第8話 お前だったのか
「……バカとは、ずいぶんな……言い方じゃないですかぁ……」
「ってお前生きてるのかよ! そこは空気読めよ!」
「えぇ……マサオくんが、助けてくれたじゃないですかぁ……」
「なんで動いてなかったんだよ」
「怖くて、意識を失ってました……ははは」
なんとも頼りない男だ。
なぜこいつが勇者と呼ばれてるのか実に不思議だな。
「勇者さまー!」
エルフの幼女が俺に抱きついてくる。
栗色の髪にあどけない顔、小動物のようなかわいらしさ。
そして幼女特有のこの香り。
ミルク。ミルクの香りなんだろうか。
――ああ、この子だけでも現実に持ち帰りたい。
「そういえばなんで俺のことを勇者だって思ったんだ? 俺の体からあふれ出る最強勇者オーラに気づいてしまったのか? 惚れたのか?」
「えー? お兄ちゃんが自分で言ってたじゃないのー」
聞いたか?
お兄ちゃんだぞ、お兄ちゃん。
全国の男子高校生が幼女に言われたい言葉ランキング一位だぞ。
「お兄ちゃん聞いてるの?」
「え? ふひひ。聞いてる聞いてる」
「自分で俺は勇者だよって言ってたでしょー変なお歌の後に」
「ちょっと待てその変な歌の話はやめようか」
そうか、そういや自分でそんなこと言ったな。
ということはやっぱり客観的に見て俺が勇者に見えるわけじゃないのか。
……いや、待てよ。
もう一人俺のことを勇者と呼んでいた奴がいたな。
戦い方を教えてくれたあの声はいったい何者なんだ。
「あんた、すごいじゃないか! まさかギュンターを倒しちまうだなんて!」
必要以上に大きな声量の方を振り向くと、そこにはトマトをくれたおばちゃんがいた。
おばちゃんという生き物はどの世界でも声が大きいものなのだ。
「おやまあ、バルトロメウスさん大丈夫かい。大分ひどくやられたねぇ……」
「おばちゃんこいつのこと知ってるのか?」
「私は世界の果ての天気からご近所の家具の配置まで、何でも知ってるからねえ!」
「マジかよ」
「あんたのその剣、暖炉の上にあったやつだろう?」
「マジかよ……」
おばちゃんという生き物はどの世界でも情報収集力に優れているものなのだ。
「なんでも知ってるなら聞きたいんだが、この辺に腕の良い美少女ヒーラーはいないのか」
「あぁ、いるよ」
「こいつが死ぬ前に呼んでもらえると助かるんだが」
「もう、いるよ」
「どこだよ」
「ここだよ」
そう言うとおばちゃんは魔法少女のようなぶりっ子ポーズと共に何やら詠唱を始めた。フワリとスカートが舞い上がる。見えそうで見えない、見たくない。
ウッソだろ、ヒーラーって言ったら可愛い子って法律で決まってるのに。
って言うかお前美少女ヒーラーに突っ込めよ、何ご満悦な顔してるんだよ。
「さすがに若い時のようにはいかないねぇ、ちょっと時間がかかりそうだよ」
「おばちゃんに若い時があったことに驚きだよ」
「何言ってんだい、若い時は可愛いヒーラーとしてそれはそれは有名でね」
そう言うと、おばちゃんはウインクしながらこう続けた。
「ここだけの話、恋愛沙汰で五パーティも崩壊させたんだよ。あっはっは!」
トクン。
俺の心臓がイヤな鳴り方をした。
いいか? 俺は勇者じゃなかった。
抜群のコミュニケーション能力もなかった。
残ったのが何かわかるよな。可愛いヒーラーだ。
まさかな。ハハ。まさかな。
もしそうだったらあの女神潰す。
「そっちのエルフのお嬢ちゃんも腕をケガしてるね」
「ぎゅんたーにやられたの」
「え、アイツお前の父ちゃんじゃないのかよ」
「パパはいないよ」
「どういうことだい、おばちゃんに話してごらん」
エルフの幼女は少し目を伏せると、小さな声で話し出した。
「エミーのパパとママはぎゅんたーにやられちゃったの」
「……もしかしてそれは三日前のことかい?」
「うん」
「なるほどね……」
おばちゃんは俺の方に顔を向け話し始めた。
いちいちウインクしないで欲しい。
「三日前にギュンターに殺された夫婦がいてね。そこのお嬢ちゃんがさらわれた事件があったんだよ」
「だれも助けてくれないし、話しかけてもくれないの」
「なんせあのギュンターと一緒にいた訳だからねぇ……みんな怖くて手を出せなかったんだよ」
「だから、自分でなんとかしようと、エミー逃げ出したの」
言われてみれば俺が初めてエミーに会ったとき、彼女は走っていた。
ギュンターに追いかけられていたのか。そう考えると色々と辻褄が合うな。
「そしたら勇者さまが話しかけてくれて……」
エミーは俺の顔を見つめると、お日様のような笑顔をした。
可愛いなぁ、食べちゃいたい。
「変なお歌をしてくれたから嬉しかったの」
「うん、その変な歌の話はやめようって言ったよね?」
「なんだいその変な歌って。おばちゃん興味があるよ」
「おいやめろ。貴様は一番興味を持ってはいけない人間だ」
脳裏に中学二年生の記憶がよみがえる。
当時の俺は授業中に「ぼくのかんがえたさいきょうのキャラ」を書くのにハマっていた。
その日は特にノリにノッていたんだろうな。次から次へと設定が思い浮かんだ。
だが、俺はあまりにも夢中になりすぎた。
教師が隣まで来ていることに気がつかなかった。
奴は俺のノートを奪い取ると、とんでもない行動に出たんだ。
「暗黒の追跡者 ≪デス・チェイサー≫ 口癖は"ふっ、相手にならんな" 得意技はデスファイナルアタック 誕生日は……」
ああ! あろうことか奴は俺のノートを朗読しやがったんだ!
しかも英語教師だったからデス・チェイサーはネイティブ発音だ、畜生!
ひとしきり設定を読み終えると、奴はノートを返しながらこう言った。
「マサオ、暗黒はデスじゃなくてダークネスだぞ。」
……あのときはクラス中に知られるだけですんだ。
だがこのおばちゃんに知られたら世界の果てにまで届いてしまう。
それだけは避けなくてはいけない。
「ところでおばちゃん、さっき俺に対して指示してた声を知らないか」
「あれだけ大勢いたからねぇ、そんな人がいたことすら知らないよ」
「そうか、探して礼を言ってきたい。ちょっと二人を任せていいか?」
「もちろんよ! おばちゃんに任しとき!」
うまく話題をそらせた。これで大丈夫だろう。
俺は声の主を探すためにその場を離れた。
◇◇◇
ギュンターとの戦いが終わって大分時間が経ったからだろうか。
あれだけいた観衆たちも大分ひきあげてしまっていた。
「もういないかもしれないな」
会って一度礼を言いたかったな。
そして女の子だったら婚約相手になってほしかった。
『俺を探してるんだろ、マサオ』
聞き覚えのある声。
そうか、男なのか。
そうか……。
『ここだ、ここ』
俺は完全に女戦士だと思ってたんだけどな。
ビキニアーマーを着てておっぱい大きくてさ。
そんで道中俺と結婚式を挙げて子供が二~三人できてさ。
『おいマサオ! 聞こえてるんだろ!』
「ハイハイ、聞こえてるよ……」
露骨にテンション下がりながら声のした方を見る俺。
だが不思議なことに、そこには誰もいなかった。
「うん?」
『もっと下だ、あんた結構にぶいんだなぁ』
ゆっくり視線を下に向ける。
「マジか、お前だったのか……」
そこにいたのは、あのときの犬だった。
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