第6話 もしかして俺は勇者じゃないのか?

「ふーこれうまいな、朝からなんも食ってなかったから余計にな」


 俺はトマトを食べながらさっきの話を思い返していた。

 七日間で十三人を殺したというドワーフのギュンター。

 この街では奴に口出しできる人はおらず、悪事を働き放題らしい。

 そんなとんでもない男に絡まれた俺。


「ま、どうせ夢なんだから殺されても平気なんだろうけど」


 でもブリュンヒルデに帰るから心配するなって言っちまったしなぁ。

 チラッと左腕に抱えたカゴに目をやる。そこにはおばちゃんから貰ったトマトがみっしりと詰まっていた。これを彼女にも食べさせてやりたいな。


 しかし当面の問題は、エルフ幼女を無我夢中で追いかけていたせいで完全に家を見失ってしまったことだ。


「この曲がり角の先に交番あったりしてな! なーんてファンタジーだからあるわけないかー!」


 おどけて飛び出した俺の前にいたのはリザードマンの子供二人だった。

 あきらかに「なんだコイツ」って目をしてる。

 現実の俺だったら「あ、すいません。ハハ……」って言って猫背になりながら去るだろう。

 だがここは異世界だ。何も恥じる必要はない。


「やあ、そこの少年たち。俺の家を探す手伝いをする権利をやろう」

「何言ってんだこのおっさん」

「おっさん!」


 おっさん。


「おいお前ら聞き捨てならないな俺はまだ十八歳だしおっさんじゃないしそりゃ小学生のときのあだ名はマサおっさんだったけどそれとこれは関係ないだろ大体」

「早口キモい」

「キモい!」


 くそっ、子供っていうのは実に残酷だ。

 まるで俺が子供だったときのようなガキたちだ。


「ボクたち忙しいんだから邪魔すんなよな」

「すんなよな!」


 そう言うと彼らは俺に背中を向けて棒切れで何かをつつきだした。

 アリの巣でも潰してるのかと思って覗いてみると、そこにはモフモフしたものがいた。


「そのモフモフしたものはなんだ、ボーイズ」

「おっさんまだいたのかよ」

「いたのかよ!」

「そこのさっきから繰り返してる奴ちょっと黙ってろ、地味に腹立つ」

「腹たつからしてるんですぅ~」

「してるんですぅ~!」


 よし決めた。切り捨てよう。

 そう思ったときモフモフが顔を出した。


 その生き物はとても変わっていた。犬のような耳を持ち、犬のような目をして、犬のような鼻で、犬のような口をしていた。犬だなこれは。

 もしこれが魔物だったら間違いなく助けて俺の配下にする。仲良くなった頃に人間化して俺のハーレムに入ってくれるだろうしな。しかし犬では期待薄な気がする。


「あ、顔を出したぞ。つつけつつけー」

「つつけつつけー!」


 子供たちはふたたび棒切れでつつきだした。さほど強くつついてるわけではないが、犬はいやがってまた丸くなってしまった。少し胸がざわつく。


「お前ら、それくらいでやめてやれよ」

「なんでおっさんの言うこと聞かなきゃいけないんだよ」

「いけないんだよ!」

「なぜならな……俺が勇者だからだ」


 かっこいい。俺かっこいい。

 一度こんなセリフを言ってみたいと小学生のころから妄想していた。

 これできっとこの子供たちも引き下がるだろう。

 だってよ、勇者なんだぜ?


「アハハハハハ! お前も勇者なのかー?」

「勇者なのかー?」


 引き下がらねぇ。それどころかさらに調子づいてる。

 ……ん? お前"も"? どういうことだ。


「じゃあ、お前もフンボルトなんだなー!」

「フンボルトー!」

「なんだよそのペンギンみたいな名前は」

「勇者って言ったらフンボルトだろー!」

「知らないのかよだっさいなあ、お前!」


 くそ、こいつ繰り返してただけの方がマシだったな。

 ……しょうがない、この手は使いたくなかったがやむをえまい。


「お前らあんまりナメるなよ……」


 俺は、おばちゃんから貰ったトマトが詰まったカゴをそっと丁重に差し出した。


「これをやるからどっか行きな」


 空気が変わった。

 さっきまで明らかに俺のことをバカにしていた2人の目つきが変わる。


「トマトじゃん」

「トマト」

「……もらっていいの?」

「たべたい」

「お前ら手のひら返しすごいな、おい」

「リザードマンはドワーフと仲が悪いんだ」

「だからトマトなんてめったに食べられないんだ」

「1個ちょうだい」

「1個ちょうだい」


 リザードマンにはトマトを栽培する権利がないんだろうか。

 異世界には異世界のルールやいざこざがあるんだな。


「誰がトマトを一個やるなんて言ったよ」

「え」

「くれないの?」


 俺は精一杯のキメ顔をしてこう続けた。


「全部もってけよ」


 リザードマンの子供二人は何度も何度もお辞儀をし、お礼を言った。

 手を振りながら去っていく彼らを見守る俺のもとに残されたのは、食べかけのトマト一個と犬一匹。


「ふむ……」


 ここにきて俺にはある一つの考えが浮かんでいた。

 なんとなくそんな気はしてたが認めたくなかったことだ。


「俺、勇者じゃないんじゃね?」


 エルフの幼女は俺に惚れてくれなかった。

 ドワーフに一発殴られただけで気絶してしまった。

 そしてリザードマンの子供の話では他に勇者がいるらしい。

 勇者が異世界1つにつき一人と決まったわけではないが……。


「あと抜群のコミュニケーション能力ないよな」


 ラップは正直すべってた。思い出すと枕に顔をうずめてバタバタしたくなる。

 リザードマンの子供たちにも、トマトを差し出す前は終始バカにされていた。

 ドワーフのおばちゃんとはまともに会話できたが、もともと現実でもなぜかおばちゃんとは話せる。


 さいわい異世界の言語は理解できてるようだが、まさかこれを抜群のコミュニケーション能力と言い張る気か?


「出会って三秒で俺への好感度MAXになる可愛い天使ヒーラーどこだよ……」


 出会って三秒で俺の顔面にパンチを叩きこむヒゲモジャ岩ドワーフになら会えたが。


「なあ、お前はどう思う? 俺は勇者マサオか?」


 俺はつい犬に語りかけていた。犬は耳をピンと立てて話を聞いてくれているように見える。

 顎の下をなでてやると気持ちよさそうに目を細めた。


「これお前にやるよ」


 食べかけのトマトを差し出すと、犬はものすごい勢いでかぶりついてきた。

 もしかしたら数日何も食べてなかったのかもしれない。

 その様子がおかしくて見つめていると、騒ぎ声が聞こえてきた。

 顔をあげて見渡すと人だかりができてるところがある。


「ほかに行くところもないしちょっと見てみるか。おいワン公、またな」


『ありがとう』


 心なしか犬がそう言ってくれたような気がした。


◇◇◇


 人だかりは想像以上の大きさだった。

 ぐるりと人々が大きく囲み、その中心にはドワーフがさらに五人ほどいる。よく見るとさらにその中に誰かいるようだ。


「勇者さんよう、言いたいことはそれだけかい、ガハハハハ」


 勇者? あの中に勇者がいるのか?

 俺は人混みをかきわけてよく見えるところまで移動した。

 そこにはドワーフたちに囲まれて這いつくばっている男のエルフがいた。


「フンボルトなんて大層な名前しやがってよう、名前が泣いてるぜ!」


 間違いない、リザードマンの子供たちが言ってた名前だ。

 ということはこのエルフが勇者なのか? しかし……。


「……みなさん、やめてください……。往来では、迷惑になりますから……」


 あまり勇者って感じはしないな。しゃべり方は弱々しいし、服装も教授とか学者といった風だ。

 なんとかしてやりたい気もするがトマトはもうない。そもそもトマトで引き下がってくれるような人相でもない。

 特にあの立派なヒゲをたくわえてエルフの幼女を連れてふんぞり返ってるドワーフはやばそうだ。


「ギュンターさま、こいつどうしやす?」

「そうだなあ、そろそろ飽きてきたし絞めちまうか」


 ギュンター! やばいあいつだ。

 いそいでここから離れないと。


 そのとき、あのエルフの幼女がこちらを見た。

 しまった――俺だと気づかないでくれ。


 しかし、その願いはあっけなく打ち砕かれた。

 彼女は俺の顔に気づくなり叫んだのだ。


「勇者さまだ!」


 観衆の視線が、

 ドワーフたちの視線が、

 いっせいに俺に向かう。


 その瞬間、彼女は弾けたように駆けだし俺の胸の中に飛び込んできた。


「助けて! 勇者さま!」


おい、どうなってんだよ、これ。

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