5-5三度目の正直
「できたわ。早速始めましょう」
香子は一枚目よりも手早く局面図を完成させた。それでもやはり綺麗で見やすい局面図であることには感心してしまう。
「ふむ。ここで玉方歩合だと、攻方に歩を使い切らせることができなくなってしまうんだよな」
「えぇ。だからその後の歩の叩きを取ることができる駒を合わせないといけないってことよね」
ふむふむ。なるほど。じゃあ後ろに利きのない桂馬や香車も合駒としては不適切ってことだな。ということは、飛車、角、金、銀の四通りか。
「まず、飛車はないな。同香不成に4二玉としても4一飛と打てば玉を引き戻すことができる」と銀。
「そうだな。あと、金もないよな。5二歩の叩きを取ることができるとは言っても、それじゃ最初から5二の地点で合駒したのと同じになってしまって本末転倒だもんな」と俺。
「そうね。必要なのは4二歩の叩きを取ることができる斜め後ろへの利きだわ。つまり、角か銀」と香子。
角か銀か。うーん、角は受けには使いづらいから、銀から考えるべきか。じゃあ、5三銀だとして、同香不成は銀が手持ちに入るけど、4二玉からの脱出を防げない。というわけで、5二歩だが、4一玉、4二歩、同銀、5二金で詰みか。あ、いや、5二には歩がいるな。
「角で中合すると、5三角、5二歩、4一玉、4二歩、同角、5一歩成、同角となった時に5二金が取れないわ。銀合が正解のようね。それなら5一歩成、同銀、5二金は同銀と取ることができるわ」
俺が悩んでいるうちに、香子は早くも角が不適切であることを看破した。さすがだな。
「ふむ。じゃあ、5三銀、5二歩、4一玉、4二歩、同銀、5一歩成、同銀、4二歩、同銀、5二金で詰みか」
「いや、待て、銀。4二歩に同玉と取れないか? で、5三金、4一玉、4二歩となってようやく同銀とせざるをえなくなる。それで5二金じゃないか?」
「ん、なるほど。そうだな。土橋、ファインプレーだ。それでちょうど歩が四枚消費しきれたな」
そう、今度こそ詰みだ。持駒も余ってない。
「これが最後の答えになるかしらね。もう手は尽くしたわ。これでダメなら、残念だけど引き返しましょう」
「さすがに大丈夫だろ。駒も余ってないし」
もう二回も間違えているからか、えらく自信なさげな香子に、俺は少し楽観的過ぎるかもしれない返事をする。
「さっきまでも自信満々で入力して間違いだったからなんとも言い難いが、今回のは大丈夫だろう。三度目の正直を信じよう。とりあえず入力してみるぞ」
銀は手順を確かめながらおもむろにパチパチと入力し始めた。
頼むぜ。今度こそ。
入力を終えた銀が解答ボタンを押す。
ジーッ、ガチッ。
「よっしゃ、開いたぜ!」
「やったわね」
「あぁ。長かったな」
銀の言う通りだ。本当に長かった。
このドアに着いてからざっと一時間以上経過している。
ここはほぼ外気と大差ないような気温だ。詰将棋に集中していて気づかなかったが、アップダウンの激しい洞窟を進んでかいた汗もろくに引っ込んでくれていない。
このドアを開ければ、もっと暑い外の世界が待っているのだろう。
だがそれも悪くない。いや、悪くないなんてもんじゃないな。洞窟に閉じ込められているうちに、外の空気が恋しくなっているのだ。銀や香子もきっと同じ気持ちだろう。
「それじゃあ、開けるわよ……!」
そう言ってドアに手をかける香子を固唾を飲んで見守る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます