第20話 カオスな空間


 

「牧野さん、大丈夫ですか?」


 千歳さんが心配そうに声をかけて来た。

 この人むちゃくちゃ小さいな。それに若い。

 少なくとも3人の子持ちは確定してるのにポックル先輩と外見変わらないぞ?

 薄っすら化粧しているので少し大人っぽく見えるけど正直小学生が少し背伸びしてお母さんの化粧道具を使ってみた感溢れてる。

 いや流石に手慣れたメイク技術だけど。

 あぁあれだ写真屋さんで記念写真撮るからメイクして貰ったと言う感じだ。

 ポックル先輩とウニ先輩はお母さん似なんだろうな。

 おそらく千林(妹)先輩も。

 一瞬怖い考えが浮かんだがそれ以上はフラグの神様が回収しそうなので考えるのを止めた。

 まさかお父さんもなんてね、ははは……。


「大丈夫です。すみません急に咳き込んでしまって」


 咳き込んだのは勿論嘘だけど、挨拶した途端に噴出したらそりゃもう大変失礼に当たるので咄嗟に誤魔化した。


「牧野君本当に大丈夫?」


「牧野くん、もしかして僕の風邪がうつっちゃった?ごめんなさい~」


 あぁもうこの黒目がちのキラキラまなこx3で薄汚れた俺を見ないで下さい。

 浄化されて思わず塵となりそうです。


「本当に大丈夫ですから。急に喉がイガイガしただけですから」


 あぁそんな瞳x3で見つめないで~。


「お久し振りです、千歳さん」


 ギャプ娘先輩が千歳さんに挨拶をした。

 まぁ前期もポックル先輩は居たし顔見知りなんだな。

 そう言えば写真見る限りウニ先輩は居なかったな。

 あの小さな子ウサギみたいな外見でよく副会長に当選出来たよな。

 いや逆に有りなのか。

 この顔で『お願い』なんて言われると投票しそうになるよな。

 横でぺったりくっついてるウニ先輩を見てそう思った。


「最初の大仕事が終わりましたので恒例の打ち上げ会を始めたいと思います」


「僕何もしてないよ?」


「いえ来てくれた気持ちだけで十分です」


 鉄面皮モードのギャプ娘先輩は気遣いも完璧だな。

 ただ感情が籠ってないので冷たい印象は受けるけど。


「みなさん本当に今日はお疲れさまでした。今年は例年に比べ広報が不在でしたので人手が足りないと心配していましたが、ここに居る牧野くんのお蔭も有り、何とか無事に終わる事が出来ました。本当にありがとう」


 最後のありがとうは俺の顔を見ての発言で、何やら本当に感謝の感情が込められているのが分かった。

 それに少し微笑んでる?

 世間的に鉄面皮で通ってるギャプ娘先輩だけど実際接してみると結構感情豊かなんだよね。

 男性に対して免疫が無さすぎでちょっとした事で赤面したりするし。


「……会長本当に変わったわね~」


「これ牧野くんの仕業?」


「ぐぬぬ」×2


 何やら庶務先輩と会計先輩がコソコソ言ってますが俺は特に何も…、まぁお姫様だっこはしたけれど。

 でも大切な旗を放り投げたことで±0だと思うんだよな。

 あと千林先輩ズ、その言葉はあなた達が出して良い音ではないですよ?


「今年広報が居ないと言うことですけど、立候補者居なかったんですか? それに女性率高いようですけど」


 歴代写真見たら5人だけの少人数の生徒会はそれほど数は多くない。

 男女比率も両極端が無くはないけどやはり少な目だろう。

 それがここ数年ほぼ女性と言う構成になっている。


「あぁそれはね~、皆生徒会長が怖くてね~」


「ちょっと! そんな噂流さないで」


 ギャプ娘先輩は半ギャプ娘モードになったのか少し赤面しながら慌てて否定してる。


「どう言う事なんですか?」


 男性陣が怖わがるって何仕出かしたんですか?


「牧野くんもやめなさい!」


 ほぼギャプ娘モードになって否定してる。かわいい。


「ほらほら、会長は黙ってて。牧野くんは会長が鉄面皮って呼ばれてるの聞いたことある?」


「はい入学式の時に耳にしました」


「なっ違……」


「はいどうどう」


 何やら言いたそうなギャプ娘先輩を庶務先輩が押さえてる。


「鉄面皮なんて呼ばれているのは普段から能面みたいな顔しているのも有るんだけど、1年生の時は男子に対して無関心だった程度でここまで酷くなかったのよ」


 酷くないって酷い言い方ですね。


「と言うか、昔から何事においても無関心だったんです」


 あっ庶務先輩は昔からの知り合いだったんですね。


「今の状態でもこれだけ整ってる顔だし、その頃は男子に凄く人気が有って結構告白とかされてたのよね」


「あ~分かりますね」


「「「なっ」」」


 純粋暴力結晶体千林ファミリーの方達はややこしくなるので少し静かにして下さいね?


「なっ」


 ギャプ娘さんも大人しくしておきましょうね。

 本当にこの人男性に対する免疫無いよね。


「で、会長ってその告白して来た男子達を尽く叩き潰してきたのよ。精神的にね」


 え? 何それ怖い。


「会長って1年の後期から生徒会に居るんだけど、当時は書記として立候補してた会長目当ての男子とかが立候補しててね。目当てで入っただけなんで生徒会の事なんて考えてない奴等ばかりになったのよ」


 うわぁ~それはキツいな。


「その時の生徒会なんて発足当初は全然仕事にならなくてね、でもその時の生徒会長が出来た人で、そう言う男共を次々と追放して結局その生徒会長とこの書記だった会長の二人で運営する事になったのよ。まぁ当時から友達だった私とか他のクラスメート達でフォローして何とか半年乗り切ったの」


「その生徒会長と会長はそんなトラブルは無かったんですか?」


 助けて貰って恋に落ちる~とか有りそうだし、ここまで男性に対して免疫が無いのはどうなんだ?


「あぁその時の生徒会長は女性だったのよ。それでその生徒会長がとうとう引退となった時にまた会長を狙った男達が立候補してきたの」


 あぁなんか無菌室で育ったみたいな物か。

 でも小中と接触の機会は有ったろうに。


「あまりのしつこさにとうとう溜まってた鬱憤が爆発しちゃって、言い寄って来る男達に対してそらもう見てるこっちまで同情する様な振り方をしてね。それから今の様に鉄面皮と呼ばれ男子からは恐れられてるのよ。まぁそんなこんなも有って最近の生徒会って男性が少ないのよね。ただ前回の選挙……いやなんでもない。うん、似た様なもんだね」


 あれ? なんか急に皆の顔が強張ったぞ?

 ギャプ娘先輩も完全に鉄面皮モードだし、庶務の先輩も刺す様な鋭い視線で会計の先輩を睨んでる?

 なんだ、この異様な雰囲気。

 前回の選挙? 何かあったんだろうか?

 けど、それを突っ込んで聞くとマズい気がする……。

 話を逸らした方が良さそうだ。

 俺のぬらりひょんスキルがそう訴えてる。

 ただ、いきなり話を変えるのもアレだし、方向性は同じでズレた質問はっと……。


「で、でもそんなに酷い振り方をしたら、逆上してくる奴とか居なかったんですか?」


 俺の質問に少し場の緊張が解けた様だ。

 ホッ、これは地雷じゃなかったみたい。


「あぁ流石にこの学園の生徒で理事長の孫に手を上げる様な男なんて居ないわよ」


 え? ギャプ娘先輩が理事長の孫?

 一瞬耳を疑った。


「まぁそれからこの副会長みたいに会長狙いじゃない男子しか立候補させな……しなくなって、女性率が上がったのよね」


 いま『立候補させない』ってのを言い直したよね?

 はぁ、なるほどね。

 変な虫が付かない様にって事か。


「いま生徒会長が理事長の孫って言いましたよね? って事は学園長の娘って事ですか?」


「あれ? 牧野くん知らなかったの? 入学式の時に理事長と学園長の名前聞いたでしょう? 理事長の孫で学園長の娘よ」


 すみません、魔界から召還された睡魔と戦ってました。


「いや、まさか苗字が同じだからと言ってそうとは思いませんでした」


「ふ~ん、ちょっと疑ってたわ。あなたも理事長の孫を狙ってる男共と同じなのかって」


 いや逆に面倒臭そうなので知ってたら全力で逃げていましたよ。


「そもそも廊下歩いてたら手伝えと連れて行かれた方ですし、そんな」


「なっ違……」


「はいどうどう」


 真っ赤な顔して怒っているギャプ娘先輩を抑えてる庶務先輩。

 この人ギャプ娘先輩の制御何気にうまいな。

 しかし、ギャプ娘先輩が理事長の孫にして学園長の娘か……。

 まぁ何処と無くお嬢様っぽいギャプ娘先輩だったから、腑に落ちると言うかそんなにおかしい事でもないのか。


「でもびっくりなのよね。いくら人手が足りないって言ってもこの会長が見ず知らずの男子に頼むなんて有り得ないし、今日だって呼び出すなんて」


「会長って小学校中学校と女子校でしたから、同じ年代の男子との接触なんてあまり無かったから特にね」


 ほんとに無菌室育ちなんだ。


「それは……1年生だったから私を知らないと思ったからよ」


 なるほど、自分の事を知らない人間だったらあの鉄面皮モードの自分によってくる事はないと思ったのか。


「そ、それに……あの、その、牧野くんにはちょっと貸しが有って頼みやすかったと言うか……」


 完全にギャプ娘モードになっちゃってるよ…。かわいい。


「会長! いや美佐都? ちょっとそれ気持ち悪いわよ?何か悪いものでも拾って食べたの?」


 会計先輩酷い言い草ですね。


「私小さい時から美佐都さんの事知ってるけどこんな美佐都さん、美佐都さんじゃない。誰かと入れ替わってるんですか? 正体を現しなさい」


 ここぞとばかりにぐいぐいと言いますね。


「(千夏?やばいんじゃないの? もっとあなたもアタックしないと)」

「(ママそんな私は……)」

「(僕頑張る)」

「「(え?)」」


 なんか千林ファミリーが家族会議を開いてるけどよく聞こえない。


 ちょっとカオスな雰囲気になって来たので助け舟を出そうか。


「伝説の牧野会長が学園みんなと作った大切な旗を俺が不注意で床に落としてしまったからその罰的な意味合いで呼ばれたんですよ。それに会長の憧れのその牧野会長の息子ですし話しやすかったんだと思いますよ」


 真相は多分こんなところだろ。

 さっきは気を使って旗落としたのは仕方無いとか、息子とか関係無いって言ってたけどね。


「う~んそうかなぁ~? この美佐都の態度って普通じゃないと思うんだけど」


 会計先輩気のせいですって。


「AIが感情を持つと人類の抹殺を企むとか言うし、美佐都さんもこのまま行くと…」


 庶務先輩って結構黄檗さんレベルの毒舌だよね。


「まぁこの話はここまでにして打ち上げ会ってのを始めちゃいましょう」


 そう言ってこのカオスな現状を強引に終わらせた。

 ギャプ娘先輩は「違う違う」と涙目で俺を見ているけどそんなに気を使わなくても良いですって。


「そう言えば男が少ないのは分りましたが、人数が少ないのは?」


「あぁ実は会長は女子にも人気が有ってね。今年の広報の座を巡ってちょっとしたいざこざがあって全員立候補取り消しになったのよ」


 なんか全方位で問題引き起こす人だぁ。


「じゃあ皆さんは?」


 勝ち抜いてきた猛者達なのだろうか?


「あぁ~私はさっき言ったみたいに会長が1年で書記やってる頃から生徒会室には入り浸ってたから実績かな?」


 そう言えば言ってましたね。


「私は会長と親戚ですからね。理事長親族権限です」


 そう言うことか、ただの知り合いじゃなかったんだ。


「千林先輩たちは……」


 二人キョトンとしてこちらを見ている。

 二人並んでのキョトン顔は反則…何ちゃっかり千歳さんも混じってるんですか。


「まぁこれに勝てる人類は居ないでしょう」


 にっこり笑うだけで投票されるでしょ。


「牧野くん! なんか扱いが雑すぎるわ」

「僕だって色々頑張ったんだよ~」


「あぁすみません。なんかお二人とも壇上でにっこり笑うだけで可愛くてみんな投票してくれそうだったもので」


「「そんな~」」


 二人共同じ様に頬に手を当てて嬉しそうに体を振ってる。

 やべえよこれ!

 1+1で200だ。10倍だぞ10倍! そんな言葉が頭をよぎった。

 って千歳さんまでなに同じ仕草やってるんですか。可愛いでしょうが!

 ポックル先輩と違いこの人は確実に可愛いを計算してやってるよな。

 ギャプ娘先輩何故そんなに睨むんですか?

 それを見て会計先輩も庶務先輩も『ふふ~ん』ってしたり顔をしないでください。


「私は昔この学園に正義の味方が居て生徒会に入ればその人の事が判るって話を聞いて生徒会に入ったの。そして大和田さんの事を知ったのよ」


 100%私利私欲ですが、可愛いから有りですね。


「僕はこの前の選挙でお姉ちゃんが出てくれって頼まれたからだよ」


 それで受かるんですからやはりあなた達は最強ですね。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「しっかし、このパンケーキ美味しいですね!」


 あの後みんなで団欒しながら用意してくれていたお菓子をつついていた。

 ふわふわでトロトロだ。

 上に乗せてある生クリームとの相性も絶妙でほっぺたが落ちそうだ。


「正直パンケーキとホットケーキって同じものだと思ってたけど違うんですね」


 今までお洒落な言い方をしたのがパンケーキと思ってた。


「いえ、基本同じようなものよ。パンケーキが最初にあって輸入する際によりイメージが湧き易いようにホットケーキと名付けた和製英語らしいわ」


「そうなんですか! 確かにパンケーキってパンなのかケーキなのか混乱しますよね」


 パンなの? ケーキなの? ってよく分らないよね。


「ああパンって言うのは食べ物のパンじゃなくてフライパンのパンの事を指すみたいね」


「うわっ恥ずかしい! 全然知りませんでした。う~んお菓子作りも奥が深いなぁ」


「このパンケーキは私が作ったの」


 鉄面皮を再び装備しているギャプ娘先輩はいつも通り淡々とそう言った。

 しかしこんな美味しいお菓子をギャプ娘先輩が作ったのか。


「凄いですね会長! これならいいお嫁さんになれますよ!」


 ボッ!プシュ~


 あっギャプ娘先輩が崩れ落ちた。


「美佐都ーー傷は浅いぞ! 衛生兵ーー衛生兵ーー」


「これがあの美佐都さんとは思えない。やはり美佐都さんの皮を被った何者かだわ」


 なんか本当に二人ともノリノリですね。


「わ、私はこのクッキー作ったのよ!」


 ポックル先輩もお菓子作りうまいなぁ。


「美味しいですよ千夏先輩」


 あぁそんな幸せそうな顔されたら俺まで幸せになりそうです。


「僕は、僕は、そうだ! 肩叩いてあげるね!」


「千尋先輩は病み上がりなんですから無茶しないでください」


 頭を撫で撫でする。


「えへへ~」


 本当にこの姉弟は癒されるなぁ~。

 千歳さんも撫でて貰おうとこちらに頭を差し出していますが、流石に人妻に撫で撫では厳しいものがありますので遠慮させていただきます。

 こんなカオスで愉快な打ち上げパーティは下校時刻まで続くのであった。




「お菓子作りかぁ。今までやったこと無かったなぁ」


 今度作ってみるか。

 腹ペコモンスターズの顔を思い浮かべながらマンションの廊下を歩く……。


「って、ちょっ! 涼子さんも黄檗さんも何で俺が202号室の前を通ったらそのまま部屋まで付いてくるんすか!」

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