第10話 女神のミスが紡ぐ奇跡の連鎖

「それじゃおばちゃんは帰るからねぇ!」

「俺の歌広めるなよ? 広めるなよ?」

「おやおや? それは広めてほしいってことかい?」

「恩があるのは承知の上で言うがマジでやめろババア」

「あっはっはっは!」


 ブリュンヒルデの家までたどりついたところで、ドワーフのおばちゃんと別れることになった。

 このまま仲間になったらどうしようと思っていたから、正直ホッとしている。


「マサオちゃん、あんたとはまた会えそうな気がするねぇ」


 おいフラグ立てんな。

 去り行く背中を見ながら俺は悪態をつくのだった。


「さて、それじゃあ家に入りましょうか。きっと夕飯ができてますよ」


 バルトロメウスが扉を開ける。

 スッと首筋にうすら寒いものを感じた。


「ああっ! あなたどうしたの、そんなにボロボロになって!」

「いやあ、ギュンターに絡まれてしまってね」

「よくぞご無事で……」

「マサオくんに助けてもらったんだよ」

「まあ! マサオちゃんありがとう!」


 ありがとう、か。

 ここ十年聞いてなかった言葉に胸が躍る。


「あら、こちらの可愛いお客さまは?」


 ブリュンヒルデが俺の方を見て言った。


「え? えへへへへ。俺はマサオちゃん。改めて可愛いだなんてそんな」

「ううん、あなたじゃなくて後ろの子たちよ」


 そんな、ひどい。

 後ろを見ると、エミーとプリンが俺の背中に隠れていた。


「まあまあ、まずは座ろう。それからお互い自己紹介しようじゃないか」

「それもそうね。それじゃ、お夕飯をいただきながら伺おうかしら」


 ブリュンヒルデに促されて俺たちは食卓についた。

 目の前にはカゴに入ったパン、湯気がたちのぼるコーンスープ、綺麗にもりつけられたサラダがある。ピーマンが入っていないことを心から願う。


「それじゃまずは私からいこう。名はバルトロメウス、王国直属の筆頭軍師です」


 ほう。こいつ軍師なのか。


「私はブリュンヒルデ、バルトロメウスの妻よ。こう見えても狩人で結構上手いんだから」


 俺の心も狩ってください。


「エ、エミーです。はじめまして。」

「挨拶できるのね、偉いわ」


 ブリュンヒルデがエミーの頭を優しくなでる。尊い。

 この光景を切り取って額に入れて観賞用と保存用と布教用を揃えたい。


「みんな大好き女神さまだよー! ニンニン!」


 ……ん?


「それじゃ次はマサオくん自己紹介を」

「おい! おい! おいおいおい! なんか変なのいるよなぁ!?」

「べふにどふぉにもいないわおぉ?」

「女神がモノを食いながらしゃべるなぁああ!」


 うすら寒い気配の正体はお前か。

 なにふつうに椅子に座ってパン食ってんだよ。


「おい女神、貴様にはいくつか聞きたいことがあるんだが」

「……私もキミに言うことがあってここに来たんだよ」


 そう言うと女神はパンを一口大にちぎりスープにひたした。


「もしかしたら気づいてないかもしれないけど……実は私ミスしちゃって」

「もしかしなくても気づいてます」


 女神はそれを優雅に口に運ぶ。

 艶やかな唇がパンにそっと触れる。


「もぐもぐ……だから、キミに……もぐもぐ、謝らないといけないと思って……あ、おいしい!」

「食うかしゃべるかどっちかにしろよ」

「もぐもぐ、もぐもぐ」

「食う方を取るお前に安心感を覚える俺がいる」


 女神はひとしきり食べて一息つくと、俺の方に身体ごと向き直った。


「それでね、勇者の件なんだけどね」


 左手の指で髪の毛を先をくるくる巻きだす女神。

 しゃべらなければ可愛いんだけどな。

 しゃべると致命的に残念なんだよな。


「キミは勇敢な者であって、勇者ではないの」

「どういうことだ」

「それは私から説明した方が良いだろう」


 バルトロメウスが横から口を挟んできた。

 ここまでで一番存在感が薄いからきっちり目立ってほしい。


「――時はユグドラ歴二百五十年。我が祖父ウォルフガングがアロイス王より魔王クーゲルシュライバー討伐のご下命を賜ったことから始まる」

「よくわからん」

「七十年前に私のお爺ちゃんが魔王討伐のクエストを受けました」

「よくわかる」

「お爺ちゃんは無事魔王を討伐し、王様は彼の功績を称えて"勇敢な者"という意味のフンボルトを姓として授けたのです」


 フンボルトにはそんな意味があったのか。


「時は経ち一週間前、魔王が再び降臨し大地はモンスターであふれたのです」

「最近すぎだろ」

「フンボルトの姓を持つものよ! 今立ち上がれ! 君たちの冒険はこれからだ!」

「急に打ち切りマンガみたいになってきた」


 なるほど。バルトロメウスは勇者の子孫にあたるのか。

 そんで魔王が復活したから勇者が旅立つという王道パターンだな。


「それじゃお前が魔王討伐に向かうのか?」

「いえ、我が王国は二十歳以上の魔王討伐を禁じています」

「なんだよそのエロゲ買う時みたいな謎設定」

「きちんと理由があるのですよ」


 バルトロメウスは席を立つと、顎に手をやり神妙な顔をした。


「勇者の子孫でそれなりの歳ともなると王国内で重要な役職につきます。現に私は筆頭軍師です。その私が国を離れるわけにはいかないでしょう」


 それに身体弱そうだしな。


 そう思ったとき、床に何かが落ちた音がした。

 目を向けるとそこにはスプーンを取り落とし、肩を震わせるブリュンヒルデが。


「……それゆえに勇者の子孫にはある使命があるのです」


 静かにブリュンヒルデが語りだした。

 右手で左の脇腹をギュッと掴んでいる。


「できるだけ早く子を作るという使命です。それを守れなかった者はみなに蔑まれるのです」


 なるほど。

 これでバルトロメウスがバカにされていた理由がはっきりした。

 当人は勇者として旅立つことができず、かと言って子供もいなかったからか。


「本来なら、私は彼の妻となってはいけなかったのです」


 声に嗚咽が混ざり始める。


「子を成せない身体なのです、私は。だから、だから……」

「良いんだよ。ブリュンヒルデ」


 バルトロメウスは彼女の肩に手をおき優しく語り掛けた。


「私は勇者の子孫であることを捨て、君を愛する人として生きることにしたんだ」

「でもそのせいであなたが苦しい目にあうのはイヤなの!」


 そこまで言うとブリュンヒルデは俺の顔を見た。

 涙を浮かべ、目を真っ赤にし、すがるような顔だ。


「だから……」


「マサオちゃんが私たちのところに来てくれたのが心の底から嬉しくて」


「あなたに勇者としての力がなくたって、私にとっては本当の勇者さまなのよ」


◇◇◇


 泣きはらしたブリュンヒルデはバルトロメウスに支えられて寝室に向かった。

 その後ろをテクテクと付いていく眠そうなエミー。


「続きは俺の部屋でも良いか?」

「良いけど変なことしないでよね、私女神さまよ」


 歩きながら、俺は疑問に思っていたことを女神にぶつけてみる。


「なあ、俺はあの夫婦の実の子じゃないだろ?」

「えぇ、そうね」

「血のつながっていない子ができたってだけで世間からの批判はかわせるのか?」

「形はどうあれキミが魔王討伐のクエストに出られれば大丈夫」


 女神は足を止め「ただ」と呟き、こう続けた。


「問題はキミに勇者としての能力がないことよね……」


 俺は部屋の扉を開けて彼女を招き入れた。

 ああっ! 女の子を部屋に招き入れるなんて行為は初体験だ!

 たとえそれがこの女神であっても、今は大人しく目をつぶろう。

 

「ここからが私の謝るところなの」


 部屋に入り扉を閉めると、女神はすぐにしゃべりだした。

 モジモジと申し訳なさそうにしてる姿が少しグッとくる。


「私あなたの希望を"勇者"じゃなくて"勇敢な者"って入力しちゃったの」


 思い当たる節がある。

 あのときこの愚かなる女神は「ユ・ウ・カ・ン」と言いながらスマホをタッチしていた。


「それで勇敢な者、という意味をもつフンボルト家に俺が来たと」

「そうなの」

「でも勇者ではないから能力はないと」

「……ごめんなさい!」


 女神がミスをしなければあの夫婦は今でも苦しんでいたはずだ。

 エミーもどこかに売り飛ばされてひどい目にあってただろう。

 プリンだって生き延びることができたかどうか。


 俺は目を閉じ、フーッと息を吐きだす。


「……ま、いいさ。これはこれで悪くない」

「あ、そうぉ? 私も喜んでくれるかなーってちょっと思ってたの!」

「せめて俺の前から消えるまでは反省してるフリをしろよ」

「てへへ、それじゃ私帰るからね」


 扉を開けようとする女神を見て俺は重要なことを思い出した。


「ちょっと待て、まだ聞きたいことがある」

「なによ」

「抜群のコミュニケーション能力はどこだよ」

「あら、それも間違ったかしら……」


 女神はスマホを取り出すと俺に向けて操作しだした。

 俺を見てはしかめっ面をし、タッチしては首をひねってるのが面白い。


「う~~ん、それはちゃんと持ってるように見えるよ?」

「その割には俺のハーレム大作戦がちっとも進んでないんだが」

「……キミが気づいてないだけで、進んでるよ。すぐ近くに一人いるようだしね」


 一人いる。


 俺は思わず寝室の方を見た。

 そうか、エミーはすでに俺の虜なのか。

 ふふ、エ、エルフようじょ、ふひひ。


「そ、そうだ! 可愛いヒーラーの件は」


 振り返るともうそこに女神の姿はなかった。

 煙のように跡形もなく消え失せている。


「あいつ扉使わなくても移動できるのかよ……」

『なんだか疲れたな、マサオ』


 ずーっと黙っていたプリンが突然話しかけてきた。


「お前、なんでみんなといるときにしゃべらないんだよ」

『大人数は好きじゃないんだ』


 そう言うと俺のベッドに向かい一生懸命に登ろうとする。

 だが悲しいかな、足が短すぎて届いていない。

 宙に浮いた足がバタバタしてる。


「ほら」


 俺はプリンを抱き上げてベッドの上に腰かけた。

 どこか満足気な表情をするプリン。

 その表情を見て俺はあることが気にかかった。


「そういえば、これって夢なんだよな」

『夢?』

「今寝たらお前たちとはお別れなのかな」

『お別れ?』


 俺の腕の中でモゾモゾ動くプリン。

 体温がじんわりと伝わってくる。


「俺は今異世界に転移してるっていう夢を見てるだけなんだ。だから多分ここで寝たら……現実に戻っちまうんだ」

『ふーん』


 そう言うとプリンは俺の腕に顎をペタンと乗せた。


『俺頭悪いからよくわかんないけど、あんたと離れたくないな』


 これが犬耳獣人の女の子だったら最高だったのに。

 俺と離れたくないって言ってる子が腕の中にいてしかもベッドだぞ。


『ゲンジツってどんな世界なんだ?』

「現実ってのはそれはそれはおそろしい修羅の世界でな……」


 その夜、俺とプリンは眠くなるまで語り明かした。

 内容なんてどうでも良かった、できるだけ寝たくなかったのかもしれない。



 だが、いつしか


 口数が減っていき


 まぶたがくっつき


 俺は、眠りに落ちた。



 序章『女神のミスが紡ぐ奇跡の連鎖』 ―終―

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