5-4奮闘

 うーむ、どうなってるんだ。

 もう三十分も検討しているが未だに解決できずにいる。

「2二馬、4二玉、5一馬、同玉、5四香、4二玉……うーん、ダメね。見えてこないわ。この玉のどこに活路があるのかしら」

「これづめなんじゃないか?」

 俺はぽろっと疑念をもらす。

「これが不完全作だと言うのか?」

「あぁ。狭山宗介氏がこの詰将棋作ったんだよな、たぶん。なら、宗介氏には失礼だが、この詰み筋を見落とした可能性もあるんじゃないか?」

「かもしれないわね。でも私たちが見落としているのかもしれないわ。宗介氏には見えた絶妙の受けが」

 香子の言うことにも一理あるが、三人で寄ってたかって三十分も解けないのは、やはりおかしいんじゃないのか。

「俺は風岡の意見に賛成だな。宗介氏は駒の成りを封じることで、攻方の手順を限定するところにまで気を配っている。それを踏まえると、この作品が余詰のある不完全作だと言うのは考えづらい」

 うーむ、確かに。それに、俺たちの考えついた順は割と直観的なもので、特別難しい順ではない。自分の実力不足を棚に上げて、作者を侮辱するようなことは言うべきじゃなかったな。

「とはいえ、それを疑いたくなるほど何も見えてこないわ。5一馬に4三玉では詰んでしまうのは明確だから、5一馬には同玉しかないのは確定。そうなると攻方の5四香が飛んできてしまうのよね。これは合駒が利かないから避けるしかないし、って考えていくとやっぱり私たちの考えた詰み筋以外にはないのよね」

「もしかして、合駒が利くとか……?」

 俺はダメ元で提案してみる。

「いや、それはないだろう。何を合駒しても明らかに同金で詰みだ」

 銀にあっさりと論破された。

 だよな……。そもそも最初に合駒が利かないって言い出したの俺だしな……。

「いえ、待って。桂介、あなたいいところに気づいたかもしれないわ」

「え? どういうことだ?」

「走り駒を近づけて受ける、ちゅうあいよ」

「は?」

「なるほど! その手があったか!」

 いや、なんか二人は盛り上がっているようだが、俺にはさっぱりわからん。なんだ中合って。俺は知らないぞ。

「桂介、もしかして中合を知らないの?」

「あぁ、知らん。俺がやったことのある詰将棋には出てきたことがないな」

「指し将棋はやらない土橋が知らないのも無理はない。将棋には『おおごまは近づけて受けよ』という格言があってな。遠くから利く走り駒を近づけることで、受けが利くようになったりするんだ」

「その格言通りにただ取られるだけに見えても実はそれ以上の効果を生む合駒をすることを中合と言うのよ」

 銀と香子はわかりやすく説明してくれたので、なんとか理解できた。

「なるほど。飛車とか角を離して打つことで詰むみたいな詰将棋ならやったことはいくつもある。その逆パターンか」

「そうだ。攻めるときは離して、受けるときは近づけて、これが基本だ。もちろん例外はあるがな。まあ、例外については今はそれどころじゃないから説明はしない」

 うむ。今大事なのはその中合ってのが、この詰将棋を解く鍵になるのかどうかだからな。

 俺たちは早速検証することにした。

「5四香に5三歩ってことだよな」

「えぇ、同金や同香成では王手にならないから、同香不成としてみると……」

「4二玉に5三金や5三香成とできないから、王手をかけるなら5二金か5二香成だが、それなら4三玉から脱出できるぞ」

「おぉ、やったな! 詰まないじゃないか!」

「詰まないことがわかってもしょうがないのよ、桂介。詰ますのが目的なんだから」

 にわかに歓喜した俺を、香子はたしなめた。

 そうだった……。長い時間詰まない方法を考えていたせいで、詰まないことが発覚して喜んでしまったが、それじゃ詰将棋にならないな。

「5三歩に同香不成とできないなら、ようやく歩が使えるな。5二歩と玉を叩いて、4二玉には5三金から詰むから、4一玉だ」

 銀は水を得た魚のように読み筋を述べる。

「そこで4二歩って叩けば同玉の一手ね」

「あぁ、そこから、5三金、4一玉、5一歩成、同玉、5二金で詰みだ!」

 やっと解けた。と言っても最後の方は、俺は頭の中で並べるのが精一杯で、銀と香子しか喋ってなかったけどな。でもまあこれなら文句のつけようもない詰みだろう。

 銀が自信たっぷりに装置に入力していき、5一歩成のところで止まった。

「忘れていたんだが、この装置だと駒の成りが入力できない」

 あ……。そうだった。宗介氏は装置の設計で駒の成りを封じるという普通の詰将棋とは違う縛りをこの問題に与えているんだ。ということはこの解答は、間違い……?

「大丈夫よ」

 香子はきっぱりと言い放った。

「一段目まで進んだ歩には成る成らないの選択肢は無いもの。この装置は5一歩を5一歩成と認識してくれるわよ」

「なるほど。行き先の無い駒を作ってはいけない、か」

 あぁ、なんか、将棋ってそんなルールあったな。これ以上進むことも戻ることもできない位置に駒を動かしちゃいけない、みたいな。本来の働きができずに、ただ盤上の障害物としてその生涯を終える悲しい駒を作らないようにという配慮か。

「じゃあ、このまま入力を続けるぞ」

 と言って銀は再度入力を始め、解答ボタンを押したが――。

 …………。

 ドアのロックは開かなかった。

「あ、開かない……?」

 銀の整ったせいかんな顔が歪んだ。

 やはり入力できない歩成がまずいのか?

「私たちにはまだ見落としがあったわね。2二馬、4二玉、5一馬、同玉、5四香、5三歩、5二歩、4一玉、4二歩、同玉、5三金、4一玉、5一歩成、同玉、5一金、までの解答。これ、手が込んでて気づかなかったけど、私たち歩を四枚も使ってないわ」

「……ふむ。確かにそうだな。二枚しか使っていない。その上5三金の時に相手の歩を取ってるから、最終的に駒台に三枚の歩が残ってしまうな」

 香子と銀はすぐに解答の不備を指摘した。ならもっと早く気づいてくれって感じだが、俺も気づかなかったしな。

「マジか。こんなに長い詰将棋解いたことないからピンときてねぇけど、それは詰将棋のルール上おかしいな」

 詰将棋は持駒が余ってしまってはいけないのだ。

「っていうことは、歩を合わせたのは最善じゃなかったってことになるのか? ていうかもう俺、頭ん中ぐちゃぐちゃでわからないんだが……」

「土橋じゃなくても、この局面図でこれ以上の検討は難易度が高い。読みのトレーニングが目的ならこのまま続ける方がいいが、今はこの問題を解いてロックを解除するのが目的だからな。ちょっと手を進めた局面図を使おう」

「そうね。5四香と打ったあたりでいいかしら。たぶんそこまでは間違ってないわよね。その局面図を描くから、何を中合すればいいか検討しましょう」

 ありがたい。たぶん香子や銀だけならそのままでも解けるかもしれないが、俺には無理だ。

 クソッ……。足を引っ張っちまってるな。

 考えたくはないが、もしこのドアの向こうが外じゃなければここに残るのは、……俺だな。

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