第21話 酢酸100%

 

「今夜は旬の竹の子を使った筑前煮で攻めてみようと思います」


 先日商店街の酒屋に寄った際に和洋幾つかの料理レシピが書いてある冊子が無料配布されてあったので貰っておいた。

 その冊子はとある調味料メーカーの調味料や缶詰を使ったレシピ集で、まぁ販促用のチラシみたいなものだろう。

 中にはビーフシチューやミートソースと言った俺流料理のレシピも含まれていた。

 俺のミートソースって一般的にミートソースと呼ばれる物とボロネーゼのレシピごちゃ混ぜだったんだな。

 その冊子にはボロネーゼの作り方も書いてあったので何が違うのか調べてみたら俺のレシピはどちらの調理法も含まれていたみたいだ。

 それが料理的に良いのか分らないし俺のレシピは俺が美味しそうと思う調理法を色々と実験した結果完成した俺好みの味なのでこれで良いと思う。

 それにこの冊子が全て正しいと言う事も無いしね。

 それぞれの家庭にそれぞれのレシピが有る。

 それで良いんだよ。

 ただその料理を食べてくれた人が美味しいと思ってくれる事が大切だけどね。


「おぉ! 私筑前煮好きよ~。竹の子のシャリシャリ感が良いわよね~」


「牧野さんがんばりますね。竹の子の下ごしらえって結構面倒ですよ?」


「すみません。そう思って既に下ごしらえしてるの買って来ました」


 冊子にやり方が書いてあったけど、なんかちゃんとしようとしたら一日位掛かるんで流石に今回は水煮パックにした。


「なるほど。最初はそれが良いかも知れません。とても時間が掛かる事ですし」


「それじゃ作りますね。暫く待っててください」


 実は朝から干ししいたけを水にさらして戻してたんだよね。

 おお良い感じに戻ってるな。

 これを半分に切っておいて、戻し汁は綿で濾しておこう。

 これを出汁に使えば良い感じになるらしい。

 次にごぼうとレンコンを乱切りに切ってと……乱切りってなんだ?

 写真を見ると、あぁ同じ大きさに適当に切ってる感じか。

 あとは、ふむふむ根菜は酢水につけてアクを取っておくのか。


「そう言えば学校どうだった~?」


「今日は始業式とHRだけですからね。まだどうってのは分りませんね。あっそう言えば昔の親友達と同じクラスになりましたよ。あと大阪に居た時の知り合いがこちらに引っ越してきて驚きましたね」


 それに宮之阪まで一緒のクラスなんて凄い偶然だよな。


「なにか巡り合わせに運命的な物を感じますね。その縁は大切にした方が良いですよ」


 黄檗さんて時々神秘的な事言うよな。


「分かりました。大切にします」


「でも、それにしたら遅かったわね~。私達お腹ペコペコよ?」


 あの例の巻末漫画幻の最終コマを実践していますね。

 困った腹ペコモンスターさんたちだ。


「帰り際にまた生徒会長に捕まって式典の後片付けを手伝ったんです。その後打ち上げにも呼ばれて遅くなりました」


「へぇ~面白そう! 詳しく聞かせて~良いネタになるかも~」


 この人なんだかんだ言ってやっぱり漫画家なんだよね。


「後で詳しく話しますよ。先にご飯作りますね」


「はぁーい」


 えーと続き続き。

 鶏肉を1口サイズに切って、あっ絹さやは別に茹でておくのか。

 すじを取って塩ゆで後水にさらして熱を取ると、ふむふむ。

 どれくらい湯掻くんだろう? 時間が書いてないな。

 まぁ中火で様子見てたらいいか。

 じゃあ今のうちにフライパンに油を引いて鶏肉を炒めようか。

 色が変わってきたら切った野菜を炒めるのか。

 ざるに入れた野菜をドバーっと入れて一緒に炒めてと。

 あっなんか入れる順番が書いてあった……。

 う~ん今まで野菜炒める順番とか気にした事なかったな。

 何となく肉は最初で葉物は最後みたいな感じではやってたけど他にも色々あるのか。

 みんなにおいしく食べて貰う為には色々と勉強が必要だな。


 よしここに濾した戻し汁を入れて……。

 あー! 絹さや忘れてた! やばいやばい! うわぁなんかデロデロだぁ。

 すぐに火を止めて冷水でしめるっと……。

 あぁちょっとぶよってるよ。

 絹さやはしゃっきりパリって感じがおいしいのに。

 失敗したなぁ。

 ううぅ……、気を取り直して、フライパンに戻し汁を入れて酒とみりんに砂糖を加えて白出汁も少々と。

 これで落し蓋をして10分煮ると。


「すみません。ちょっと失敗しました……」


 灰汁取りのついでに今のうちに謝っておこう。


「どうしたの? 焦がしちゃった?」


「いえ、野菜炒める順番が有るのを知らなくてみんな一緒に炒めてしまっていたのと、あと絹さやを湯掻き過ぎちゃいました」


「それは初心者によくある失敗ですね。特に牧野さんは今まで長時間煮込む料理ばかりとの話でしたので、手早く短時間で美味しく作る為の調理と言う事の間隔が掴めていないのかもしれません。」


 ごもっともです。


「だからと言って焦る必要も有りません。一つ一つ出来る事を積み重ねていけば良いんです。その内慣れて難しく考えなくても出来るようになりますよ」


 本当に黄檗さんは俺の困った時にいつも優しくアドバイスをくれる。

 なんかすごくお姉さんって感じがするよ。

 お姉さん・・・・は母親振っているので実際の姉と言う感じじゃないけど、黄檗さんはまさに姉って言えるかも。

 黄檗さんのアドバイスは何故かとても安心するな。


「ありがとうございます。お二人に自信を持ってご馳走出来るように頑張ります」


「はい、期待してます」


「私は牧野くんの料理なら何でも良いよ~」


 本当に黄檗さんって不思議な人だよね。

 いまだに何考えてるか掴めないや。

 何も考えてない腹ペコモンスターの涼子さんならいざ知らず、この人はダメな所も有るけれどちゃんとしている所はちゃんとしているのにこんな年下の男の部屋にやって来るのは何故なんだろうか?

 料理を食べたい為とは言っているが、それこそ家で籠り気味の涼子さんと違い俺なんかの料理の為に東京から通うのは馬鹿げているだろう。


 涼子さんの話では前までは平日はもう少し放置されてたのに最近入り浸るようになってゆっくり出来ないと愚痴ってたし。

 出版社の社員として涼子さんの監視役と言う事も有るんだろうけど、問題を起こすのが心配なら涼子さんに禁止令出すとか、逆に俺に注意して涼子さんと会せない様にするとか方法は有るだろう。

 それこそ会社の力を使って俺を脅したりとか。

 それに黄檗さんは料理を食べる事より俺が料理する処を優しく見守ってくれていると言う気がする。

 たまに俺を見る目が俺を通して別の何かを愛しく見ている様に感じる事も有る。

 本当に不思議な人だ。


 あっそろそろ10分経ったかな?

 少し味を見て……、これなら醤油を大匙二杯弱位かな?

 具が柔らかくなってきたら水溶き片栗粉を入れてとろみが出るまで煮るのか。

 おっいい感じかな?

 えーとこのレシピによると火を止めて絹さやを入れて少し混ぜ合わせて味を絡ませるのか。

 しゃっきりパリパリが楽しめないこのぶよぶよの絹さやにはこれの方が良さそうだな。

 よし完成!


「お待たせしました~」


 皿に盛って食卓に並べる。


「お~見た目は完璧じゃない~おいしそう~」


「味も見させてもらいますね」


 ドキドキするな。

 二人は暫し黙り込み試食をしている。

 一口二口と口に入れて味を確かめ頷いている。

 涼子さんは本当に分かってるんですか?


「今回は肉じゃがの時と違ってちょっと薄めね~。でも悪くないわ。野菜もちょっと人参が柔らかい感じだけどレンコンと竹の子の歯ごたえとのアクセントで良い感じよ。あと失敗したって言っても味が絡んだ柔らかめの絹さやもおいしいわよ」


「そうですね、おそらく最後の水溶き片栗粉でトロミ付ける際に水が多かったかきちんと溶いてなかったといった所でしょうか。それで味がぼやけてしまったんだと思います。野菜の炒めるタイミングとしては全て根野菜でしたのでそれ程影響は無かった様ですね。絹さやは私はシャキシャキしている方が好みでは有りますけど、深草先生が言っている様にこれはこれでありだと思います」


 黄檗さんはさすがに的確に問題点を指摘してくれるので頼もしい。

 驚いたのが涼子さんもちゃんと批評をしてくれている事だ。

 しかもちゃんと良かった探しもしてくれているのが優しい。


「感想ありがとうござます。次は竹の子のアク抜きから挑戦したいと思います。


「頑張ってね~」


「分からない事が有ったら何でも聞いて下さいね」


 俺は改めてこの人達に出会って良かったと思う。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「で、どうだったの? 学校生活第一日目は?」


 試食も終わりみんなで夕飯を食べだしたところで涼子さんが聞いて来た。


「そうですね。さっき言いました通り、偶然にも俺のクラスには知り合いが4人も居たんですよ。公立なら分かりますけど地元とは言え私立ですからね。それも一人を除いて全員当時のまま接してくれたんですよ」


 宮之阪は会長に連行された際に一応助けようとしてくれたけど基本敵視されてるからなぁ。


「一人を除いてって? なになに? なにか青春の甘酸っぱい匂いがするわ」


 その嗅覚は間違っていますよ?


「いやそんないいものじゃないですよ。先日千林先輩ってうちに来たじゃないですか。あの妖精みたいな人」


「あぁ~あたしのファンだった子ね。あの子は可愛かったわ~。私の漫画にも登場させたいくらい」


 何かファンタジー物にぴったりですよねポックル先輩は。

 でも千林一族の事を考えるとファンタジーだけじゃなくSFやホラー物にも使えそうな気がするけどもな。


「そしてお姉さん信者でも有ったじゃないですか? それで俺の幼馴染もお姉さん信者だったらしく先日千林先輩を迎えに行った際にばったり会って信者同士の喧嘩が始まったんですよ。それに巻き込まれて俺まで敵視されてたりします」


 昔の約束はもう彼女の黒歴史でもいいけどせめて普通に話せるぐらいは仲直りしたいんだが……。


「あの……、その幼馴染は女の子ですか?」


 黄檗さんが何やら思案しながら聞いてきた。


「えぇ、俺と千林先輩が歩いてるのを見た彼女は千林先輩の可愛さにダメージを受けたらしくその場で跪いちゃったんですよ」


「まぁそれは仕方無いわね。あたしも初見なら道端だろうと倒れるわ」


 ですよね、部屋で一緒に跪きましたもんね。

 と言うかあれを国道とかに放ったら大事故が起きないか心配になります。


「そうなんですよ。でも道の真ん中でだったので放っておく訳にもいかず声をかけたら、千林先輩と俺の関係を問い質してきたんです」


「「え?」」


「で、俺が子供を連れ去ってるなんて誤解受けるのも何なんで、この人はお姉さんのファンなんで俺の家に遊びに来ただけだって言ったらどうも彼女もお姉さんのファンだったみたいで二人して口喧嘩が始まって、それから俺まで敵扱いになったんですよ」


「「それって……え?」」


「その前にも挨拶を噛んだ彼女が凄く恥ずかしがってたのでフォローしようと『大丈夫とっても可愛いかったよ』って言ったら逆効果だったみたいで凄く怒って去って行った事も有りましたね。これは俺の恥かしいリストに入るぐらいの失態です」


 逆三角形事件は伏せておこう。あれは不可抗力だし。


「牧野くん? それ本気で言ってるの?」


「はぁ~その子が少し……いやかなり不憫ですね」


 え? え? 何?


「どうしたんですか? 二人とも」


 なんか少しげんなりしているぞ?


「うん、まぁこれも青春ね。漫画のストーリーとしても有りかもしれないわ」


「先生のインスピレーションの糧となったんなら良しとしましょうか」


 なんですかそれ?


「そう言えば、生徒会長に捕まったって言ってたけど」


「ええ、朝いきなり校内放送で名指しで生徒会室に来るように言われてたのですが、嫌な予感しかしないんで折角会えた幼馴染と仲良く帰ろうとしたら捕まっちゃいましたね」


 手を握られたのにはちょっとドキドキしたな。


「でもなぜ牧野さんだったのでしょう?」


「いや~旗を落とした件と、憧れの人の息子だからだったみたいですね。生徒会の人数が足りなくて男手が欲しかったみたいですが、彼女は小中と女子校で男性に免疫が無かった様なので俺に白羽の矢が立ったんじゃないですかね?」


「ん~まぁ憧れの人の息子だったってのも分かるんだけど、最初の出会いから何か臭うのよね~。幸子さんも何か感づいていたじゃない。牧野くん何か隠してるんでしょ? ほら言ってみなさいよ。ここだけの話にして置いてあげるから~」


 たまに鋭いんだよなぁ~。

 まぁもう本人がギャプ娘解禁みたい状態だし隠す必要も無いのか?


「まぁもう向うも隠す気無くなったみたいですから喋っても良いのかもしれませんね。旗を落とした理由は階段から落ちそうになった彼女を助けるのに邪魔だったんで放り投げたんですよ」


「ふんふんそれで? それだけだったら隠す必要無いよね?」


「その時落ちて来る彼女を受け止めたら丁度お姫様抱っこみたいになったんです」


「「おおお~それはそれは!」」


 なんか二人の食い付き良いですね。


「さっき言いました通り、彼女は男の人に免疫が無かった様で俺に抱っこされたせいで真っ赤になって固まってしまって……」


「「え? それって……」」


 なんか二人ハモってますね。


「彼女は過去に色々あって普段鉄面皮って呼ばれてるほど無表情なんですが、そんな彼女が男の人に触れられただけで真っ赤になるなんて恥ずかしいと思うだろうと誰にも秘密にしてたんですよ」


「「はぁ……」」


 なんでしょうか? 二人してジト目で見つめるのは止めて貰えないでしょうか?


「まぁやはり周りに知られたくなかった様で、俺が秘密にしていた事を感謝してくれました。そう言う事も有って俺の事を信頼してくれたってのもあるんだと思います」


「ふ~ん、でも牧野くん今秘密喋ったよね」


 酷い言い草だ! 涼子さんが喋れって言ったんじゃないか!


「いや秘密だった筈なんですが、今日の打ち上げではどうも新生徒会の初仕事で気が抜けたのかみんなの前で終始顔が緩んでて隠す気も無くなっていたんですよ。その態度に周りもびっくりしていました」


「(どう思う? )」

「(どうっていわれましても)」


「ただ男性に対しての免疫は相変わらずだったみたいで、彼女が作ってくれたパンケーキが美味しかったので、褒め言葉として『良いお嫁さんになれますよ』って言ったら倒れちゃいました」


「「…………」」


「どうしました?」


 なんか二人して黙り込んで肩を震わせてる。

 どうしたんだろうか。


「それは甘酸っぱいってもんじゃねぇ! 酢酸100%・・・・・・の酸っぱさだ!」


「りょ、涼子さんどうしたんですか!」


 いきなり意味の分らないことを言い出す涼子さんにびっくりだ。


「牧野さん、それはいけませんよ、本当にいけません」


「黄檗さんまで何を言ってるんですか?」


 何故か二人に責められた。


「(ちょっとナチュラルに女殺しよこの子)」

「(末恐ろしいですね。ある意味大成するかもしれませんが……)」

「(本人自覚していないのが余計タチが悪いわよね)」

「(将来刺されたりとかしなければいいのですが)」


 なんか二人してコソコソと失礼な事を言い合ってるみたいだ。



「あ~そう言えば副会長は千林先輩の弟さんでしたよ」

「やっぱり似てた?」

「瓜二つですね。髪型と服装以外コピー品かと思いました」

「へ~やっぱり似てるんだ~。あんな可愛い子が二人並んだらさぞえになるでしょうね」

「まぁ実際可愛かったですよ。ある意味死ぬかと思いました」

「うわぁ~見たかった~」

「副会長って1年生からなれるのですか?」

「今期生徒会は前年度の3学期の選挙で決まるんですから現1年生はなれませんよ。副会長は2年生です」

「と言うことは双子だったんですか。なるほど」

「いえ三つ子らしいです」


「「ひっ! あんな"純粋暴力結晶体"が3体も?」」


「あっちなみに千林先輩のお母さんにも会ったんですが、瓜二つでした」


「「ひ~~~~~~~~」」


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