第28話 全自動攻略機

 

「牧野くん? 千花ちゃんに何をしたの?」


 俺は先程のドキ先輩が逃げ出した件で、ギャプ娘先輩にポックル先輩、ウニ先輩それと宮之阪と八幡と言った面々に尋問されている。

 会計先輩と庶務先輩はその光景を温かく見つめていた。

 あぁ庶務先輩には"生"が付くけど。

 ドキ先輩の普段を知っている者は勿論の事、知らない者でも男の顔を見て泣いて逃げ出すなどただ事ではないので、そりゃあ気になるとは思うんだけど不可抗力とは言え正直色々と言い難い。

 うまく話さないと痴漢野郎のレッテルを貼られて警察に突き出されてしまうかもしれない。


『警察に捕まるなんて、慣れてしまえば気にならなくなるわよ?』


 母さん(心の悪魔)、走馬燈モードでもないのにいきなり出て来ないでください。

 なんですか、捕まるのが気にならなくなるって?

 元最強の虎か何か知りませんが、これ以上俺の中の母さん像を壊すのはやめて下さい。

 まぁ昼間ドキ先輩に殺されなくて済んだのは母さん(心の悪魔)のお陰かもしれませんが、その所為で別の意味で今この瞬間死にそうなんですよ。


 と、現実逃避は置いといて、あそこまで嫌がられてる状態を説明するには生半可な嘘では到底信じてもらえないし、おそらく今夜中にポックル先輩の手によって真実が暴かれてしまうだろう。

 事故だったと言うのを前面に出して真実を言うしかないか。


「あのですね。千花先輩を怒らせて逃げ回っていたのはもうご存知の通りなんですが、逃げた先で更に怒らせてしまったんですよ」


「怒らせたって何を千花に言ったの?」


 うわぁポックル先輩が完全にお姉ちゃんモードになっている。

 でも怒らせた原因を言ってもポックル先輩傷付かないかな?

 ポックル先輩と同じに思われたくないってことを。


「あぁそれなんですけど。言っていい物なのか迷います」


 ポックル先輩は少し悩んだ顔をしたが、何かに思い至ったようでこう言った。


「もしかして私と同じと思われたくないってこと?」


「はい。妹からそんな事を言われたら傷付くかなと思ったんですが」


 でもこの態度と言う事ならよく有る事なのか?


「まぁ、あの子は私や千尋と似ている事で嫌な思いをして来たからね。他人に対しては警戒心が強くなっていて、特に私達と間違われる事に対してすごく臆病になっているの。ツンツンしている態度はその裏返しなのよ」


 そうなのか、可哀想に……と納得しそうになったけど、あのドキ先輩の事をツンツン程度の表現で良いのか?

 だってレッドキャップって物理的事象でのあだ名との事だし、マジで死を覚悟したんだけど。

 多分あの外見じゃなかったら今頃娑婆・・に居ないんじゃないのかな?


「で? 何故あの子がああなってるの?」


 ちっ誤魔化せなかったか。


「ええと、怒らせた後に飛び蹴りしてきたんですよ。いや本当にすごい勢いで」


 宮之阪と八幡はまさか女の子がスカートでとび蹴りするなんて思ってなく俺に対して疑いの目を向けている。

 他の人達はそう言う女の子だと知っている様だ。


「当たったらやばいと思って避けたら、丁度手が顎の所を押す形で当たったってしまったらしく、それで先輩が頭から地面落ちそうになったんです」


 母さん(心の悪魔)の事を言ったら頭おかしいと思われるから止めておこう。


「偶然とは言えあの子の蹴りを防ぐなんて凄いね。さっすが大和田さんの息子」


「息子じゃありませんよ!」


 会計先輩引っ張るなぁ~。


「で、このままじゃ危ないと思って、まぁ先輩が軽かったから良かったんですけど、何とか服を掴んで引っ張りあげてその間に俺が入り込む形で先輩が地面と激突するのを防げたんですよね。ただその時背中を強く打ったんで暫く先輩を抱きしめる形で動けなくなったんです」


 みんながなんか納得したような呆れた顔で見ている。

 う~ん、この時抱きしめたのも恥ずかしかったんだと思うけど、その際のアレがなぁ~。


「ただ、その時なんか様子がおかしくて、そんなに抱き締められたのが恥ずかしかったのかと思って尋ねると……どうやら違うみたいで、なんか服を引っ張りあげる際に、その……手が胸に当たってたらしくて、それに怒って『覚えてろ~っ』て感じで、ああなってしまったみたいで……。その恥ずかしさの裏返しみたいな……」


 言ってしまった……これは嫌われるかなぁ~?


「あ~なるほどね。あの子とあなたの温度差がわかったよ。牧野くんはそこじゃないだろ~ってとこに行くのが上手いよね」


「どことなくピタ○ラス○ッチを連想するほどの綺麗な勘違いの流れですね」


 会計先輩と庶務先輩はなんか感心してるけど褒められてないよねこれ?


「まぁ事故とは言え胸触ったことはアレだけど、千花を助けてくれてありがとう。……しかし、あの子も?…」


「ちかちゃんずーるーいー! 僕もぎゅー」


 あっウニ先輩ハグをねだって来てもしませんよ?

 あれは事故ですからね?

 そして何ちゃっかり順番に並んでるんですかポックル先輩。

 さっきのお姉ちゃんモードはどこ行ったんです?


「いっちゃんは変わったって言ったけど変わってないわ。そう言うとこ」


「そう言えばこーちゃんとの出会いって……」


 昔から問題児だったような言い方はやめて欲しいな幼馴染達。


「………ぷーー」


 ギャプ娘先輩? 頬膨らまして怒ってますけど、やっぱり女の子の胸を触った変態野郎と思っているんでしょうか?


「千夏先輩、すみませんが千花先輩に胸触ってしまってごめんなさいって言伝願えないでしょうか? 助けようとしただけで、触る気なんて毛頭無かったんです。本当に」


 俺が必死に弁明しようとしている姿を見て千夏先輩は笑い出した。


「わかりました。ちゃんと伝えます。あと今後牧野くんに付き纏わない様に千花にはきつく言っておくわ」


 最後の方なんかすごく黒い笑いをしてたけど気のせいだよね。

 でも良かった一部を除いて皆あれが事故だって分かってくれたようだ。

 一時は学園生活3日目にして終わったかと思ったよ。


「しかし牧野くん。本当に君は全自動攻略機だねぇ? みんなの変わりようにびっくりだよ」


 なんですかその洗濯機みたいな呼び名は。


「別に何かしようとしてやってるわけじゃないですよ。全部巻き込まれてるだけです。そう言う藤森先輩も最初の印象とは違うじゃないですか?」


 最初はスキンシップが好きなちょっと毒舌キャラなだけと思ったらいつの間にか色々とこの人の策に乗せられてるようなんだけど。


「だから言っただろ? 学園長から暫く様子を見るように言われてたって。本来ならもう少し猫かぶって君に警戒心を持たせないようにして観察する筈だったんだよ。それが昨日急遽君を生徒会に入れるよう言われたからね。まぁ今のわたしが本来のわたしなんだよ」


「あ~そうだったのかぁ~。てっきり後輩の男の子の前でぶりっ子してるのかと思ってたよ」


 会計先輩だけは最初から変わらなかったよな。


「えぇ、それも間違いではないですよ? 初対面の人に対して人当たり良く対応するのも処世術の基本ですからね」


「今日の付き添いで初対面の俺のクラスメートに本性晒してたと思うんですが。めんどくさくてテンション低いだけかと思ったら違ったんですね」


「あぁ、どうでも良い人間に対してわざわざ人当たり良くする意味も無いし、そんな事考えるエネルギーも勿体無いしね」


 俺のクラスメートに対してなんてひどい事を言うんだ。


「あと多少きつく当たった方が牧野くんへの風当たりも緩くなるだろうと思ったからね」


 やっぱりあれは俺の事を思ってやってくれてたのか。

 ちょっと感動した。

 大変なことに巻き込まれたと言う同情を買って敵意を和らげるための草の根活動みたいな事なんだろうね。


「ただそれがこの二人をここに招く結果となったのはさすがに誤算だったよ。いやある意味うれしい誤算かな。美佐都さんには悪いけど仕方無い」


 何やら二人を見てから色々と考えてる節が有るよなぁ。



「まぁ色々有って中断しちゃったけど、次は私が自己紹介しようかな? 私は3年の桃山 胡桃。この生徒会長とは腐れ縁で1年後期の途中から生徒会に在籍してるんだよ。今の役職は会計をやってるよ」


 そう言えば自己紹介の最中でしたね。

 ドキ先輩の件が解決して安心したので帰ろうと思ってました。


「そう言えば宮之阪さん? あなたは計算得意だったりする?」


 突然の質問に宮之阪が驚いてる。


「は、はい中学上がるまでそろばん習ってました。珠算1級持ってます」


「ほうほう。なるほどありがとう」


「最後は私の番と言いたいところですが、二人には先程の案内で既に自己紹介済みなので止めときましょうか。それより八幡さん、なかなか度胸が有りそうで気に入りましたよ。ところであなたは牧野くんとどう言う関係ですか?」


 庶務先輩は会計先輩と違って八幡に興味を持っているようだな。

 関係って言うと友達の友達?

 まぁ共通の親友を通しての仲だな。


「え~っといっちゃんとは六年生の時、一緒の学校で……」


 ん? 八幡なんでこっち見て黙る?


「ア、アキラって友達と通して仲が良くなったんです」


「実は先に会ったのは八幡の方が早かったんですけどね」


 きっかけは泣いてる八幡の横に立ってて殴られた事だからな。

 八幡は俺のセリフを聞いて目を見開いていた。


「どうしたんだ八幡?」


 どことなくうれしそう?


「覚えてたんか。いっちゃん」


 あの時アキラに殴られた痛みは忘れられないな。

 すっごい助走付けて飛んできたもんな~。

 それだけ八幡が大事だったんだろう。


「そっか……覚えて……」


 八幡が何か俯いてニマニマしてる。

 あの時派手に吹っ飛んだ俺の恰好を思い出し笑いしてるのだろうか?


「はいはい、そこまで。本当に牧野くんは少し自由にさせると攻略を開始しますね。それとアキラ? ですか…。 ふむ良いでしょう。色々と分かりましたよ」



「今日はここまでにしましょうか? ほら、もうこんな時間ですしね」


 会計先輩の声に皆が窓の外を見ると既に茜空となっていた。

 高台にある学校なので生徒会室からは夕日に照らされた街並みがまるでミニチュアのおもちゃようだ。

 遠くには夕日が水面に反射して赤い帯のように輝く川が見える。


「きれい……」


 宮之阪がその風景を見てぽつりと呟いた。

 うれしそうに微笑んでる彼女は夕日を受けてすごく綺麗に見えた。

 その横顔に少しドキリとしたのは秘密にしておこう。


 そう言えばあの河川敷で宮之阪と再会したのが始まりだったな。

 思えばあれから2週間位しか経ってないけど本当に色々な事が有ったと思う。

 一人暮らしが決まり、自分の無力さを痛感して、今では生徒会員か。

 そう、色々な事が有ったけどその度に誰かが助けてくれている。

 お姉さん、涼子さん、黄檗さん、勿論宮之阪に八幡。それに生徒会のみんなにも。

 今は助けられてばかりだけど、これからは少しでもみんなに受けた恩を返していけるように頑張ろう。


「あっそう言えば! ……あぁお母さんからの不在着信がこんなに……」


 しばしみんなで夕焼けに見惚れていたが、我に返った宮之阪がカバンに入れておいたスマホを取り出して嘆いている。


「すみません、今日は帰ります。ありがとうございました」


「あっ宮之阪さーん、あたしも家がそっちやから一緒に帰ろー。いっちゃんまた明日なー」


 宮之阪と八幡は急いで帰って行った。

 いつの間にか仲が良くなってるよなあの二人。


「じゃあ、私達も帰りましょうか。私はお母さん、いえ学園長と車だけど牧野くんも一緒に乗ってく?」


 え? 学園長と一緒? 嫌ですよそんな針の筵みたいな状況。


「いえ、帰りに商店街で買い物しないといけないので大丈夫です。気遣いありがとうございます」


 とりあえず無難に回避しよう。

 ギャプ娘先輩は何やらがっかりしてるけどこの母娘に囲まれて平然とするには心の力が足りません。


「牧野くん、校長先生には話しつけとくんで明日から本格始動してもらうから放課後生徒会室に来てね」


「あぁあの子たちを誘って来てくれてもいいですよ。そちらの方が手間も省けますし」


 やっぱりあの二人も生徒会入りさせる気なのか。


「わかりました。二人にも明日伝えておきます」


「では牧野くん、また明日ね。千花にはちゃんと伝えておくから」


 マジでお願いします。


「じゃ~ね~また明日~」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「と言う事が有ったんですよ」


 俺は202号室の前を通ったらいつも通り部屋まで付いて来た涼子さんと黄檗さんに今日有ったことを説明した。


「へぇ~生徒会に入るの~? 本当に牧野くんは毎日ネタが尽きないわね。次巻の巻末漫画もこれで安泰ね」


 お土産として買ったチョコ玉子を嬉しそうに開けながらそんなことを言っている。


「今度は名前出さないようにしてくださいよ?」


「安心してください。今度もしっかり私が見守っておきます」


 黄檗さん? 前回名前出るよりとんでもない最終ページのセリフをスルーしていたじゃないですか?


「内容の確認もお願いしますからね?」


 自身満々の顔で頷いていますけど信用出来ないなぁ~。


「今日のご飯は何~?」


 ほら最終ページ実行中じゃないですか。


「今日はサバの味噌煮込みを作ろうと思っています」


 ギリギリ魚屋さんが開いていて助かったよ。


「生姜はちゃんと入ってる?」


「ええ買ってますよ」


「やった~甘めにお願いね~」


「サバの味噌煮込みですか、楽しみにしてますよ」


 さぁてっと、生姜を先に切っておこうか。


「ねぇねぇ私の漫画読んでくれた?」


 あっ忘れてた。


「すみません。今日寝る前に読みますよ」


「お願いね~。若い男の子の感想を生で聞けるなんて楽しみなのよね~」


「わかりました。読める範囲で読んでおきます」



 あぁ~そんなに楽しみだったのか。

 明日寝不足になりそうだ。


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