中央棟といやしの顧問

 中央棟学生課内に入るとすぐに、金内さんが自分のデスクで頬杖をつきながらパソコンをいじっているのが見えた。

 一応画面には表計算ソフトの画面が表示されているが、その姿勢はサボっているように見えてしまう。俺はちょっと意地悪く声をかけてみた。

「その姿勢だと遊んでるようにしか見えませんよ、金内さん」

 金内さんは俺の声に反応して、ビクッと背筋を正してこちらへ抗議の視線を向けた。俺たちの姿を見ると、声の主が知り合いの学生だったことが判明してホッとしたのか、また面倒ごとを持ってこられたことを悟ったか、どちらかわからない溜息をついてこちらまで歩み寄ってきた。

 周囲の職員たちは、視線はパソコンや書類に向かっているが、ニヤリと笑っているのが見えている。みんな同じことを思っていたのだろう。

「もう、何ですか? この忙しい時に……」

 とても忙しそうには見えなかったがな。

「今、この千春って子の依頼で人探しをしているのだけど、協力してくれないかしら」

 香子は金内さんに対してもう敬語が取れてしまっている。金内さん自身も特に何も言わないからたぶんどうでもいいと思っているのだろう。

 最初は人の話もよく聞かない職員なんてイメージだった金内さんだが、付き合いが始まってみれば親しみやすく、いやし効果のある顧問職員だった。

「へぇ、人探しですか。どんな?」

「あ、背の高いイケメンです」

 入間よ、もうその説明はやめてくれ……。

「それは気になりますねぇ」

 金内さんの目の色が変わった。

 イケメンってワードにずいぶんと露骨に反応を示したな、おい。

「心当たりはないですかね?」

「ないことはないんですけど、逆に心当たりが多すぎますねぇ。もっと具体的な情報はありませんか?」

 そりゃそうか。学生課の職員は理学部図書館とは違って理学部以外の学生も山ほど相手にするわけだからな。

「身長が一八〇センチ以上あるガッチリした体格の理学部の学生らしいのだけど、調べられないかしら?」

 香子が具体的な情報を提供した。数値の正確性には疑問があるが、俺よりは確実に大きいという入間の証言を頼ればこんなもんだろう。

「うーん、それは無理ですね。職員とはいえ、学生のパーソナルデータには簡単にはアクセスできないんですよ」

 当てが外れたか。まあ個人情報保護はもはやその重要性が声高に叫ばれることもないくらい当たり前の時代になったからな。小学校低学年の頃にはあったはずの電話連絡網なんかも、気づいたら無くなってたし。

「というか、不知火さんに聞いた方が早いんじゃないですか? 彼、理学部生でしたよね」

 そんなことはもうとっくに考えついてるんだけどな……、

「不知火は今、諸事情により連絡が取れなくなっていまして……」

 俺は肩をすくめてお手上げのポーズをとった。

「えぇっ⁉︎ 何があったんですか?」

 驚いたように声をあげる金内さんの反応は、さっき香子に言われた時の俺の反応と同じだ。俺の言葉も足りなかったな。

 ついに周囲の職員の視線も集まってしまった。

「いや、修行のいっかんとして山籠りしてるだけらしいです」

「あ、なるほど。イメージ通りですね」

 ホントかよ。いくら銀でも修行で山籠りしてるなんて想像だにしなかったぞ。

「うーん、じゃあ、不知火さんは頼れないんですね」

 その通りだ。もうこの議論は俺たちの中では終わっているんだが、さすがに今事情を聞いたばかりの金内さんに、「そのくだりはもう終わった」なんて文句を言うわけにはいくまい。

「そういえばさっき、ガッチリした体格って言いましたよね? なら、トレーニングルームを使ってるかもしれませんよ。もう行ってみましたか?」

 なるほど、トレーニングルームか。入間と会う直前までトレーニングルームのことを考えていたはずなのに、全く思い至らなかった。

 金内さんを頼って正解だったか。

「その考えはなかったわね」と香子。

「確かにすっごい鍛えてそうでしたし、いるかもしれませんね……!」と入間。

 過去最大の期待感で、二人の顔にも活力が湧いて見える。

 俺たちの反応に気を良くしたのか、金内さんはニコニコしながら両手の人差し指で俺たちをツンツンと突っつくような仕草をして、

「お、ひょっとして私、いいこと言っちゃったかなぁ?」

 と言った。

 香子は腕を組んで桜に負けず劣らずの笑顔を咲かせると、金内さんに向けた。

「えぇ、とっても。来てよかったわ」

「ふふっ。風岡さんに褒められるとは思わなかったですねぇ。尋ね人、見つかるように祈ってますね」

 いやしの顧問、金内さんに手を振って見送られ、俺たちはトレーニングルームを目指して中央棟を出た。

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