第五章

5-1第三マップ

 歩美とも別れてドアをくぐり抜けた先は、これまでと同じように照明で照らされていた。だが、これまでの道とは大きく違う点が一点ある。それはこの道が上り気味を通り越して、完全に上り坂の体を成しているところだ。本当にこんな道を宗介氏は歩けたのだろうか。まだ五分程しか歩いていないが、普段運動不足気味の俺や香子はすこし呼吸が乱れ始めている。正直結構しんどい。狭山さんはおじいさんについて特に体力的に秀でてはいなかっただろうとか言ってたけど、なかなかの体力の持ち主だったんじゃないか……?

「二人とも、大丈夫か? 少し休むか?」

 俺たちの様子を心配した銀が足を止めた。

 俺は深呼吸を二つして肺の中の空気を入れ替える。それだけでも大分呼吸が楽になった。

「俺はまだギリギリ大丈夫だ。結構苦しいけどな」

 しかし、香子はそうはいかなかったようだ。膝に手をつきなんとか体重を支えている。乱れた呼吸を整えるのにもう少し時間を要するだろう。

「はぁっ……。私は、だいぶ、しんどいわ」

 言葉も途切れ途切れだ。

「だろうな。男の俺でも、日頃運動不足だからか、楽な道じゃねぇ」

「上りだし、滑りやすい道で無意識のうちに足を踏ん張っているから、体力の消耗が激しくなるんだろう」

「ふぅっ……。そうね。でも、宗介氏は、ふぅっ。平気だったのかしら」

 香子は呼吸は乱れても、思考は乱れないようだ。やはりそこが気になるところだよな。

「最初のうちは休み休みでも、そのうちに通い慣れた道となり平気で歩けるようになっていった、と考えれば筋は通りそうだがな」

 まあ、銀の説が有力だよな。

もっとも、宗介氏の隠し通路ではない、という説も捨てきれないけどな」

「え?」

 続いた銀の言葉にドキッとさせられる。そりゃ、どういう意味だ。

「その場合、狭山家の誰か、もしくは全員が知らないフリを決め込んでいることになるわね」

 香子もようやく呼吸が整ってきて、いつもの調子に戻っている。

「そうだな。宗麟さんがその誰かでないことを祈るばかりだ」

「あら、私はその線が今一番怪しいと思ってるわよ」

 宗麟さんがって……、そりゃ、もはやホラーストーリーだな。そんな怖い話してくれるなよ。俺たちが脱出できなかった時の最後の希望の光だぞ。

「なぁ、宗介氏が晩年には使っていなかった可能性だってあるだろ。五十代くらいまでしか使ってませんでした、とかあり得るよな?」

 俺は恐ろしい説ばかり並べようとする二人に対抗する別の説を主張してみた。五十代までしか使ってなかったとしたら納得いくのかって聞かれたら、ビミョーと答えるくらいにキツイ道だがな。

「それも言えるわね」

「まあなんにせよ、今の俺たちにできるのは先へ進むことだけだ。そうすれば、この洞窟は誰がなんのために使っていたのかということもわかるかもしれない」

 なるほど、そうだな。

「じゃあ香子ももう大丈夫そうだし、そろそろ再出発するか」

「待たせて悪かったわね。行きましょうか」

 俺たちはまた、この険しい道を歩き始めた。

 再出発して三分程経過しただろうか。いつの間にか道は単調な上り坂ではなく、微妙なアップダウンを含む上り坂になっていて、更に険しさを増していた。そのためか、俺の着ているパーカーの中は少々汗ばんでいる。俺はパーカーのジップを少し開け、パタパタと仰いで涼を取る。銀と香子も同じように、マウンテンパーカーの前を開けだした。

 その時俺はやっと気づいた。

 なんかここ、暑くねぇか……?

「ふぅっ……。ねぇ、気のせいかしら。ここ、暑くない……?」

「風岡もそう思うか。最初は道の起伏で運動量が増加したせいで暑いと感じているのかと思ったんだが、洞窟の気温自体が上がっているようだな」

 二人も同じことを感じているようだ。

「なぁ、もしかして俺たち、外に近づいてるんじゃねぇか……?」

 俺は期待も込めてそんなことを言ってみた。

「えぇ。そうかもしれないわね」

「過度な期待はしない方がいいとは思うが、この状況では期待してしまうな」

「そうね、先を急ぎましょう」

 香子の号令で俺たちはペースをあげた。

 今の俺たちは大富豪の隠し部屋云々よりも、洞窟からの脱出の方に評価値が高くつけている。そのため、脱出の可能性を感じた俺たちの足取りは軽くなった。進めば進むほどに暑さは増していったが、そこに不快感はなく、あったのはむしろ期待を裏付けられているという安心感だった。

 道が平坦になった頃、もはや防寒具を着ているものはおらず、各自リュックサックに押し込んでいた。

 この暑さは間違いない。もうじき外に出られる……!

 そんな俺の、いや、俺たちの期待を裏切って現れたのは、洞窟の出口ではなく第三のドアだった。

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