第19話 恐るべき一族
「しかし、70年の歴史かぁ~」
俺は一人生徒会室で手持ち無沙汰に歴代生徒会写真を眺めていた。
初代から数代まではさすがに経年劣化で像の輪郭が掠れていたが歴代の生徒会役員達は皆が誇らしげな顔をして写っている。
各々その時代の生徒達の先頭に立ち学園をより良く導く大役を全うしたと言う自信に満ち溢れているようだ。
お姉さんが写っている一部例外も存在するが……。
「へぇ~最初の頃の学園名って刻乃坂じゃなくて十鬼乃坂だったのか。地名から取られてるから、ここら辺も昔十鬼乃坂って名前だったのか?」
十匹の鬼って、なんか物騒な名前だな。
鬼って『匹』で良いんだよね?
まぁいいか。
「しかし最初の方はやっぱりカラーじゃないのか。白黒写真か、さすがだなぁ」
全体の半分ぐらいは琥珀色に色褪せた所謂白黒写真で写っている生徒会室も木造で古めかしい造りをしていた。
「お姉さんが言ってたけど本当に最近までは学ランセーラー服だったんだな」
とは言っても制服のモデルチェンジ自体は幾度も行われてるようで途中前面にボタンが無いタイプの学ランも存在した。
「よく言われる制服の第2ボタン伝説とかガン無視な作りだな。一部女子達の間では不評だったろうな」
フック式? それともファスナーだろうか?
それの二番目の留め金をボタン代わりにとか言って貰ったりしてたんだろうか?
ボタンと小さい金具……ファスナーなんて端から見てもプラスチックのゴミにしか見えないだろう。
こんなものを代理にしていた当時の女子に勝手ながら同情する。
「あっ、いやよく考えたら下はカッターシャツだろうし普通そっちのボタンで代用するよな。何考えてるんだろハハッ」
「貴様! そこで何しているんだ! ゴホッゴホッ」
写真を見ながら部屋をうろうろしていると急に誰かに怒鳴られ……って、あれ? なんかデジャブ?
しかし、『貴様』って実際に言葉に発する人現代に居るんだ。
不意打ちの声に少しドキリとはしたものの、先日とは違い先輩達が後から来る事は分っていたのでそれ程驚きはしなかった。
ここに一人で居るとなんかいきなり怒鳴られるよなぁと思いながら声の主を見るとそこには小学生? いや制服を着ているから違うか、何やら小さくて可愛らしい男子生徒が、まさしく"ぷんぷん"と言う可愛らしい擬音がぴったりな感じで胸を張り両手を腰に当てて立っていた。
なんか頭に"=3"こんなぷんぷんマークが見えるようだ。
あれ? なんか凄いそのままデジャブな感想なんだけど?
違うとすると可愛らしいマスコットが書かれたマスクをしてる所か。
風邪でもひいているのだろうか時々咳をしてしんどそうだ。
心なしか顔色も悪い。
「貴様一年だろ? 一般生徒が生徒会室に入るのは禁止されているのを知らないのか? ! ゲホッゲホッ」
あ~なんか一言一句そのまま言われた記憶があるよね。うん。
なんか凄い怒ってるこの顔もなんか凄いそのままだ。
でもそんなに怒ると熱が上がりますよ?
その少年? ネクタイの色からするとやはり2年生。これで先輩か。
黒髪のボブカットをしたまるで女の子のような顔をしている。
「あの~どなたですか?」
念の為、俺は尋ねてみた。
多分予想では
「オレはこの生徒会の副会長だ! 生徒会室に忍び込むような賊に名乗る名前などない! 貴様こそ何者だ! ゲホッ」
あっ病気で休んでいると言う副会長なんですね。
しかしなんで一々仰々しい喋り方なんだ?
「え~と風邪大丈夫ですか? なんかしんどそうですけど」
「なんだと! オレをバカにしやがって! 敵の情けなど受けないぞ! ゴホッ。」
心配して声を掛けたのに、副会長は怒り出して殴り? 掛かろうとして向かってきた。
う~んなんか必死な顔して両手をブンブン回してくるこの姿はとても愛らしい。
でも目を瞑って走ったら危ないですよ? あっほら……。
ぴょこぴょこぴょこ、がっ! すってーんっ!
可愛い擬音を出しながらも目を瞑って走った副会長は何かに躓いたようで思いっきり顔から転んでしまった。
今自分の足に自分で躓いたよな?
…………。
あれ? 動かない?
副会長は壮絶に顔面から転んだ状態でそのまま動かなくなってしまった。
え? 大丈夫か……ん? 肩が少し揺れている? あと何か聞こえてくるような?
「……ヒック、ヒック」
あっ痛くて泣きそうなのを堪えてるんですね。
「大丈夫ですか? 副会長」
俺は倒れている副会長を抱き起こした。
なんかすげぇ軽いなこの人。
見かけ通りの体重なんだが、あまりの軽さに驚いた。
副会長はなんか凄い目に涙が溜まって必死で泣くのを堪えている。
顔を床にぶつけた際にマスクが外れてしまった様で顔が汚れていた。
あっ鼻血が出てきた。しょうがないなぁ。
俺は汚れた顔と垂れてきた鼻血をハンカチでふき取り、ポケットティッシュを副会長の小さい鼻の穴に合わせて丸めて入れて上げた。
副会長はなんか俺の処置を素直に受け入れキョトンとしている。
「これで大丈夫ですよ。目を瞑って走ったりしたら危ないですから気をつけてくださいね?」
俺は子供をあやすように優しく頭を撫でてそう言った。
あっ顔を赤くして顔をしかめた……。流石にちょっと子供扱いしすぎたかな?
あんな仰々しい喋り方をする人なんだから失礼過ぎだったか。
「うわぁぁぁん! 痛かったよ~」
怒るかと思いきや副会長は突然子供のように泣き出して抱きついてきた。
うわぁ~なんだこの生き物? 小さな子ウサギみたいにぷるぷる震えてるぞ?
「はい、大丈夫大丈夫。もう痛くないですよ~」
俺は優しく背中を撫でて泣いている副会長を落ち着かせた。
「ヒックッ……まだ、痛いもん」
『もん』って……、外観通りでは有るんですが、あなた2年生ですよね?
涼子さんが変なフラグを立てるから……。
もう間違いなく
しかし、双子だったのか。
お姉さんが言っていた『恐るべし一族』とはこう言う事かぁ~。
「
俺は千林先輩の涙でクシャクシャになった顔を血で汚れていない部分で拭き取る。
「え? ボクのことを知ってるの?」
名乗っていないのに名前を言われて驚いているようだ。
しかし先程までの喋り方とは異なり外観通りの口調で、声も声変わりしていないかのように高い。
これがこの人の素なのか……、周りに舐められるのが嫌だから虚勢を張ってたのかな?
マスクを取った顔はさすが双子と言うべきか、ポックル先輩を男の子にしたらこんな感じになるだろう。
二卵生双生児と思うんだがここまで似るとは遺伝子バリ強だな。
しかし、身長の低い女の子は制服着ているとそれなりに学生と言う感じがするんだが、男の子の場合は制服着てても普通に子供にしか見えないな。
千林先輩はだぼっとした制服を着ているただの小学生にしか見えない。
異性を見る目と同性を見る目の違いか、それとも女子制服と言う魔力に惑わされているためだろうか?
「えぇ、書記をされている千林先輩と面識があって」
「あっ! もしかして君が牧野君なの? 姉さんから聞いてるよ」
あっやっぱりポックル先輩が姉なんだ、所々姉臭がするなと思ってた。
しかし、ポックル先輩ってもう家族に俺の事を報告してるのか。
家族が仲良くて食事の時に今日有った事とか喋ったりしているのだろうか?
一人っ子でなかなかそう言う機会が無かった俺はなんだか不思議な感じがした。
「しかし先輩が双子だと聞いてませんでしたよ」
家族の事とか全然聞いてなかったな。
まぁうちに来た時はお姉さんと涼子さんばかりと喋ってたから、俺とはほとんど喋ってなかったんだが。
「え? 双子じゃないよ。三つ子だよ?」
ヒッ! 恐るべし千林一族!
俺は背筋が寒くなった。
こんな"純粋暴力結晶体"が三体も存在するのか?
他に兄弟が居るかは怖くて聞けなかった。
「妹さんも生徒会に居るんですか?」
とは言え、三体目にばったり遭遇しても大丈夫なよう心の準備の為に生徒会に居るのかは聞いておかないと。
「妹も同じ学校だけど生徒会には入ってないよ」
ホッ、良かった。
まぁ、これでその妹さんも入っていたら生徒会の千林率半端無くなるもんな。
「そうなんですか。でも先輩病気で休んでるって聞きましたけど大丈夫なんですか?」
大事な行事を休むほどだ、かなり症状が悪いと思うんだが大丈夫かな。
今も咳をしているし顔色も悪そうだ。
「新生徒会の副会長としての最初の大仕事を風邪で休んじゃったんで、少し体調が戻ったから後片付けだけでもとママに無理言って車で送ってもらったんだ」
ママですか……。
素に戻った千林先輩を見ると先程の態度がちょっとおかしくて笑ってしまいそうになる。
しかしギャプ娘先輩……、男手が居ないって言ってましたけど、この子を男手に入れて良いのでしょうか?
「血は……、止まったようですね」
いつまでもティッシュを鼻に詰めているのもなんなので頃合をみて取り除いた。
「ありがと~えへへ~」
グッ! ゲホッハァハァ。
制服を着ながらポックル先輩の妖精モードの50%出力を誇る千林先輩はポックル先輩の耐性を持ってしてもかなりのダメージを覚悟しなければならない。
しかし、千林先輩って言うのもポックル先輩の手前なんかややこしいな。
う~ん何が良いかな?
千林♂先輩(仮)をじっと眺めてあだ名を考える。
「え、えっとぉ……。そんなに見ないでよぅ」
俺に見つめられてか頬を真っ赤にして恥ずかしがる千林♂?先輩(仮)。
いやもうなんか! なんか! 色々ダメだろこの生き物!
ハムスターを見て、何故このプニプニコロコロの生物が今まで厳しい自然の中で淘汰されずに生き残って来れたのが小さい頃から不思議だった。
今眼前に居る生物に対しても同じ感想を抱く。
ポックル先輩はあれでも一応後輩に対してとか異性に対してとかの最低限のちゃんとした態度を取っていたのに、この人はナチュラルに可愛いままだ。
多分ポックル先輩も100%無警戒時ならこんな感じなのかもしれない。
マジで恐ろしい一族だな。
この感じ妖精なのは確かなんだけどこの100%天然素材感はポックル先輩とは違うな~。
なんか座敷童っぽいんだよな。ザシキ先輩? ワラシ先輩? シキ? ラシ? 違うなぁ~。
なんか座敷童は何処取ってもあだ名にし難いな。
それに和風じゃなくてヨーロッパっぽい感じがするし……。
そう言えば座敷童みたいなのがヨーロッパに居たなぁ。
ブラウニーだっけ? ブラ先輩? これはなんか怪しすぎるか。ウニー……。
あっウニ先輩だ!
よし千林♂?先輩(仮)はこれからウニ先輩だな。俺の中では。
「無理したらダメですよ? しかし最初"貴様!"って言われてびっくりしましたよ」
体調が戻ったと言うもののそれほど良くはないように見える。
「生徒会正式発足後初の登校だったんでちょっと気合いを入れてたんだ。テヘッ……って牧野君大丈夫?」
ゲフっ! 、男子のてへぺろは普通ムカつくのだがポックル先輩と同レベルの
「大丈夫です。何でもありません」
この人は何だろうな? と言うか千林一族は。
もしかして地球に送り込まれた外宇宙知的生命体とかじゃないだろうな?
可愛い外見で人々を騙して地球征服するとか言うそんな感じの。
もう一人の千林(妹)先輩も見てみたい気はするのだがこれ以上深淵を覗く愚行を犯すのは良くないかもしれない。
ガラッ
「またせたわね牧野くん」
手に何やらお菓子やジュースを持った生徒会の面々が部屋に入ってきた。
「何やら良い匂いがしますね。何なんです?」
鼻孔を擽る甘く香ばしい匂いが漂ってきた。
「家庭科室でパンケーキを焼いてきたのよ」
なるほどとてもおいしそうだ。
スイーツか、今まで作ったこと無かったな。
今度何か作ってみようか。
「あーーーーー
「ヒッ」
とてとてとてとて、さっ、ぺと、ぎゅ。
ポックル先輩の声にびっくりしたウニ先輩が慌てて俺の後ろに隠れた。
まるで幼児がお父さんに怒られてお母さんの後ろに隠れて怖くて抱きついたような感じで、俺にくっついて服をぎゅっと握ってぷるぷると震えている。
「千林先輩、そんなに怒らないでやってください。千林先輩も責任感じて病気の所を無理して片付けだけでもって、学園まで来てくれたんですから」
あっ両方千林先輩だからポックル先輩もウニ先輩も"え? 私? "みたいなキョトンとした顔して俺を見てるよ。
文脈で察して欲しかったな。
しかし、本当に似てるよなこの姉弟。
千夏と千尋か名前も千繋がりなんだな。
そんな顔して二人で見上げられたら破壊力2倍処か10倍だわ。
「あーすみません。両方千林先輩でしたね。じゃあこれから千夏先輩と千尋先輩って呼びますね。まぁとにかく千尋先輩も責任感じての事なんですから千夏先輩もそんなに怒らないであげて下さい」
「……私の事も美佐都先輩て呼んで良いのよ? ……」
「あたしも年下に下の名前で呼ばれたいな……」
「わたしも橙子先輩って呼んでくれてもいいんですよ?」
他の先輩ズの人達、話がややこしくなるからちょっと黙っててくださいね?
「あぁ~電車ではなくて、マ……お母さんに連れて来て貰ったのね。ちょっと安心したわ。そんな体で来たと思って心配で。千尋怒ってごめんね」
今ママって言いかけましたよね?
やはりポックル先輩も自宅ではウニ先輩のように天然100%なんだろうか?
「ママは駐車場で待ってるんだよ」
「え? 副会長と書記のお母さんが待っているの? それは待たせたら失礼だわ。直ぐにご挨拶も兼ねて生徒会室にお呼びしないと」
確かに人を待たせている状態で楽しくお茶会も無いよな。
やはり生徒会長のギャプ娘先輩だ。
こう言う所はしっかりしている。
「じゃ~僕が呼んでくるね~」
「ちょっと千尋、まだ風邪が治ってないんだから私が呼んでくるわよ」
ポックル先輩はウニ先輩を気遣ってお母さんを呼びに行く。
「しかし副会長? 本当に風邪は大丈夫なんですか? 片付けは牧野くんのお陰で早く終わりましたし帰って休んだらどうです?」
ギャプ娘先輩がいつも鉄面皮ではなくジト目でウニ先輩を見ながらそう言った。
「え~もう大丈夫だよぅ。それに来る前より元気になったよ。牧野君のお陰かなぁ?」
いや俺のお陰って言っても別に何もしてないんだが?
そう思いながら俺にぴったりくっついてるウニ先輩を見る。
なんか打ち上げ用のお菓子を置いた机を囲って椅子に座ってるんだが何故かウニ先輩は俺の横の席に座り椅子の距離まで近づけて来てる。
「そこくっつきすぎです。牧野くんが狭くて困っているでしょう? そっち側が開いてるのでもう少し広く座りなさい」
なんかキャラ変わってないかこの人? それとも生徒会面々の前ではこんな感じなのだろうか?
集合写真見る限り前年度後期も大体このメンバーだったようだし素が出るんだろうか?
「しかし会長のこんな姿見るの初めてだわ。ちょっとカルチャーショック」
「わたしの記憶でも、こんな会長は見た事無いですね。これは一体……?」
あっ違うのか……。
「しかし副会長のあんな態度も初めてね。いつもはもっとつんつんしているのに」
「牧野くんと二人並んでる姿、これはこれで……ゴクリ」
ウニ先輩も普段こんな感じではないのか。
と言うかなにが"これはこれで"なんですか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせしました」
暫くするとポックル先輩が誰かを連れて戻ってきた。
あれ? お母さんを連れてくると言っていたのに誰なんだ?
ポックル先輩の横に立っている背丈が同じくらいの女性? いや少女? は私服を着ているのだが肩までストレートのポックル先輩と違い、パーマを当ててるのか緩やかなカーブを描いたミディアムロングな髪型をしていた。
顔もポックル先輩とそっくりだ。
あぁそう言えば妹がもう一人居るって言ってたよね。彼女がそうなのか。
やっぱり似てるなぁ~。
「こんにちは千夏と千尋の母の千林千歳と申します。二人がいつもお世話になってます」
ブフォォォー!
あまりの驚きに何か色々空気が噴出した。
心配したのか慌てて駆け寄るポックル先輩とその母千歳さん。
そして隣でくっついているウニ先輩を見ながら俺はこう呟くのであった。
「恐るべし、千林一族……」
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