第12話 バルトロメウスの十年

「あらー! マサオちゃんまた会ったわねえ!」

「ババァアアアアアーーーー!?」


 魔法陣に立っている豊満なワガママボディの持ち主。

 そう、それはあのドワーフのおばちゃんであった。

 だからフラグたてんなって言っただろ。


「お前は★1だ! 仮に★5だったとしても俺は野郎とおばちゃんは絶対使わない主義なんだ! たとえ! それが! 十点満点であってもだ! 絶対にだ!」


 あの女神絶対つぶす。

 俺は魔王を倒す旅じゃなくて女神を倒す旅に出るぞ。


「おいアンナ。俺はやりなおしを要求する」

「ゼェー、ハァー、そ、そういうのは、ハァー、ないです」


 アンナは踊り疲れたのか息も絶え絶えだ。

 ハァハァ言ってるお姉さんに何らかの興奮を覚える。


「あらあらマサオちゃ~ん? そんなこと言ってもいいのかい?」


 なぜか自信満々のドヤ顔をするおばちゃん。

 良く見るとその背後に何やら小さく動く気配がある。


「連れて行ってもらいたいのは私の娘だよ。ほら、挨拶なさい」


 ――ドワーフの娘。


 ここで俺の虹色の脳細胞がフル回転する。

 ドワーフの女の子というのは大体二種類に分類される。

 一つ。昔のファンタジーでよくあるドワーフ体形のドラム缶タイプ。いらない。

 一つ。最近のファンタジーでよくあるなぜドワーフに分類されるか謎のロリ美少女タイプ。


 俺としては後者であってほしい。後者であるべきだし。後者しかあり得ない。

 この結論が出るまでにかかった時間はおよそ0.7秒だ。


「ラスの名前はラス。よろしく」


 冷たく、簡潔に言い放ったその子は俺の望んだロリ美少女タイプだった。

 燃えるように赤い髪の毛は肩で綺麗に切りそろえられ、二か所をリボンで結んでいる。

 肌面積の多い黒い水着のような服を着て、その上には刺繍の施されたローブを羽織っている。

 胸は大福くらいの大きさだろうか、小さく可愛らしい。

 加えて一人称が自分の名前ときている。


 これは間違いなく★5クラスだ。

 ああっ、女神さま!

 俺はあなたさまのことをずっと信じておりました!


「なかなか上出来でございますなぁ」

「ジロジロ見るな、キモい。ラスから離れろ」


 五センチの距離でじっくり見てたせいだろうか。

 彼女はそう言い捨ててローブで体を隠してしまった。


 ほほう、これは典型的なツンデレタイプでござるな?

 拙者デレたときの顔が早く見たくてたまらないでござるよ。


「ラスはおばちゃんと同じヒーラーなんだよな?」

「それが私と違ってこの子は攻撃タイプの魔術師なのよねぇ!」


 おや。てっきりこの子が可愛いヒーラーかと思ったが違うのか。

 やっぱ女神ってクソだな。


「どんな魔法を使えるんだ?」

「炎、土、風、氷、他にも補助魔法いっぱい」

「恋に落ちる魔法とか、服が透視できる魔法とか、触手がでる魔法とかないの?」

「キモい」


 どうやらまだ照れてるようだな。

 でもこれくらいの方が攻略のしがいもあるってもんよ。


「そんじゃ早速もう一人召喚を」

「ちょ、ま、待って、ください……」


 地面で轢かれたカエルみたいになってるアンナがなんか言ってる。


「わ、私もう踊れ、ないです……もう一回は、また後日に……」


 なぜギルドの受付嬢が躍るギミックを入れたのか問い詰めたい。

 そんなことを考えていた俺の元にバルトロメウスがやってきた。


「ところでマサオくん。これを渡しておこう」


 彼が俺に手渡したのは辞書のような本だった。

 表紙には魔法陣が描かれていて、ズッシリとした重みを感じる。


「これは?」

「この本には私が特殊な魔法をかけてある。十年かけた大魔法だよ」


 そう言うと彼はどこか嬉しそうに語りだした。


「まずオートマッピング魔法。マサオくんが行ったことのある地域の地図が自動的に描画される」

「ラスの魔法は行ったことない地域も描ける」

「え?」


 横から口出しをするラス。

 どうやら彼女は俺と違って空気が読めないらしい。

 そういうのは思ってても言わずに黙っとくのが大人なんだぜ。


「ま、まあ。他にも機能がある」


 バルトロメウスは軽く咳ばらいをし、さらに説明を続けた。

 なんか嫌な予感がする。


「モンスター図鑑機能だ。なんとマサオくんが戦ったことのある敵の情報が」

「ラスの魔法は戦う前に情報がわかる」

「え?」


 眉毛をハの字にするバルトロメウス。

 まるで捨てられた子犬のような顔をしている。


 いっぽうラスはそのちっちゃい胸を張っている。

 もしかしてこの子、自意識強い系なのか? 大好物です。


「大丈夫だ! まだとっておきの機能があるんだ!」

「もうやめとけよ……」


 バルトロメウスの声が震えている気がする。

 なんなら手も足も歯も震えている。


「なんと、この本に文字を書くことで私と通信ができるのだよ!」

「むむぅ」


 ラスが初めてムスッとした顔をした。

 どうやらテレパシー的な魔法は使えないようだな。


「それはどういう仕組みなんだよ」

「実際にやってみせよう。マサオくんここのページに何か書いてくれるかな」


 俺は空白のページに「おっぱい」と書き込んだ。


「そうしたらその本を渡してくれるかな」

「ほいよっと」

「どれどれ……マサオくんは、おっぱいって書いたね!」

「ただの交換日記だよな」

「……」

「……」

「重いから角で叩くと痛い!」

「もう良い、休め。お前はよく頑張ったよ……」

 

 俺は十年もの長い年月が込められた本を、ソッとバルトロメウスに返した。

 強く生きろよ。お前の十年は無駄だったけど。


「誰かっ! 誰かいませんかっ!」


 突然ギルドの入り口から大声が聞こえてきた。

 そこにいたのはいかにも村人Aな見た目の奴だ。

 村人A選手権があったら確実に準優勝は狙える逸材だな。


「私の村がゴブリンに襲われているのです! 助けてください!」


 お、どう見ても初心者用クエストっぽいのがやってきたな。

 誰かに取られる前に俺が受けてしまおう。


「俺とラスに任せな。なんたって俺はマサオ=フンボルトなんだからな」


 さっきまでにぎやかだったギルドが急に静寂に包まれた。

 冒険者と思われるものたちが、俺のことを驚愕した目で見ている。

 なんならアンナとバルトロメウスまでが謎ポーズで俺を見ている。


 ふっ、またこのマサオさまが何かやっちまったみたいだな。

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