5-2第三の謎

「はぁ……。まあ、そう簡単には出しちゃくれねぇよな」

「あぁ。仕方ない」

「ねぇ、このドア触ってみて」

 ドアに触れている香子が俺たちにもそうするように促す。

 触れてみると今までのドアとは違ってひんやりとしておらず、むしろ真夏の公園に設置された鉄棒のような熱を帯びているのがわかった。

「あちぃな。ってことはこの先はやっぱり外か……?」

「その可能性は高そうだな。じゃあ大富豪の隠し部屋とは一体なんだったんだ、ということになるが」

「一旦外と繋がっていて、また洞窟に入るってことなのかしらね」

「もしくは、最初から隠し部屋など無くて、この先の空間を守りたかっただけだった、という可能性もあるな」

 香子と銀の説はどれも憶測に過ぎず確証はない。少なくとも今言えるのは、このドアが外に出るためのドアであろうということだけだ。それ以外のことはこのドアを開ければはっきりする。

 なら俺たちのすることはたった一つ。

 このドアを開けるだけだ。

「ま、いいわ。これを解けばわかるんだから。準備はいいかしら。謎解きの時間よ。さっさと解いてしまいましょう」

 そう言って香子は不敵に笑った。

 ドアの熱さにばかり気が向いていて、俺はドアに彫られた今回の謎がなんなのか、全く認識していなかった。視界には入っていたのだが、不思議なもので人の脳は興味がなければ、目という感覚器官からの情報ですら、処理しないようになっているらしい。

 香子の一声で謎解きを始めようとして、そこでようやく俺はドアに彫られた文字列を読んだ。


 ぎょくかた……3一玉、3三歩、1五飛、6一香、6四歩

 せめかた……1一馬、2三歩、6三金、7四銀、8四馬

 持駒……香、歩四


 なるほど。香子の不敵な笑みの理由がわかった。

 香子と銀の最近のトレンド、将棋を題材にした謎だ。しかも玉方や攻方とあることから詰将棋だとわかる。これなら俺も多少なりとも戦力になれるな。それに、

「さっきのドアのところで歩美を残してきたの、今日一番のファインプレーだったかもな」

 歩美には悪いが、俺はニヤリと笑って言う。

「えぇ、神の采配と言っていいくらいね。あの子、将棋の駒の動きどころか名前も知らない、ズブの素人だから」

 そういや歩美は、香子と銀が所室で将棋を指し始めた頃、それを見ていて、「ひょう」を「ほへい」、「きょうしゃ」を「こうしゃ」とか読んでいたな。

「だが、これはどうやって入力すればいいんだ……?」

 銀の言葉にハッとさせられる。

 確かに。これまでの入力装置は数字とアルファベットしか入力できないタイプのものだったからな。

 俺たちは入力装置の周りに集まり、それがこれまでのものとは全く違っていることに気づいた。

 真四角ではなく、ちょっとだけ縦に長い長方形のボタンが、縦に九列横に九行並んでいて、その横に同じサイズの長方形で、飛、角、金、銀、桂、香、歩、と彫られたボタンが、それぞれ一つずつ並んでいた。さらに、これまでのエンターキーに変わって、解答、というボタンがある。

「なるほどな。つまり、動かしたい駒がある升と同じ位置のボタンを押して、その駒の行き先の升と同じ位置のボタンを押す、ということか」と銀。

「きっと駒の名前が彫られたボタンは、駒台から駒を使うときに押すのね。私たちの持駒には香と歩しかないのに、七種類揃っているところをみると、玉方が合駒を打つ時もこれを使うようね」と香子

「そんでもって、これで詰みだって思ったら解答のボタンを押せばいいってわけだな」と俺。

 おそらく要領をつかんだ俺たちは、早速この詰将棋に取り掛かることにした。


 まず最初に、俺は二人に言っておかなくてはならないことがある。

 将棋盤の各マスは、縦の列を右から1~9、横の列を上から一~九を用いて、縦横の順で書くと表せるから、例えば右から三番目、上から四番目のマスに歩を動かしたり置いたりすることは3四歩と言えばいい。これを譜号とか呼ぶのは知っているのだが、

「なぁ。俺、こういう譜号だけで書かれた詰将棋じゃなくて、局面図になってるやつしか解いたことないんだが……」

「大丈夫よ、私もないわ」

「俺もだ」

 二人はきっぱりと言った。

 なんだ、本格的な出題方法とかじゃなかったんだな。将棋を指してる人はみんな、こういう状態の詰将棋を解いてるのかと思って焦ったぜ。

「……ん? じゃあどうするんだ……? 解けないじゃないか」

「譜号が書いてあるんだから、紙に局面図を描けばいいじゃない。バカなの?」

 さ、左様でございますね……。

 言われてみれば自分でも呆れるほどの愚問だった。

 香子がもはやお馴染みとなった手帳のメモページに、局面図を描く。

 過去何度も見てきたが、香子の字はパソコンやなんかの文字のように整っていて、とても読みやすい。

 悪筆の俺とは大違いだ。俺の場合ノートをとるにしても、ひと月もすれば自分すら読めなくなっていることがザラだからな。結局テスト前には友人や知人を頼ることが多い人生だった。意識して綺麗な字を書こうとしてみた時期もあったが結局直せなかった。

「できたわ」

 俺が自分の怠惰な半生を振り返っているうちに、香子が局面図を描き終えたようだ。

「サンキュー、香子。おつかれ」

「疲れてないわ」

「ぐ……」

 しまった……。俺が地雷を踏んでしまうとは……。

「いや、でも悪路に体力は奪われてるだろうが」

 俺はちょっとだけ反論してみた。

「それとこれとは話が別よ。この程度の局面図を描くだけで疲れたりはしないわ」

 見事に撃墜されてしまった。

「まあまあ、二人とも、その辺にしておけ。そんなことより、早くこれを解いてしまおう」

 俺と香子のしょうもない小競り合いに銀の仲裁が入る。

「あぁ……」

「そうね、始めましょう」

 こうして第三の謎解き、詰将棋が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る