第四章

4-1四人での攻略

 狭山さんを第一のドアに残し、学生相談所のメンバーだけになった俺たちは黙々と洞窟内を突き進む。

 滑りやすく歩きづらかったこの道も、三度目ともなるともうさすがに歩き慣れた道となった。余裕が出てきた俺はみんなの緊張をほぐすつもりで、くだらない話を投げかけた。

「なあ、ここまで一本道だったけど鍾乳洞ってそういうもんなのか? ロープレとかだとこういうダンジョンって分かれ道とかあるよな。そんで宝箱とか――」

「知らないわよ。私はここが初めてだもの。それにこれはゲームじゃないのよ」 

 香子のにべもない返事は洞窟内を占める空気のように冷たく刺さった。

「ちなみに俺は行ったことあるぞ。あぶくま洞に小さい頃な。そこは分岐点もあったと思うぞ」

「へぇ〜、あたしも行ったことないから気になるな〜。どうだったの?」

「小さかったから鮮明には覚えていないんだが、とても広くて寒かったような覚えがあるな。それに比べるとここは狭くて、少し窮屈に感じるな」

「そうなんだ。あたしは初洞窟だから楽しみにしてたんだけど、まさか閉じ込められるとは思わなかったな〜」

 銀と歩美が会話を繋ぎ、みんなの顔が幾分か柔らかくなったように見えて俺は一安心した。

 洞窟に閉じ込められ、狭山さんを置き去りにしてはきたとは思えないほど緊張感のない会話が続くうちにまた泉のところに差し掛かった。

 この妖しげな泉ももう見慣れてきたが、やはりこの人工的な雰囲気は俺に強い違和感を与える。

「ねぇねぇ。この水、飲めるのかな?」

 歩美がえらく真剣な顔をしてとんでもないことを言い出した。

 ダメに決まってるだろうが……。

「やめておいた方がいいな。飲める可能性は高いがどれだけ清潔かわからん水を飲むのは危険だ」

「飲んでもいいけど、現状私達は閉じ込められてるのだから、お腹を壊したり、体調が悪くなってもどうもしてあげられないわよ」

 銀と香子が冷静に制止する。

「ひょえ〜、怖い怖い。飲んじゃダメだってよ、土橋くん」

 言いながら歩美は、俺の肩をポンッと叩いた。

「えぇっ⁉︎」

 なんで俺に言うんだよ。

「歩美が飲めるか聞いたんじゃないか……」

「いや〜、ここ通るたびに土橋君が水を見てるから、飲みたがってるのかな〜って思ったんだよ」

 なんてこったい。そんな風に思われてたとは……。

「いくら俺でもそこまでバカじゃねぇよ。だいたい飲み水は狭山さんが用意してくれたじゃねぇか」

「へへっ、安心したよ〜」

 はぁ……。歩美に心配されるとはな……。

 しかし、歩美はついさっき友達と別れたばかりなのに、もうけろっとしている。さすがというかなんというか。こういうマイペースなところも歩美の長所なんだろうな。

 軽快に足を進める歩美を、そんな風に呆れ半分感心半分で眺めていると、

「おわっ」

 悲鳴とともに歩美が滑って、しりもちをついた。

「歩美! 大丈夫か!」

 俺たちは慌てて歩美の元へ駆け寄る。

「いった〜。へへっ、すべっちゃったよ〜」

 とりあえず平気そうか…?

「怪我はしてない?」

 香子は心配そうに歩美の顔を覗き込んでいる。俺が壁にぶつかった時の対応とは大違いだ。

「うん、大丈夫〜」

 そう言って歩美は、泉の淵に手をかけて立ち上がった。

「あ、歩美……、お尻のところ、濡れちゃってるわよ……」

「えぇ〜⁉︎」

 香子はその場所を指差し、歩美はくるくる回りながら視認しようとする。

「うあぁ〜、ほんとだ〜」

 確認してしまった歩美が両手で顔を覆ってこの世の終わりのように嘆く。

 カーキ色のカーゴパンツのお尻の部分は、見事に濡れて色が変わっていた。

「ま、まあ、怪我が無いだけ、よかったじゃないか」

 銀は笑いをこらえながらフォローする。

「うあぁ、パンツまで濡れてるよ……」

 そりゃそうだろうな。ま、俺をバカにした罰だと思え。

「はぁ……」

 嘆息し、地につきそうなほど肩を落とす歩美。

「みんなも気をつけて進むようにしよう」

 歩美の様子を見れば、どれだけ絶望的な感情になるか想像がつくので、銀の注意喚起など受けるまでもない。少なくとも俺は万に一つ、いや、億に一つも転ばないようにしようと心に固く誓った。

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