第3話 ストームブリンガー(嵐をもたらす者)
「今日はお母さんが晩御飯作るわね」
夕方になり静かになったのでリビングに戻ると母さんも機嫌を戻したのか鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。
「CEOをおど、いや頼んでブラジル辺りの仕事を手配して貰うわ~。これで光也くんと一緒に居られるし」
なんか無茶苦茶言ってるな。
「美貴ちゃん……。それじゃわが社と直接対決する事になるだろう」
親父は渋い顔でそう言った。
家ではバカップルだけど、一歩外を出ると今でもライバル同士の二人は会社の事になると途端に臨戦態勢となるのだが、親父と異なり母さんの方はあっけらかんと、
「大丈夫! うちの会社と光也くんの会社じゃ南米での業務展開が異なるから競合することは無いわよ」
と言い切った。
「まぁそれはそうなんだが……。日本ならともかく海外でライバル企業の者同士プライベートで会うと言うのは産業スパイと取られてもおかしくないと言うか……」
あっまた親父が地雷踏んだ。
「どう言う事? 私と一緒に居たくないの? それともブラジルに誰か良い人でもいるの?」
母さんは包丁を持ったままゆっくりと親父に近づく。
親父! 晩飯をどうしてくれるんだ!
「違う違う! 断じて違う。僕が愛しているのは美貴ちゃんだけだ!」
親父は大声でそう言うと母さんに近付きぎゅうっと抱きしめた。
「えへへぇ~。嬉しい~」
あっ、母さんの機嫌が直った。
やるじゃん親父。
そんなこんなで久し振りに母さんの手料理を食べながらゆったりとした家族団欒を楽しむ事が出来た。
食事の後親父は母さんの監視の下、大和田の爺ちゃんやお姉さんに明日の事を電話でお願いしていた。
お姉さんはなかなか親父との電話を終わらしてくれなかった様だが、母さんが受話器を奪い取り昔通りの丁寧な口調の裏に有る毒を吐きながら電話を切った。
「光一、取り敢えず大和田の親父さんにはお願いしたから、すまないが明日一人で行って貰えるか?」
「あぁ、場所は大体覚えてるし大丈夫だ。親父も母さんも明日から仕事だろ?引継ぎとか頑張って」
「ああ、ありがとう。住宅条件とかは伝えてあるし、それに合うの幾つか見繕ってくれるとの事だから向うに任せておけば大丈夫だろう」
「こーちゃん、幸子ちゃんには十分気を付けるのよ?」
気を付けるって…何をだよ?母さんはお姉さんの事になると相変わらずだなぁ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日、両親は早くからドタバタと準備をしてそれぞれ会社に出勤して行くのを見送った。
俺も幾つか物件を周る事になるだろうからと早めに家を出る事にする。
3月下旬にしては少し肌寒い午前の街を記憶を頼りに歩いていく。
堤防から見た景色と同じく記憶とちぐはぐな商店街の道を新しい発見に心を弾ませた。
あ~この店懐かしいなぁ、あっ角のタバコ屋が無くなってリサイクルショップになってら……。
小さい頃走り回った楽しい思い出、また帰って来る事が出来た喜びを噛みしめる。
最近各地で商店街がシャッター通りになっているとか言うのを耳にするけどここは無縁の様でまだ午前中だと言うのに結構な買い物客が通りを歩いていた。
駅の裏に大きなショッピングモールが出来てるって聞いたけど、ここには影響が無いんだな。
活気のある商店街を眺めながらそんな事を思った。
そんな懐かしい風景の中周りを見渡し歩いていると、前から見覚えのある白いワンピースを着た黒髪長髪の少女が歩いているのが目に入った。
あ~~あれ昨日も見たな。
確か名前は宮之阪 香織だったかな。
向うは忘れているみたいだから下手に声をかけて不審者と思われてもなんだしこのまま通り過ぎるか……。
するとやはり彼女は昨日の様にちらっとこちらを見ただけで目を外しそのまま通り過ぎていった。
うーん年頃の女の子が昨日と同じ服で街を徘徊するってどうなんだ?
そんな事を考えながら商店街を歩く。
暫くすると目的地が見えて来た。
「ん~? ここで良いのか?」
そこに建っていたのは見覚えの無い建物だった。
記憶ではサ○エさんの花○不動産みたいな木造でガラスが障子みたいになっている引き戸の建物だったのだがそこに建っていたのは西洋風な白壁のおしゃれな外観の建物だ。
「道を間違えたかなぁ?」
しかし周りを見渡してもそこだけが異物なだけでその他は記憶の中の見慣れた風景だった。
おっ上の方に看板が掛かってる。
何々"OH! WADA REALTOR"?
"オーワダ、リ、リルター"? なんだ"リルター”って?
あっなんか下に小さく日本語が書いてある。
えーと"大和田不動産"っと。
………。
「いやいやいやいや。なんだよOH!ってふざけてるのか?」
思わずツッコミを入れてしまったがどうやらここで間違いないようだ。
入り口を見ると女性が立っていてあたりをキョロキョロしていたが俺のツッコミに気付いて走ってきた。
「あらあらあら?もしかして? もしかして! もしかしなくてもコーくんよね! あーー光にぃと初めて出会った時の顔にそっくり! 一目で分かったわ。こんな小さかったコーくんがこーーんなに大きくかっこよくなるなんてお姉さん感激!」
そう言いながら人差し指と親指を5cm位の大きさを指し示す。
あぁこの怒涛のハイテンションは間違いなくあのお姉さんだ。
もう30過ぎの筈なんだが相変わらずなんだな。
容姿も最後に会ってからそれ程変わってない無いのに驚いた。
「コーくん! 私がママよ? さぁ思いっきり胸に飛び込んできなさい!」
そう言って腕を広げながらドヤ顔で抱きついてきた。
『お前が来るんかーーい!』そう心の中で本日2回目のツッコミを入れる。
本人に声を上げて直接ツッコムのは過去のトラウマが押し留めた。
「うっ、うっぷ、く、苦しい……ギブギブ!」
抱きついて来た良いが腕が俺の首にいい角度に入り、それがまた凄まじい力なので意識が遠のく。
「あーーごめんごめん久しぶりの感動のご対面だからつい止まらなくなっちゃった! テヘペロ!」
お姉さんはそれはそれはいい笑顔で模範的なテヘペロを実践して見せた。
確かにかわいいけれどアラサーのテヘペロはちょっと……。
「んん? 何か失礼なこと考えてるのかしら?」
お姉さん笑っていない目が怖いです。
「お姉さん久しぶり!」
「そうね久しぶりね! ずっと会いたかったのよ?」
ふぅちょっと強引だけど何とか話を逸らす事が出来た。
「ね? ね? 光にぃは何処?一緒に来てないの?」
お姉さんは辺りをキョロキョロしながら聞いてくる。
「親父昨日電話で言ってたよね? 忙しいから来れないって」
「うん聞いてた。でも当日サプライズって事もあるじゃない?」
そんなものはありませんお姉さん。
「まぁいっか。コーちゃんに会えたんだし。じゃっ選んだ物件見せるからうちに入った入った」
お姉さんは俺の腕を掴んで入り口まで引っ張っていく。
痛ててすっごい力だよ。
引っ張られながらもずっと気になっていた疑問を尋ねた。
「お姉さん……。この外観は何事なんだ?」
「えへへ~、とても素敵でしょ~。あたしがデザインしたの! 特にお気に入りは看板のOH!って所なの!」
得意げなお姉さんの顔を見ながら意識が遠のくのを感じた。
「やぁ~いらっしゃい大きくなったねぇ」
「爺ちゃん! ご無沙汰しています」
「あらあらすっかり大人びて久しぶりね」
「ばあちゃんも元気そうで何よりです」
遠のく意識を何とか保ち店に入ると懐かしい爺ちゃんとばあちゃんが出迎えてくれた。
「……爺ちゃん、その……アレ……良いの?」
勿論外観のアレだ。こっそり爺ちゃんに耳打ちする。
「……仕方無かったのさ……」
爺ちゃんは虚空を見つめそう呟いた。
……仕方無かったのか。
「ほらここは駅近だし、こっちはコーちゃんの学校に近いわよ、他も幾つか有るけど……でも一番のお勧めは私の部屋かしら」
「うーん駅近は流石に家賃高いかなぁ? 部屋も一人暮らしには広いし、学校の近くは~近くと言うか学校の真ん前だねコリャさすがにちょっと…。え~他の物件はと」
「無視するとお姉さん泣いちゃうよ?」
「いやそう言うつもりじゃなく、最初はお姉さんの所に居候させてもらう案も有ったんだけど母さんが大反対でね」
「ちっ!あの女狐め……」
二人似てる所有るよなぁ。
「それに俺自体今回はちょっと遠慮したいと思っているんだよ」
「えっ? えっ? 何で? その言葉のほうが本当に泣きそうになるんだけど……」
うわぁっ本当に目尻に涙浮かべてる。
「違う違うそうじゃないよ。前々から一人暮らしをして自立したいと思ってたんだ。ほら今まで親の都合で色んな所を行ったり来たりして来たからね。そう言うのに捕らわれず暮らしていけるようになりたいとね。今回はいい機会さ」
それを聞くとお姉さんはボロボロと大粒の涙を流しだした。
「な、何で泣くの?」
「感動した~! こんなちっちゃかったコーちゃんがこんな立派な事を言うようになるなんて~」
指で今度は3cm位の大きさを指し示してる……そんな小さなとき無かったからね?
横で爺ちゃんとばあちゃんも目に涙を浮かべていた。
その後幾つか物件から気になるのを選び実際に現地を回った。
その中で駅、学校、商店街の三箇所とほぼ中間地点となる住宅街に建っていた小型のマンションを気に入りそこに住む事に決めた。
「-と、以上で契約に関する重要事項の説明は終わりよ? はい契約書。光にぃからこことここに保護者の判子と署名を貰って来て。他に質問有るかしら? まぁ後から思いついたらいつでも聞きに来てね。お姉さんも遊びに行くわ」
俺は大和田家の人々に挨拶をして店を出るとすっかり日は傾き夕日が商店街を照らしていた。
お姉さんは相変わらず嵐のような人だなぁ。
あっまた白いワンピースの宮之阪香織が歩いてる。
彼女も暇なんだなぁ。
そんなことを思いながら商店街で晩飯の食材を買い込みこれから始まる一人暮らしを想像しながら家に帰るのだった。
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