2-2下手な鉄砲
「なぁ。電卓と言えば、二進数で情報を処理してるよな」
ここで銀が理系ならではの着眼点を見せた。
「この数字を二進数に直してみる、というのはどうだ」
すごいことを考えつくものだ。だが、俺には少し気になることがある。
「なぁ銀。二進数って確か、桁がめちゃくちゃ大きくなりやすいよな。960770って二進数にしたら、何桁くらいになるんだ……?」
「うっ……なかなか痛いところをつくな」
やっぱり銀もわかってるよな。
「2の20乗が1048576だから、960770は2の19乗の位までで表せる。まあ、だから……に、二十桁……だな、ははっ……」
銀は説明しながら自分で呆れてしまって、乾いた笑いを浮かべる。
「二十桁って、パスワードにしちゃ長すぎねぇか……?」
「そ、そうだな……」
銀はクロマグロに追いかけられているイワシの群れ並みに目を泳がせた。
ここまで露骨に困っている銀は初めて見るな。
「ま、まあまあ。でもさ、一回試してみようよ~」
普段とは逆に、歩美が銀に助け舟を出す。
確かに今の俺たちには代わる案はない。銀の見せた可能性を試すのも悪くないか。
「じゃあ銀、ちょっとやってみてくれ」
「お、おう。任せろ」
そう言うと銀は、ポケットからスマホを取り出した。
「ん、どうしたんだ……?」
「任せろとは言ったが俺が手計算するわけじゃない。計算ミスする可能性もあるしな。検索すれば、変換ツールを置いているサイトくらいあるだろ」
な、なるほど……。便利な世の中だ。
しかし、銀は冷静だな。こんな状況でも自分のミスの可能性まで考慮するなんて。俺だったらムキになって自分でやろうとして失敗してたかもな。同い年のはずなのにこういう冷静さを身につけられた銀と、そうでない俺の差は一体どこでついんだろうか。
「お、あったぞ」
銀は早速見つけたようで、スマホを操作して変換している。
「……読み上げるぞ、11101010100100000010だ」
は? な、なんて?
「し、不知火さん、さすがに覚えられません。不知火さんが入力してくれませんか」
狭山さんも困ってしまっている。狭山さんだけでなく、みんなポカーンとしている。
当たり前だ。1と0だけで構成された二十桁の数列なんか、一回聞いただけで覚えられるわけがない。
銀自身も冗談のつもりだったようで、笑いながらパネルにむかい、先ほど読み上げた数字を入力してエンターキーを押す。
…………。
ドアのロックは、うんともすんともいわなかった。
いや、まあわかってたけどな。案の定ってやつだ。
「さすがに、二十桁はねぇよな」
「面目ない……」
銀は地に着きそうなほどにがっくりと肩を落とした。
うーむ、参ったな。次はどうしようか。
「ねぇ」
さっきまで黙っていた香子が口を開いた。
「このカンマ、数字を分割してるだけなんじゃないかしら」
「というと、960770じゃなくて、960と770ってことか?」
俺の言葉に、香子は頷いて返事とした。
「おぉ~、新説だね~」
「では、960と770も試してみますね」
そう言って狭山さんが入力しようとするが、香子はそれを止める。
「試すだけ無駄よ。960と770のどちらか一方だけがパスワードだったら、もう片方は書いてある意味がないわ。いくら下手な鉄砲でも多少は狙いを定めて撃つべきよ」
「そ、そうですわね」
狭山さんがたじろいだ。
香子だって最初は960770のド直球を疑ってみたくせに。
だが、香子の言う通りだ。入力回数に制限はないようだが、あまりにも無駄なことはする必要はない。
「960と770に分かれているとして、問題はそれでもなんのことやらさっぱりわからないところね。何か思いつく人いる?」
「うーん、わかんねぇな」
「同じく、さっぱりわからん」
香子の問いかけに、俺と銀は肩をすくめて答える。
「さっきの不知火くんみたいに、二進数にしてみるのは?」
俺が「なるほど」と言いかけたとき、歩美の思いつきに疑問を呈したのは銀だった。
「960と770をそれぞれ二進数にするのか……?」
「うん、おかしいかな?」
「そもそもさっき二進数にしたのは、あの数字の中にあったカンマが、電卓で使われてる三桁区切りのカンマだと考えて、電卓は二進数で計算処理するから、だったわけだ。それでも無理があるというのに、カンマが数字を二つに分割しているだけ、という考えに立っている今、二進数に変換するのは筋違いというものじゃないか?」
「う~ん、そっか~」
「それに、それぞれを二進数にしたとして、どちらか片方だけを使うのでは、やはりもう片方はいらなくなってしまうから、つなげたものを答えとするだろう。だが、それじゃあわざわざ一回区切った960と770をくっつけることになり、
むむむ、たしかに。
じゃあどうする。960と770だったら960770と何が違うんだ。
五人が沈黙してから十分程経過しただろうか。この沈黙を破ったのは歩美だった。
「ねぇねぇ」
「どうした、歩美。何か思いついたか?」
俺は期待を込めて返事をする。
「みんな、お腹空かない? あたしお腹空いちゃったよ~」
「へぁ?」
あまりの突拍子のなさに、間抜けな声を出してしまった。
みんなクスクス笑い出した。さっきまでの張り詰めたような空気に締めつけられていた神経がほぐれた気がした。
「ふふっ、そうね。もう一時を過ぎてるものね」
香子は笑いながら同調する。
「いぇ~い。じゃあ麗華ちゃんが持ってきてくれたサンドイッチ食べよ~」
歩美の提案は受け入れられ、ランチタイムが始まった。
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