第11話 リセマラはできるんですか?

 ……。


 …………。


 ………………。


 小鳥だ。


 小鳥がさえずる声が聞こえる。


 知ってるか? カバって時速四十キロも出せるんだぜ。


「ん? もう朝なんだな……」


 ……そうか、いつの間にか眠ってしまっていたのか。

 現実というそれはそれはおそろしい修羅の世界に舞い戻ってきてしまったのか。


 学校行きたくねぇなぁ。

 英語の宿題やらずに寝ちゃったし。

 借りたラノベにジュースこぼしちゃったし。

 昨日先生のこと「母さん!」って呼んじゃったし。


「まっ、起きるとしますかね」


 むにっ。


 なんだ、この感触。

 起きようとして伸ばした手の先に不思議な感触がある。

 具体的には、時速六十キロの車の窓から手を出してるときのような感触だ。


「ま、まさかこれは」


 おそるおそる目をやるとそこには――プリンのお腹があった。

 いや知ってたし。べ、別に何も期待してないし。

 お、お、俺が何を期待してたって言うんだよ。


『んぅ……なにしてんだよ』


 プリンが目を覚ました。

 やばい! この状況は気まず……いや、こいつ犬だったな。

 しかも♂だよな。俺は何を焦っているんだ。まずは落ち着こう。


「なんで俺は一階にいるんですか? 二階はどこに?」

『……マサオ、落ち着け』


 プリンはしばらく目をこすっていたが、どうやらお腹の上にある手に気づいたらしい。

 彼は自分の両手をその上に重ねるとニッコリと笑いこう言った。


『ゲンジツに帰らなかったんだな。俺嬉しいぞ』


 ゲンジツに帰らなかった?

 俺は思わずあたりを見回した。


 天蓋のついた豪華なベッド。暖炉の上にある剣。隣にいるのはプリン。


「まさか……マジなのか」


 ここにきて俺はようやく気がついた。

 どうやらここが本物の異世界なんだということに。

 あのポンコツ女神も本物なんだということに。

 道理で十万石まんじゅうを知らないわけだ。


「勇者さまー! 朝ごはんの時間だよー!」


 突然エミーが扉を開けて入ってきた。

 そのまま駆け出して俺の上にポフッと乗ってくる。


 あぁ。

 この重量も本物なんだ。

 あぁ。

 この体温も本物なんだ。

 あぁ。

 このエルフ幼女は本物なんだ。


「エミーたん。俺のこと勇者じゃなくてお兄ちゃんって呼」

『バカなこと言ってないで早く行くぞ、マサオ』 


 プリンは俺をさえぎるように言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。

 気まぐれな奴だなぁ。ホント犬なのに猫っぽいな。


「ほら、こっちこっち!」


 エミーがちっちゃい可愛らしい手で俺を引っ張ってくれる。

 あぁ、この時間が永遠に続けば良いのになぁ。


 食卓につくとそこには人数分のお皿がすでに用意されていた。

 床の上に一枚置いてあるのはプリンの分だろう。

 お肉がたっぷり載っている。


「あらおはよう、座って待っててね」


 ブリュンヒルデに言われて席に着くと、バルトロメウスが乗り出すように話しかけてきた。


「マサオくん、今日は冒険者ギルドに行かないとね」

「冒険者ギルド?」

「魔王討伐に一人で行くのは無謀だからね、冒険者を二人つけられるように私が手配しよう」

「女の子?」

「さ、さぁ、それはちょっと運だからわからないな」


 運? 自分で選ぶことはできないのか?

 そんなことを考えている間に、ブリュンヒルデがフライパンを片手にやってきた。


 お皿にポンと乗せられたのはスライスされたパン。

 その上にトッピングされたカリカリのベーコン。

 パラパラと振りかけられたタマネギ。

 最後にドーンと熱々の目玉焼き。


 俺たちは楽しい朝食のひと時を過ごしたのだった。


◇◇◇


「ここが冒険者ギルドだよ」


 朝食後、バルトロメウスに案内されたのは大きな酒場のような場所だった。

 中に入るとカウンターの女性が慌てて飛び出してくる。


「バルトロメウスさま! ご用があればこちらから伺いますのに」

「いや、良いんだよ、アンナ。今日は彼の冒険者登録を頼みたい」


 アンナと呼ばれた女性は人間だった。

 腰まで流れるようなサラサラの黒髪が目を引く。

 そして更に目を引くのはその胸だ。Dか……いやEはあるように見える。

 大人しそうな垂れ目が個人的には好印象だ。いじめたくなる。


「それではこちらの登録用紙に手をかざしてください。」


 言われた通りにすると羽ペンがひとりでに動き出し文字を書き始めた。

 すごいな、青い狸型ロボットが持ってる秘密のアイテムみたいだ。


「えーっと、お名前はマサオ=フンボルトさま……え! フンボルト!?」


 アンナの声にギルド内が騒然とする。


「フンボルト……だと……」

「この王国にバルトロメウス以外のフンボルトが?」

「いったいどんなすごいやつなんだ」


 ああ、みなの視線が心地良い!

 見て! 見て! もっと俺を羨望のまなざしで見てくれ!


「年齢は十八歳で、ご職業は……」


 そこでアンナの声が止まる。

 明らかに困惑した表情を浮かべている。


「あの、バルトロメウスさま。これはどういう……」

「彼はフンボルト姓だけど勇者じゃないんだ。別の職業になってても気にしないでくれ」


 そう言いながら差しだされた用紙をのぞき込むバルトロメウス。

 明らかに困惑した表情を浮かべている。


 ……あ、これ異世界系ラノベでよく見るやつだ!

 職業欄が空白になってたり、規格外の職業になってたりするやつだ!


「あの、マサオさんのご職業なんですが」

「はい!」


 俺は期待に胸を躍らせてアンナの次の声を待った。

 暗黒の騎士とかマジックナイトとかハーレムマスターとかこい!


「マサオです」


 何言ってんだコイツ。


「それは名前なんだが」

「はい……そうですね」

「俺の職業は?」

「マサオです」

「ふざけてるの?」

「とんでもないです!」


 アンナの様子を見るに冗談なわけではないらしい。

 となりでバルトロメウスも頭を抱えている。


 え? マジなの?

 俺は勇者マサオじゃなくてマサオマサオなの?

 ゴリラの学名がゴリラゴリラみたいな感じになっちゃうの?


「う~ん。まあ、私に免じてこのまま登録を済ませておいてください」

「は、はい。わかりました……」


 なんか俺が悪いことしたみたいになってるんだが。


「そうだアンナ。彼に冒険者を二人つけたいんだけど、良いかい?」

「はい、わかりました。無料スカウトと有料スカウトどちらになさいますか?」

「有料スカウトを二回お願いしても良いかな」

「では銀貨四百枚になります」

 

 無料? 有料?

 なんかこの形式、俺知ってる気がする。


「それではマサオさま、こちらの石版に手をかざして念じてください」


 俺が石版の上に手をかざすと床に魔法陣があらわれた。

 それは白い光をしばらくたたえていたと思ったら、次第に七色に輝きだした。


「この演出の変化……そうだ、やはりこれは」


 ガチャだ。これ間違いなくガチャだ。

 俺は今冒険者ガチャをしているんだ。


 上から綺麗な光が降り注ぎだした。

 後ろで謎の踊りを始めるアンナ。


「これもしかして★5確定演出なんじゃないのか」


 こい! ★5こい!

 攻略サイトで十点満点ついてそうな有能冒険者こい!


 魔法陣から徐々に人の姿が浮かび上がってきた。

 その姿は――。

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