1-4謎との遭遇

 狭山さんが用意してくれた水と非常食は各自が分散して持ち、救急キットは銀が、昼食用の軽食は俺が持った。軽食の内容はサンドイッチらしい。金持ちのサンドイッチはやはり庶民の想像もつかないような具材が挟まっているのだろうか。まるで宝石箱でも預けられたような気分だ。責任重大だな。

 俺たちは各自持ってきた防寒着を着込んで軍手もバッチリはめ、ついに鍾乳洞へと突入した。



 入り口付近は外気と大差ないくらいの温度だったので、汗がふきだして防寒着を着るのが早すぎたと後悔させてきた。しかし、少し進むと本当にひんやりとしてきて、冬仕様のモコモコなパーカーを着ていてもちょうどいいくらいになった。狭山さんの言っていた通り照明があり足元もよく見える。辺りを見渡してみると、石のツララみたいなのが上からも下からも何本も生えている。そこはまるでロープレのダンジョンのようで、本当に宝探しに来ているような気分だ。俺は正直興奮している。

 下りがちの道は濡れていて滑りやすく歩きづらい。そんな悪路に四苦八苦しながらも十分程進んだ頃、自然の洞窟にはそぐわない金属製の壁が見えてきた。

 あれか、くだんの壁っていうのは……。

 壁の前までやってくると、そのあまりにも人工的で異様な雰囲気に呑まれそうになる。

 壁にはしっかりとロックされたドアとマンションのオートロックを解除するパネルのような入力装置があった。のような、というのは普通のマンションのオートロックを解除するパネルでは見たことのない英字入力も可能になっているタイプのものであるからだ。

「これに入力して、このエンターキーを押せばいいのね?」

 香子が狭山さんに確認する。

「はい。それで、そのヒントのような数字というのがこちらです」

 狭山さんはそう言って壁のドア部分の、ちょうど成人男性の目線の高さくらいに彫られた数字を指し示した。


 960,770


「きゅうじゅうろくまんななひゃくななじゅう……?」

 歩美がたどたどしく読み上げる。確かにそう読める。読めはするが何を意味しているかはわからない。

「ダメ元ですが、この数字に関係はなくても、例えば祖父や親族の誕生日など、祖父に関連しそうな数字は既に全て打ち込んでみました。生年月日は西暦でも和暦でも試しました。それでも開きません。そもそも何桁なのかもわかりません」

 そりゃさすがにあてずっぽうが過ぎるだろう……。

「ねぇ麗華、この数字自体は試してみたのかしら」

「もちろんです。でも違いました」

「そう……」

 まあ、さすがにそれだったらこんなロックする意味はないわな。

「だめね、さっぱりわからないわ」

 香子がいつものトーンできっぱり言う。きっぱり言うわりにさっぱりわかってないとは。

「うるさいわよ、桂介」

 香子から言葉の手裏剣が飛んできた。

 こ、こいつ心の声が聞こえてんのか……?

「あなた、きっぱり言うわりにさっぱりわかってないのか、とか思ってたでしょう」

「な、なぜそれが……」

「目は口ほどに物を言うのよ。そう言う桂介は何か思いついたのかしら?」

 あまりにも的確に心を読み取られて悔しいので、「思いついたさ」と言ってやりたいところだが、残念ながらまだ何も思いついていない。俺はお手上げのポーズをとる。

「いや。同じく、さっぱりわからんよ」

「でしょうね」

 こ、この野郎……! 絶対こいつより先に解いてやるぞ……!

「銀や歩美は?」

「わからん」と銀。

「数字は苦手だからな~」と歩美。

 二人もまだか……。

 そもそも四則演算すらろくにできるかあやしい歩美はともかくとして、頼みの綱とも言える物理学科の銀にすら、この数字にピンとくるものはないのか。

 これは長丁場になりそうだ。

「やはり、みなさんにもわかりませんか」

「えぇ、残念だけどパッと閃くようなものはないわ」

 依頼主の不安そうな言葉に、香子は率直に答える。だが視線は壁に刻まれた数字に注がれている。まだ解くのを諦める気はないようだ。

 当然だな。俺だってそうさ。まだ始まったばかりだからな。

 俺も今一度数字を見てみる。

 うーむ、やはりわからん。

 どういう意味なんだこりゃ……。

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