第23話 同じみたいな物

 

「なんだテメェ?」


 あれ? おかしいな? 目の前に居る"純粋暴力結晶体"からナチュラルストレートな暴力的言葉が飛んできたぞ?

 目の前のポックル先輩をじっと見る。

 顔のパーツ一つ一つは確かにポックル先輩なんだが睨みを利かせたこの顔は妖精と言うより悪魔的な何かだ。

 そう言えば髪型も昨日と違うな?

 昨日までは肩までストレートなのに今日は髪を結い上げたシニヨンヘアな出で立ちだ。

 明らかに髪の長さが違うよな、ウィッグかな?


「こら! なんか言えよ! 下級生! 俺様になんか用が有るんだろうが!」


 目の前のポックル先輩の口から妖精とは思えない言葉が次々と飛び出してくる。

 もしかして生徒会以外の学園内ではこういうキャラなんだろうか?


「千林先輩大丈夫ですか? なんか悪いモノ食べたんですか?」


『『『ッ!! あっあの下級生やばいぞ!』』』


 ? 周りの上級生達が俺の発言に驚いている。


「て、てめぇ ……。死にてぇようだな」


 ポックル先輩は俯いている。

 肩をわなわな震わしているのでどうも怒っているようだ。


「どうしたんですか? 本当に。いつもの可愛い先輩に戻って下さいよ」


 ブチッ!


 何やら紐が切れたかのような音が響いた気がした。


「よし! 殺す!」


 ポックル先輩が凄い形相で俺を睨んでいる。

 指をポキポキ鳴らしながら近づいて来た。


『おい、誰か"レッドキャップ"を止めろ! あの下級生マジで殺されるぞ!』


 レッドキャップ? 確か邪悪な妖精で血で染め上げられた帽子をかぶっているって奴か。

 確かに今のポックル先輩はコロポックルやブラウニーと言った平和的な妖精じゃなくて邪悪な妖精名が似合いますね。


『無理だよ。俺たちまで殺される ……』


 何かみんな物騒な事言っていますね?


『またあの血染めの伝説が繰り広げられるのか』


 え? レッドキャップって抽象的表現ではなくて物理的事象でそう呼ばれてるんですか?

 と言うか、もうこれポックル先輩じゃないよね。

 これもう一人のアレでしょう。


「千林先輩。落ち着いてくださいって、ぐふぉぉ」


 誤解を解こうとした瞬間、千林(妹)先輩の小さな体が視界から消え、気付いた時にはその小さなこぶしは俺の腹に深く突き刺さっていた。


 いってぇーーーーー!!

 しかも早いし!


 これ、もしお昼食ってたらお腹の中の物全て吐き出していたわ。

 正しい意味の"純粋暴力結晶体”だわこの人。

 あまりの痛さに弁明の言葉も出ず、腹を押さえて呻くしかできない。

 あぁ千林(妹)先輩がこれを好機と体を低く構え力を溜め今にも飛びかかろうとしていた。

 あ、これ死んだわ。

 俺は凄まじいスピードで飛び掛ってくる千林(妹)先輩を人事のように眺めていた。

 あぁなにか色々な思い出が浮かんできた。


 これが走馬灯なのか、思えば短い人生だったな。

 あれは、昔母さんと森に行った時の記憶だ…………。

 母さん若いな、あっ隣に幼い日の俺も見えるぞ。


『こーちゃん? もし森でレッドキャップに襲われた時はね ……』


 そうそう、確かこんな会話を ……? え?


『相手がヴァーチカルで攻めてきた時は、自分はホライゾンで移動しながら ……』


 母さん? 俺にはこんな記憶無いんですけど?


『体は真正面に相手を捕らえておくの。円を描く要領よ!』


 あの~母さん聞いてます? 記憶を改竄しないでください。


『もうこーちゃんたら記憶の中のお母さんに話しかけても無駄よ?』


 いえ、バリバリ返事してますが。


『ほらほら敵が来てるわよ。さっき言った事を守って』


「はっ! 危ない」


 走馬灯から覚醒した俺は改竄された記憶の中の教えに従い殴りかかろうとしている手の外側方向に円を描くように移動した。


『やれば出来るじゃない!』


 ちょっ、なんで母さんまだ話しかけてくるんですか?


「くっ、よく避けやがったな! 次はこうはいかねえぞ!」


 そう言うと千林(妹)先輩は先程よりも更に体を低く構え、更に鋭い攻撃を行おうと力を溜めている。

 今度こそやばい!

 俺はくるりと後ろを向くと全速力で逃げ出した。


「あっこらまて! 逃げるなんて卑怯だぞ!」


 嫌です、逃げなければ殺されてしまいます。


「あの人本当に千林先輩の妹さんなのか?」


 俺は体中筋肉痛で痛む体を押してただがむしゃらに走り、人気の無い校舎裏に隠れた。

 来た方を影からちらりと覗くが追いかけてくる様子は無い。


「どうやら巻いたようだな。これで一安心か ……」


「なわけねぇだろ!!」


 はぁ~後ろからですか ……、お約束だなぁ~。


「さぁもう逃げられねぇぞ! 覚悟を決めろ」


 逃げようとするがすばやく退路を絶たれる様に先回りされた。


「先輩! 落ち着いてください! 俺あなたのお姉さんと間違えたんですよ! あなたを馬鹿にしたとかそんなんじゃありませんから」


 何とかこの場を修めないとマジでやばい。


「だから?」


 えっ?


「千夏と間違えたからなんなんだ?」


「いや、だからその ……」


 なんか更に怒ってるようなんですが?


「俺様はな? あんなぽやぽやした奴らと間違われるのが一番許せねえんだよ!」


 そう言うや否や千林(妹)先輩はとび蹴りを放ってきた。


「先輩! スカートでとび蹴りしたらパンツ見えちゃいますよ!」


 ひらひらと翻るスカートからなんか色々と見えそうになる。


「良いんだよ! ちゃんとブルマを履いてるからな!」


 あぁ、それなら安心って…………!


「先輩! ブルマは男にとってパンツと同じみたいな物ですって!!」


 二枚重ねだろうが見せパンだろうが関係無ぇ! スカートの下に見えたら男に取っちゃあ同じなんだよ!

 と言うかこの学校はいまだにブルマかよ! 昭和か!

 私立だからと言って自由過ぎだろ!


 って違う違う。

 この蹴り受けたら無事ではすまない。

 先程から死ぬとか殺すとかあんなのはジョークみたいな物だろう。 ……少なくとも俺的には。

 この先輩は本気で言ってそうな感じはあるのだが、この蹴りはマジでやばいと思う。

 脚力って腕力の何倍も有るって言うし?

 それに何よりさっきから死を覚悟しての走馬灯モードに入っているからこんなに悠長に喋ってられるんだし?

 あぁ親父、母さん、先立つ不幸をお許しください。


『ほら、こーちゃん? 敵がとび蹴りした時はどう教えたか思い出してみて?』


 あっ、母さんまだ居たんですか。

 俺にそんな記憶なんて無いんですってば。


『仕方無いわね。まずいま飛び掛ってくる子は右足で蹴ろうと足を伸ばしてるわね?』


 はぁ、そうですね。


『それに合わせて体を左斜め下に沈めて右肩口でその足の下に潜り込んで』


 え? そんなの無理ですよ? そんな事出来るのは達人だけです。


『諦めてはダメよ? 成せばなるよ! お母さんの子供だもん』


 まぁ成さねば死んでしまいますね。

 そう言えば最強の虎とか言われたみたいですね。

 知りませんでしたよ。


『あれは辛酸っぱい思い出よ』


 なんですか辛酸っぱいって。

 と言うかもう母さん普通に会話してますよね?


『と言う記憶だったのさ』


 誤魔化さないで?


『はいはい、本当にやらないと死んじゃうわよ?』


 分りました。取りあえず今は走馬灯ってやつで感覚が鋭くなってますからね。

 ええとこうですか母さん。

 俺は言われた通り体を左斜め下に沈め、右頬に鋭い蹴り足が通るように潜り込んだ。


『ほら~やれば出来るじゃない!』


 それでどうするんですか?


『この子は体重が軽そうだから、右手を内側から回し込みながらこの子の顎目掛けて押し込むように突き出して。あっ女の子だから殴ったりしてはダメよ?』


 母さん注文が多いです。

 そりゃ女の子の顔なんて殴れませんから優しく手の平で押し込む感じで ……。

『そうそう。それで沈めた体を元に戻すの。足を肩にかけて垂直に来る力を斜め上に逸らすように ……、うん良い感じね』


 うわ! 千林(妹)先輩凄く軽い! あとこれだけ密着するとなんか良い匂いがする!


『こーちゃん? 女の子の太ももの匂いを嗅ぐような子に育てた覚えは無いわよ? 今度会ったらお仕置ね』


 ごめんなさい。

 でもこの母さんは俺の妄想だから関係無いんですけどね。


『と思うでしょ? 違うんだなぁこれが』


 なにそれ怖い。


『冗談は置いておいて、左手を膝裏に潜り込ませそこを起点に下方向に回転させるの』


 え? それって……。


『そうよ! どんな人間だって脳天からコンクリートに叩き付けられたらイチコロよ』


「違うってーーーーー!!」


 俺は今際の際に勝手に夢想していた母さんの幻を振り払った。

 女の子を殴るなと言っておきながら何を殺そうとしているんだよ!

 これもしかしてキリストが一人で砂漠を渡った際に見た悪魔の幻みたいな物じゃないのだろうか?


 いやそんな事よりやばい! このままじゃ千林(妹)先輩が死んじゃうじゃなくて殺しちゃう!


 取りあえず右手のホールドを解いて服を握って軽い体を持ち上げて "ぷに" 浮いた所で俺の体を回りこませて地面と千林(妹)先輩の間に入る!

 ん? 今なんか柔らかい感触と変な擬音が間に入らなかった?


 ドッダーンッ!


「っぐうぅ。いってぇ ……」


 千林(妹)先輩を抱きしめる形で守っていた為、受身も取れずモロに背中からいってしまった。

 暫く息が出来ないが、取りあえず千林(妹)先輩に怪我が無いか尋ねる。

 殺されかけたけどやっぱり女の子だからね。


「せ、先輩 ……大丈夫ですか?」


「…………」

 あれ? 反応が無い? どこか打ったのか?


「先輩! 頭とか打ってないですか?」


 反応が無い先輩の顔を覗き込むと ……あれ?

 すっごいキラキラした目で俺を見ている女の子が居た。

 まるでポックル先輩そのままのこれぞ妖精と言う程の可愛い顔。

 その可愛さに思わず見惚れてしまった。


「かっこいい ……」


 え? 今なんて言いました?


「先輩? どうしました? 大丈夫ですか?」


 俺の声に我に戻ったのか、俺の手の中で顔を赤らめてもじもじしだす千林(妹)先輩。

 うわっやばいこの人もやっぱり千林一族だ。むっちゃ可愛い。

 守る為だったとは言え今も力いっぱい抱きしめている自分に気付き解放してあげた。


「おれ……いや、私を、たっ、助けてくれてどうもありがとう」


 起き上がった千林(妹)先輩は最初の印象は何処へやら今では普通の女の子になっていた。

 いや訂正する。

 とてつもなく可愛い女の子になっていた。

 制服姿なのにギャップ萌が加わった事による上方補正によって妖精モードのポックル先輩に匹敵するレベルまでに昇華した千林(妹)先輩の可愛さは神が生んだ奇跡の賜物と言っても過言ではなかった。

 千林(妹)先輩はちょっと長いな。

 短いあだ名を考えるか。

 レッドキャップの通り名から取ってドキ先輩で良いか。


「あの ……その ……」


 俯いてもじもじして何か言おうとしているドキ先輩。


「どうしました?」


 俯いてる顔を覗き込む。


「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 真っ赤になって走って逃げてしまった。

 しかし曲がり角の寸前、立ち止まりこちらにくるりと振り向いた。


「わた、わた、わた……、お、俺様の胸を触った痴漢行為に対する落とし前は絶対付けて貰うからな!」


 それだけ言い残すとまたくるりと振り向き逃げていってしまった。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!」


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