ミニ閑話 何気無い昼下がり

 

 

「牧野く~ん、今日のお昼なに~」


 入学までもう一週間を切ったある日、俺の中では徐々に日常となりつつある涼子さんのこの正午を告げる声に少し笑みが零れる。


「涼子さん、窓から急に声を掛けないでくださいよ。びっくりするじゃないですか。今、玄関開けますね」

「お邪魔しま~す」


 先日の腹ペコモンスター襲撃以降かなりの頻度で俺の部屋に入り浸るようになった涼子さん。


「お邪魔しますね」


 と黄檗さん。


 二人は事有る毎に俺の部屋にご飯を食べに来ている。

 う~ん、何か一人暮らししている気が全然しないんだけど?


 まぁ、黄檗さんは涼子さんの監視の為に来ているんだろう。

 なんか間違いが有ったら出版社としても大問題だし。

 いや、俺としては腹ペコモンスターな涼子さんに手を出そうとか思ってないよ?

 隣人美人な涼子さんだったら兎も角、可愛いと言ったら可愛くは有るんだけど、俺の女性に対する幻想を全力で打ち砕きに来ている腹ペコモンスターさんにはそう言う感情より、どちらかと言うと小動物に餌付けしている様な感情の方が強いかな?

 まぁ最近、ちょっとだけ、だらしない女性の良さと言う物が分かって来ちゃった気がするので困りものだ。

 涼子さんって嬉しい事が有るとすぐ抱き付いてくるんだよね。

 本当にもう色々大変だよ。


「今日のお昼はキノコの和風パスタですよ。すぐ出来るんで待っててください」


 俺はパスタを湯掻くため、大鍋に水を張り火を点ける。


「やった~! あたしキノコ大好き!」


 嬉しそうにそう言う涼子さんだけど、あなた何でも好きでしょう?


「え~と、三人分だから……、いや涼子さんは二人分位ペロリだな。500g湯掻くか」


 俺はそう言うとパスタの袋から五束取り出した。

 パスタは本当に便利だよね。

 適当に味付けるだけで、主食になるんだもん。


「そう言えば、牧野くんって、テレビ見ないの?」


 沸騰したお湯にパスタを入れていると涼子さんがそんな事を聞いて来た。


「いえ、見ますよ? バラエティとかは普通に好きですし」


 何を聞くのかと思ったら、あぁそうか。


「今、注文中なんですよテレビ」


 先日電気屋さんに色々と買いに行ったんだけど、俺の部屋に合いそうなサイズのテレビは置いてなかったんだ。

 現在先に購入しておいたテレビ台の上にはチョコ玉子のおまけカプセルが並んでいたりする。

 あっ、中身は涼子さんに譲渡済みだよ。

 テレビが無くて退屈と言ったら退屈なんだけど、学校から渡された課題が残ってるし、涼子さん達が夜もやって来るのでそこまで不便に思っていないんだよね。


「あぁ、そうなのですか。牧野さんってちょっと変わってるって言うか、人間として大切な何かが足りていない気がしていましたので、そう言うメディアに興味が無いのだと思っていました」


 ゲフゥッ! 黄檗さんの口撃は効果抜群だ!

 この人結構容赦無くひどい事言ってくるよね。

 相談に乗ってくれる事も有るけど、基本的に口を開けば二分の一の確率で俺の心にダイレクトアタックだ。

 ……ただ、最近ちょっとそれが癖になって来たと言うか……、いやいや違う違う。

 確かにひどい事を言ってくるんだけど、悪意は無いと言うか、何故だか見守ってくれている優しさみたいな物を感じるんだよね。

 たまに凄く優しい目で俺を見てきたりして凄くドキドキする。

 本当に不思議な人だ。



「はい、出来ましたよ。和風キノコパスタ」


 このキノコパスタは俺の得意料理の一つだ。

 湯掻いたパスタをバターと醤油で味を調えて、キノコと炒めるだけの早くておいしい簡単料理。

 他にもケチャップと玉ねぎ、ピーマン、ベーコンのナポリタンや、明太子ときざみノリの明太パスタなんかも料理するのが面倒臭い時に重宝する。


「美味しい~! 牧野くんやるじゃな~い。この前のミートソースも美味しかったけどこれもすっごく美味しいよ~」


 涼子さんがそう言って俺の料理を誉めてくれる。

 この人って本当に美味しそうな顔して食べてくれるよね。

 最近この顔が見るのが楽しみになって来た自分が居る。

 なんか癒されるなぁ~。


「あの、牧野さん? ご馳走になってばかりで悪いんですが、大丈夫ですか?」


 俺が美味しそうに食べている涼子さんを堪能していると黄檗さんが申し訳無さそうに言ってきた。


「どうしたんですか、改まって?」


 大丈夫って何がだろう?

 あっ、もしかしてぼ~っと涼子さんを眺めていたから、それを見て『頭が大丈夫?』って思ったんだろうか?

 だ、大丈夫ですよ。

 惚れてもいない筈なので、黄檗さんが心配するような間違いは起こりません。多分……。


「いえ、いつもご馳走になっていますし、ご迷惑になっていませんでしょうか?」


 あぁ、そう言う事ですね、安心しました。

 黄檗さんは口が悪いですけど、ちゃんとした社会人ですのでそこら辺はキチンとしていますね。


「迷惑だなんて思っていないです。料理するのは元々趣味みたいなものですし、それに今まで親以外に料理を披露する機会が有りませんでしたので、とても楽しいですよ」


 涼子さんの食べっぷりを見るのも好きだし、黄檗さんの感想も結構為になるから、俺としては逆にプラスなんだよな。


「そう言って頂けると有難いのですが、あの、その、生活費とかの方が気になりまして……」


 あっ、そっちの方ですか。

 そりゃ気になりますよね、高校生の一人暮らし。

 う~ん、確かに食材買う量が増えたよなここ数日で。

 と言うか、確実に俺一人ならしない料理とかも作ってるし。

 でも俺の場合、それ位では大丈夫かな?


「それなら大丈夫ですよ。なんか親父が『不測の事態に備えて』とか『お前はもっと趣味を見付けて人生楽しめ』とか言って生活費や小遣いとは別に渡されているのが有るんです。それ使ってるんで問題無いですよ」


 確かに俺は無趣味だけど、それって親父達が引っ越しばかりさせた所為でも有るんだし、酷い言い草だよな。

 まぁ、あの額はそれのお詫びのつもりかも知れないけど。

 と言うか、親父こそ世界を股に掛けて忙しすぎて趣味を楽しむ暇なんてないだろうに。


「確かに、お父様の仰られる通り、このまま大きくなられますのは心配ですね。少しでも人間らしくなられて欲しいと言う気持ちは牧野さんを見ていたらそう思われてもおかしくないですし……」


 ゲフゥッ! 本日二回目のクリティカルヒット!

 俺のライフは0ですよ黄檗さん。


「そ、そうですね……。あと、ほら俺の両親って世界を股に掛けてるスーパーサラリーマンなんで、多分結構な給料を貰ってると思うんですよ。それを使ってる所もあんまり見ないんで気にしないでください。何より黄檗さんにご馳走するのが今の趣味ですので、好きに使わして貰っているんですよ」


 心の傷を笑顔で隠しつつ、あまり気にされ過ぎるのもこちらとしても気が引けるので、大丈夫アピールを大げさ言ってみた。


「ひゃうっ!」


 ん? 黄檗さんが急に変な声を上げて顔を伏せたぞ?

 どうしたんだろうか?

 耳が真っ赤で少し震えている?


「どうしました? 黄檗さん?」

「い、いえ、ちょっと! お手洗いに行ってきます!」


 そう言って走っていく黄檗さん。

 しまった~! トイレ我慢してたのか! セクハラだ!

 女性に対してデリカシーが無かった……。


「え~? 私は~?」


 黄檗さんが走ってトイレに行った後に涼子さんがそう言ってきた。

 多分俺が黄檗さんに『ご馳走するのが趣味です』って言った事に対しての僻みだな。


「勿論、涼子さんの食べる姿を見るのも俺の趣味ですよ」

「えへへ~、なんか照れる~」


 俺の言葉に照れている腹ペコモンスター。

 フフッなんか良いな、こう言うのって。



 俺は胸に湧いた小さな幸せを噛み締めつつ、この暖かな時間がこれからも続く日常となって欲しいと、心の中でそっと祈るそんな何気無い昼下がりの午後だった。

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