第26話 お姫様抱っこ
「とは言ったものの牧野くんの正式生徒会入りは早くても来週ね」
おっと、どう言う事なんだ?
「そうなんですか。今ので決定かと思いましたよ」
「生徒会は学園と言う組織の一部だからね。生徒会役員内の決議が通っても学園側の承認とかの手続きで最低でも1週間はかかるわ」
そう言えばそうか。
生徒会の役割考えたら生徒会のメンバーが決めたからハイOKと言う訳にはいかないよな。
「それに最悪、教員会議や理事会等で否決されて承認取り消しになる場合も有るしね」
「え? 本当ですか?」
何それうれしい。
願わくば先生方に否決されますように!
「なに喜んでるんでだか。 牧野くんの場合否決される訳ないですよ。何せ生徒会に入る言質を取れとわたしに言ったのは学園長だからね」
え? 学園長? 親父と激しいバトルしたと言うギャプ娘先輩のお母さん。
今日呼ばれて初めて会ったけど親父の事を懐かしそうに話したり何やら意味深な事を言ったりと良く分からない人だったな。
最後は困った事が有れば自分を頼れと言われたけど、あれは俺が生徒会入りする事を見越しての事だったのか?
「おそらく先程届いた音声データに満足して、私が昨日の内に作成しておいた指名届けに承認の判子を押してる頃でしょう。 もう牧野くんは生徒会役員です」
「え? 私そんな書類に会長印押してないわよ?」
「あぁ私が押しておきましたよ」
この人本当に怖いよな。
「で、でも学園側の許可も要るんですよね? まだ決定したわけじゃあ?」
まぁ学園長に逆らえる人は居ないと思うけど。
それに…。
「あなたはもう校長のお気に入りでもありますし、決定は変わりません。諦めてください」
だよなぁ~。
あの眼差しはこうなる事を予想していたみたいだし、もしかすると今日の事がなくても校長側から生徒会入りに向けて動いた可能性もある。
「でもなぜ学園長が生徒会入りを望んでるんですか? ……やっぱり親父絡みですか?」
「いやいや~それは関係無いよ。だって学園長も牧野くんが入学するのは知っていたようだけど特には興味が無かったのか何も言われなかったしね。ただ入学式後に美佐都さんの様子がおかしいから調べてくれと頼まれたんだ。あれだけ何事にも無関心だった娘が急にふにゃふにゃしだしたから怖いと」
ふにゃふにゃしだしたから怖いって学園長酷い言い方だな。
「な! 私はふにゃふにゃなんかしてないし、怖くも無いわよ!」
ギャプ娘先輩が怒るのも無理はない。
「いや私も入学式の日の帰り際に見た時あれ? とは思ってたんだよ。それで色々と調べたら君の存在が出て来てね。まぁ調べるのはとっても簡単だった。なにせ廊下に設置してある監視カメラに旗を持って生徒会長と歩いていたり、その後校長先生と話していて、そのそばに君のお父さんと同じくらい有名人の大和田さんが写ってたりしたからね。保護者来場名簿からすぐに君の素性が割れたよ」
監視カメラ? 私立マジ怖ぇぇ!
もしかして学園長室に入る前に俺だと分かってたのはその所為か?
ん? 待てよ? 会長と歩いている所を見られてたって事は……?
ギャプ娘先輩をちらりと見ると状況を察したギャプ娘先輩の顔がどんどん赤くなっていく。
「やぁ~美佐都さんのお姫様抱っこなんて良い物を見る事が出来て眼福でしたね」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!」
ギャプ娘先輩はあまりの恥かしさに部屋の隅の方でしゃがみ込んでしまった。
あれ見られてたのか……。
監視社会怖いな。
「良いな良いな! 僕もお姫様抱っこしてよぅ~」
ウニ先輩が羨ましがってズボンを引っ張ってくる。
ん? 何後ろで順番を待ってるんですかポックル先輩? やりませんよ?
「しかし千尋のこの変わり様は凄いわね。先週『俺が~』と言い出す前でさえ、一応年相応の感じだったのに、今じゃ見た目同様にまるで子供だもん。そして千夏もね」
まぁウニ先輩の変わり様は俺も目の当たりにしたけど、ポックル先輩は先日のプライベートは別として一応先輩然とした対応を取ってくれていると思うんだが。
……いやこの順番待ちでキラキラした目で見て来る妖精を見るとそうでもないか。
だからしませんからね? お姫様抱っこ。
「まぁ話を戻すんだけど、その報告を学園長にしたら君に興味を持ってね。暫く監視を続けるように言われたんだけど、昨日の打ち上げ会のアレですぐにでも捕獲しろと命令が下ったんだよ」
捕獲って…。
アレって多分『いいお嫁さんになれますね』の後、倒れた件だよね。
学園長を怒らしてしまったんだろうか?
これ以上問題起こさない為に手元において監視したいとかそんな理由かな?
そんなことは無いか普通逆だよな。
学園長の言動は謎過ぎる。
「まぁ昨日の美佐都さんは本当にキモ……いや可愛かったですからね。正直あんなに男性に対して怒り以外の感情を露わにする美佐都さんを見たのは初めてでした」
いまキモイって言いかけましたよね?
それにそうだったのは女子校に通い続けて男性耐性が無い事が原因だと思うんだけどな。
「まぁ来週末に行われる新一年生勧誘の為の部活動紹介に向けて、生徒会会報の作成とかで人手がすぐに欲しい事も有ったからね。昨日皆と口裏わせて牧野くん捕獲作戦を決行したと言う訳だ。いや成功して良かったよ」
捕獲作戦ですか、もう体裁を隠す事さえしないんですね。
「え? 私聞いてないよ? 今朝牧野くんを広報に入れたらどうかってみんなが聞いて来たんじゃない」
「そりゃ言ってませんよ。美佐都さんに言ったら正攻法を取られて折角の獲物に逃げられたかもしれませんからね」
そうでしょうか? 昨日なんて有無を言わさず手を引っ張られて教室から連れ出されたんですから。
「あれ? 美佐都さん? 嫌なんですか?」
「え? あの、その、べっ別に嫌じゃないけど……そりゃあ広報は必要だし?」
なんか隅の方で小さくモジモジしながらそんなことを言ってる。かわいい。
あっ肝心な事を忘れてた。
「すみません、広報って具体的に何するんですか?」
今まで生徒会なんて縁も無かったしよく分からない。
さっき庶務先輩が会報がどうとか言ってたけど。
「あぁそう言えば説明してなかったわね。いやぁ~悪い悪い。まぁ簡単に言えば学園と生徒会、それに生徒達の間を橋渡しする仕事なのよ」
「橋渡し? ですか?」
会計先輩、簡単と言いながらざっくり過ぎて分からないよ。
「うん、はっきり言って生徒会活動自体なら今のメンバーだけでもやっていけるの。まぁ色々大変だけどね」
「はぁ」
「でも生徒会だけで勝手にやるんじゃそれは独裁政治みたいなものだし、そんな事をすると学園側や生徒側に対して軋轢が出て来て誰もついて来てくれなくなるわね」
なるほど。
「そこで広報が必要になってくるの。生徒会はこんなことを思っています。生徒会はこんなことをします。生徒会はこんなことをしました。と言う意思表示を学園側と生徒側にきちんと発表する為にね」
「結構重要な役割なんですね」
「そうよ、さっきも言った通り学園側からの要求や生徒側からの要求と言ったのを橋渡しする役目も有るの」
「わたしも先程言いましたが部活動やその他にも学校行事の告知等幅は広いですね。とは言えそれぞれの案件に関しては牧野くん自身が行う必要は有りません。それらの情報を纏めて報告書や会報の作成と言った活動がメインとなりますね」
物事の解決とかそこまでは自分でやら無くてもいいのか。
「わかりました。 いやどうすればいいのか自体は分かってませんが」
「そりゃそうよね。それに関しては私たちの中に広報の経験者は居ないけど、手助け位は出来ると思うし、去年の活動報告を見れば参考になると思うわ」
それともう一つ気になってたことが。
いやその前にいつの間にかウニ先輩をお姫様抱っこしていた事に気付き慌てて床におろす。
そんなにはしゃいで、楽しかったんですか?
ポックル先輩? 次私の番みたいな顔しても困りますよ?
あなたは年上の女の人でしょう? そんな顔をしないでください。
話を戻して、一つ気になってたことが。
「すみません。この制度を知ってから少し気になっていた事が有るんですが、あそこの写真に俺と同じ一年生前期の頃の親父が映ってるのってもしかして?」
なんで入れない筈の一年前期で写ってるのかと思ってたけどこういう事なのか?
「そう牧野会長も指名制で選ばれたのよ。まぁ彼の場合は1学期の成績が全教科トップだったからと言うのが大きいわ」
親父は実績で選ばれたのか……。
それに比べ俺が選ばれた理由は何と言えばいいんだ?
「他に1年で選ばれた人っているんですか?」
「まぁ居なくはないけど数は少ないわね~。大抵は牧野会長のように成績トップだったり当時の生徒会役員の弟妹だったりで6月の体育祭とか9月の文化祭等の大イベント前の忙しい時に急遽と言う場合だわ。入学後三日で指名決議は今の学園長が入学前から内定していたなんて例外を除けば最短記録よ」
「う~ん、理由が理由なんで名誉なんだかどうだか分からないですね」
「あ、そうそう忠告があるよ、前回の生徒会選挙でごたごたが有ったと言うのはもう何回も説明している通りだけど、その所為でぽっと出の1年が生徒会入りすると言うのは面白くないと思う生徒が居ると思うんだ」
え? 庶務先輩から何か衝撃の事実を今更言われたんだけど?
なんかあっさりごたごたとか言われてるんだけど、何が有ったのか全く説明された覚えが無いよ?
打ち上げの時も、変な空気になったから流しちゃったし。
「あの~なんですかそれ? ちょっと怖いんですけど」
「まぁまぁ、なので牧野くんは嫌と思っているみたいだけど、牧野会長……まぁ通じない人も居るだろうから凄い生徒会長OBだった人の息子だから選ばれたんだと言うといいよ」
なっ! ここでそこに話を持って来るのか? ただ…。
「何故ですか? 藤森先輩が言うと言う事は何かしらの意味が有るんですよね?」
この人はただの毒舌じゃなく間違った意味の確信犯の使い手だ。
この人が断言したと言う事は何らかの策が有ると言う事だろう。
「ほう君にそう言って貰えるのはうれしいな。でもまぁそんな大した事じゃないよ。ただ単にコネで選ばれたと言う事でそこで納得する奴が多い筈」
「そりゃそうですが、でもそれじゃ親の七光りだと言って怒る人も出てきませんか?」
「うん、大抵はそう思うだろうね。だけどそれで直接手を出してくる奴は居ないだろう。生徒会OBの存在はそれなりに脅しにはなるのさ。それじゃなくともOBの互助会とか結構力を持っているしね。牧野会長の息子と言う事で味方してくれる父兄は多いと思うよ」
「う~ん、結局親父の威光に頼るのか~」
「おやおや、弱音かい? そんな程度のアドバンテージなんて君の頑張り次第で関係無くなる物さ。君が実績さえ出せば文句を言う奴も居なくなるよ」
う~ん、俺の頑張り次第かぁ。
仕方無いな、まずは生徒会OB、しかも伝説と言われた親父の威光をバリアに使わせてもらうか。
とは言え……。
「しかしその実績と言うのがハードル高いですよね」
伝説の人物の息子ってどれだけ期待されるんだよ。
「そこはそれ実は新年度から体育祭までの間、生徒会の広報活動は目白押しでね。要するに実績を稼ぐ機会も多いと言う訳だ。無難にこなすだけでも評価に繋がるボーナスステージなんだよ」
!!!! もしかして先輩達はそこまで考えて入学早々のタイミングで俺を生徒会入りさせようとしたのか。
「それでも文句言う奴が居たらわたしや桃山先輩が潰すから心配しないで」
こえぇぇーーー。
潰すって、庶務先輩なら分かるけど会計先輩も実はただのノリの良い人ではないのか?
「本来なら美佐都さんも戦力に入れるけど、この状態じゃ役に立ちそうにもありませんね」
どう言う事かとギャプ娘先輩を見ると俺の胸付近を見て驚愕の顔をしている。
何事かと自分の胸を見るとポックル先輩と目が合った。
どうやらいつの間にかポックル先輩をお姫様抱っこしていたようだ。
話に夢中になっていたのでマジで気付かなかった。
おねだり上手すぎないか? 千林姉弟。
ギャプ娘先輩に対してドヤ顔をしているポックル先輩とポックル先輩を見て歯軋りしているギャプ娘先輩。
俺は慌ててポックル先輩を床に下ろした。
ウニ先輩? 何また並んでるんですか。
一人一回までですからね?
鉄面皮が剥がれみんなの話に照れたり怒ったりコロコロと態度が変わる今のギャプ娘先輩を見ると確かにダメそうだ。
「ありがとうございます。親父の威光にすがるのは確かに嫌ではありますが先輩方の忠告通りその時が来たら使わせてもらいます」
「そうそう人生楽しく行くには変なプライド捨てて使える物は何でも使った方が良いのよ」
う~ん会計先輩? あなたの話術のお陰で楽しくより苦しくなりそうなのですが。
ガタッ
ん? 今扉の方で音がしたか?
あっなんか扉のすりガラスに人影が映ってる。
みんなを見渡すと会計先輩が指を縦に口に当てて静かにするようにとジェスチャーをする。
そしてポックル先輩にしゃがんで近付き扉を開けるように指示した。
ポックル先輩がヒョコヒョコとすりガラスの死角から近付き扉を勢い良く引き開けた。
「あっ……」
「うっ……」
そこに立っていたのは、急に扉が開いた事にびっくりして目を見開いてる宮之阪と八幡だった。
「おやおや、何であなたがここに居るんですか?」
あっ先程までお子様モードだったポックル先輩が生徒会モードになってる。
あぁ、これはお姉さんファンの戦い再び…、なのか?
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