第7話 俺だけいきなり中ボス戦なんだが

 俺の腕の中で幼女が小さく震えている。

 ドワーフたちはまだ何か起きたのか把握できてないのだろう。動きがない。

 フンボルトとかいう奴には悪いが、このまま逃げ出せば二人は助かる。


 もし、俺が勇者だったら戦ってやりたいさ。

 だけど、俺は勇者じゃなかった。

 

 だからここは逃げるしかないだろ。仕方ないんだ。


 そう自分に言い聞かせて逃げようとしたそのとき。

 フンボルトが信じられないことをしゃべりだしやがった。


「……き、君は……マサオくん、かい?」


 マジかよ。なんで俺の名前を知ってるんだ。

 この異世界で俺のことを知ってるのは女神とブリュンヒルデしか――。


「ブリュンヒルデに、伝えてくれ……愛してる、と……」


 それは死亡フラグだぞ、やめとけ。

 ……ん? 彼女を知ってるということはこいつ……。


「お前、バルトロメウスなのか」


 エルフの男は力なく笑った。

 なんてこった、こいつがブリュンヒルデの旦那なのか。

 フンボルトってのは姓か称号か、きっとそういうやつなんだろう。


「おい、フンボルトをまず黙らせろ。それからアイツだ」


 ギュンターの言葉を聞いたドワーフが身の丈ほどある斧を振りかぶる。

 くっ、仕方ねぇ……!


 鋭い金属音があたりに響き渡る。

 観衆の声が、消えた。


「ほう、小僧なんの真似だ」


 目の前に迫る斧の刃。

 それを押しとどめようとする俺の剣。

 はっきり言って腕力の差は明らかだ。


「小僧って、呼ぶんじゃねえ」


 両腕が震える。

 徐々に押し負けているのがわかる。


「俺はマサオだ!」


 ギュンターが口笛をふき、拍手をした。

 そして背中から大剣を選び出すと肩に引っ担いだ。

 あれはツヴァイハンダーってやつだ、ゲームで良くみかける。


「おい、ゲルト。お前ちょっと下がれ」


 俺の顔から数センチのところまで迫っていた斧の動きが止まる。


「良いんですかい?」

「良いから下がれっつってんだろ」


 ゲルトと呼ばれた男は斧を引くとしぶしぶ下がっていった。

 これはあれか。俺の男気に感じ入ったギュンターが許してくれる的な展開か。

 

「俺の手でコイツをぶった斬ってやりたくなったのさ」


 だよな、知ってた。

 俺はここで十四番目の犠牲者となるのか。

 偶数は気持ち悪いからせめて奇数番目が良かったな……。


『勇者よ! 右に飛べ!』


 反射的に右に飛ぶ俺。鳴り響く轟音。

 振り返るとさっきまで俺がいたところに大剣が振り下ろされている。

 あそこにいたらとっくに真っ二つだったに違いない。


「おやおやぁ? 今のはまぐれだよなぁあ?」


 ギュンターはニヤニヤ笑いながら大剣を引き戻すと、中段に構えた。


『左に飛べ! 突きが来るぞ!』


 無我夢中で左に飛び込む。

 大剣が俺の真横を突き抜けていく。

 恐ろしい風圧だ、当たったら確実に命が吹き飛ぶだろう。


『ボーっとするな! 剣を振れ!』


 俺は慌てて剣で切り払う。

 しかしギュンターの鎧に弾かれてしまった。

 ブリュンヒルデのところから持ってきた剣はただのロングソードだ。

 モンスターや布製の服相手ならともかく、コイツの鎧には正直無力だ。


『あんた下手くそだなぁ』


 この声はどこから聞こえてくるんだ。

 気になるがあたりを見回す余裕なんてない。

 今はこの戦いに集中するしかない。


「行くぞ、ギュンター!」

「かかってこいよ、小僧が!」


 ギュンターはとんでもない相手だった。

 体重を乗せた大剣が空を斬るたびに凄まじい音がする。

 大剣が地面に叩きつけられるたびに衝撃でクレーターができる。


「お前あとでその地面の穴ふさげよな!」

「ふん、良いだろう。貴様のむくろでふさいでやるわ」


 これ異世界について最初に戦う敵じゃないって。

 ふつうスライムとかゴブリンだろ、なんで俺だけいきなり中ボス戦なんだよ。


 普通に考えれば十秒で勝敗は決してるような実力差だ。

 不思議な声の指示がなければ俺はたぶん二十回は死んでると思う。


「勇者さま、がんばって!」


 エルフ幼女の声が耳に届く。

 その声に触発されたのだろうか。

 観衆たちが口々に叫びだした。


「マサオ! マサオ!」

「ギュンターを倒してくれ! マサオさま!」

「マサオくーん! 私がついてるわよー!」


 観衆が俺に味方したことへの怒りか。

 もしくはなかなか仕留められない焦りか。

 次第に、ギュンターの顔から笑みが消えていく。

 それとともに大剣にこめられた力が強くなっていく。


 逆に俺の剣の振りは鈍くなっていく。

 全身が鉛のように重くなっていく。


 いくら攻撃を回避してもこっちは決定打を与えられない。

 鎧を着てる敵なんてどうすりゃ良いんだよ。

 ゲームではそんなこと教えてくれなかったぞ。


 回避するのにだって体力はいる。

 六年連続帰宅部皆勤賞だった俺にはそろそろきつい。


「これで終わりにしてやるわぁ! 俺に逆らったことをあの世で後悔しろぉ!」


 ギュンターは反動をつけると、大剣を思いっきり振りかぶった。

 もう避けるのは厳しい、どうすれば――。


『いまだっ! 懐に飛び込み脇を狙えぇええ!』


 ズンッ


 鈍い音がした。


 俺の剣が奴の脇に深々と突き刺さっている。


 両手に重たい抵抗がかかるのがわかる。


 この抵抗が、人を斬るということなのか。


「うぐぉあああぁぁあああ!」


 その場に崩れ落ちるギュンター。

 取り巻きのドワーフたちが慌てて駆け寄ってくる。


「お、おかしら!」

「大丈夫ですか! おかしら!」

「早く連れてくんだ! なにしてやがる!」


 奴は死んだのか、生きてるのか。

 それは良くわからない。

 確かなのは俺が生き延びたということと――。


「バルトロメウス……」


 ブリュンヒルデの旦那が死んだということだ。

 さっき守ってやったのになんでだよ。


 倒れて動かないバルトロメウスの元へ歩み寄る。

 すでに相当痛めつけられていたのだろう。服のあちこちが擦り切れ、破れている。


「お前のことはよく知らんが、勝手に死にやがって。このバカが」


 いったい俺はどんな顔をしてブリュンヒルデに会えば良いんだよ。

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