第21話 ミートソースパスタ
「マサオソード……マサオソードって……直訳したらマサオの剣じゃねえか……」
「意訳してもマサオの剣だね」
「うるさい黙れバルトロメウス」
俺の名前がランスロットとかアルフォンスとかならまだギリギリわかる。
だが、残念ながら俺の名前は『マサオ』だ。
純粋な日本人の名前ほどスキル名にあわないものはない。
「この世界では自分の名前をスキル名にされるのは珍しくないのか?」
俺は女神に対して怒りに打ち震える右腕を抑えながらバルトロメウスに聞いてみた。
異世界には異世界のルールがあるのかもしれない。
もしかしたら個人名がついてるスキルは最強なのかもしれない。
そんなわずかな希望に俺は賭けてみたい。
「私は聞いたことないね……アンナ、君はあるかい?」
「あはははは! ない、ないです、うひひひひひ!」
「お前いつまで笑ってるつもりだよ」
「いや……それは仕方ないことなんだよ、マサオくん」
そう言うとバルトロメウスは俺の肩に手を乗せて静かに語りだした。
「この世界で自分の名前をスキル名にされるということは……」
「されるということは……?」
「逆立ちしながら鼻からパスタを食べるくらい恥ずかしいことなんだよ」
「それもう逆に一周回ってすごくないか?」
「ちなみにミートソース限定だよ」
「いらんわ! その情報!」
と言うことはアレか?
俺はこれからスキルを使うたびに逆立ちしながら鼻からミートソースパスタを食べるのと同じ辱めを受けるというのか?
「ラス、プリン。女神を倒しに行く旅に出るぞ」
「わかった」
『え? 女神を倒しちゃダメ……だろ? 本気なのか?』
俺は快く賛同する仲間たちを引き連れて意気揚々とギルドから出ようとした。
だがその時入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あなた! 大変よ! エミーがさらわれたわ!」
透き通るような美しい声。
腰まで届く艶のある金色の髪。
エルフって本当に良いものだと思わせる匂い。
間違いない、これはバルトロメウスごときの嫁ブリュンヒルデだ。
「ブリュンヒルデ? 一体何が起きたんだい?」
それにしてもエルフが着てる服ってなんでこう肌面積が大きいんだろうか。
ラスもそうだけど異世界の女子の防御力低すぎだろ。
「お買い物から帰ったら部屋が荒らされていてエミーの姿もなくて……代わりにこれがあったの」
「書置きか、私が読んであげよう」
そう言うとバルトロメウスは紙を手に取り読み上げだした。
「この前はよくも俺に恥をかかせてくれたな。きっちりとあの時の礼をしてやる。この小娘は人質だ、お前たちがこなかったらどうなるかはわかるよな――ギュンターより」
「ああ! やっぱりエミーはさらわれたのね……」
「マサオくん、聞いたかい? あのギュンターが生きてたようだ」
「あぁ、まさかあのギュンターがな……」
ギュンターか……。
誰だっけ……。
やばい、絶対覚えてないなんて言えない状況だよな。
俺は可愛い女の子の名前と顔ならすれ違っただけでも覚えるが、野郎は三秒で忘れるんだよな。
「あの時死んだのではないかと思っていたんだが、生きてたんだね」
「あの時……そう、どの時だっけか……」
「え? マサオくんが奴の脇を剣で貫いた時だよ」
「そう、その時だ……」
「もしかして覚えてないのかい?」
「はい、覚えてません」
こうやって自分の過ちをすぐに認められるのは俺の良いところだよな。
「自分が倒した悪党のことは記憶から消し去る、か……君は本当にただものじゃないのかもしれないね」
なんかすごく良い方向に解釈されてる。
これ異世界主人公あるあるだよな。
「マサオちゃんお願い……エミーを助けてあげて」
「マサオくん、私からも頼む。エミーを救ってきてほしい」
俺としてもエルフ幼女(嫁候補)を救うことにはなんら異存はない。
だがこれは魔王討伐とは関係のないことだ、ラスとプリンはついてきてくれるんだろうか。
「ラス、お前もきてくれるか?」
「うん」
意外にあっさりと頷いたラス。
心なしかその紅い瞳が燃えているような気がする。
「ギュンターは嫌い。あいつのせいで食べ物の値段が上がってる」
「どういうことだ?」
「そのことについては私から説明しよう」
出たよ、説明しようおじさん。
「ギュンターは市場に店をだしている商人から場所代を取っているんだよ」
「それと食べ物の値段とどう関係があるんだよ」
「場所代分も稼がないといけない商人はどうすると思う?」
「そりゃ商品をたくさん売るか値段をあげるしか……ああ、そうか!」
「その通り、結果としてギュンターのせいで市場の商品の値段が上がるんだよ」
「国はなんでそれを放置してるんだよ」
「うーん……」
バルトロメウスは俺に近づくとこっそりと耳元で続けた。
「これは噂だけど……ギュンターが市場の担当者に賄賂を贈っているらしい」
「処罰しろよ、処罰」
「噂だけで処罰はできないからね、でもギュンターを捕らえることができたらそれも叶うかもしれない」
これは暗に殺さずに捕らえろと言ってるんだろうか。
まあ、今は怪力無双のラスと勇者の剣を持ってるプリンがいるし不可能じゃないかもな。
「プリン、お前もついてきてくれるか?」
プリンはきょとんとした顔で俺の顔を見つめた。
『何言ってるんだよ、俺はいつだってずっとあんたと一緒だぞ』
そのセリフ、ラスに言われたかった。
絶対逆だもん。食べ物の値段あがって怒るの犬の役目だもん。
「救出しに行くのは良いんだが、ギュンターはどこにいるんだ」
「それはほら、この書置きに丁寧にアジトまでの道順が書いてあるよ」
「ギュンターはバカなのかな? これここに軍を差し向ければ良くない?」
「さっきも言ったけど、ギュンターは国の一部と繋がってるから恐らく軍は出せないね」
そう言うとバルトロメウスは剣を腰に帯び、美しく刺繍されたマントを羽織った。
「代わりと言ってはなんだが」
彼は、緑色に光る大きな宝玉が埋め込まれた杖を手に取ると俺の方を見て続けた。
「この私が共に行こう」
「いや、来なくて良い」
「え?」
思わず杖を取り落とすバルトロメウス。
杖は床で笑い転げていたアンナの頭に当たり転がり落ちる。
やっと静かになったアンナに俺は胸をなでおろした。
「お前まで来ちまったら誰がブリュンヒルデを慰めてやれるんだよ」
「マサオくん……」
「それじゃ行くぜ、ラス、プリン」
俺はバルトロメウスに背を向けてギルドの扉を開け放った。
差し込む日の光が、俺の旅路を祝うかのように照らしてくれる。
かっこいい。
今の俺すごくかっこいい。
異世界の主人公ってのはやっぱこうじゃないとダメだよな。
逆立ちして鼻からミートソースパスタ食べるのは主人公じゃないよな。
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