第5話 まさにそのとき! 晴天のへきれき!

 異世界の主人公で思い出したが俺には女神から授かった設定があるはずだ。


 すなわち――

 勇者である

 抜群のコミュニケーション能力を持つ

 この異世界で一番可愛くて俺にべた惚れのヒーラーの子がいる

 以上三つだ。


 とりあえずこの設定を確かめることが先決だろう。

 まずはステータスウィンドウ的なものを開いて勇者かどうかを……。


「まさにそのとき!

 晴天のへきれき!


 エルフの幼女が登場。

 揺れるのは純情な感情。


 すぐに結婚。

 しなきゃ損々。


 俺は勇者。

 恋の患者。


 ヘイヨー!」


 気がついたら俺は、目の前を駆けていたエルフ幼女にラップを披露していた。

 凡人はこの行動をおかしいと思うだろう、だがこれには重要な意味が隠されているのだ。


 まず、俺が勇者かどうかこれで判別できるのだ。

 勇者というのはどの異世界でも常にモテモテである。

 女子にニッコリ微笑みかけただけで惚れられる。

 頭をなでただけでも惚れられる。

 駆け足で追いかけても惚れられる。

 この子が俺に惚れたら、それこそが勇者である証明になるだろう。


 次に、抜群のコミュニケーション能力を確認できる。

 コミュ充と言えば陽キャだ。陽キャと言えばバーベキューとラップとバンドだ。

 今俺はラップを披露した。つまり俺は陽キャだ。

 これほど明確な論理があるだろうか。


 最後に、異世界のエルフ幼女は信じられない透明感を持ってるということだ。

 邪念やけがれをいっさい知らない無垢な瞳。それでいて妖しい魔力を秘めているしなやかな肢体。

 異世界のヒーラーは例外なく可愛い。この子は可愛い。つまりこの子はヒーラーではないのか?

 俺は彼女をハーレムの先鋒として迎え入れたいと思う。


「やあ、俺は勇者だよ」


 ニッコリと微笑みかける紳士な俺。

 エルフ幼女は肩を上下させながら俺のことを見ている。


「大丈夫、怖くないよ」


 頭を二回ポンポンしてあげる。

 すると彼女は何かにビクッと反応したように、突然後ろに駆け出してしまった。


 そうか、追いかけっこをしたいんだな。

 エルフとはいえそこは小さな女の子。子供らしい遊びに苦笑しつつ俺は追いかけることにした。

 往来を風のように駆ける彼女。猛追する俺。飛び散る汗。


 ふふ、青春ってこういうことなんだな……。

 しかし……遊びにしては……ハァハァ……ガチ逃げするんだな……。


 ようやく追いつくとそこは袋小路だった。

 彼女は壁を背にし俺の方を怯えるような目で見ている。


「ハァハァ……早い、マジ早い……」

「助けて……お願い……」


 助けて? 何かに追われてるのだろうか。


「後ろ……」

「え、後ろ?」


 振り返るとそこには立派なヒゲをたくわえたドワーフの男がいた。

 街中だというのに兜・鎧に身を包み、背中には山のように武器を背負っている。


「あ、ハハハ……エルフのお父さまなのにドワーフなんですね、ふへへ」


 なんとかごまかして逃げよう。

 そう思った俺の目に映ったのはドワーフの岩のように大きな拳だった。


◇◇◇


「起きなさいよ、あんた、ほら」


 どこからともなく中年女性の声が聞こえる。

 聞き覚えのあるこの声……そうか、ついに夢から覚めてしまったのか。

 結局異世界でできたのはエルフ幼女との追いかけっこだけか……。


「母さん、もうちょっと寝かせてくれよ……」

「誰があんたの母さんだよ」


 頭をぶん殴られた衝撃を感じる。

 驚いて目を開けると、そこには体格の良いドワーフのおばちゃんがいた。


「大丈夫かい? 鼻を思いっきり殴られたみたいだけど」

「どちらかというとおばちゃんのパンチの方が痛いんですが」

「あっはっはっは! そんな冗談を言えるくらいなら大丈夫そうだね!」


 冗談ではないのに……ずきずきする頭をさすりつつ立ち上がる。

 ドワーフのおばちゃんは俺の服についた砂を払いながら話しだした。


「あんた運が良いね」

「え? ぶん殴られたのに?」

「ギュンターに絡まれて命を落とさなかったんだからね」


 ギュンター。

 おそらくさっきのヒゲドワーフのことだろう。


「あいつそんなにやばい奴なんですか」

「そうねぇ……」


 砂を払い終えたおばちゃんは指を折り何かを数えだした。

 そしてため息をつくとこう続けた。


「十三かな」

「じゅうさん?」


 おばちゃんは急に神妙な顔をすると、こっそり俺に耳打ちした。


「この七日間で殺された人の数だよ」

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