日忙しくて会えなくてね。牧野会長や大和田先輩は元気なの?」
「親父は今ブラジルですね。大和田さんは凄く元気ですよ」
多分学生時代と同じくらいにね。
あの写真に載っていた生徒会長が、今ではこの学校の先生って事はお姉さんは知ってるんだろうか?
今度教えてあげよう。
取りあえず様子見の為、今日は休み時間も大人しく教室に閉じこもった。
休み時間の度に先輩達が教室の外から俺を見に来たりしていたが極力目を合わせないようにした。
流石に呼び出してまで俺を連れ出そうとする奴は居ないみたいだ。
朝の演説はそれなりに効果があったんだろう。
何とか放課後まで乗り切った。
「じゃあまた明日!」
「おうこーいち生徒会頑張れよ~」
「こーちゃんまた明日ね……」
「いっちゃんまた明日なぁ」
俺はみんなに挨拶をしてカバンを肩にかけ教室を出ようとすると宮之阪と八幡が何か言いたげでこちらを見てる。
そう言えば連れて来て良いって庶務先輩が言ってたなぁ。
取りあえず聞くだけ聞いてみるか。
「なぁ宮之阪と八幡。言うの忘れてたけど先輩達がお前達も生徒会室に来ないかって言ってたぞ」
言ってみたものの宮之阪達にとっては生徒会なんてやりたいものなんだろうか?
めんどくさいとか言って拒否しそうだよな。
「「行く!」」
おおぅ! なんか凄いハモってるぞ?
どうしたんだ? ちょっと必死だな?
「そっそうか……、じゃあ行こうか」
『先輩達の中にこーちゃんを放したら大惨事になるわよ』
『本人無自覚やもんなぁ』
ん?何やら二人でこそこそ話してるな?
しかしこの二人仲が良くなって良かったよ。
生徒会室までは二年生の教室を横切らないと辿り着かないので辺りを警戒しながら生徒会室を目指した。
一度校舎から出て回り込めば行けなくは無いものの、途中人気の無い所……ドキ先輩を抱きしめたあの校舎裏を通る必要があるので、あんな所で襲われたら一溜まりも無い。
逆にそこよりは周りに人が居た方が安全だろうと意を決して進む。
すると幾人かが俺に気付き声をかけて来たが、驚いた事にそれらは殆ど俺に対するエールだった。
思ったよりあの演説は効果が有った様だ。
幾人かは『一年に出来る訳がない』との厳し目の意見も有ったが演説に使ったスキルの対単体版を使い悪印象を消していく。
「いっちゃん、詐欺師にでもなるつもりか?」
八幡がひどい事を言う。
「みんなと仲良くなりたいだけだよ?」
「こーちゃん、その言い方がもう詐欺師よ」
宮之阪までなんて酷い。
「皆さん遅れてしまいすみませんでした。あと二人も連れてきましたよ」
何とか生徒会室まで無事に着くと既に先輩の皆が座っていた。
「牧野くん、いらっしゃい。あと二人共よく来てくれたわね」
鉄面皮は既に無く優しい笑顔の生徒会長が出迎えてくれた。
「本当に私達も生徒会室に着てよかったんでしょうか?」
宮之阪と八幡も気まずそうにしてるが先輩達は二人を歓迎してるようだ。
「いいのよ。来てくれてうれしいわ」
「歓迎するよ~。まーちゃん! 高い高いして~」
ウニ先輩、流石に高校二年生を高い高いする高校一年生の図はどうなんでしょうか?
まぁやりますけどね。
ポックル先輩は我慢してくださいね。
「いや~呼び出してごめんね~。君達、生徒会に興味が無いかい?」
挨拶するや否や会計先輩はそんな事を聞いてきた。
「実は君達に助っ人を頼みたいんですよ」
庶務先輩もそれに続いた。
やっぱり、昨日連れて来るようにとしか言わなかったが生徒会に入れるのが目的だったか。
「因みにこれは牧野くんを助けることにもなんですよ」
「「やります!!」」
またもや二人が綺麗にハモッた。
本当に仲が良くなったよね。
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