ミニ閑話 Side O 懐かしの君に会いに

 

「おねえちゃんのごはんだいすき~」


 あぁこれは昔の夢……

 私がまだ小学校3年入る前の春休みの頃ね

 ふふっ弟ったらいつも私が作る料理を食べるとそう言って笑ってくれたわね


 3歳年が離れた弟は生まれつき体が弱く赤ん坊の頃から入退院を繰り返してた。

 両親共働きで出張も多く、弟の面倒はまだ小学生の幼い私が見ることが多かった。

 しかしそれは苦ではなく、むしろこんなに可愛い弟と一緒に居れる事が私の楽しみであった。

 病弱な体の弟の為に私が作る食事は薄味の和食ばかりで中には子供にとって美味しくない物もあっただろう。

 小学生の私ではうまく作れない事も色々あったけど料理の本を見て一生懸命勉強した。

 少しでも美味しいものを食べさせてあげたいと頑張った。

 しかし他の子供のようにハンバーグやカレーと言った洋食も食べたかったはずだ。

 でも弟は文句も言わずそんな私の料理をいつも美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくれた。

 とても幸せだったが、反面もっと美味しい物が食べさせてあげれたらと弟の病魔を恨む日々だった。


 あれは私が3年生になってすぐに急に体調を崩して入院した弟に見舞いに行った時の事。

「げんきになったらおりょうりおしえてね」

 神様に祈る気持ちでその言葉を聞いた。

 現実を信じたくない私の目から見ても日々弟の体から生きる力がこぼれ落ちていくのが分かっていたからだ。

「任せて! なんでも教えてあげるわ! だから早く良くなってお姉ちゃんに美味しい料理をご馳走してね」

 私はあふれ出て来そうになる涙を何とか閉じ込め笑顔で応えた。


「おえねちゃんだいじょうぶ? なんかかなしそうなかおしてるよ? 」


 この言葉に一気に想いが溢れそうになった。

 弟は私の笑顔の仮面の裏を見抜いていたのだ。

 でも私は手を後ろに回し弟に気付かれないように思いっ切り抓ってその痛みで溢れそうになる想いを吹き飛ばす。

 そうして弟の前では何とか気力を振り絞って泣かないと頑張っていたが、家で一人になると抑える事が出来なくなり、瞳からは体の水分が全て無くなるかと錯覚する程の涙が止まらなかった。


 その夜中、病院から弟の容体が急変したとの知らせが、その日泊まり込んでいた母親から届いた。

 弟は意識が朦朧となりながらも私に会いたいとうなされていると言う。

 父は出張中で不在、すぐさま私はタクシーに乗り病院に向かったのだが、運悪く途中道路が交通事故処理で通行止めとなっており立往生してしまった。

 焦りだけがつのり身が張り裂けそうになる。

 今ならば小回りが利くバイクで、こんな時でもすぐに弟の病院に行けたのだろうが、当時の私はまだ8歳、当たり前だが免許すら取る事は叶わない。

 運転手さんに勧められてそこから走る事にした。

 私は力の限り走った。

 幼い私では気だけが先走り病院までの距離はなかなか縮まらない。

「神様お願いします。弟に会わせて下さい、弟を連れて行かないで」

 しかし息が切れるのも忘れて病院に着いた時には既に弟は……。


 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー……


「はぁはぁ、夢……?」

 久し振りにこの夢を見た。

 そう言えば弟の命日が近いからなのか。

 私は流れる涙と悲しみを洗い流すためシャワーを浴びた。

 果たされなかった約束、今でも私の心に楔として突き刺さっている。


 悲しみに沈む暗い心にふと明かりが灯るのを感じた。

 その明かりは心に広がり自然と頬が緩む。

 あれは先月の暮れ、相変わらず締め切りを守らない先生の家まで原稿を取りに行った時の事だ。

 私はその少年と出会った。

 その時は少年の部屋に入り込んでいた困った先生を連れ出すのに必死でしっかりとは見ていなかったが何か違和感を感じたのを覚えている。

 その少年から頂いた料理を食べた際、何故か不思議と心の奥の楔が緩んでいく感覚に囚われた。


 その翌日事情を知った私は先生を連れてお詫びに伺ったのだが、その少年の顔をしっかりと見た瞬間衝撃で体が崩れ落ちそうになった。

 いや隣りに先生が居なければ間違いなくその場で泣き崩れていただろう。

 その9歳年下の少年の顔は弟が16歳になったらこんな感じになるのではないかと思わせる程、弟の面影を持っていたからだ。


 それから私は事有る毎にその少年に会いに行っている。

 少年は日々悩み、そして成長しているようだ。

 私はその少年を見守り助けたいと思っている。

 勿論こんな事が死の間際に会いたいと願っていたのに会いに行けなかった弟への罪滅ぼしにならない事は分かっているし、勝手に少年を弟に重ね合わせて罪悪感を消し去ろうとしている自分勝手な我儘なのも分かっている。


 それでもその少年が弟の生まれ変わりの様に思えるのだ。

 神様が最後のお願いを叶えてくれたのではないだろうか。

 弟を生まれ変わらせ、また私と巡り合わせてくれたのではないだろうかと。

 この不思議な縁を与えてくれた神様に感謝した。


 私は出社の用意を整え家を出た。

 また今晩もあの少年に会いに行こうか。

 バイクに跨りそんな事を思う。



 そうあの少年の奥に隠れている懐かしの君に会いに……。

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