第15話 神々の計算

 

 

「あ~これ絶対夜中に恥ずかしくて枕に顔埋めて足をバタバタさせる症候群に罹るやつだわ」


 ビーフシチューの準備をしながら先程の宮之阪への発言を思い出し恥ずかしくて自己嫌悪する。

 そう言えばギャプ娘にも言って事態を悪化させてたような気がする。

 いやあれは誤魔化そうとしたんじゃなくて思わず口からこぼれたんだからノーカウントだよな。


 俺のビーフシチューってほぼカレーと作り方同じだよなぁ。

 元々結果洋風煮込みな俺の料理は大抵味のベースが違うだけで同じ調理法になるのは仕方無いか。


 まずはワイン煮込み作るところは同じたな。

 違うのは肉の大きさか。

 カレーに使ったのは普通のカレー用角切りロースだけどシチューは塊で購入する。

 いつもは500g位だけど腹ペコモンスターズ用に1kg購入した。

 俺牛肉は赤みの多い牛が好きなんだよな。

 サシの入ったのも美味しいんだけど焼肉とかでも数枚食べたら気持ち悪くなるし。


 んー? 1kgって改めて見るとそんなに大きくないな。

 腹ペコモンスターズの顔を思い出して肉を見ると何故だか心許ない。

 おかしいな? 肉屋ではデケーって思ったんだが……。

 あの三人ならペロリと平らげてしまいそうだ。


 気を取り直して肉を油抜きするために湯がく。

 俺は基本牛肉は最初に油を抜くなぁ。

 好みの問題だと思うけど抜かずに料理すると牛の脂の匂いや脂っこさが料理の味を壊す気がするんだ。

 高い肉も安い肉も逆方向で同じなんだよね。

 牛肉がメインなんだけど味の自己主張をされるのは嫌。

 かと言って脂身一切無し肉では味気無いし、まぁこれは俺の我が儘だな。


 油が抜けたら、えーと今回は俺入れて4人だし1kgの肉だから一人250gとしてそれを三等分か約80gを12個。

 ちょっとでかいか?

 塊で見ると小さく見えたのに切り分けるといつもより倍くらい大きいので凄くでかく見える。

 まぁ大きい具のシチューってなんかわくわくするから良いか。


 80gにカットした牛肉をフライパンで炒めてカレーと同じでワインで煮込む。

 灰汁や残って出てきた油が浮いて来たら都度取り除く。

 次にじゃがいもの皮を剥いて適当な大きさに切って、ぺコロスは薄皮を剥いて根っことてっぺんを切る。

 ミニキャロットは皮が剥いてある袋詰めの奴だからこのままで。

 熱したフライパンにバターを引いて塩とバジルを入れてある程度火が通るまで野菜を炒める。

 バターはちょっと多めに入れるのが好きだな。

 牛の脂がきついの嫌だけとバターの匂いは食欲をそそるよね。

 圧力鍋とか使えば簡単なんだろうけど小さい頃に爆発するって言われてから怖くて使ってないんだよな。

 一応持っては来てるけどさ。

 炒め上がったら野菜をワイン煮込みに入れて暫く煮るんだけどその間少し一休みしよう。

 鍋を弱火にして取りあえずテレビ点けてどかっと座る。

 この時間特に面白い番組は無いな。

 そう言えばシチュー用にチョコ玉子買ってたな。

 涼子さんの影響か最近少し中身が気になるようになってきた

 食べるのも中身のオマケも勿論カプセルを開けるのも好きな涼子さんには悪いけど今回は俺が開けさせてもらおう。


 オマケはあげるから涼子さんごめん!


 さて今回絶滅種コレクションの第三弾との事だけど第一弾と第二弾も時代アバウトだよな。

 まだ第一弾は古生代とか言えなくも無いけど、第二弾は中生代と新生代混じってるし第三弾に至っては隠れシークレットがアレだしな。


「さて何が出るかな」


 今回1個有れば足りるのだが取りあえず2個買ってみた。

 1個目を開封。


「おっこれこの前出なかった奴だな。サーベルタイガーか。いいよなサーベルタイガー」


 進化の袋小路に陥って滅んだってなんかロマンを感じるよね。


「お姉さんが喜ぶな。で次はっと……。……あれ? 買い間違えてないよね?」


 カプセルの中の物を見て間違って別のシリーズの物を買ったのかと箱を確かめた。


「同じ箱だな。まぁ隠れシークレットがアレだったんだし、これも有りなのか?」


 説明書はノーマルの物と同じだがシリーズの通しNo.は数字では無くSと書いてあった。

 隠しシークレットはSSだったのでこれはシークレットなのだろう。


「近代まで来たので絶滅種シリーズ第四弾の方向性を模索してるのかなぁ?」


 他にも絶滅種は居るだろうに……それこそ時代を無視すれば。

 出てきたフィギュアは、ワンレンボディコンで扇振っている所謂ジュ○アナスタイルのオネーサン人形だった。


「もう懐かし日本シリーズとかにすれば良いのに」


 しかし俺の運って食玩のレアを当てるのに特化してるんだろうか?

 一連の不幸にそう思わずにはいられない。



 ワイン煮込みが良い感じで出来てきたので仕上げに取り掛かろうか。

 デミグラスソースの缶を開けて掻き混ぜながら鍋に入れて行く。

 ローリエ邪魔だな。

 バラバラになると回収が面倒なのでもう取っておくか。

 醤油を適量垂らしてケチャップも少々。

 味見をしてそれに合わせてトマトジュースで味を調整。

 そこで恒例のチョコ玉子。

 今回は1個で良いか。

 しかし俺の料理ってチョコ玉子が販売中止になると一気にレパートリィーが減るなぁ。

 後はとろみがつくまで煮込むだけだな。


「出来た~?」


「わっ涼子さん窓から声を掛けないで下さい。シチューはもう少しですよ」


「じゃあ中で待たせて貰うね」


 仕事はどうしたのですか?


「あっ涼子さんチョコ玉子2つ買ったんで中身どうぞ。俺はもう中身見てしまったんですが」


「ありがとう~! お初は取られても食玩の醍醐味はそれが全てじゃないわ。飾って愛でるまでが食玩よ」


 そんな無事に帰るまでが遠足みたいに言わないで下さい。


「やった~持ってない奴! そしてこっちはシークレットォー! …………なんだけど少し絶滅種ってものを勘違いしていないかしらこのメーカー?」


 うぉっ涼子さんにまでこんな事を言わせるなんて、やるじゃないかこのメーカー!


「でもうれしいわ~」


 と言って涼子さんは抱き付いて来た。

 う~ん言うほど不幸じゃないかもな。


「それで漫画の方は進んだんですか?」


 シチューの鍋をかき混ぜながらテレビを見ている涼子さんに聞いてみた。


「もう次回の話の構想は出来たわ」


 ほうちゃんとやってるんだ。

 ちょっと見直した。


「前回主人公が長靴を作って販売した所で終わったのね」


「はぁ、ファンタジーの恋愛物って聞きましたが長靴を作るって何ですか?」


 今書いている奴の内容までは聞いていなかったな。


「あぁ今書いてるのはね、靴の妖精に愛された心優しい靴職人の女の子の話なの」


「なるほどなるほど」


 思ったよりマシそうだ。

 少なくとも『豚野郎』と『魔物が降って来る』とかは無さそうだな。


「それで、今回は意地悪なライバルが自分の作ったスニーカーに防水機能を付けようとゴムの木を探し回るって話しなの」


 ん? 今スニーカーって言った?


「でもゴムの木は主人公が長靴を作る為に、妖精に頼んで全て自分が勤めている工房の敷地に持って来ているのよね」


 え? 主人公生態系破壊してない? それに全てってどれだけ広い敷地だよ。


「それじゃあ最後は心優しい主人公がライバルにゴムを分けてあげるって展開ですか?」


 それならハッピーな展開だな。


「惜しい。集めたゴムの木って敷地に持ってくる際に妖精の魔法で小さくなってるから1本から採れる量も少ないんでそのままあげるのが難しいのよね」


 違うのか……、でも敷地面積とかはちゃんと考えてるんだ、って妖精の魔法凄すぎない?

 靴の妖精って設定なのに全能感溢れてるな。


「でも心優しい主人公なんで断腸の思いで『今まで私にしてきた意地悪を謝ってくれて……』」


 それでゴムをあげて仲直りって感じかな? でも断腸の思いってすごい表現だな。

 あまり"心優しい"って枕詞にふさわしくない気がするんだが。


「『二度と私の前に姿を現さないんなら譲ってあげなくもないわ』って提案するの」


 心優しい主人公なんて何処にも居ねぇ!

 それに最後の言い方って悪役が結局渡さない時の常套句じゃないか!


「それに怒ったライバルは謝りもしないで帰っちゃうのよ」


 ライバルって心優しいな。

 俺だったらそんな奴グーで殴るわ。


「主人公の提案を蹴ったライバルは復讐を誓い独自で新しい防水塗料を開発するって所で続くのよねぇ」


 ライバルって健気な努力家だな。

 もしかして悪役視点のストーリーなのか?

 それとも涼子さんが壊滅的に説明ベタなのだろうか?


「意地悪なライバルって主人公に何してきたんですか?」


「あぁ主人公の靴の欠点をみんなの前で指摘したり、主人公が狙っている貴族の青年にちょっかい出したりするの」


「……そうですか、漫画頑張ってください」


 すこし突っ込みつかれたので話をここで打ち切った。



 その後、無事にシチューは完成したのだが、今日は黄檗さんもお姉さんも用事で来れないみたいだ。

 涼子さんはこれ幸いと沢山お替りしようとしたがみんなの分が無くなると諦めさせた。


「ケチ~。まぁ仕方無いわ。これだけおいしいんだもの黄檗さんにも食べさせてあげたいわ」


 そう言いながら目は鍋から離れてはいませんよ?

 あぁよだれが垂れていますのでちゃんと拭いて下さい。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 次の日お昼頃にいつものメンバーが集まって来た。


「いま温めてるからもう少し待ってて」


「「「はーい」」」


 シチューを焦がさない様に丁寧に掻き混ぜて温め直す。


 ピンポーン!


 あれ? 誰か来た?

 メンバーは全員揃ってるし誰だろう? お爺さんかな?


「涼子さんが出なくていいから!」


「はぁーい」


 油断も隙も無いな本当に。

 一旦火を止め、インターホンに向かう。

 モニターを見ると小さい女の子がそわそわした感じで立っている。

 誰だっけ? 最近見た様な?


「あれ? 千林先輩ですか?」


 そこに立っていたのは入学式に会ったポックル先輩だった。


『え? え? 誰? そこは深草先生の部屋じゃないんですか?』


 そう言えば涼子さん住所を書いた紙を渡してたな。

 間違えたのか。


「千林先輩、俺です。牧野です。涼……深草先生の部屋は隣の202号室ですよ」


『え? 牧野君? あっ隣の部屋だったから知り合いだったのね。でもこの紙には201号室って書いてあるんだけど……』


 涼子さんが書き間違えたのか?


「涼子さん! なんか千林先輩が涼子さんちに来たみたいなんですけど、教えた住所が俺の部屋と間違ってたみたいですよ?」


「あ~それ~書き間違いじゃないよ~。あの子が遊びに来るような時間には今日みたいに大抵この部屋に居るからね~」


 確信犯だ! これ正しい意味の確信犯だ!


『え? 深草先生、牧野君の部屋に居るの? そういう関係? 』


「ち、ち、違います! この前のメンバー全員居ますよ! いま玄関開けますから上がって来てください」


 誤解されても仕方無いな。本当に涼子さんは無茶苦茶だわ。


 ビィィィ――――

 あっ部屋の呼び鈴が鳴った。


「はいはい今開けますね。ようこそ千林先ぱ……い……」


 扉を開けたらそこにポックル先輩が立っていたのだが、その姿を見て俺は膝から崩れ落ちてしまった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉー」


 俺はそのまま両手を床について声を上げる。


「ど、どうしたの? 牧野君?」


 千林先輩は突然の俺の行動におろおろとしている。


「え? 牧野くん、どうした……なん……だと……? うおぉぉぉぉぉ」


 叫んだ俺を心配して見に来た涼子さんもポックル先輩を見るや否や俺と同じく膝から崩れ落ちて雄たけびを上げる。

 黄檗さんは鼻血を流して、お姉さんはなんか両手ワキワキさせて興奮している。


 ただでさえ反則なのにこれはない!

 と言うかお姉さんとは違う意味で人類がしていい恰好では無い!

 いや正確には『ポックル先輩以外の人類が』だが。


「負けた……」


 いや涼子さん勝負処かあなたのファッションセンスは人類として同じ土俵にも立てていませんよ?


 みんなの突然の奇行に涙目で動揺しているポックル先輩は、おとぎ話から抜け出してきたお姫様か妖精か。

 可愛いフリルが沢山付いたホワイトロリータドレスにこれまた可愛いホワイトブリムをちょこんと被ったのその姿は、まるで神が作ったかの如く素晴らしいピクスドールのようだった。

 この姿で街を歩くってある意味テロ行為じゃないのか?

 この人やっぱり反則だわ。


「牧野君? なに? なに?」


 既に半泣きになっておろおろしてる姿は反則的な可愛らしさだ。


「先輩その恰好凄く似合っていますね……」


 何とか気を取り戻して遠回しにそのファッションについて尋ねてみた。

 後では涼子さんが五体投地で拝んでいる。

 黄檗さん、両鼻にティッシュをつめているのは年頃の女性としてどうなのでしょうか?

 お姉さんは今にも飛び掛からんとしている姿は肉食獣の様ですよ。


「あっあ、ありがとう……! この恰好は大和田さんと深草先生のおうちを聞いたので会いに来ようと気合を入れたの」


 似合っていると言う言葉を素直に受け取って真っ赤になっているポックル先輩は筆舌に尽くし難い。

 気合入れたのって勝負服という事なんですかそれ?

 勝負ですか……そうですねおそらく人類最強です。


「「「可愛いーーー!」」」


 とうとう堪えられなくなった3人はポックル先輩に抱き付きもみくちゃにされている。

 突然の事に目をぱちくりさせてされるがままの姿も反則的だ!

 こんな高校2年生が居て良いのか?


 いやいい!


 余りの事に逆説的な表現をしようとしたが目の前の光景に力強く肯定してしまった。


「最初に大和田さんの家に行ったんですが、生憎出かけているという事なので深草先生の家に行こうと思いまして教えて頂いた住所を頼りにここまで来ました。二人ともここに居られたなんてとても嬉しいです」


 落ち着いたのでみんなは食卓を囲んで話をしている。

 俺は中断していたビーフシチューを温めながらみんなの話を聞いた。

 ポックル先輩はそう言うと幸せそうな顔で微笑んだ。


 くっ殺せ! もういっそ殺してくれ!


 その恰好でその笑顔は計算しつくされているあざとさだ。

 勿論先輩自身じゃなく神々の計算だがな!

 みんなが可愛い可愛いと騒いでいる。


「ところでみなさんはどうして牧野君の所に?」


 そうだよね、そこ気になるよね。


「私はママだからね」


 違います。


「え? 牧野君のお母さんでしたのですか? でも苗字が……それにお姉さんって、あっ、立ち入った話をしてごめんなさい」


「いやいやいやいや! 千林先輩違うからね! お姉さんも適当な事言わない!」


 慌てて否定する。


「え? どういうこと?」


 ポックル先輩は事情が分からず混乱しているので仕方無く詳しい説明をする事にした。

 でもこう言うとお姉さんが喜びそうなんだよなぁ。


「確かに育ての親……みたいな人なんですよお姉さんは。あっ母親はちゃんと健在ですけどね。俺が小さい時に両親とも出張で居ない時が多かったので、その間面倒をみてくれていた人なんです」


「コーくんやっと認めてくれたのね! ママ嬉しい」


 やっぱり……。お姉さん抱き付かないで下さい。

 ポックル先輩が驚いています。


「そ、そうなんですか。では深草先生と担当さんは?」


 何とか納得してくれたようだ。


「ご飯の為ですね」

「同じく」


 ……いや分かっていましたけど、そうはっきり言われるとちょっと悲しいです。


「千林先輩、昼ご飯食べました? 良ければご馳走しますよ?」


 お姉さんの家に行ってからこのマンションじゃ時間的に食べてないと思いそう確認した。


「え? 良いんですか? 実はおなかペコペコで、さっきからこのおいしそうな匂いでグーグーおなかが鳴っていたの」


 ちょっと困った笑顔をしながら両手でお腹をさすっている。

 あーーー! もうなんかその表現も可愛いなぁーーーー!


 温まったシチューをみんなに振る舞い、楽しくおしゃべりしながら暫く団欒の時を過ごした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「すごい美味しかった! ごちそうさま」


「いえいえお口に合ったようで安心しました」


 ポックル先輩は見かけによらずお代わりをした。

 腹ペコモンスターの歴史がまた1ページ……。


「明日から高校生活が始まるけど、何か困った事が有ったら何でも私を頼ってくれたらいいわ」

「分かりました」


 どう見ても頼り甲斐よりも庇護欲の方が先に立ってしまうポックル先輩を見て俺は改めて思うのであった。



 この人、本当に反則だわ。

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