第9話 おっぱいプリンプリン
「ハチ、お前だったのか……」
『ハチではない』
「お前を忘れたことは一度もなかったぜ……」
『もう名前からしてあやふやじゃないか』
白いモフモフした犬は大きくため息をつくと、後ろ足で耳をポフポフした。
フワフワしたウサギのような毛並み。
ポメラニアンのような可愛らしい顔。
黒い毛がアクセントのように生えた耳。
正直これが♀だったら、俺はそれでも構わない。
『……そもそも、俺に名前はない』
「野良犬なのか?」
『そうだな。今のところは、だが』
そう言うと犬は後ろを向きお座りをした。
尻尾を左右にブンブンさせ、何かを考えてる風にも見える。
『なあ、あんた。俺に名前をつけてくれよ』
「俺がつけていいのか?」
『あんたにつけてほしいんだ』
「もう1回言うぞ。本当に俺がつけていいのか?」
『……可愛いのにしてくれよ』
可愛い名前……可愛い女の子……。
可愛い女の子……おっぱい……。
おっぱい……プリンプリン……。
「プリンってのはどうだろう」
『プリン』
犬はその場でぐるぐる回りながら「プリン、プリン」と呟きだした。
そして俺を見上げると、尻尾をパタパタと振りだした。
『悪くない、気に入った』
「それは良かったな」
おっぱいプリンプリンのプリンだと知ったらどんな顔をするだろう。
『なぁ』
プリンは照れくさそうに体をくねらせる。
犬であるはずなのに、その動きは実に妖艶だ。
ひとしきりモジモジすると、プリンは猫なで声ならぬ犬なで声を出した。
『プリン、って呼んでくれよ』
ほう。
プリンは俺に新たなる扉を開けさせようとしているらしい。
だが俺はこれでもノーマルだ、そういう特殊なジャンル好きではない。
「プ、プリン」
噛んだのは別に焦ったからじゃない。
そう、俺にはまだこの扉は早すぎる。
『へへ、やっぱ悪くないな』
はい開いたー! 新たなる扉ちょっと開いたー!
みんなこうやって大人になっていくんだなって。
『ところで、あんた俺に聞きたいことがありそうだったな』
そうだった。俺はすっかり本題を忘れてしまっていた。
でもそれが俺の良いところなんだよな。
良いところと言えば、あれは俺が小学四年生のときのことだ。
近所にミヨちゃんって名前の女の子がいてな。
ミヨちゃんはいつも赤い靴を履いていたんだ。
でも一学期の終業式の日、彼女はなんと青い靴を履いてきたんだよ。
もちろん、聞いたさ! なんで赤い靴じゃないのかってな。
そしたらミヨちゃんはこう言ったんだ――。
おっと、また本題からそれちまったぜ……。
話をもとに戻そう。
「お前はなんで俺のことを勇者って呼ぶんだ?」
この発言にプリンはキョトンとした顔をした。
『……あんたが聞きたいのはそんなことなのか?』
やばい、なんかフラグ折った気がする。
『逆に聞きたいが、あんたは勇者じゃないのか?』
「ここまでに得られた情報を総合すると俺が勇者である確率は限りなくゼロだ」
『なんか難しい言い方するんだな。俺頭悪いからよくわかんない』
「勇者じゃないようです」
『ふーん』
プリンは首を傾げて俺の瞳をジッと見つめてきた。
やめろ。目と目が合う瞬間好きなんだと気づいてしまうだろ。
『ま、あんたが本当に勇者かどうかなんてどーでも良いんじゃないの』
プリンは俺の足元までポテポテ歩いてくると、背中を預けるようにペタンと座った。
『少なくとも俺にとってマサオは勇者なんだ、それだけだよ』
俺の中でくすぶっていた何かが、一つ消えた気がした。
◇◇◇
「で、なんでお前ついてくるんだよ」
『別に良いだろ、行く当てがないんだ』
俺はおばちゃんたちのところに向かっていた。
そろそろ傷も癒えた頃だろうからな。
ただ困ったことにこのしゃべる犬、プリンがついてきて――。
「って、あああああああああーー!?」
『な、なんだ。どうした』
とんでもないことに気がついてしまった。
あまりの大声にプリンが耳を伏せてしまっている。
「犬が、しゃべってるぅうううう!?」
『今なのか? それ今気がつくことなのか?』
びっくりして腰を抜かした俺を呆れたように見るプリン。
しばらくするとプリンは俺の顔にちかづき、頬をペロリとなめた。
もうこれ俺の嫁だろ。
プリンルートでも良い気がしてきたわ。
「あ、勇者さまー! こっちこっちー!」
エミーの声が、俺を現実に引き戻す。
そうだ、俺にはまだエミールートがある。
早まってはいけない。早まるな、俺。
「みんなの怪我は治ったのか?」
「うん! ほら見て見て!」
エミーが俺にぴったりと体をくっつけて全快した腕を見せつけてくる。
もうこれ俺の嫁だろ。
「おかげさまで僕もこの通りですよ!」
バルトロメウスが俺にぴったりと体をくっつけて傷跡を見せつけてくる。
別にお前のは見たくない下がれ。
「マサオちゃん。おばちゃんたち、あんたを待ってる間練習してたんだよ」
練習?
何をだ?
そう思う間もなく三人は横一列に並びアレを始めた。
「「「まさにそのとき! 晴天のへきれき!」」」
俺の中でくすぶっていた何かが、一つ燃え上がった気がした。
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