1-3七月二十七日

 七月二十七日金曜日。

 朝の九時前だというのに日本列島はすでに猛烈な熱気に包まれている。今日も今日とて、セミは大合唱してこの暑さを二割増しにしている。そんなうだるような暑さの中、俺はフルレングスのジーパンにマウンテンブーツを履き、リュックサックには厚手のパーカーまで忍ばせて、大学の正門前までやってきた。集合時間までまだ十分以上余裕があるが、すでに学相の三人は集まっていた。

 ショートボブの歩美はいつも通りの髪型だが、香子は違った。普段は肩甲骨の下辺りまである長いストレートヘアを結ばずにサラッと下ろしているが、今日はポニーテールを採用している。少しでも邪魔にならないようにという配慮だろうか。新鮮さもあいまってとてもかわいい。白状すると俺のどストライクだ。

「何ジロジロ見てるのよ。私にれているのかしら?」

 不意に図星を突かれ動転する。セミの大合唱がなければ、ギクッという効果音が周りに聞こえたんじゃないだろうか、という程露骨な反応を示してしまった。こうなってはもうごまかしようもないので、俺は正直な感想を述べた。

「まあな。香子、ポニーテール似合うな」

「き、気持ち悪いこと言わないでよ」

 香子が頬を赤らめ、照れている。なんだよ、自分で言い出したくせに。

「へへっ、香子ちゃん照れてる~。でもポニテの香子ちゃん、かわいいよね~」

「うむ。確かに、よく似合っているな」

「な、何よ、二人まで……」

 そんなくだらない話に花を咲かせていたのだが、一台の車が目について俺たちは絶句した。

 狭山さんの乗ってくる車がどんなものか知らされてはいなかったが、間違いなくあの車だろうと一目でわかった。

 リムジンどころではなかった。

 アメリカ大統領の公用車も顔負けのゴツいモンスター級のオフロード車が、高級住宅街として知られる目白の街を抜けてやってきたのだ。輝く星をモチーフにしたエンブレムが意味するのは、その車があの某有名高級外車メーカーのものであるということで間違いないだろう。

 一体どんな悪いことをしたらこんな車を買えるのだろうか。

「おはようございます。お待たせしてしまいましたね、申し訳ありません」

 絶句する俺たちをよそに、車から降りてきた狭山さんは丁寧に挨拶をしてくれた。先週会った時とはうってかわって、お団子ヘアになった彼女はやはりモデル顔負けの美しさだった。

 さらに、エンジンを切った車からは高級そうなグレースーツをバッチリ着こなした運転手の男性も降りてきた。執事ってやつだろうか。この暑さの中でもジャケット・ネクタイ着用とは大変だ。しかし、執事って黒の燕尾服とか着ているイメージだったが、実際はそんなことないんだな。

「やあ、おはよう。麗華の兄のそうりんだよ」

 なんだ、狭山さんのお兄さんだったのか。それなら服装が執事のイメージと違ったのも納得だ。宗麟さんはさわやかな青年実業家って感じだな。実業家かどうかは知らないけどな。

「みんな協力してくれるんだってね。本当にありがとう。僕は今日は仕事があるから送り迎えの車の運転だけしかできなくて申し訳ないんだけど、よろしくね」

 なるほどスーツに革靴で洞窟を歩くなんてな人だと思ったが、この後お仕事なのか。社会人は大変だな。

「……え、じゃあ執事さんとかお手伝いさんとかに、送迎を任せちゃえばよかったんじゃないですか?」

 俺は素朴な疑問をぶつけてみた。これだけの金持ちならそういう人の一人や二人、雇っているだろうに。

「ははっ。まあそうなんだけどね。祖父の遺した謎の解明に協力してくれる人たちに、できれば直接感謝の言葉を言いたかったのさ」

 なんていい人なんだ。狭山家はこういう人ばかりなのだろうか。だとしたら、どんな悪いことしたらこんな車買えるんだ、なんてさっきの暴言は撤回した方がいいだろう。

 まあ、その登場にこそ面食らったわけだが全員そろったということで、俺たちは宗麟さんの運転で和気あいあいと三時間ほど車に揺られ、件の洞窟の入り口までやってきた。

 途中の山道ではさすがの高級オフロード車も揺れに揺れて車酔いしそうになったが、俺が潰れる前になんとか到着してくれた。



 仕事に向かうという宗麟さんをねんごろに見送った俺たちは、鍾乳洞へと足を踏み入れるべく準備を始めた。

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