5-3格闘
香子の描いてくれた局面図を中心に、俺たちは頭を突き合わせる。
詰将棋は王手王手の連続で相手玉に迫っていくゲームだ。局面の先を読む力や、指し将棋における終盤戦の力を磨くトレーニングとして、プロの将棋棋士やアマチュアの将棋指しに親しまれている。それだけじゃない。俺のように指し将棋には大した興味はないが、パズルや頭の体操として、詰将棋だけはやるという人間までいる程度にはポピュラーなゲームだ。毎年、詰将棋を解答する速さを競う大会、詰将棋解答選手権、なんてものまで開催されているらしい。俺は参加したことないけどな。
ルールは簡単だ。王様を詰ます方を攻方、詰まされる方を玉方と呼び、攻方から交互に指していく。攻方は盤面の自分の駒と駒台にある持駒を使い、連続王手かつ最短手順で王様を詰ます。玉方はただ逃げるのではなく、攻方の駒以外の全ての駒を使い、最善かつ最長手順を選んで逃げる。玉方は逃げる際、遠距離に利く走り駒に対して、間に味方の駒を入れることで利きを止める、合駒というのをしていいのだが、取られるだけで詰手順の本質に変化を生じさせない合駒は無駄合として禁止されている。それ以外のルールは指し将棋に準じている。駒の動きは一緒で、持駒の歩を打って相手の玉を詰ます「打ち歩詰め」や同じ列に歩を二枚並べる「二歩」も禁止だ。
さて、このルールに従えば、初手は2二馬、2二歩成、3二歩、3二香の四通りだ。有力なのは2二馬と2二歩成だろうか。
「初手は2二馬で決まりね」
香子が即座に看破する。
「あぁ。歩成も考えられるが3三の地点に利きがある馬の方がいいだろうな」
ふむふむ、なるほど。確かにこの玉は上に広いもんな。3二歩や3二香は、そのお手伝いをしてるだけになるから一考にも値しないってわけだな。
じゃあ二人を信じて初手2二馬だとして、その時の玉方の応手は、4一玉か4二玉だな。この場合、上に広いから4二に逃げる方が自然か。
「2二馬、4二玉に5一馬だな。これには同玉の一手だ」
銀は強力な攻め駒である馬をタダで捨てる、派手な手を示した。
「派手な手だな。詰将棋っぽいっちゃ詰将棋っぽいけど」
「いいえ、派手に見えるけど、きちんと読みの入ったいい手だわ。下段に落とさないとこの玉は捕まえられないもの」
なるほど。「玉は下段に落とせ」って格言通りの筋のいい手なんだな。
「でもなんで同玉なんだ? 4三玉は?」
「それは初手2二馬が功を奏して、3三馬左、5四玉、4四馬までの詰みだわ」
俺の問いに、香子はサラッと答える。
えーっと……なるほど、そうかそうか。譜号でスラスラ読まれるとわかりづらいが、確かに詰むな。
「じゃあ5一同玉で、……5四香か。5五より後ろから打つと、1五の飛車の利きを活かして止められちまうもんな。んで、合駒は利かないから、また4二玉と逃げるんだな」
「そうね。そこで4三香成、4一玉、4二成香で詰みだわ」
おぉ、詰んだな。なんだよ、意外と簡単じゃねぇか。
「じゃあ入力してみるぞ」
そう言って銀はパチパチと入力していく。しかし、急に銀の手が止まった。
「どうしたんだ、銀?」
「いや、これ、駒を成る時はどうやって入力すればいいんだ……?」
確かに。入力装置には成るためのボタンがない。盲点だった。
「もしかして、成らないように詰ませってことじゃないかしら。私たちは4三香成としたけど4三金でも玉は同じように詰むわ。それを一通りに限定するために、駒の成りができない仕様にしてるんじゃないかしら」
なるほど、だから1一や8四には角ではなく馬がいるのか。うまいことを考えるものだ。このシステムを考えたやつは相当な切れ者だな。
「じゃあ、それを踏まえてやり直してみるぞ」
そう言って銀が入力し直す。打ち終えた銀が解答ボタンを押す。
…………。
ロックは開かなかった。どこか違うのか……?
「銀、間違えて入力してないわよね?」
「それはない。確認しながらやったからな」
じゃあどうして……。
「あっ!」
香子が声をあげる。
「どうした、風岡?」
「すっかり忘れてたわ。私たち、とんでもないミスを犯しているわ……」
「……何を?」
俺はまだ香子が何を言っているのか理解できていない。
「持駒よ。攻方の持駒は香が一枚に歩が四枚だわ。でも私たちの手順じゃ歩を一度も使わないのよ」
なるほど。うっかりしていた。詰将棋では攻方は持駒を使い切らなくてはならないのだ。もちろんそれは、玉方の最善を尽くして逃げるという努力によって、使わざるをえなくなるという意味だ。
「つまり、俺たちの手順では玉方の逃げ方は最善ではないということだな」
「えぇ、そのようね」
「いや、でもこれ以上どう逃げるっていうんだ……?」
俺の問いに、二人も即答はできなかった。
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