第17話 桃源郷の桃
台座から抜けて地面に横たわっている聖剣。
柄をくわえて申し訳なさそうにしているプリン。
骨付きチキンを食べているラス。
呆然としてる青年。
「犬が抜くのはルール違反なのか?」
「違反……ではないですね、はい」
さっきまでの邪悪テンションはどこへ行ったのか。
「よしそんなら俺たちは勇者さまご一行だ、早く部屋に案内したまへ」
『よくそんなころころ態度変えられるよな』
「ぐぬぬ……こちらへどうぞ」
青年に案内された部屋は十畳くらいの広さだろうか。
正直二人と一匹で泊まるには十分すぎる広さだ。
「温泉はこの部屋を出て右手にまっすぐ行ったところでございます」
「混浴か? その温泉は混浴か? 男女混合で混浴か?」
「いえ、別々でございます。それでは僕はこれにて」
「そう……」
混浴じゃない温泉とかもう温泉じゃないだろ。
俺魔王を倒したら世界中の温泉を混浴にする旅に出るわ。
「それにしてもなんでこの剣抜けたんだろな」
『俺にもわからん、ちょっと鼻で押したら倒れたんだ』
プリンが抜いたという聖剣を手に取ってみる。
ゲームでよくバスタードソードと呼ばれるタイプの剣だな。
鍔のところに青い宝石が埋め込まれているのが印象的だ。
「この宝石はなんだろう」
「光ってた」
「え? 光ってた?」
ラスが宝石を指さしている。
光ってたってどういうことだ。
『そういえば俺が近づいたとき、それが光ってた気がする』
「ほーん……これがねぇ」
指でつついてみるが何の変哲もない宝石にしか見えない。
こういうのを見ると無性に指紋をつけたくなるのは何故なのか。
「光って抜けたってことはお前が勇者なのか?」
『犬なのにか?』
「犬界の勇者」
『なんだよ犬界の勇者って』
何が面白かったのかプリンが少し笑った。
犬の笑いのツボは良くわからないな。
「これ本当に勇者が使った聖剣なのかなぁ」
『俺もその点については疑問に思う』
「ラスはどう思う?」
俺は聖剣をラスに手渡してみた。
ラスはそれを無言で受け取ると手をかざした。
妖しい光がラスの手から出て、聖剣自体が光を帯びはじめる。
こうして見ると一応魔術師なんだな、もしかしてただの格闘家なんじゃないかと思ってたが。
「随分強力な魔法がかかってる」
「魔法? どんな?」
「光と闇が両方」
光と闇があわさるとか最強すぎるだろ。さすが聖剣だな。
「どんな魔法かわかるか?」
「……わからない」
少し悔しそうな表情を見せるラス。
「自分より強い魔法はわからない」
薄々感じてたけどラスは負けず嫌いなのかもしれない。
ツンデレ負けず嫌いロリドワーフとか神かよ、今んとこデレ要素ゼロだけど。
「王国に戻ったらバルトロメウスに聞いてみるか、あんなでも一応勇者の子孫だし」
『言い方、言い方』
「ラスがわからなかった。あの人もわからないと思う」
『ラスまでそう言うか』
結構お堅いのかと思ってたけど、ラスも冗談がわかるんだな。
本気でバルトロメウスを無能と思ってる可能性もあるが。
「よし、とりあえず温泉入るか! せっかくきたんだしラスもプリンも入るだろ」
「うん」
『俺はついてくが入らないぞ』
俺たちは部屋を出て温泉へと向かった。
わかってはいたが入り口が男女で別れている。
これほど悲しみに包まれることが他にあろうか。
「……おいプリン、お前はこっちだろ」
『え? ああ、そうなのか』
何こいつちゃっかり女湯に入ろうとしてるんだ。
真面目そうに見えて案外むっつりなのかもしれないな。
もっと俺のように自分の心に素直になってほしいものだ。
入り口の先には脱衣場があった。
服を脱ぐ度に俺はある種の興奮状態に入っていく。
「ラスと同じ空間で裸だと思うと気持ちが高まってくるな」
『マサオはホントぶれないよな』
「お褒めに預かり光栄でございます」
『褒めてないぞ』
温泉は露天風呂だった。
とは言え垣根で囲まれてて外の景色はそこまでよく見える訳じゃない。
幸い俺たち以外に入ってる人はいないようだ。
とりあえずお湯で体を洗い流すとしよう。
「そういえばプリンっていつからあの王国にいるんだ?」
『うーん、俺もよくわかんないんだよな』
「わからない?」
『一週間くらい前に気づいたらあそこにいたんだ』
「その前は?」
『どこにいたのか自分でも……って、なあ、マサオ』
「なんだ?」
『マサオは犬の話を聞くときに垣根を覗くのか?』
「うるさい、気が散る。一瞬の油断が命取り」
『こいつは……』
プリンが何か言ってるがそんなことはどうでもいい。
俺は今一世一代の大勝負に出ているんだ。
これはある意味魔王との決戦。
いやそれ以上に大事な戦いに違いない。
……。
垣根の隙間から見える空間。
それを仮に桃源郷と呼ぶとしよう。
今その桃源郷にはバラ色の髪をした妖精が住み着いている。
彼女は湧き出でる泉にその身を沈め、どこか物憂げな表情をしていた。
時折腕を手で撫でさするその動作が俺の心をくすぐる。
ああ、俺のこともそのしなやかな動きで撫でてください。
どの程度の時間そうしていただろうか。
妖精は泉から美しい肢体を立ち上げた。
そこには桃源郷に欠かすことのできない桃があった。
桃とはなんて甘美な響きなのだろうか、ああ、なんて甘美な響きなのだろうか。
俺が桃を堪能していると妖精がこちらを見た気がした。
桃源郷から現世を覗こうとするその姿は、俺を現実世界に引き戻すのに十分であった。
「やっべー、やべー、危うく見つかるところだった」
『見つかれば良いのに』
「だが俺はこの程度では諦めない、なぜならマサオさまだからだ」
『その執念を魔王にも向けてくれよな』
俺はふたたび桃源郷を覗くことにした。
そこにはなだらかな、それでいて少し丸みを帯びた双丘があった。
双丘の中央には――。
そのとき、俺の頭に衝撃が走った。
それは例えるなら覗きがばれて頭に桶を垂直落下で叩きつけられたような衝撃だった。
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