4-3謎が呼んだ謎
「う~ん、何か他のアイディアはないかな~」
「そうだな……。文字の足し引き、アナグラム以外だと……。あ、一文字ずらしとかどうだ?」
「なるほど。桂介にしてはいい発想ね」
クッ、香子め……! 俺をなんだと思ってるんだ。
「一文字ずらしだな。とりあえず一文字前にずらして読んでみよう」
と言うと銀は読み上げ始めた。
「えぇと……が、ら、よ、つ、へ、れ、よ、つ、お、ろ、お、げ、み」
………………。
俺たち四人の間を、三点リーダをたっぷり六つも使うほどの沈黙が流れた。
銀は咳払い一つでそれを一切なかったことにして、
「一文字ずらしだな。とりあえず一文字後にずらして読んでみよう」
と言い放った。
一文字前ずらしは、あまりにも意味がわからない文になってしまったからであろうか。みんなツッコミを入れる気力もなくなったようで、聞かなかったことにして黙って流した。
「えぇと……ぐ、る、り、と、ま、わ、り、と、き、を、き、ざ、め」
こ、これは……! 思わず、俺たちは目を見合わせた。
「ぐるりと回り、時を刻め!」
歩美が叫んだ。
一文字後にずらすのが正解だったのか。
「ぐるりと回ればいいんだね」
と言って歩美がその場でぐるぐる回る。
「歩美、その場で回っても意味ないと思うわよ……」
歩美の冗談に香子は律儀にツッコミをいれる。二人ともにわかに元気を取り戻したようだ。
「へへっ、冗談だよ~。でも、どこで回ればいいんだろうね」
「確かにな。これではどこでどう回ればいいのかわからん」
二人の言う通りだ。どこで回る。
回る。回る。回る。
うーむ、だめだ。回るという言葉が、脳内をメリーゴーランドのようにぐるぐると回るだけで何も思いつかん。
「ねぇ。もしかして、泉の周りを回ればいいんじゃないかしら」
香子の言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
言われてみれば確かにそうだ。俺はあれだけ眺めていたのに、なぜそのことに思い当たらなかったんだ……。
「なるほど。あの泉、不自然に道のど真ん中にあったからな。あの周りを回るためだっ――」
「あっ!」
銀の言葉を遮って歩美が叫ぶ。
「歩美、どうしたのよ、急に。何か思いついたの……?」
香子は怪訝そうに、眉毛をハの字にしている。
「うん。思いついたっていうか、思い出したんだけどね。あたしさっき転んで、立ち上がる時に泉の淵をつかんだでしょ。あの時気づいたんだけど、泉の側面のところに、なんかひらがなみたいなのが彫ってあったよ」
歩美の言葉に、香子は表情を変える。
「……歩美、気づいた時にそれを言いなさい!」
香子は本日三度目になるジト目を発動した。
「へへっ、ごめんごめん」
歩美は反省しているんだかしていないんだか……。していないんだろうな。していなくていいさ。なんて言ったってお手柄だからな、歩美。
俺たちは泉に急行した。
泉に到着してすぐ、歩美はさっき自分が転んだあたりを調べた。
「あっ! ほらあったよ! 見て、ここ!」
そう言って歩美が指差す先には、確かにひらがなが彫ってあった。それは「く」と読めた。香子はそれを手帳に書き込んだ。
「ということは、この周りをぐるりと回って、こんな感じのひらがなを集めて、読めばいいということかしらね」
たぶん香子の言う通りだろう。
そうとわかれば話は早い。俺たちは泉の側面に張り付くように移動して、ひらがなを探した。
右に一メートル程進んだところで、俺は二文字目のひらがなを発見した。
「おっ、見つけたぜ。これは『ら』だな」
香子がまた手帳に書き込む。
「この調子で見つけていこ~」
歩美が調子に乗りだした。また転ばないうちに全部見つけ出さなくては……。
歩美の心配をしつつ、また右に一メートル程移動したところで、今度は香子がひらがなを発見した。
「あったわ。『ひ』ね」
そうしてまた手帳に書き込む。
「『くらひ』か。まだ意味はわからないな」と銀。
「ああ。でもまだまだ一周してないからな。もっと見つかるだろ」
そんな話をしていると、やはり右に一メートル程移動したところで、歩美が見つけた。
「お、今度は『て』だよ~。香子ちゃん、メモよろしく~」
「はいはい。書いてるわよ」
香子は手帳に書き込みながら返事をする。
「だいたい一メートル間隔で彫られてるみたいだな」
「あぁ、そのようだな。だが、油断は禁物だ。飽くまでも目安として考えよう」
銀の言う通りだな。油断せずに行こう。
………
……
…
油断せず見て回ったが、やはり約一メートル間隔で彫られているという傾向はそのままだった。俺たちは結局十二個のひらがなを見つけた。ひらがなはこの泉を十二等分するように並んでいた。
香子の手帳のメモによると、俺たちが見つけたそのひらがなは、次のようになった。
くらひてくゆがみのらくさ
だめだ。やっぱりわからん。
せっかく暗号を解いたってのに、また暗号か。
「うーん、『くらひてく』がなんなのかわかんねぇけど、それの歪みの落差ってことか?」
「それはどうかしらね。さっきの、かわかごむ、と一緒じゃないかしら。ぎりらてほろらて、がわからないのに、かわかごむ、に引っ張られてはいけないように、くらひてく、がわからないのに、ゆがみのらくさ、に引っ張られてはいけないんじゃない?」
香子の言葉にドキッとさせられる。そうか、確かに。言われてみればそうかもしれない。俺は同じ轍を踏んでいたのか。
「じゃあまた一文字後にずらしてみるか」
銀はそう言うと、例によって読み上げた。
「えぇと……け、り、ふ、と、け、よ、ぎ、む、は、り、け、し」
………………。
三点リーダ六つ分のたっぷりとした沈黙が流れた。
デジャブだ。なんかこれデジャブだ。
「全然違うみたいだね~。前にずらしても意味わかんないし。全然違う趣向の暗号なのかもね~」
「そ、そうだな……」
銀がまたがっくりと肩を落としている。意外と銀って打たれ弱いのか……?
まあそれはおいておくとして、歩美の言うように今回は一文字ずらしではないようだ。
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