第16話 学園生活スタート前夜
「それではお邪魔しました。大和田さんも深草先生も本日はありがとうございました。あと牧野くんごちそうさま!また明日ね」
夕日が傾き出した頃、可愛さを体現した暴走列車の様なポックル先輩が帰っていった。
最後の笑顔は夕日に照らされて本日一番の可愛さを放っており、この数時間で耐性が付いていたと思っていた俺の思い上がりを打ち砕いた。
「もうなんか色々と恐ろしい人だったね」
「そうね、あのまま持って帰りたくなったわ」
一家に一台有れば世界は平和になりそうですね。
「あれで牧野くんの一つ上って……。あの子が突然変異なのかそれとも一族諸共ああなのか漫画家として興味がそそられるわ~」
それなんかフラグみたいなので止めてください。
「制服姿も可愛かったですが……、あの姿を言葉にするならば"純粋な暴力"と言うところですね」
事有るごとに鼻血を垂らしていた黄檗さんには本当に暴力でしたね。
「ねぇねぇ? 牧野くんあんな可愛い子付き合いたい~とか思ったりしないの?」
「何を言い出すんですか!」
恋愛?漫画家として高校生同士の甘酸っぱい青春劇に興味津々のようで目を爛々とさせて聞いてくる涼子さん。
「う~んそりゃ可愛いのは認めるんですが、、ただ俺あの人の横を一緒に歩ける自信無いですね」
「どういう事?」
いやあんなに可愛いい女の子と一緒に歩くのは楽しいと思うんだが……。
「なんか一緒に街を歩いたらそれだけで警察に職質されそうで……。それに可愛さにも限度があると思うんですよ。そんなものを限界突破したようなあの格好は俺に荷が重い気がするんです」
「「「確かに……」」」
そう、それはそうなんだけど……。
「でもあのまま一人で帰らせて良かったんだろうか? とは思いますね」
「あら心配? まぁまだ明るいとは言え、あんな可愛い子一人で帰らせすのは私も心配とは思うけど」
だよなぁ~。
「それじゃ~牧野くんが家まで送ってあげたら? 今なら間に合うんじゃない?」
「いや~出会って間も無い男と街を一緒に歩くのはさすがに人の良さそうな先輩でも迷惑がると思いますよ?」
「それもそうね。それにまた……」
ん? お姉さんなんか含みが有る言い方ですね。
「またって何ですか?」
「いやいやこっちだけの話よ」
うーんなんか誤魔化してるなぁ。
「…………ボソッ(個人的に応援したい人も居るしね)」
お姉さんが何やらボソッと呟いたが俺には聞こえなかった。
「仕方無いわね。遠くから来てくれた私のファンなんだし、あたしが車で家まで送るわ。コーくん、お願いだけど今すぐあの子を呼び止めてきて。車をここまで回すわ」
「うん、分かった」
帰ってからそんなに経ってない。
ポックル先輩は隣の県と言う事だし駅に向かう道を行けば会えるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そそそそんな! 悪いですよ憧れの人に送ってもらうなんて!」
「いや、お姉さんが折角離れたところから自分に会いに来てくれたんだからって言ってるし、その言葉に甘えてもいいと思いますよ」
ポックル先輩は思ったより足が速かったようで探すまでに少し時間が掛かった。
最初は恐れ多いと言う感じで遠慮していた先輩だったが、お姉さんが是非送りたがっていると説得するとまるで顔の周りに花が咲いたかの笑顔で喜んだ。
砕けそうな腰を何とか気力で乗り越えマンションまで一緒に戻る。
「しかし、生徒会室で会った時と比べて大分雰囲気が違うと言うか、素の先輩が見れてちょっと嬉しかったですね」
生徒会室で会った時は容姿は兎も角もう少し上級生然とした事務的口調や立ち振る舞いでそれなりに先輩としての貫禄を感じられてはいたのだが、今日は初見から容姿同様の立ち振る舞いである意味ギャプ娘MkIIと言えなくもない。
「入学式は私が新生徒会一員としての最初の大仕事だったから。朝からちょっと気合いを入れてたの。テヘッ……ってどうしたの?」
不意打ちのてへぺろに先程気力で乗り越えた腰は完全崩壊してしまいその場で跪き首を垂れてしまった。
「い、いえ何でもありませんじゃあ行きましょうか」
「そ、そう?」
気を取り直して歩き出す。
その時ふと前を見るとこちらに歩いてくる長髪黒髪メガネっ子が目に入った。
勿論宮之阪なんだがなんか周りをキョロキョロしながら歩いている。
昨日の今日で気まずいな、それに今日は『
こんな所を見られたら学校で変態野郎と言う噂まで流されかねない。
まだ気付いていないようなので横道にそれてやり過ごそう……、あっ目が合った。
目が合った宮之阪は驚いた顔をしたが、その顔のままで目線が下に向いていき……、
「うわぉぉぉぉぉー」
あっ膝から崩れ落ちて雄たけびを上げてる。
うん分かる分かる俺も涼子さんも最初この姿を見た時そうなったから。
流石に女の子を道路で跪いている状態のまま放っておけないので近付いて声を掛けた。
「大丈夫か? 宮之阪」
宮之阪はビクッと体を震わせたがゆっくりと上げた顔は涙目だった。
うん分かる分かる俺も泣きそうになったから。
「……その……妖精みたいな子は……誰?」
か細い声でそう聞いて来た。
そうだよな、まるでおとぎ話から抜け出してきたようだもんな。そりゃ知りたくもなるわ。
「この人は俺達の学園の2年生で千林先輩って言うんだよ」
「千林 千夏です。今期の生徒会で書記を務めているわ。よろしくね」
俺の紹介を引き継いでポックル先輩が優しい笑顔で自己紹介を行った。
「ゲフゥッ」
宮之阪はポックル先輩の笑顔にやられたのか血反吐を吐く様な声を上げる。
「大丈夫? どうしたの?」
宮之阪の突然の奇行に慌てているポックル先輩ですが全てあなたの所為ですよ。
その可愛さはギルティ―です。
「ふ……二人はどんな関係なの……?」
ん? 何でそんな事気にするんだ? ……いや気になるよな。
制服姿ならいざ知らず、この恰好のポックル先輩を連れてたら犯罪臭がするもんな。
同じクラスの奴が犯罪に関わってるなんて嫌だから確認したくもなるか。
「先輩って俺の保護者のファンらしくて会いに来たんだよ。それで一人で帰らすのは気が引けるんで呼び戻してって言われて俺が迎えに行っただけなんだ」
「保護者って幸子姉さん?」
あれ? お姉さんの事を覚えてたのか?
てっきり忘れてるもんだと思ってた。
「あっ、ああそうだけど?」
そう言えばお姉さんってここら辺で有名人みたいだし、入学式で一緒に居た所を見られてたのかもしれないな。
しかし、宮之阪もポックル先輩同様ファンなのだろうか?
「そうなの? ……ボソッ(よかった)」
何故だか知らないが元気になったようだ。
いまだ俺達の前で跪いてる女の子と言う異様な光景を近所の人に見られたらかなり体裁が悪いので立たせようと手を差し出した。
手を出した時、またもやビクッと体を震わせたが恐る恐る俺の手を握り立ち上がってくれた。
何やら頬を赤らめてモジモジしている。
最近の色々な出来事の中でこんな宮之阪の顔を見たことが無かったので少しドキリとした。
「二人はどんな関係なの?」
今度はポックル先輩が何故か初めて会った時のような事務的口調の生徒会モードでそんな事を聞いてきた。
放っておかれたのでなんか怒ってる?
うーんなんて答えようか?
幼馴染? いや宮之阪は俺の事忘れてるみたいだしそれは無いな。
「あっ同じクラスの子なん……」
「私達幼馴染みです。先輩」
宮之阪が俺の言葉に被せてきた。
その発言に何故かまるで二人の間の空間に圧力を加えられているかの様な緊張が高まっているのを感じた。
え? 何事? いやそれよりも。
この異常な空気もさることながら宮之阪の発言に驚いた。
「え? その事を覚えてたの?」
いや堤防で再会した時やその後商店街で会った時も気付いた様子は無かったと思うんだが?
「え? いや、あっ、あの、あわあわわ……」
俺の問いかけに緊張していた空気も解放されたのだが、宮之阪は俺を見て赤面しだした。
もしやピンクの逆三角形事件で思い出したのか!
あれは衝撃的な事件だったし有り得るな……。
「に、入学式の時に幸子姉さんと一緒に居るのを見て、そう言えば昔居たなってのを思い出したって言うか……」
あぁやっぱりお姉さん経由で思い出したのか。
別れ際のあの約束自体は忘れているのか忘れたい黒歴史なのか知らないけど触れない方が良いな。
「あぁそうなの、よく分かったわ。私達は入学式で知り合ったのだけの仲だけど。今日は牧野くんのお家にお呼ばれして手料理を振る舞ってくれたわ」
あぁ何故なのでしょうかあの可愛らしいポックル先輩がハリネズミの様にトゲトゲになっています。
「先輩、それ別の人に会いに来た結果じゃないですか。そりゃお姉さんも居たし料理もご馳走しましたけど」
なんか色々端折ってるポックル先輩の説明に俺が補足説明をする。
「なっ!」
なんか宮之阪も怒っているし。
お姉さんファン同士のバトルなのか? 仲良くすればいいのにな。
「じゃあ牧野くん、大和田さんをあまり待たせるのも悪いのでそろそろ行きましょうか?」
相変わらず生徒会モードで俺の手を引き歩き出すポックル先輩。
「先輩いきなり引っ張ったら手が痛いですよ! じゃあ宮之阪また明日な」
「あっちょっ……」
宮之阪は何か言いたそうだったがすごい勢いで引っ張られる俺の様子に圧倒されたのか顔を真っ赤にして俺を睨み付ける様に立ちすくんで動かなかった。
「あほーーー!!」
少し先の角を曲がって姿が見えなくなった途端宮之阪の叫び声が聞こえた。
あほーって……。
明日凄く不安になって来た。
本当にファン同士なんだから仲良くすればいいのに。
そう言えば芸能人のファン間でよくトラブルが有るって聞くしそう言う物なのだろうか?
マンションに着くと既にお姉さんの車が到着していた。
早いなお姉さん。
「遅かったわねコーくん。まさか如何わしい事してたなんて無いわよね?」
「そんな事してないって! なに本人の前で気まずくなる事を言ってるんだよ! ただ先輩が思っていたよりも遠くまで行ってたから手間取ったんだよ。それに途中で……」
「大和田さん、すみません。ちょっと楽しくお話しして歩いてたら遅くなってしまって。送って下さるって言う事なのにすみません」
宮之阪の事を話そうとしたらポックル先輩が被せてきて説明した。
まぁ大筋は間違っていないしお姉さんのファンなんだから早くお姉さんと一緒に車に乗りたいのかな?
「じゃあ大まかな住所さえ教えてくれたらいいわ。大体分かるから」
「はいお願いします」
「じゃあ先輩また明日~」
「はい学園で会いましょう」
そうしてポックル先輩はお姉さんの車に乗って帰って行った。
その晩無事先輩を家まで送り届けたお姉さんがやって来たのだが、何処と無くやつれた顔をしている。
気になった俺が理由を聞くと一言。
「恐るべし、千林一族……」
とぽつりとこぼした。
詳しく聞こうにも頭を振ってお姉さんは説明してくれない。
このお姉さんをここまで追い詰めるポックル先輩の家族とは如何なる者達だったのか。
俺は涼子さんが立てたフラグを思い出した。
この世界の神にはフラグ回収のプロしか居ないのだろうか?
そう思わずにはいられない学園生活スタート前夜だった。
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