1-2依頼②

「じゃあまず、日程を決めましょうか。麗華はいつがいいとかある?」

 香子が手帳を開いて話を進める。

「私の方はいつでも構いませんわ。みなさんのご都合のよろしい日をおっしゃっていただければ、その日に大学まで迎えの車を回すようにいたします」

 迎えの車って金持ちが言うとドキッとするな。まさか、テレビでしか見たことないような長いリムジンで迎えにきてくれたりするのだろうか。

「そう。みんなは金曜日なら空いてるわよね。準備とかもあると思うし、来週の金曜日でいいかしら?」

 金曜日は学生相談所の活動日だからな。そのために毎週空けてあるから何の問題もない。俺は黙って頷いた。

「おっけ~。あたしは大丈夫だよ~」

「あぁ、構わない」

 歩美と銀も問題ないようだ。まあ、そうだろうな。

 というわけで、満場一致で決行は七月二十七日金曜日となった。

「持ち物はどうするよ。こんなこと経験がないから何持ってきゃいいかよくわからないぜ」

 俺は正直に質問する。山に入らなきゃならないようだからな。何かあれば死に繋がる場所だ。真面目に聞いておかないとみんなにも迷惑をかけることになる。

「そうね。麗華、わかる範囲でいいから教えてちょうだい」

「はい。当日はみなさんを大学の正門前から洞窟の入り口まで車でお連れしますから、山中を歩くことにはならないはずです。しかし、洞窟内を歩くことになるのでそのつもりで来てください。昼食用の軽食や飲料水、非常食、救急キットなどはこちらでご用意いたしますわ」

 至れり尽くせりだな。

「じゃあ、ほぼ手ぶらで大丈夫なのね」

「はい。ただ、鍾乳洞内部は温度計で十三度、体感ではもう少し寒いかなと思うくらいなので、厚手のパーカーくらいの防寒具は持ってきてくださいね」

「えぇ~、そんなに寒いの? 夏なのに?」

 歩美が驚きの声をあげる。

「水野、知らなかったのか。鍾乳洞内部は季節関係なくそれくらいの温度になるんだぞ」

「初耳だよ~。危うく凍死するところだったよ~」

 お、俺も知らなかったぜ。危なかった。

「とはいえ、鍾乳洞にしては暖かい方なんじゃないかしら。常に気温が一桁のところもあるって聞いたことがあるわ」

 香子は頬に手を当てて斜め上を見て、記憶を引っ張り出してくるように言った。

 ほう。一口に鍾乳洞と言ってもそういう差があるんだな。

「それはおそらく、人の手が入ってるからだと思います。洞内には照明がありますからその熱で温度が高めになっているのでしょうね。それに、どうやら外の空気を取り入れられるようにもなっているようですし」

 狭山さんの説明に、香子はふむふむと頷いている。

「じゃあ酸欠や有毒ガスが充満しているというような心配もいらないな」

 銀がしれっとおそろしいことを言った。本当の洞窟ってそんな危険があるのか。ゲームで洞窟のダンジョンに突入させている主人公たちに申し訳なくなってくるな。

「えぇ、もともと祖父が奥で何かするために手を加えた洞窟のようですから」

 そういや、そうだったな。

 狭山さんの言葉に俺はこっそりと胸をなで下ろした。

「なるほど、他に気をつけた方がいいことはないかしら」

「洞窟内は滑りやすいところもありますので、滑りにくい丈夫な靴でくるのがいいかと。あと、万が一滑って転んだ時にどこかへ手をついても余計な怪我をしないで済むように、軍手か手袋の類いは持ってきたほうがいいかもしれませんね」

 軍手か。イメージになかったけど確かにあった方がいいよな。

「わかったわ。そんなところかしらね。他に聞いておきたいことはない?」

 香子の問いかけに、俺と銀と歩美はそろって首を横に振って答える。

「大丈夫そうですね。ではまた近くなったら細かい時間などご連絡いたします。今日はありがとうございました。よろしくお願いします」

 最後まで礼儀正しい人だ。俺も見習わなくちゃいけないなと思いつつも、自分は変わらないであろうということにも薄々気づいている。なめてもらっちゃ困る、こちとら二十年近く俺と付き合ってきてるのだ。俺のことは大抵知ってるつもりだ。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく俺たちは狭山さんの依頼を受け、謎解き探検という魅力的なワードに心をおどらせつつ各自準備を進めて、ついに七月二十七日を迎えることになった。

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