第22話 二十五年の時を超えて

 

「「恐るべし、千林一族」」


「しかし、まさかとは思うんだけど……もしや千林さんのおとう」


「止めてください! なんかそれフラグめいてます。現実になったらどうするんですか」


 100歩譲ってお母さんが似てるのはよしとしよう。

 お母さんと子供が瓜二つな程似るのは十分有り得る事だ。

 でもね? お○うさんまでが似るのはおかしいからね?

 なんかこの伏字でもフラグを回収されそうで怖いんだけど。

 と言うか千林って名前自体…千…いやいやこれ以上考えないようにしよう。


「1人見つけると30人は居ると言いますからね」


 黄檗さんそれマジで止めてください。泣いちゃいますよ?


「そう言えば牧野くん。私の新刊今週末発売なのよ。一冊プレゼントするね」


 あぁあの腹ペコモンスター事件の時の奴か。


「へ~思ったより早いですね」


「他の作家さんとかはもっと前に入稿するんですけどね。結構ぎりぎりのタイミングだったんです」


「黄檗さん目が怖いわ」


 う~ん相変わらずだなぁ。


「所々聞こえてくる話の断片によるとかなり無軌道な話を書いてるみたいなのでちょっと気にはなってたんですよ。楽しみにしてます」


 健気で頑張るなライバルの活躍を見てみたいしな。


「あら~あたしの漫画に興味津々ね~?」


「それはいい傾向ですね」


 そうでしょうか? 黄檗さん。

 悪い傾向だと思うのですが?


「他の作品の本も貸したげるね!」


「また今度でいいですよ」


 そう言ったのだが、涼子さんはすぐ様自分の部屋に戻り、全作品の漫画を無理矢理押し付けてきた。


「後で感想聞かせてね~」


 う~ん時間が有ったら読んでみようか。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 次の日、今日から授業も始まり本格的な学園生活が始まる。

 俺は期待と不安を胸に家を出た。

 ……筋肉痛であちこち痛い体を引き摺りながら。


「よ! コーイチ! おはよ!」


 バシンッ


「いってぇ!」


 こーいちに、俺の親友である橋本公一に挨拶がてら背中を叩かれた。


「だ、大丈夫か? そんなに強く叩いたつもりはないんだが」


「いや、体中筋肉痛で少しでも触られたら響くんだよ」


 普段使ってない筋肉がこんなに有ったのかと正直驚いた。


「昨日連れていかれた件か?みんな心配してたぞ。何が有ったんだ?」


「俺もびっくりしたけど、ただの体育館の片付けだった。ただ先生達が応援来るまで一人で重い物をあちこち運んだんだよ」


 まぁ女性陣に良い所を見せようと自分で俺がやるって言ったんだけどね。


「そりゃご苦労さまだな。生徒会長の名指しだったが、なんで1年のお前だったんだ?」


 昨日正直に言ったら涼子さん達に変な事言われたし、なにより男性のこーいちには流石にギャプ娘の秘密はご法度だろう。


「俺の父親がこの学園の生徒会OBなんだよ。それ繋がりで呼ばれたんだ」


「それは本当にご苦労様だな」


 本当にね。


「こーちゃーん!」


 え? 誰だ? この声は?

 名前を呼ばれて振り返った。

 俺は不意を突かれていたが、こーいちはいつもの風景のようでその声の方を向く。


「あっ牧野くんも一緒だったの! う~ん両方"コウイチ"だからややこしいね~。苗字の方が良いのかな」


 あ~山元か。

 なるほどこーいちを見つけたから一緒に登校しようと声かけてきたのか。

 本当にこの二人は仲が良いな。

 俺もこんな青春を送ってみたいよ。

 俺の所為でこの二人が苗字呼びになるのも気が引けるな。


「いや、もうその声での"コーチャン"は覚えたから。こーいちの事はこれからも"こーちゃん"と呼んでくれたらいいよ」


「ハハハハ、何それ面白い! 牧野くんがそれで良いならこれからもこちらの公一くんは"こーちゃん"って呼ぶわ」


「いやもう高校生になったんだからいい加減"こーちゃん"は止めてくれよ」


「え~いいじゃない! ね? 牧野くんも思うでしょ?」


 うわ~甘酸っぱい! 凄く甘酸っぱくてうらやまし~。


「呼ばれている内が華だと思うぞ? こーいち!」


「何だよそれ」


「おはよ~! いっちゃん昨日どないやった? 大丈夫なん?」


 坂の上の一本道なので当然生徒全員この道を通る。

 歩いてる俺を見つけた八幡が声を掛けて来た。


「おはよう。あぁ見ての通り大丈夫だよ。体中筋肉痛でこの坂がきつい事を除いたら」


 マジで筋肉痛の体にこの坂キツイわ。

 おそらく冬とかマラソンでこの坂走らされるんだろうなと思うと今から憂鬱な気分になるな。


「え~そうなん? ホレ、ホレ、痛い? 痛い?」


「いたっ、ちょっ、八幡痛いって、止めてって」


 体のあちこちをちょいちょい突いてくる八幡。

 関西人ってこう言うお約束を逃さないよな。


「道の真ん中でいやらしい……」


 すぐ近くで誰かが囁いた。

 いや囁いたと言う様な可愛いらしいモノではなく、まるで地獄の亡者の呻きの様だったが。


「や、やぁ宮之阪おはよう」


 いつの間にか横に居た宮之阪に内心凄くビビったが、ここで『うおっいつの間に!』とか言って驚くと逆切れされそうなので何とか堪えた。


「ふん!」


 それでも怒ったのかそっぽを向く宮之阪。

 でも何故か離れたりせず俺達の歩調に合わせてそのまま付いてくる。


「って痛ってぇ!」


 そっぽを向きながらも宮之阪まで俺の事を突いて来た。

 弱味を見せたのが運の尽き、宮之阪さん勘弁して下さい。


 つんっつんっ


「だから痛いって!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ピンポンパンポーン


 この学園は始業式の翌日からすぐ授業が始まり、入学までに渡されていた課題の提出や小テストが行われる事になっている。

 とは言え本日は昼休み後の授業は無く1年生に対しての校内案内が行われる事になっていた。

 1限目の授業が終わり休み時間に入った途端教室内に校内放送が鳴り響いた。

 あっ何か嫌な予感がする。


『学園長より連絡します。本日昼休みに―』


 学園長? 流石に関係無いかな?

 ギャプ娘先輩の顔が一瞬浮かんだがすぐに振り払った。


『1-Aの牧野 光一は学園長室に来なさい。 繰り返します―』


 やっぱり俺だよ! 学園長自らの名指しでの呼出しだよ! しかも"来なさい"だよ……。


「コーイチ? お前なにしたんだ? やはり親絡みか?」


 まぁそれが一番可能性が高いのか…。


「多分そうだと思う……」


「本当ご苦労様だな……。まぁ頑張れ……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 で、昼休みになったのだが何をされるのか気になって飯が喉に入らない。

 鬼が出るか蛇が出るか、取りあえずさっと行ってさっと帰って来よう。


「いっちゃん頑張って来いやぁ~」


「おっおう」


 あっ宮之阪もなんか心配そうに見送ってくれている。

 取り敢えず手を振っておくか。

 あっまたそっぽを向いた。

 宮之阪って気難しいな本当に。


 そう言えば学園長室って何処だ?

 しまったな誰かクラスの奴に聞いておくんだった。

 職員室に行って先生にでも聞こうかな。


「あっれ~牧野くんじゃない? こんなところに居て良いの?」


 職員室を目指して廊下を歩いていると誰かが声を掛けてきた。

 この声は確か会計の…?


「桃山先輩! いい所で会いました。学園長室って何処ですか?」


 声を掛けてくれた人は会計先輩こと桃山 胡桃ももやま くるみ先輩だった。

 ギャプ娘先輩の親友で1年から生徒会非公認役員としてギャプ娘先輩を支えてきた頼りになる先輩だ。

 2年になってからは正式に生徒会入りを果たし3期連続役員のベテランでもある。


「あははは! もしかして当ても無く彷徨ってたの? ウケル~」


 本当にこの先輩はノリがいいな。


「いや~正直学園長室なんて学園生活中に行く事なんて想定してませんでしたからね。先生にでも聞こうかと職員室に向かってたところなんですよ」


「まぁ~普通の生徒ならね~。でももう牧野くんは逃れられないからね~」


 え?何それ怖い。


「どういうことですか……?」


「まずあなたがあの牧野会長の息子って点ね」


「あぁ~はい、そうですね」


 どこにでも付いて来るよな、この肩書き。


「で、もう一つが学園長が当時の副会長だったてのも大きいわね」


 親父と学園長は同年代だったのか。でもそれが何か影響あるのか?


「二人はライバル同士だったのよ。文武両道においてね。この学園の創始者一族の一人娘だった学園長は、当時の学園長今の理事長ね、から一番になる事を求められてたのよ」


 うわ~もう予想出来たわ~。


「もしかして親父がそれを阻止してたと言う事ですか?」


「そうなのよ~」


 親父~! 適当に負けておいてくれよ~。


「でも20年以上前の事良く知ってますね」


 生まれてませんよね?


「あぁ、それなんだけど生徒会記録ってのがあるのよ。その代の書記がその代に有った事を纏めている書類でね。牧野会長の代の書記がそりゃもう文才溢れる人でノリノリで当時の事を書いていて一大スペクタクルな出来栄えなのよ。今度見せてあげるわ」


 今残ってる親父の伝説ってその人のお陰なんじゃないか?


「それに書いてあったんですか?」


「そう! もうまるで恋愛小説みたいなストーリー展開で最後は感涙物よ」


 公的文書の私物化だなぁ~。

 それに恋愛小説ってなんなんでしょう?

 ライバル同士って話じゃなかったですか?

 息子としてはなにかぞわぞわして嫌なんですが。


「と言う事は、俺は親父の息子って事で恨まれてるかもしれないって事ですか?」


「逆かもね」


 それも嫌だなぁ~。


「あと最後は……」


「まだあるんですか!?」


「あなたが美佐都のお気に入りって事よ」


 止めてください。怖いです。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「え~と、ここかな」


 桃山先輩から教えられた場所は、校舎の最上階であった。


「1Fの職員室に行ってたら降りたり登ったりで大変だったな」


 隣には理事長室が見える。

 来る事は無いと思いたいが桃山先輩の話を聞く限りいつかは来る事になる予感がする。


 コンコン


『遅かったわね? 早く入りなさい』


 名前を言わなくても俺だと分ったのか?


「1-Aの牧野です。入ります」


 念のため名前を名乗り扉を開けた。

 広い部屋の奥に重厚な作りの机が有りそこには先日の入学式と始業式で見た学園長が座っていた。


 ……?


 座っていたのだが、俺の顔を見るなりまるで周りに花が咲いたかのようなときめき顔で固まっていた。


「あの……? どうしました?」


 おそるおそる声を掛けると我に帰ったようで咳払いをした。


「何でもないです。失礼」


 凄く冷静に取り繕っていますけど先程の顔は忘れませんよ?


「忘れなさい」


 ヒッ! エスパーですか。


「すみません何故俺を呼んだのでしょうか?」


 桃山先輩の話を聞く限り色々有り過ぎてどれで呼ばれたか分らない。

 いや全部か?


「やっぱり似てるわね……」


 学園長は昔を懐かしむ顔で俺を見ている。

 学園長は俺の親父と同年代らしく歳相応の顔はしているが、さすがギャプ娘先輩の母親なだけはありかなりの美人だ。

 それにギャプ娘先輩と違い表情も豊かでそれが一層魅力的に感じた。


「あなたの顔を見ていると……」


 うっとりした顔で俺を見ているのだが……、なんか、その。


「あの時の……」


 どんどんと……。


「負かされ続けた記憶が……」


 あぁ般若のような顔つきになっていく~。


「蘇ってムカムカしてくるわ~」


 ひゃーーーーーーーー!


「ご、ごめんなさい!」


 思わず謝ってしまった。俺関係無いのに…。


「ぷっ、冗談よ。あれは今となっては良い思い出だわ。それにあの頃は毎日が楽しくて幸せだったのよ」


 先程と打って変わって穏やかな顔で俺を見ている。

 からかわれているのかなぁ?


「一度あなたの顔をちゃんと見ておきたかったの」


 それって、どう言う事?

 その口振りからすると、俺がこの学校に来る事を知っていたのかな?


「橙子ちゃんから報告を受けたわ」


 橙子と言うと庶務先輩こと藤森 橙子ふじのもり とうこ先輩の事か?

 何を言い触らしてくれたんだ? あの毒舌さんは。


「何をお聞きになったのでしょうか?」


 とても怖くてへりくだった喋り方になってしまった。


「ふふふ、今はまだあの子の手前黙っておく事にしましょうか。二十五年の時を超えての出会いか。ロマンチックね」


 なんだろうとても意味深な感じなんだけど俺には意味が分らなかった。


「あのそれで用事とは?」


 話が見えなくて困惑する。


「何か困ったら私を頼りなさい。話はそれだけよ。戻っていいわ」


「?? はぁ、分りました。?」


 呼ばれた訳も話の意味も分らない俺は情けない気の抜けた返事をして学園長室を出た。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「本当になんだったんだ?」


 先日の校長先生といい、今回の学園長といい、何故か俺に何か有ったら自分を頼れと言ってくれる。

 正直俺に二人を頼る事態を引き起こすような事を仕出かす程の才覚も度量も無いと思うのだが。

 親父の息子だからって無茶な期待をしないで貰いたいな。


 いまだ困惑が冷めない俺は取りあえず教室に戻ろうと階段を下りていった。


 あっあそこの廊下を歩いてるのはポックル先輩だ!


 後姿だけどあの身長と制服じゃ見間違えようもない。

 折角だし挨拶しようか。


「千林せんぱーい! こんにちわ~!」


 んん? あれ?

 声を掛けてから違和感に気付いた。


「千林先輩の髪型って髪を結い上げられる程長かったっけ?」

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