第8話 三大怪獣大決戦

 

「牧野くん聞いてよ、編集長ったら酷いんだよ~」


 俺が肉じゃがを作ってる後ろから腹ペコモンスター涼子さんがそう言って来た。

 親父の若い時の武勇譚を聞き胸が熱くなりながら家路についていたのだが、俺が202号室の前を通ると扉が開きそのまま部屋まで着いて来た。


「まぁ仕方有りませんよ。あのままじゃあ下手すりゃ条例に抵触してたかもしれませんし。編集部としてもそんな危険な橋は渡れないですしね」


 黄檗さんと共に……。


「何があったんですか?」


 条例に抵触って何をしでかしたんだ?


「それがねぇ~、コミックの巻末に載せるオマケページが有るんだけどねぇ~」


 そう言えば昔買ってた時に見たなそう言うの。


「はいはい、なんか作者の近況とか読者のお便りが載ってたりする奴ですか?」

「そーそれ、今回力作だったのよ~。あたしの知り合いにも自慢してたのに」

「どんな内容ですか? あの凄いレアのシークレットが出たとかですか?」

「いえそれはやめたの。ツチノコならいざ知らずあんなレア物持ってるなんて公表すると命狙われたりするもん」


 いやそんなことはないだろう? 大げさだなぁ。


「それちょっと大げさじゃないですか先生?」


 黄檗さんも同じ事思ってるみたい。


「そんなこと無いわよ。コレクターを舐めたらいけないわ。欲しいものならどんな事が有っても手に入れる奴らよ。そうね、もし世のコレクター達の犯罪を未然に防ぐ事が出来たら世界の犯罪率は半分以下になるわ」


 いやそれは無いでしょ。

「いやそれは無いでしょ」


 黄檗さんとシンクロ率100%だ。


「まぁそれは置いといてどんな内容だったんです?」


 ここで止めないとこのまま話がループしそうだ。


「それがねぇ、今回の巻末なんだけど牧野くんのことを書いたのよ」


 えっ? 止めてください。


「廊下で会った時から黄檗さんが来るまでを5ページに纏めたの」


 何をしてくださってるんですか? このダメな大人は。


「そしたらさっき編集長から変更の要求が来たのよ~」


 ナイス編集長!


「なんか話自体は漫画家の妄想が面白く表現されているんで良いんだって~」

「まぁ私もこの現場見てなかったらとうとう先生が壊れたのかと思いますね。まぁ元から結構壊れていますが」


 黄檗さんって結構毒舌だよね。


「でも万が一読者が信じて騒ぎだしたらヤバイんでちゃんと妄想だったと言うのを最後のコマに明記するようにだって~。本当の事なのに~」


「まぁ最近ネットでの炎上って洒落にならないですからね。成年女子が未成年男子の部屋に行くなんて変に勘繰られてもおかしくないですから」

「黄檗さんあの時OK出したじゃない。裏切りよ~」

「あの時は一刻も早く編集部に戻りたかったので」


 この人も見た目はまともそうなんだけどセリフの端々にちょっとダメな大人臭がするよな。


「最後のコマは替わったかもしれないけど俺の名前とか書いたりしてませんよね?」

「あぁそれは流石にマズイので私が少年と言う呼称に変更させました」


 黄檗さんダメな大人と言ってごめんなさい。

 と言うか涼子さん本名書くなんて勘弁してください。


「まぁ俺と結びつかないのなら問題は無いのですが……事前に了承は欲しかったですね」

「今度からそうするわ」


 今回切りにして欲しいんですが……。


「最後のコマが一番のお気に入りだったのに……」


 なんか歯軋りしてるな。

 まぁ自分の作品内容を他者に変えさせられるってのはプロとしては許せないのかな?


「こうして牧野くんのお陰で私はこれからご飯の心配をする必要が無くなったのですって書いてたのよ。」


 は? どういう事だ?

 頭が真っ白になる。


「ああそこでポロっと本名が出てきたので私が替えさせました」


 本名そこだけ? あと黄檗さんそもそも名前じゃなくその内容自体を替えさせてください。

 この人やっぱりダメな大人だよな。

 今日もちゃっかり上がり込んでるし。


「あの~? その内容何やら不穏な感じなんですが?」

「いやぁね~。ただの冗談よ~」


 ですよね~。


「で、今日のご飯は何かな?」


 冗談じゃないじゃん!


 ……まぁ良いか。

 自分の料理を振る舞うと言う事が好きになり始めていた俺には心から拒否するなんて気持ちは湧いて来なかった。


「はぁ……、今日は肉じゃがです」

「ほうほう、お主もやるではないか。このあたしの胃袋を掴む気かね?」


 なんか悪代官みたいだな。


「そんな気は無いですけどね」

「そんな~」

「牧野さんはそう言う料理も作るのですね」


 黄檗さんは感心したように聞いてきた。


「いえ、こう言う和風なものは今日が初めてですね。いつもは結果洋風っぽい煮込料理な感じが殆どです」

「そうなんですか。初料理楽しみにしてます」


 黄檗さんはにっこりと微笑んだ。

 その優しい笑顔に顔が赤くなるのを誤魔化すため慌てて台所の方を向いて野菜のカットをする。

 この人も結構美人なんだよなぁ~。


「お口に合うか分かりませんけどね」


 あっそう言えばお土産チョコ玉子買ってたな。


「涼子さん、そこの袋にチョコ玉子が入ってるんでどうぞ。ただしチョコは使うので食べないでくださいね?」


 涼子さんは入ってるんで~と言ったところで瞬間移動の様なスピードで袋に殺到したんだが、食べないでと聞いた途端凄く悲しそうな顔をしてこちらを見る。


「ずっと思ってたんだけど牧野くんの嗜好ってどうなの? と思うんだけど。同じ値段で美味しいチョコなら山のように有るじゃない。チョコ玉子のチョコだけ食して中身を捨てるって人としてやってはいけない事の一つなのよ? 七つの大罪の一つに挙げられてるのに」


 えっ? 何を言ってるんだこの人?


「先生! 人の性癖を悪く言うもんじゃないですよ! 牧野さんは小さい時から寂しい思いをして育ったんですから性格的疾患の一つや二つ仕方有りませんよ」


 黄檗さん、それフォローじゃなくトドメDEATH。


「違いますよ! それ食べるんじゃなくて俺は料理の隠し味に使ってるんですよ。色々試行錯誤してチョコ玉子に落ち着いたんです。なんか外のチョコと内側のホワイトチョコのバランスが絶妙で割合とか考えなくても味の調整がしやすく便利なんですよ」


 変な誤解を晴らすために力強く弁明する。


「え? どう言う事?」


 信じられないような顔でこちらを見て来る涼子さん。

 え? なぜ? 今の説明で通じなかった?


「牧野くん! 食べられもせず、更に中のカプセルも捨てられるチョコ玉子の悲しみを考えた事ないの? いい? チョコ玉子はね、おいしく食べてあげる事が供養となるのよ?」


 んん? 何を言い出すんだこのダメ人間?


「いや、だから料理に使うんですよ。結果チョコはちゃんと食べてる事になりますよ」

「え? もしかして肉じゃがにも入れるんですか? それは人としてどうなんでしょうか?」


 黄檗さんまで変な事言い出した。


「違います。チョコは酸味とか辛味とかをマイルドにするために使うんで何にでも入れる訳じゃありませんよ」

「ああそう言う事ですか。そう言えば西洋料理でそういう物を入れるという事は聞いたことが有りますね」

「味噌煮込みとかにも結構合いますけどね。明日カレーを作ろうと思っているですよ。それに入れようと考えてます」


 さすが黄檗さん知ってくださってましたか。

 これで納得してもらえますね。


「やったーあたしカレー大好き!」


 あぁ最初からご馳走する気ではあったのですが了承無しで規定事項として語られるとなんかもやっとしますね。


「でもでもチョコ玉子をこんなに入れたりなんかしたら甘くなりすぎない?」

「いえ、実際に使うのは先日の残りがあるので1個位ですかね」


 残りと合わせたら半分も有れば足りるだろう。


「それじゃあ……」


 なんか捨てられた子犬みたいな目でこちらを見てくる涼子さん。

 その目はやめてください。

 本当にこの人は初めて廊下で会ったあの素敵な女性と同一人物何でしょうか?

 あの時のトキメキを返して欲しい気分になるのですか。


「……分かりました。1個残してくれたら後は食べても良いですよ」

「ありがと~大好き~!」


 ぺコモンGETだぜ!


「そのチョコに興味がわきました。私にも一つ分けて貰えますか?」


 涼子さんそんな絶望の目をしないで下さい。

 1個位分けてあげても良いでしょう。

 あっしぶしぶ分けてあげてる。

 やれば出来るじゃ無いですか。


 気を取り直して料理を再開する。

 えーっとジャガイモ玉葱人参を食べやすい大きさに切ってと。

 なんかジャガイモを水に浸けるとか言ってたけどどんな意味が有るんだろうか?

 灰汁抜きなのか?

 まぁ取りあえず水に浸けるおこう。

 後は牛肉の細切れを冷蔵庫から取ってきてと。


 あっなんか後で「コンプリートぉぉ!」っ絶叫が聞こえてきたな。

 良かったですね涼子さん。


「って、うぉ! あぶな!」


 突然タックルされた。


「ありがとう~! これでやっと揃ったわ!」


 あぁ抱きつかれたのか。

 危ないので料理中はほんと止めてください。あと恥ずかしいです。


「先生! それ事案ギリギリです! 止めなさい!」

「ごめんなさい興奮しちゃって」


 この人結構抱きつき魔だよね。

 そう言えばお姉さんもよく抱きついてくるな。


「コレクターの中には自分で買ったもの以外でコンプリートするのは邪道って言う人もいるけど、牧野くんが買ったものはあたしのもの、あたしのものはあたしのものよね」


 ジャイアニズム宣言ですね。マジで勘弁してください。


「それは兎も角良かったですね。でもこれでもうチョコ玉子を買う必要が無くなったんじゃないですか?」


 こんだけはしゃぎ回ってたんだし燃え尽き症候群にならないと良いけど。


「大丈夫よ! 来週から新シリーズの世界の絶滅種コレクションが発売されるから!」


 …………良かったですね。まだまだ燃え尽き症候群にはならなくて安心しました。

 あっでも少しぐらい燃え尽きた方が落ち着くかもしませんね。


「それにあたしは別にチョコ玉子専門じゃないわ。あたしは食玩のプロだから守備範囲は食玩全域に及んでいるわ」


 食玩のプロってあなたはプロの漫画家さんでしたよね?


「そうなんですか。それは良かったです。すぐに肉じゃが作りますから大人しくしててくださいね」

「はぁーい」


 再度気を取り直して肉じゃがを作り出す。

 えーっとジャガイモを水から取り出して水切りするんだったな。

 そして油を引いて熱した鍋に具材を入れて炒めると。

 あっ! そう言えば母さんの肉じゃがってサヤインゲンが入ってた!

 あちゃー忘れてた。

 ……まぁ良いか、次作るときは忘れないようにしようか。

 具材を入れて炒めだした途端―


 ピンポーン


 あっ誰か来た。こんな時間に誰だろう?

 仕方が無い火を止め……。


「はーいどなた~」


 え? 何勝手に出てるんですか涼子さん。


『え? 誰? あなた誰? ここコーくんの家よ? あなた泥棒ね! 今すぐ開けなさい! 警察呼ぶわよ! 』


 あっやばいこれお姉さんだ。


「お姉さんごめん今開ける」

『コーくん? そこに居るの? まさかもう女を連れ込んだの? やるわね! じゃなくてこんな事光にぃに顔向け出来ないわ! ママ許さないから! 早く開けなさい! 』

「あっお母さんでしたか。牧野さんにはお世話になっております」


 ちょっ黄檗さんも話をややこしくしないで下さい。


『二人も居るの? 流石にそれは見過ごせないわ』


 一人でも二人でも見過ごす気は無かったよね? と言うか全て誤解だよお姉さん。


「そんなんじゃないって! 説明するから上がって来てよ」


 ダッダッダッダッダッダッガチャ!


 凄い勢いでお姉さんが入って来た。


「ママはねコーくんを信用して送り出したのよ? それが1週間もしない内に女を連れ込むなんて。それも二人も! ママ情けなくて涙が出ちゃうわ!」


 そう言いながらヘッドロックするのは止めて!

 イタイイタイイタイ


「ちょっ、お、お姉さん……痛いって! これじゃあ説明できない……」

「えっお母さんなのにお姉さん? ……いやだ牧野くんの家庭って爛れてるわ……」


 涼子さん何とんでもない誤解をしてるんですか。


「あなた達誰! ……あ、深草センセーじゃない」

「えっお姉さん知り合いだったの?」


 いまだヘッドロックの中からそう尋ねる。


「えぇうちの仲介でこのマンションに来たからね。……でも深草センセーって隣の部屋じゃない。やっぱり女連れ込んで悪い事しようとしてたのね! と言うかもう一人は誰?」


 凄い力で締めあげられる。

 あぁ何か大きな川が見えて来た……向う岸立って手を振っているのはもしかしておじいさん? ……会った事ないけど。


「あぁ、私は深草先生の担当の黄檗沙織と言います。初めまして牧野さんのお母さん」

「あらご丁寧にどうも」

「ち、ちが、この人はお母さんとかじゃないから」

「「「え?」」」


 いやお姉さんまで驚かないで。


 どうにかこうにか解放して貰い双方へ事情を説明する。


「へぇ~コーくんって料理するんだ。……本当に色々苦労したのね。ママ泣いちゃう」

「いやママじゃないですけどね。まぁ今じゃ作るのが趣味みたいな物ですから良いですよ」

「……あの女狐が悪いのよ」

「牧野さんのご家庭ってやっぱりちょっと爛れててますね」


 黄檗さんまで変な誤解は止めて下さい。


「事情は分かったけど深草センセー! 流石に未成年の部屋に入り込むのは仲介した身としてはちょっと看過できませんよ」

「もうあたしと幸子さんの仲じゃない固い事言わないでよ~」

「それとこれとは話が別です」

「ん? 二人とも仲が良いの?」


 仲介しただけじゃなかったのか。

 類は友を呼ぶと言うし、二人結構似てるからな~。


「ええ、深草センセーがうちに部屋探しに来てね。それから色々面倒見ている内に仲良くなったのよ」


 色々って……。


「しかし初めてうちに来た時の格好はびっくりしたわ~。メイクはバッチリ決まってたのにハート形のサングラスをして"I♡地球"ってTシャツとオーバーオールなんだもん」

「えっ? それって年頃の女の人が、と言うか人類がしていい恰好なの?」


 衝撃の話に自分の耳を疑った。


「ひどいわよそれ~」


 涼子さんが半泣きになる。

 いやその涙はそんな恰好を晒した自分を恥じる為に使って下さい。


「まぁそんな人を放っておける訳ないじゃない? それで色々と面倒をみたりしてたのよ」

「まぁそんな捨てられた子犬みたいな人を面倒見のいいお姉さんが放っておける訳ないよね」


 涼子さんは相変わらずそんな俺達の会話を捨てられた犬みたいな涙目で見つめて来る。


「黄檗さん……? だっけ? あなたもこの人の担当なら止める立場でしょう?」

「はぁ、すみません。私もそうは思ったのですが。牧野さんの料理がおいしかったもので」


 あれ? 黄檗さん? それ謝罪でもないし事情説明にもなっていませんよ?

 やはりあなたも腹ペコモンスターです?

 ぺコモン2匹目GETだぜ!


「へぇ~そんなにおいしいの? たのしみだわ丁度おなかが空いて来たところなの」


 あっもうあなたも食べる気まんまんですね?

 ぺコモン3匹目GETだぜ!


「そう言えばお姉さん何しに来たんですか?」

「もう遊びに行くって言ってたじゃない! 忘れたの?」


 いや聞いてたけどいつ来るかは聞いてないよ?


「遊びに来るってのは聞いてたけど事前に連絡して欲しいんだけど」


 分かっていたら腹ペコモンスターズを帰らせたのに。


「深草センセーの存在を隠せたから?」


 お姉さんはエスパーか?!


「そ、そんな事ないよ。」

「あっそうそうお土産持って来たのよ。ほら」


 そう言って広げた袋の中身はたくさんの缶ビールとおつまみだった。



 ……俺の周りにはダメな大人しか居ないのだろうか?

 俺はこれから始まる3大怪獣大決戦ペコモン達の酒盛りを想像して、目の前が暗くなるのを感じた。

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