第27話 千鬼とか血海とか

「宮之阪? 八幡? お前たち何やってんの?」


 ポックル先輩にいきなり扉を開けられて固まってるクラスメート達に声をかけた。

 宮之阪と面識の有るお姉さんを巡るライバル同士のポックル先輩はあからさまに不快な顔をしている。


「知り合い?」



 ギャプ娘先輩が困惑した顔で聞いてくる。


「あ~俺のクラスメートですよ。多分俺が生徒会室に行くのを躊躇してたから心配になったみたいですね。二人ともありがとうな。何とか大丈夫だ」


 俺の言葉にホッとする二人だが、宮之阪はポックル先輩の方を見てぐぬぬと言った顔をしている。

 新たなお姉さんを巡る戦いがまた1ページか……。


「はいはい、千夏! 一年生を威嚇しないの。君達牧野くんのクラスメートか~。牧野くんを心配になって見に来るなんていい子達じゃないか」


 見るに見兼ねた会計先輩が微妙な空気になっているこの空間を打破すべく二人に声をかけた。

 その隣で二人を値踏みするかの目付きで見ている庶務先輩。

 しばし考えてるようだったが何かを思いついたらしくギャプ娘先輩を見て頷いていた。


「……まぁ多少の障害くらいは無いとおもしろ……、あまり楽過ぎるとこの人の為にもなりませんか」


 最初庶務先輩って本音をぽろっと漏らすところが有るなと思ったけど、これ絶対わざとな気がするわ。


「まぁ取りあえずあなた達の事教えてもらえるかな?」


「え、えっと~あたしは八幡 瑠美って言います。そこの怖い庶務の先輩に呼ばれたいっちゃんが心配になって見に来ました」


 八幡! お前怖いもの知らずだな! でもありがとう!


「ほほぅ? 言いますね。少し気に入りましたよ」


 庶務先輩の目の奥がきらりと光る。


「ふむふむ、八幡ちゃんか。なかなかの度胸が有ると見た。 なるほどね。 それでそこのあなたは?」

「あ、あたしは宮之阪 香織と言います。よろしくお願いします。あたしも八幡さんと一緒で気になって来たと言うか……」


 うん、お前まで来たのはびっくりだよ。正直嬉しい。


「え~と、宮之阪さんでしたっけ? あなたが心配するような事は有りませんので安心してお帰りください」


 ポックル先輩が生徒会モード全開な笑顔(偽)で宮之阪に帰るよう促してた。

 あまりにもぐうの音も出ない物言いに宮之阪は何か言いたそうで口をパクパクしている。

 怖いよ女の戦い!

 あと俺を心配で見に来てくれた宮之阪あまりいじめてやらないでください。


「(こら千夏! 牧野くんの前でその知り合いにそんな態度では牧野くんに嫌われちゃうわよ?)」


「(いや、そんなつもりは)」


 なにやら会計先輩がポックル先輩に耳打ちしている。


「こほんっ。宮之阪さんごめんなさい。大人気無かったわね」


「え? え? い、いえそんなこちらこそ先輩に対してすみません」


 ほっなんとか仲直りしてくれたよ。

 なんかポックル先輩の急な様変わりで宮之阪はハトが豆鉄砲食らったような顔してるけど。


「まぁいつまでも立ち話もなんなんで取りあえず中に入った入った」


 会計先輩が廊下で突っ立ったままの二人を部屋に入れる。

 あっ椅子が無いな。え~と。

 隅にたたまれていたパイプ椅子を二つ持って来て適当に並べた。


「牧野くんは女性に対して細やかな気が利きますね。流石クラスで噂の女たらしだ」


 あっギャプ娘先輩がその会話を聞いて鉄面皮モードになった。


「なっ、人聞きが悪いですよ! あれ元は藤森先輩が変な事を言ったから周りに誤解されたんじゃないですか!」


「ほう? 本当に誤解かな?」


 え? 誤解だよな? だよね?

 周りを見ると宮之阪、ギャプ娘先輩、ポックル先輩、ウニ先輩……え? あなた男の子ですよね? 何混ざってるんですか。

 と八幡まで何でそんな目で見るんだ? アキラに怒られるぞ?

 庶務先輩も自分で言っておきながら何周りと同じ目で見るんですか!

 この人面白がっているだけで絶対わざとだ。

 あぁ会計先輩は温かい目で見てくれてますね。少し癒されました。

 と言うような3人と1人(偽)+1人(男)にジト目で見られる俺。


「な、なんですか皆して。そんな目で見ないでください」



「まぁ、牧野くん繋がりの縁だから。今度はこちらからも自己紹介しようかな」


 先程のジト目大会も俺の心を大きく抉りながらまことしやかに終わりを向かえ生徒会役員の自己紹介の場となった。

 くすん、誤解なのに。


「ん? そうなのかしら? ま、まぁいいわ。取りあえず私からね。生徒会長を務めさせて頂いています。御陵 美佐都といいます。あなた達よろしくね」


 会計先輩の強引な話の展開に良く分ってないギャプ先輩が自己紹介をした。

 二人も同じく戸惑いながら挨拶を返す。

 どうも会計先輩は何かを企んでいるようだ。


「ねぇいっちゃん。その子は何?」


 八幡が急に俺に訪ねてきた。

 何やら俺の頭の上の方を指している。

 なんだろうと気になって上を見ると笑顔のウニ先輩と目が合った。

 いつの間にウニ先輩を肩車していたようだ。


「先輩いつの間に肩に乗ってたんですか!」


 全く気付かなかったよ。まるで忍者のようだなウニ先輩って。


「え? さっきその子が肩車をお願いしてたらこーち、…牧野くん自分で乗せてたじゃない」


 うそ……? 先程のお姫様抱っこの時といい千林一族は催眠術の使い手か?

 あぁポックル先輩さすがお姉ちゃんですね。

 後輩の居る手前、きちんと自制されてるようで安心しました。

 笑顔のまま唇を噛みしめて手の甲を指で抓って耐えているなんてすごく大人ですね。

 と言うか年頃の女性を肩車ってのは色々な意味でマジでやばいので勘弁してください。


「な、なんかその人、書記の千林先輩やこーちゃんを追いかけてた先輩にそっくりだけどもしかして……?」


 あまりの驚きにあだ名で呼んだ事にも気付いてない様子だ。

 まぁ驚くにも無理はないよな。

 なぜ今までこんな希少生物がテレビで報道されなかったか不思議でならない。

 宮之阪は今更俺の事をあだ名で呼んだ事に気付き慌ててる。


「いや、こーちゃんじゃなくて、牧野くん」


 今頃言い直してもなぁ~。


「もう言い直さなくて良いから。なんか毎回こっちが気を使うし」


「な! ならこーちゃんだって私の事もちゃんとあだ名で呼びなさいよ!」


 なんか怒り出したぞ?

 昔の呼んでたあだ名か、"みゃーちゃん"だったな。


 呼べるか!


「はいはい、そこあまり二人の世界を作らない。周りを見てみなさい」


 困った顔の会計先輩に促されて周りを見てみる。


「うぉっ!」


  早くも第二回ジト目大会が開催されていた。

 折角のみんなの自己紹介の場を中断させたのでみんな怒ってるみたいだ。


「すみません。自己紹介を中断させてしまって。この人は書記の千林先輩の弟だよ。ほら千尋先輩降りてください」


 なんか謝ったのだが、みんなの機嫌は直らず今度は呆れたような顔をされた。


「僕の名前は千林 千尋だよ。副会長なんだ! よろしくね。さっきマーちゃんが言ったように書記の千夏お姉ちゃんと姉弟だよ」


 あれ? いつの間に俺への呼び方がマーちゃんになったんだ?

 まぁいいか。

 肩車から降りた後、俺の横にぺたりとくっついて座っているウニ先輩。


「いっちゃん? なんかその人と距離近くない?」


「こーちゃん……もしかして?」


 あぁもうこーちゃんで通す事にしたんだね。

 山元と被るなぁ~。


「誤解だ誤解! お前たちが想像してる事は何もないよ。ほら千尋先輩もなんか言ってくださいよ」


 ウニ先輩? なぜ『なんで?』って顔をしてるんですか?

 こっちこそなんでですよ?


「まぁこれはこれで……」

「そうね、これはこれよね……」


 なにがだよ!


「こら千尋! 離れなさい! 困った弟でごめんなさいね。 ついでに私の自己紹介をするわ。宮之阪さんとはもう面識が有るけどちゃんとした自己紹介はまだだったわね。私の名前は千林 千夏って言います。現生徒会で書記をやっています。よろしくね」


 う~ん生徒会モードのポックル先輩は普通にちゃんとした先輩と言う感じだよな。

 まぁ下の二人がああならこうならざるを得ないかもしれないな。

 宮之阪もさっきまでの険悪な態度も落ち着いたようで普通に対応してるな。

 よかったよかった。


「あの~もう一人妹さんが居るって聞きましたんやけど、その人は生徒会には居ないんですか?」


 八幡がそんなことを聞いたけど、あの人姉と兄を毛嫌いしてるみたいだし来ないだろ~。

 それに居たら居たで、生徒会の半分は千林で出来ています状態だぞ?


「え? 八幡さん、千花ちかを知ってるの?」


 へ~ドキ先輩って千花って言うのか。かわいい名前だな。

 レッドキャップの異名を持つから、千鬼ちきとか言うと思ってた。

 もしくは血海ちのうみとか。


「昼休みにこーちゃんを追いかけてるところを見かけて」


「え? 牧野くん? 千花に会ったの? 追いかけられたってどういう事?」


 あ~あまり触れたくなかったんだけどなぁ~。

 殺されかけたり殺しかけたり、オッパイ触ったりと色々有ったからなぁ~。

 さっきもずっと付いて来られたし。


「え~と、千夏先輩と間違えて挨拶したら怒って追いかけてきたんですよ。はははは」


 無難に答えておこう。


「またあの子は! 帰ったらきつく言っておくわ」


 おお! ポックル先輩が怒ってる! あんな凶暴な妹でもやっぱりお姉ちゃんなんだな。

 でもあれに言う事を聞かす事なんて出来るのか? 物理的に。


「ん? そこに居るわね?」


 急にそう言って走り出したポックル先輩は扉の前に立つとその扉を引き開けた。

 先程の再現か今度はそこにドキ先輩が立っている。

 よく分かったなポックル先輩。

 さっきと違って音もしなかったしすりガラスに人影も映っていなかったよな?

 あれか? 同じ血族同士のテレパシーとか言うやつ。

 やっぱり恐ろしいな千林一族!


「おっ、お姉ちゃん……」


 突然開けられた事にびびっておろおろしているドキ先輩。

 この可愛さはさすが通常時はギャップ萌え効果で妖精モードのポックル先輩に匹敵するスペック!

 ポックル先輩の事をお姉ちゃんって呼ぶのか。

 俺に言った時は呼び捨てしてたし、呼んでも姉貴とか言うと思ってた。


「こら! 千花! あんた牧野くんをいじめたでしょ!」


 う~ん途中まではそうだったけど最後は逆にこっちが悪かったりするし。


「でも、でも、そいつが……」


「言い訳しない!」


 ぽかっ


 あっポックル先輩がひらがな的なかわいい擬音でドキ先輩を殴ったぞ!

 いくら姉だからと言ってドキ先輩殴ったら殺されたりするんじゃないか?

 ドキ先輩は殴られた瞬間ビックリした顔をした。

 このまま怒り出して辺りは血の海になるんではないだろうか?

 俺は内心びびってた。

 ところがドキ先輩の顔はだんだんと悲しそうな顔になっていき、とうとう……


「うわぁぁぁぁん! お姉ちゃんがぶったぁぁぁ~!」


 と泣き出してしまった。


 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーー!


 キャラじゃないでしょ! あなたのキャラはここで怒って血の海にすることでしょうが!

 俺が驚愕の顔をしているとウニ先輩がこう言ってきた。


「ちかちゃんは普段は外では虚勢張ってるけど、僕等には頭が上がらないんだよ」


 ウニ先輩も最初虚勢張ってましたよね?


「そうなんですか……。あまりにも違う態度でビックリしました」


 あぁ助けた時はそう言えば確かに普通の可愛い女の子でしたね。

 普通じゃないけどな。かわいいから。


「ちかちゃんは変な体質で小さい時から力が強くてね~、僕等と同じ事をしても、物を壊したり誰かを傷付けたりして周りから避けられていたんで、ちょっぴり素直じゃ無いところが有るんだよ」


 良かったあの力は千林一族の秘められた力とかじゃなかったんだ。

 だけど、なるほど。

 そんな事が有ったから、今じゃあんな風になったのか。

 『ちょっぴり』って言い方にあんまり納得は出来ないけど。


「ほら千花! 牧野くんにちゃんと謝る!」


 ポックル先輩は何とか泣き止んだドキ先輩を引っ張って俺の前に連れてきた。

 しかしドキ先輩は俺の顔を見た瞬間顔を真っ赤にしてもじもじしだした。

 もうなんかふにゃふにゃしてゆでダコのようになっている。

 あまりの可愛さに腰が砕けそうになってると何やら周りがざわついてるのに気づいた。


『え?なにこの態度……。これ本当にあの千花ちゃんなの? と言うか牧野くん何やったの?』

『昼休みに出会ったって話よね。既に攻略済みとは恐れ入ったよ~』

『ハハ、牧野くんの女たらしの戦闘力は天井知らずですね』

『『ぐぬぬ』』

『いっちゃん? 前から思ってたけど本当に手が早くてびっくりやわ』

『敵がどんどん増える……』


 なんか皆して色々ひどい事言ってるけど、ドキ先輩は俺に胸触られた羞恥心に苛まれてるだけだからね?

 まぁ、そんなこと絶対言えないけどな。

 と言うか、八幡! 前から思っていたって、どう言う事だよ!

 全く心当たり無いからね! ……多分。 



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーん」


 恥ずかしさが頂点に達したのかドキ先輩は泣き出して逃げていった。

 呆然とする俺だが、何やら周りの異常な視線を感じ皆へと視線を移す。

 そこには本日第三回ジト目大会が開かれていた。


 いやいや、大会なんてのは4年で一回で良いよ。


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