中央広場と不倶戴天の敵
「ふぅ……。とりあえず理学部図書館で目撃されたら、本田さんから俺のスマホに連絡が来るみたいだから、俺たちは他を当たるか」
と言っても大した当てはないのだが。
「そうね。じゃあ、
本田さんの圧から解放されて、いつも通りの調子に戻った様子の香子が提案した。
なるほど。全学部の学生が訪れる可能性のある学生課の職員なら背の高いイケメンとやらに心当たりがある可能性が少しはあるか。
「金内さんって、誰?」
「あぁ、千春は知らないわよね。学生相談所の顧問を引き受けてくれている学生課の職員よ」
そうだったな。入間はまだ知らない。金内さんが入間の唯一の強みを打ち砕くほどの巨乳属性の持ち主であることを。
「へぇ、じゃあそうしましょうか。当てもないですし。学生課ってことは中央棟ですよね」
「えぇ、この時間ならもう昼休憩から戻ってるはずだしね」
時刻は現在十二時五十分。職員の休憩は十二時半までだから、香子の言うように金内さんは休憩から戻っているだろう。
というわけで次の目的地が決まり、俺たちは歩き始めた。
建物が特に密集しているこの辺りでは珍しく中央広場と呼ばれる広場があり、そこを突っ切れば中央棟まではすぐだ。
その中央広場まで来た時、
「ここ、何で中央広場っていうのか知ってる?」
試すような顔で入間が聞いてきた。
「中央棟の前だからじゃないのか」と俺。
「キャンパスの建物があるエリアの中央あたりだからだと思ってたわ」と香子。
俺たちの回答を聞き、入間はニヤリと笑みを浮かべて「違うんだな〜」と言った。
入間の反応は俺の悔しさを尋常じゃないほどに煽りたてた。
「じゃあ何でだ?」
俺が大人気なく少しムッとして尋ねると、入間は嬉しそうに
「ここはねぇ、前まで中央棟があった場所なんだって」
は? 中央棟があった場所? いや、今もこうして中央棟はあるのに、何を言ってるんだ。
俺の表情から疑問を読み取ったのか、入間は続けた。
「前までは、今広場になってるここにピラミッド型の校舎が建ってたんだけど、それが古くなって耐震基準がどうとか、エアコンの効きが悪いとか、いろんな理由が重なって建て直されたんだってさ」
「……へぇ、なるほどな」
聞いてみれば大した理由ではなかった、と言うと負け惜しみに聞こえそうだから言わないでおこう。
「じゃあ、あの小っちゃいピラミッドみたいなモニュメントってその名残なのかしら?」
香子は広場の端の方の
一年もこのキャンパスに通っているというのに、言われてみるまで気づかなかった。あんなものがあったのか。
「うん、ピラミッド校舎の頂点部分なんだってさ。建て替えの時にモニュメントとして残されたらしいよ」
「へぇ、じゃあ結構愛されてた建物だったんだな」
ならもう少し目立つところに置いておけばいいのにと俺が思ったのは誰にも内緒だ。
中央広場の小ネタを聞きながら広場を横断し、中央棟の学生課窓口側の入り口から中央棟へ入ろうとすると、入れ違いに出て行こうとする人物と
「おやおやァ? 土橋君じゃありませんかねェ?」
相も変わらず人を小馬鹿にしたような喋り方をするそいつは、俺にとって
「……お疲れ様です、
あぁ、最悪だよ。二百円あげるからポテトとドリンクでも買いに行ってくれねぇかな。
「はっはっ、疲れてはいませんがねェ」
黒岩教授は見下したような笑いを漏らした。香子も同じような切り返しをしてくるが、黒岩教授の場合はひたすらに俺をムカつかせる言い方だ。
「ところで土橋君、君の経営数学の学年末試験、赤点だったんですがねェ」
あ、赤……ってことは、単位落とした……?
一瞬、頭が真っ白になった。しかし、
「あァ、単位は心配いりませン。提出物や出席点、中間テストの結果も考慮した結果、最終的には八十点をつけておきましたからねェ」
八十、ってことは優か……! よかった。黒岩教授、不倶戴天とか言って悪かった。今までのあんたへの非礼は詫び――、
「ですが、文系とはいえあの程度の試験もできないようじゃ大学生として終わりですがねェ。そもそも土橋君に限らずうちの学生は教科書、ノート、関数電卓の持ち込みを許可しているというのに、なぜ満点が取れないんですかねェ」
くっ、ぐうの音もでねぇ。
その後、黒岩教授は学生たちへの嫌味を
「あれ、経営数学の教授なの?」
入間がとんでもないものを見てしまったというような顔で尋ねる。気力もなくなってしまった俺が「あぁ」と短く答えると、
「経済数学の
とさらに続けた。
だろうな。あれより酷かったらもう職を失ってるはずだ。
「あの歳になっても数学なんかやってる変人なんて黒でも白でも大差ないわよ。もう行きましょう」
香子の発言は世界中の数学愛好者に叩かれそうだが、いつまでも嫌いな人間のことを考えていても時間の無駄だという意味では理解できる。もうさっさと用事を済ませてしまおう。
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