第3話上田

平日のお昼過ぎと言うこともあって上田駅は人並みも少い。東京の駅のように年がら年中混み合っていて早足で歩かなくてはいけないという無言の圧力がこれっぽっちもないところが気力のない今の私にはちょうど良い気がした。

そんな穏やかな時間の流れる上田駅の階段をゆっくりと下り客待ちのタクシーに乗り込んだ。

真田方面を運転手に告げると私はただひたすら車窓から見える景色を眺めていた。山が見えるって落ち着くっとつい言葉に出してしまったのを聞き逃さなかった運転手は「360度どこを向いても山ばかりですよ長野は」っと答えてくれた。会話はそれ以上続く事もなく料金メーターの音だけが響いた。

30分もすると中学校が見えてきた

お婆ちゃんの家まで少し距離があるが学校前で下ろしてもらい歩く事にした。校庭にはジャージを着た学生達が大きな歓声をあげてバレーボールの授業をしているのが見える。

あの頃は良かったなぁ~勉強と恋愛事だけ考えていれば良かったもん!

まさか十年後、職場のいざこざで心を痛めて人間不信になるなんて思いもよらなかった。

そんな独り言を言いながら15分ほど歩くと立派な時代の流れを感じる古い民家が見えてきたそれが母の実家であるお婆ちゃんの家だ。

古い建物だがどことなく風格があって私は幼い頃からこの家に惹かれていた。ここだけでひと部屋出来そうなくらい広い玄関から私は

「ごめんください」

っと声をかける

迎えてくれたのは母の妹の稲子おばちゃんと旦那さんの耕作おじちゃん

「よく来たよく来た」

まるで幼い子供がひとりで訪ねて来たかのような優しい眼差しで私を見つめる。泣くつもりなどこれっぽっちもなかったのに頬に一筋の涙がこぼれ落ちたことに私自身もびっくりした。二人は私の涙の訳を聞く事もなく何事もなかったように会話を続ける「麦子からもしかしたら桃子が行くかもって電話をもらってねぇ慌てておじちゃんに若い人が好きそうなお茶菓子買って来てって頼んだら

おじちゃん何買ってきたと思う?

かりんとうとカステラ買って来たんだよ。カステラはわからなくもないけど何故かりんとう?って聞いたらね若者は歯が丈夫だから歯ごたえのあるものを好む、桃子は女の子だから甘いものが良いだろうって考えて硬くて甘いかりんとうにしたんだって」

稲子おばちゃんは呆れたようにおじちゃんの事を話してくれたが私は昔からちょっと変わったチョイスをするおじちゃんが好きだった、高校生になった私に「桃ちゃんは漫画が大好きだろう?いつも遊びに来るとき沢山漫画を持って来てたのおじちゃん思い出してな、桃ちゃんにサプライズって言うんだっけ?喜ばせようと思って漫画買っておいたぞ!」そう言っておじちゃんは自慢げに付録付きの月刊誌を私に見せた。

「女の子に人気だってテレビでやってた」

私の喜ぶ顔見たさに買ってくれたおじちゃんの気持ちも嬉しい

しかしながら女子高生が今時付録付きの漫画ってっという複雑な感情を私は上手く隠しつつおじちゃんの期待通りのリアクションでそれを受け取った。今となってはそれも素敵な思い出だ。

少し濃いめの緑茶とおじちゃんセレクトのかりんとうは思いのほか美味く私はお茶を何度もお代わりした。









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