第16話 温泉 de 論戦 de 奮戦
『こちらがオンセーン村ですよ』
馬に案内された場所はいかにもさびれた温泉街といった感じだった。
俺たちはその場で馬と別れて、門の前にいる青年に声をかけてみた。
「ここに温泉があると聞いてきたんだが」
「はいはい! 温泉ありますあります! 今すぐ入ります? それともお食事? それとも僕?」
「グイグイ来るな、お前」
「はいはい、それがモットーでございますから、はい!」
めんどくさそうな奴と話しちまったな、と思ったがもう遅い。
このタイプの奴は服屋の店員のごとくずっとつきまとってくるからな。
「とりあえず宿に案内してくれ」
『え? マサオ泊まるつもりなのか?』
「宿の中や温泉の被害状況を確認するべきだ」
『なんか上手く丸め込まれてる気がしてきた』
「はいはい! それではこちらに……おや? おやおやおや?」
青年は大げさに両腕を広げると、俺のことをまじまじと見だした。
それは明らかに値踏みをするような感じの視線だ、気持ち悪いなコイツ。
「もしかしてあなたは勇者さまではございませんか? 僕の目がそう言っておりますとも!」
「ほう、俺が勇者だとわかるとはお主なかなかできるのぉ~」
「いえいえ、お代官さまほどではございませんとも、はい!」
コイツはなかなか話のわかる奴だな。
そういえばさっきの視線もヒヨコ鑑定士並の真剣なまなざしだったな。
「勇者さまご一行の宿泊費はタダでございます、どうぞどうぞこちらへ!」
青年に案内されて俺たちはオンセーン村の奥へと向かった。
『おいマサオ。ちょいちょい思ってたんだけどさ』
「わかってるわかってる、俺がイケメンすぎるんだろ」
『違う。あんたの職業はマサオだろ。勇者だと名乗って良いのか』
「それで困る人がいるか? 救われる人がいるならそれで良いだろ」
『うぅーん……マサオの正論ってなんかムカつくな』
和風の温泉旅館みたいな建物に通されて中に入る。
ゴブリンの騒動があった直後だけあってお客の数はまばらだ。
その一方で従業員の数が妙に多いのが気にかかる。
また不思議なことに彼らの目には生気がない。
中庭の見える廊下を歩いてると、ラスが俺の服を掴んでクイっと引っ張ってきた。
「マサオ、お腹空いた」
「ウッソだろ、お前さっき力士五人前くらい食べてたじゃないか……」
「お腹空いた」
「おやおや、お連れさまは空腹のご様子。では先にこちらへご案内いたしましょう」
青年が廊下に面した障子を開けるとそこは豪華な宴会場のようになっていた。
机という机に刺身、肉、野菜、果物がどっさりと盛られている。
「こちらお好きなものをとっていただくバイキング形式となっております、さあさあどうぞご自由にお食べください!」
「食べる」
「ちょ、ちょっと待て。俺たちあんまり金持ってないぞ」
「いえいえいえ、勇者さまからお代を取るなんてことはいたしません。はい」
「ラス好きなだけ食べていいぞ」
「うん」
料理が次々と消えていく。そう、消えていくという表現がピッタリだ。
まるで吸引力の変わらないただ一つのラスだ。
「おやおや、勇者さまはお召し上がりにならないので?」
「さっき食べてきたばかりだからな」
「それではこちらの方へどうぞどうぞ!」
青年に案内されて着いたのは中庭の奥まったところだった。
そこには異世界やゲームで良く見るアレがあった。
「こちら魔王を討伐した勇者の聖剣と伝えられているものでございます、はい!」
「なんでそんなすごいもんが王国の隣の村の温泉にあるんだよ」
「こちら勇者さまにしか抜けないそうでございます、はい!」
「なんで聖剣ってそういう変なギミックつけるんだろな」
大理石のような台座には『ウォルフガングの聖剣』というプレートがはめこまれていた。その上には百二十センチほどの長さの剣が突き刺さっている。
見た目はいかにもゲームの最強武器って感じでかっこいいな。
「ささ、どうぞどうぞ」
「何がだよ」
「あなたは勇者さまなんでしょう?」
「う、うむ」
「当然抜けますよねぇ?」
「そ、そうだな~」
「抜けなかったら……あなたさまは勇者をかたる不届きものですねぇ」
青年の目があやしく光る。
背中に滝のような冷や汗が流れていくのを感じる。
「くそっ、勇者なんて名乗ったせいで今俺がめっちゃ困ってる!」
『自業自得だろ、だから言ったのに』
「プリン助けてちょんまげ」
『……俺は知らん』
プリンはプイっと後ろを向いてしまった。
こうなったら俺の力でなんとか切り抜けるしかない。
「あ、なんかお腹痛くなってきたなー。残念だなーお腹痛くなければ抜けるのになー」
「はいはい、オールヒーリング」
青年の手から光が放たれると、たちまち俺の身体が青白く輝きだした。
「な、なんだ。力が急にみなぎってきやがる」
「対象の体力・怪我・病気を完全に治癒させる魔法でございます、ささどうぞどうぞ」
「なんで温泉の従業員してんだよコイツ……」
もうこいつが魔王討伐に行けば良いのに。
……仕方ない、俺は勇者ではないが一応フンボルトだ。
もしかしたら抜けるかもしれないよな。
俺は手を二度パンパンと叩くと、剣の柄を両手でしっかり握りこんだ。
それは俺の手のひらに吸い付くようにフィットした。
この感覚、いけるかもしれない。
俺は名実ともに勇者になれるのかもしれない。
「ふんっ! ぬおおおおぉぉぉおおおおおお!」
両足を踏ん張って全身全霊の力を込めて引っ張る俺。
プリンがジトーっとした目で見てるのが心に痛い。
「あっ! 今動いた! 三ミリ動いた気がする! ねえ!?」
「いえいえいえ、微動だにしてませんねぇ」
「さきっちょが! さきっちょだけ抜けた気がする!」
「そうそう、勇者さまでなかった場合はさきほどのお連れさまのお食事代として金貨五十枚いただきますよ」
「き、金貨五十枚!?」
それって現実で言うところのいくらくらいだよ!
金貨とか銀貨とか良くわかんねえんだよ!
まるで動く気配のない聖剣に悪戦苦闘してると、奥からラスが歩いてくるのが見えた。
こうなったらあの剛腕に期待するしかない。
「マサオ、何してる?」
「ラスちゃあああん、助けてちょーだい!」
『ついにラスに泣きついたよ……』
「これを抜かないと金貨五十枚請求されるんだ」
「抜けば良いの?」
「えぇ、えぇ、抜けるものなら抜いてくださいね、はい」
青年はニタァーっと笑うとアゴを手でなでまわしながら続けた。
「勇者ではないのに勇者をかたったら重罪ですからねぇ、はい」
ここにきてやっと気がついた。
この青年は俺のことをフンボルトだとわかってて声をかけたわけじゃないんだ。
訪れる人すべてにああやって勇者だと言わせてから聖剣を抜かせてるんだろう。
そして重罪をちらつかせて膨大な金を巻き上げるってカラクリだ。
ラスは青年をチラリと見ると、聖剣の柄に手をかけた。
そしてかわいいお尻を少し落として力をこめる。
今回は金貨五十枚がかかってる。
さすがの俺だってラスのお尻ばかり見てるわけにはいかない。
俺は視線をラスの胸にうつして脳内の録画ボタンを押したのだった。
「ま、無駄だと思いますがねぇ、へっへっへ」
ラスが身体をプルプルとふるわせている。
ミシミシと台座がきしむ音はするが、一向に剣が抜ける気配はない。
「さすがに抜けないか……」
『そりゃラスは勇者じゃないからな』
これはもうダメだ、と思ったその瞬間だった。
「抜けた」
地響きと共にラスは聖剣を引っこ抜き高々と掲げたのだ。
その姿はまるで勇者。金貨五十枚を救った勇者であった。
「うおおおおおおお、ラスちゃん大好きちゅっちゅっ!」
「いやいやいや……これはダメですよ、ルール違反です」
青年が頭と指を左右にふりながらケチをつけてきた。
なんだよルールって。聖剣ぶつけんぞ。
「何がダメなんだよ、抜けただろ」
「台座ごと持ちあげちゃダメですよ、お客さん。それは抜いたとは言えませんよ」
そう、ラスはその剛腕で台座ごと剣を引っこ抜いたのだ。
別にこれはこれで武器として成立する気がするんだが。
なんなら聖剣単体よりはるかに強いだろ、絶対。
「むぅ」
不満そうな顔をしながら聖剣をもとに戻すラス。
それと対照的に勝ち誇った顔をする青年。
「やばいな、金貨五十枚も持ってないぞ」
『いくら持ってるんだよ』
「えーっと……お金はまったく持ってないな」
『金貨以前の問題じゃねーか!』
「あれあれ? お金ないんですか? 勇者じゃない上に?」
青年は愉快そうに拍手をすると、とんでもないことを続けて言い出した。
「仕方ないですね~あなたたちにはここで働いてもらいますよ。無給で二十年くらい。へっへっへ」
そうか、あの生気のない従業員たちはこうやってハメられたのか。
あいつらこんな見え見えの罠に引っかかるとかバカかよ。
あぁ……。
俺はこれから異世界転移したら金貨が足りなくて温泉従業員を二十年やりましたって人生を送るのか。
「あ」
「どうしたラス。一緒に温泉従業員の心得を学びに行くぞ」
「抜けてる」
「俺はこれでも切り替えの早さには定評が……え?」
振り返ると、そこには台座から抜けて地面に横たわっている聖剣があった。
柄をくわえているのはプリンだ。
『悪い……抜けちまった』
マジかよ。
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