4-4時を刻む
一文字ずらしではないことはわかったが、依然としてこの暗号は解けない。俺たちはまだ何か見落としているのだろうか。
「う~ん、わっかんないね~」
歩美はそう言ってぐるぐる回りだす。
「もうっ、目が回ってまた転ぶわよ。やめなさい」
「は、はい……」
香子にたしなめられ、歩美は濡れたお尻を抑えて回るのをやめた。トラウマみたいになってるな。
だが今はその方がいい。さっき転んだときは偶然ヒントを見つけられたが、そんな偶然は何度も起こるまい。転んで別のところも濡れたり、もっとビッシャビシャになったりするだけだったら、バカげてるからな。
「だが、俺たちはまだ見落としてることがあるはずだ。水野のようにその場でぐるぐる回るのはどうかとは思うが、もう一度泉の周りを見てくるくらいはしてもいいかもしれないな」
「銀の言う通りね。私がもう一度見てくるわ」
「あたしも行く~。香子ちゃん、一緒に行こ~」
そう言って香子と歩美は再度泉の周りを回り始めた。
その様子をぼんやりと眺めつつ、俺は「ぐるりと回り時を刻め」という言葉について考えていた。どうにも引っかかるんだよな。何か見落としてる気がする。だが、一体何を見落としてるんだ。
そんなことを考えているうちに、泉の中を覗き込んだり、壁面に目を凝らしたりして泉を一周した香子と歩美が戻ってきた。
「だめね。これ以上は何も見つからなかったわ」
香子と歩美は肩を落とす。
「ぐるりと回り時を刻め、ってことはさ~、泉の周りをぐるぐる回ってれば何か起こるのかな。あたしちょっとぐるぐるしてくるよ。考えててもみんなの役には立ちそうにないしね~」
そう言って、歩美は泉の周りを周回し始めた。
それこそゲームじゃあるまいし、プレーヤーの行動に反応して鍵が開くような仕掛けなんてものは存在しないだろう。俺はあまり期待せずに、ぐるぐる回る歩美を眺める。歩美はただ回るだけじゃなく、何かヒントになるようなものがないかとキョロキョロと辺りを見回している。
「ねぇ、時を刻めってことは時計が関係しているんじゃないかしら」
「あぁ、俺もそう考えたんだが、時計をどう使うのかがいまいち見えてこない」
「うーん、そうねぇ。そもそも時計は関係ないのかしら」
香子と銀は「時を刻め」という言葉から、時計を連想しているようだ。
うーむ、時計か。俺はちらっと腕時計を見る。丸い文字盤に十二個の数字。針は五時を指し示している。これが関係してるのだろうか。
うーん、いまいち見えてこないんだよなぁ……。あ? いや、待てよ……?
「そうか! 時計だ!」
俺はビビッとくるものがあり、思わず大きな声を出してしまった。
香子と銀は驚いて目を丸くしている。
泉の周りを回っていた歩美も、俺の声に反応して戻ってくる。
「なになに~? 土橋くん、何かわかったの~?」
「あぁ、たぶんな」
歩美の問いに、俺はニヤリと笑って答えた。たぶんと言いつつ結構自信はある。
「本当か、土橋。教えてくれ、時計はどう関係してくるんだ」
「桂介、勿体つけてないで早く説明して」
銀と香子はまだピンときていないようだ。ささやかな優越感に浸りながら、俺は説明し始めた。
「この泉ってどうも不自然にまん丸だろ。そんで、十二個のひらがなが等間隔に彫られていた。ここまでは、いいよな?」
うんうん、とみんなが頷く。
「ここで、時計をイメージしてくれ。時計も、文字盤には円形に十二個の数字が等間隔に書いてあるだろ。つまり、この泉は時計の文字盤を模しているんだよ」
「なるほど。で、それがどう暗号解読に繋がってくるのよ?」
香子がうさんくさい論文を審査する教授みたいな顔をして質問を投げかけてきた。
「俺たちは何回もここを通ったけど、その度に左回りでここを通過したよな。さっきひらがなを探してみんなで回ったときも。香子と歩美がもう一回見て回ってきたときも。今、歩美がぐるぐる回っていたときも。小さい頃から野球のベースも左回り、陸上のトラック競技も左回りだったから、その癖なのかわからないけど、無意識に。でもよ、それって『反時計回り』になっちまうだろ」
「そうか! 時を刻めというのは、この時計のような泉の周りを、『時計回り』で回れということだったのか!」
銀が理解してくれたようだ。
「おぉ~、なるほど~」と歩美。
「桂介、やるわね」と香子。
香子にまでそんなに感心されるとなんかくすぐったいな。でもこれでちょっとは見返してやったぜ。
「ま、そういうことだから、時計の文字盤の1に当たるところから順に2、3、4、って具合に時計周りに読んでいけばいいんじゃねぇかな」
「なるほどな。で、土橋。これは、どこがどの数字に相当してるんだ……?」
銀が当然ながら鋭い質問を呈する。だが、それについても俺には答えが見えている。そこから読めばちゃんと意味も通じるからな。
「俺たちが来た方、つまり、今いるところの反対側から見て、正位置に時計が置かれている、と考えるのが自然じゃないかと思うんだ。だから、歩美が最初に滑って、起き上がるときに見つけた『く』が12に相当するって考えて、その隣の『さ』から時計回りに読んでいけばいいんじゃねぇかな」
「なるほど。じゃあ単純に私のメモを逆から読めばいいわけね」
そう言って香子は手帳を開き、読み上げる。
「さ、く、ら、の、み、が、ゆ、く、て、ひ、ら、く」
そうだ、それでいい。それが答えだ。
「桜の実が行く手ひらく!」
銀が興奮気味に声をあげる。歩美なんか、嬉しそうに手を叩いてぴょんぴょんしている。
「つまり、これは暗号でもなんでもなく、答えがそのまんま記述されてたっていうことなのね」
そう。香子の言う通り。俺たちが勝手に暗号だと思い込んでしまっていただけだ。謎解きは本来ならドアのところだけで終わっていたんだ。深読みする必要なんかなくてただ時計回りに読んでいけばいいだけ。
「桜の実、つまりサクランボ。これを英語にしてcherryが答えだろうな」
俺は自信満々に解答を披露した。
「じゃあ、早速入力しに行こ~」
歩美の一声で俺たちはもう三度目となる第二のドアに向かった。
今回の足取りは軽かった。なにせ答えがわかって向かっているからな。今までとはワケが違うぜ。
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